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国民達の大型連休生活~新入女性社員の意図しない帰省~

 大型連休前最後の出社日。社員のみんなは一日中どこか浮いていた。理由は、明日から連休に入るからであろう。明日から何をするか、どこに出かけるか等考えている。それ故か、いつもより仕事のペースが遅くなっていた。大型連休前最後の仕事を終え、多くの者が帰路に着き始める。その中には入社2年目の女性社員、桐谷杏奈も含まれている。

(ただいま。)

 桐谷杏奈は自室に到着すると、声を発することなく帰宅の報告を済ませる。声に出さなかったのは、自室に自分以外誰もいない為、声をだして「ただいま~。」なんて言葉を発しても誰も返事しないことが分かっているからだろう。

「さて、と。」

 桐谷杏奈はお風呂を沸かし、さっさとお風呂に入る。そしてパジャマに着替え、夕飯を用意する。今日の夕飯は面倒くさかったのか、カップラーメン1個である。そのカップラーメンは他のカップラーメンよりこだわりが多そうである。

「今日くらい贅沢してもいいよね。」

 そう言いながら、桐谷杏奈はお湯を沸かす。どうやら今日は値の張るカップラーメンを食すつもりらしい。お湯が沸くまでの時間、桐谷杏奈は携帯の画面を見て時間を潰す。

「そういえば、ログインボーナスをまだ受け取っていなかったわ。」

 桐谷杏奈はゲームアプリを起動してログインし、ログインボーナスを受け取る。

「ん?」

 ここで桐谷杏奈は、ゲームアプリとは異なる通知が来ていることに気付く。その通知を詳細に見ると、

「え?」

 桐谷杏奈の表情が変わる。そしてさらに履歴を辿り、より詳細な情報を得ようと指を動かす。

「あ、もう時間だ。」

 桐谷杏奈はここでカップラーメンの時間が来たことに気付き、携帯を置いてカップラーメンの蓋を開ける。そこには出来立てホヤホヤのカップラーメンが湯気をあげる。

「いただきます。」

 桐谷杏奈は小さく食事の挨拶を行い、箸に手をつけて麺をすすりはじめる。

(やっぱ高いカップラーメンなだけあって美味しい。)

 桐谷杏奈はカップラーメンの美味しさに少し感激しつつ完食する。簡単に箸を洗い、カップを捨て、再び携帯の画面を閲覧する。

「帰ってきて、ね。」

 その画面には、帰ってきて欲しいと言う願望が記載されていた。その願望の送り主は、

「あんまり帰りたくないんだけどな。」

 桐谷杏奈の両親である。今回帰省を強く要望している理由に心当たりがあった。

「正月、帰ってなかったのと・・・やっぱあのニュースね。」

 桐谷杏奈は入社1年目の年末年始、自宅に帰省していない。理由は会社で仕事をしていたからである。そのおかげで桐谷杏奈は臨時報酬を得ることが出来、金銭面で嬉しい誤算があった。

 そして、桐谷杏奈の言うニュースとは、ある社長が逮捕されたというニュースである。今年、ある社長が横領の疑いで逮捕されたのである。逮捕された人物というのは、かつての幼馴染である石井亮太だった。桐谷杏奈はニュースを見る前から、石井亮太が横領していたことを知っていた。何せ、横領の罪を告発した場面に遭遇したのだから。そして、石井亮太の罪は横領だけにとどまらなかった。自身の社会的地位を利用し女性に対して脅した後、強姦行為も行っていた。女性に対する非難も録音されていたのか、その音声データも証拠としてテレビに放送されていた。その発言内容は、一言で言うなら男尊女卑そのものであった。石井亮太の男尊女卑な発言を聞いたら、世の女性達全員、石井亮太を非難し続けていたことだろう。それくらい、女性の怒りを買うような発言ばかり流れる。この様子だと、数年後に出所しても女性達は石井亮太を相手にしないことだろう。つまり、石井亮太と結婚する女性は存在せず、独身のままということなのである。そもそも、数年で出所出来るかどうかもふめいなのだが。

 そんな石井亮太と幼馴染で付き合いがあったため、桐谷杏奈は自身の生まれ育った地がそこまで好きではなかった。生まれ故郷そのものが嫌いというわけではない。ただ、生まれ故郷に思い出したくない思い出があるから帰りたくないだけなのである。

 なので桐谷杏奈は、実の両親から帰省してほしいと言われても、「いいよ。」と即答出来なかった。結果、

「今回も帰省はしません、と。」

 桐谷杏奈は帰省せず、社員寮に残ることを選択した。桐谷杏奈にとって、この社員寮は安住の地になりつつある。

「さて。」

 桐谷杏奈は親への対応を終わらせ、まとまった休みを謳歌し始めた。

 し始めて数十分後。

「ん?何か」

 携帯に通知が来たことを理解し、携帯を手に取る、画面をいじって通知内容を理解しようと試みる。実行した結果、

「・・・なに、これ?」

 何かのデータだった。どのようなデータなのかさらに詳しく見ていくと、

「もしかしてこれ、新幹線の指定席の予約?」

 それは、行きの新幹線チケットの予約に関する情報だった。

「どういうこと、これ?」

 桐谷杏奈はこの予約データを送ってきた張本人に電話をかけ、内容の確認に努める。

「・・・今回の長期休暇に、どうしても杏奈の顔が見たいの。だから、お願い?」

 その人間、桐谷杏奈の母は娘、桐谷杏奈の顔を見たいがための行動であった。

「・・・もしかしたらこの予約の日に用事があるかもしれなかったのよ?そこら辺のところは考えていたの?」

「う!?そ、それは・・・、」

 どうやら桐谷杏奈の母は行動したものの、桐谷杏奈本人の予定まで考慮せずに行動していたらしい。桐谷杏奈に指摘され、自身の行動を反省する。

「・・・はぁ。もういいわ。」

「え?」

 桐谷杏奈は自身の母の行動に呆れる。桐谷杏奈のため息に、母は驚き、オロオロし始める。

「意図していないとはいえ、ここまで御膳立てしてもらったんだもの。行かないのもちょっとな、って思ったの。」

 さきほどの呆れは諦めへとつながった。その諦めと言うのは、帰省しないという諦めである。帰省しないことを諦めるということは、

「つまり、帰ってきてくれるってこと!?」

「・・・ちょっと、耳元で叫ばないで。鼓膜が破れるわ。」

「あ、ごめんなさい。」

 桐谷杏奈は今回の長期休暇で帰省するということである。

 こうして、桐谷杏奈は急遽、実家に帰省することになったのである。


 帰省当日。桐谷杏奈は必要最低限の私物を持って社員寮を出た。

「そうだ。お土産買わないと。」

 これから会う両親にお土産を渡す為、桐谷杏奈はご当地限定のお土産を購入し、両親に渡すお土産の準備を完了させる。

「こんなものでいいわよね?駄目と言われても商品のチェンジなんて出来ないけど。」

 桐谷杏奈は新幹線に乗り、生まれ故郷である九州地方に含まれている県の一つ、福岡県へと向かった、

「着いた~。」

 新幹線に乗られること数時間。関東地方から九州地方に到着した。

「なんか、久々だな。」

 桐谷杏奈は関東地方に上京してから1年間、一度も実家に帰省したことなどなかった。なので、桐谷杏奈にとっては約1年ぶりの光景である。1年でほとんど変わっていないと思うが、桐谷杏奈にとって懐かしく思った。だが、懐かしく思うわりには、桐谷杏奈の足取りは重かった。

(石井君との思い出が残っている場所、か。)

 原因は石井亮太という存在である。現在、石井亮太はこの地にいない。今も刑務所にいるはず。そう考えても、どこかひょっこり現れるのではないか。そう考えてしまい、足取りを軽くすることが出来ずにいた。

(やっぱり、まだ完全に整理出来ていないのね。)

 桐谷杏奈が考える整理とは心の整理である。桐谷杏奈は石井亮太の行動に長年苦しめられてきた。そして今年、その苦しみが元凶ごと無くなった。本来吉報のはずだが、これで本当によかったのかと考えてしまう。自分の身の振り方一つでもっと最適な手段があったのではないか。幼馴染なのだから、示談にしてもよかったのではないか。それらのことをつい考えてしまうのだ。もっとも、石井亮太が桐谷杏奈にしていた脅迫行為を示談しても、横領の罪が示談にまとまっていたかは分からないのだが。

(とにかく、実家に帰ろう。)

 桐谷杏奈は、足が完全に動かなくなる前に、実家に向かう事にした。

「ただいま。」

 実家に着いた桐谷杏奈は、上京する時に持ってきた実家の鍵を使って玄関を開け、帰宅時のあいさつをする。

「「!!??」」

 娘の声を聞いたのか、ものすごい音が鳴り始める。どこか近くで地震が起きているのかとかんじてしまうくらいのような音が大きくなり、

「「杏奈!!」」

 桐谷杏奈の両親は我が愛娘に抱きつく。その抱きつき具合は、たった1年帰省しなかった娘に対する反応とは思えないほどである。例えるなら、長年行方不明になった愛娘が突然帰ってきたかのような、そんな反応具合である。

「もう、苦しいよ~。」

 桐谷杏奈は2人の抱きつきにより、安定した呼吸が確保出来ず、呼吸することが困難になり始める。

「あ、ごめんなさい。」

「悪い。」

 そのことに気付いた桐谷杏奈の両親は、愛娘から離れる。離れたことにより安定した呼吸が可能になった桐谷杏奈は、呼吸を行い、体に十分な酸素を送り込む。

「別にいいよ。」

 桐谷杏奈は、急な抱きつきによって落としてしまった荷物を拾い、かつての自室に向かおうとする。

「荷物、私が持つわ。」

「俺も手伝おう。」

 桐谷杏奈の両親は娘の荷物を持つ。

「ありがとう。」

「これ、杏奈の部屋でいいかしら?」

「うん。」

「分かったわ。」

 無事、自室に荷物を置いた桐谷杏奈はその後、夕飯をいただいた。夕飯後、桐谷杏奈は何か聞かれると覚悟していたのだが、何も聞かれることはなかった。

「杏奈、お酒、飲めるか?」

「う、うん。」

 桐谷杏奈の父親から飲酒の提案を受け、桐谷杏奈はその提案を承諾する。すると父親は嬉しそうにグラスを3つ持ってきて、酒を3つのグラスに注ぎ始める。

「・・・?」

 桐谷杏奈は最初、何故グラスを3つ持ってきたのか疑問に思った。その疑問はすぐに解消された。何故なら、ある推測が桐谷杏奈の中に出てきたからである。

(お母さんもお酒飲むのね。)

 桐谷杏奈はそう推測をたて、グラスが3つあることに関して何も言わなかった。桐谷杏奈の父親が3つのグラスに酒を注ぎ終えると、グラスの1つを桐谷杏奈の方に寄せる。

「はい。」

「ありがとう。」

 父親の好意に、桐谷杏奈は素直に感謝の言葉を述べた。その後、3人はほとんど無言でお酒を飲み始めた。話はしなかったものの、別に仲の悪さから話をしなかったわけではない。この飲酒という行為を楽しむ為、ただ黙っていただけであった。そして、桐谷杏奈の帰省当日は幕を下ろした。

 帰省した日の翌日。桐谷杏奈は朝から出かけた。小学校、中学校、高校、大学と、これまで出会ってきた数少ない親友達に挨拶をするためである。もちろん、直接出会って挨拶をしなくても携帯を使えば済むことなのだが、直接会って挨拶がしたかったのである。そして桐谷杏奈は、昔のクラスメイト達と会うことにした。

 桐谷杏奈は1日かけてここでしか会えない数多くの友人達、親友達と話をした。中にはご飯を食べながら交友を深めたり、カラオケをしたり、ボウリングをしたり、酒を飲んだり、1日とは思えないほど長い時をかけた。どの友人達、親友達も桐谷杏奈のことを心配していた。何せ、友人達と親友達は桐谷杏奈と石井亮太2人の関係を理解している。そんな時、石井亮太が逮捕されたというニュース。そのニュースを聞いて、桐谷杏奈のことを心配しない友人達、親友達はいなかった。

(みんな・・・ありがとう。)

 桐谷杏奈は友人達、親友達の言葉に感謝し、心の中で泣いた。石井亮太が逮捕された直後、桐谷杏奈の親友達はみんな、桐谷杏奈のことを心配し、真っ先に連絡し、安否を確認した。その時も桐谷杏奈は嬉しかったのだが、今回はその時以上に嬉しかった。何せ今回は、声だけでなく顔も見れたのだから。

 こうして感動の再会を終えた桐谷杏奈は実家に帰宅し、本日の疲れを癒した。

 友人達、親友達との再会を果たした桐谷杏奈はその後、ゆったりとした休日を過ごした。

「・・・。」

 その過ごし方はまるで独り暮らしをしているかのよう。最低限の家事だけをこなし、残りの時間全てを趣味に費やすその姿は素晴らしいと言えることだろう。趣味は人それぞれだろうが、全力に取り組む姿は美しいと言えよう。そんな趣味を全うしている時、扉をノックするような音が聞こえる。

「はい?」

 桐谷杏奈は趣味を中断し、ノックした人に声をかける。すると、ノックした人が桐谷杏奈の部屋に入る。

「今、いいか?」

 ノックした人物、桐谷杏奈の父は桐谷杏奈の部屋に入って声をかける。

「いいけど、何?」

「大事な話がある。居間に来てくれるか?」

「分かった。」

 桐谷杏奈の父は、桐谷杏奈に向けて質問する。桐谷杏奈は自身の父の質問に即答した。理由は、父の目が真剣だったからである。父の遺伝子を受け継いでいる娘だからこそ、父が真剣であると分かったのだろう。父の後ろについて行く形で居間に着くと、

「今、お茶入れるわね。」

 母親が座って待っていた。だが、桐谷杏奈と自身の夫の来訪を目視すると、母は席を立ち、お茶を淹れる為、台所へ向かった。桐谷杏奈と父はいつもの席に座り、数分待つ。

「はい。」

「ありがとう。」

「はい。」

「悪いな。」

 母は自身の娘と夫にお茶を渡し、自分も着席する。3人がそれぞれお茶を少し口に含んだところで、

「それじゃあ、話を始めようか。」

「ええ。」

「?」

 父と母は言葉なんて交わさなくても通じ合っているかのような会話を展開した。内容がまったく分からない桐谷杏奈にとって、ただただ疑問なだけである。

 そして、

「!?な、何しているの!!??」

 会話が始まると思ったら、

「「すまなかった!!」」

 桐谷杏奈の父と母は、土下座をし始めた。桐谷杏奈は両親のいきなりの土下座に目をまん丸にさせ、声をあげる。

「こんな土下座程度で杏奈の青春が戻るとは思えない!だが、」

「これが私達に出来る、最低限の誠意なの。」

「・・・。」

 桐谷杏奈は、自身の両親が何か理由があって土下座しているのだと理解し、両親の言葉を待つ。

「俺達は昔、杏奈の話をろくに聞かず、石井君の話を半分流して聞いていた。」

「昔の自分をぶん殴って言い聞かせたいくらいだわ。何より、」

「自分の娘が大変な目に遭っていることに気付かず、のうのうと過ごしていた自分に腹が立つ!」

「辛かったはずなのに、相談にも乗ってあげなくて、本当に、ごめんなさい・・・。」

「・・・。」

 桐谷杏奈は昔、石井亮太が執拗に絡んできて困っていた時期があった。そのことを自身の両親に相談した時、

「気のせい、じゃないのか?」

「その子、杏奈のことが好きで絡んでいたんじゃないかしら?」

 という答えが返ってきた。その答えを聞いた時、

(あ。もう親に頼るのはやめよう。)

 学生時代の桐谷杏奈は、両親に頼ることを辞めた。何せ、当時の桐谷杏奈は本当に、石井亮太との絡みが嫌だったからだ。何かと言えば社長の息子を自慢するように言い、付き合っている女性は常に複数人。結婚という制度を無視するかのような付き合い方にも嫌気がさしていたし、「杏奈も俺の女の一人になってくれないか?」という言葉に生理的嫌悪が発生した。なので桐谷杏奈は自身で考え、極力石井亮太に関わらない、という選択肢を実行したのである。

 桐谷杏奈はそのことを謝罪しているのだと気づき、今の自分の気持ちと向き合い始めた。

「・・・。」

 確かに学生時代、自身の話を流していたかのような答えを聞き、両親に頼ることはやめたし、出来るだけ両親に頼ることもしなくなっていた。それだけ当時の桐谷杏奈にとって、両親という存在にがっかりしたのである。だが、今考えてみると、当時の桐谷杏奈自身の言葉や態度に緊急性が不足していたのかもしれない。もしかしたら、自分がもっと嫌悪していることを前面に押し出せば、違う答えがあったのかもしれない。そうすれば、もっと両親に頼っていたのかもしれない。そんなことが脳内をよぎる。

(もしかしたら、当時の私にも非はあったのかも。)

 桐谷杏奈は昔の出来事を思い出しながら、自分にも非があったのではないかと考え始める。そう考え始めると、当時の悲しみが薄れていく。決して、当時の辛さや怒りが完全に消えるわけではない。だが、決して両親の事を許さない、という決意は無くなった。両親の事を許してもいいのではないか。そんな考えが桐谷杏奈の脳内を支配し始める。それに、社会人になって、色々と相談出来る人間が増えた。

(あの時は他の人達に相談出来なかったけど、今は橘先輩達がいる。)

 それは、会社の先輩達だった。その先輩達は、桐谷杏奈自身の問題に、親身となってくれ、解決までしてくれた。今の桐谷杏奈には、学生時代になかった心の余裕が出来ていた。それが成長によるものか、会社の先輩方の協力のおかげなのか、はたまた両方なのかは分からない。

「まずはさ、顔をあげてよ。」

 桐谷杏奈はまず、自身の両親の顔をあげさせることにした。さきほどから両親はずっと土下座しているため、両親の顔は床を直視している状態である。鶴みたいな桐谷杏奈の一声で、両親は顔をあげ、愛娘の顔を見る。

「別に気にしなくていいよ。」

 その愛娘からでた言葉は、まるで、両親を許すかのような言葉だった。その言葉に良心は驚いた。

「い、いい、の、か?」

 父はとても驚いているのか、まともに喋ることが出来ていない。

「絶縁を宣言されても仕方ないと、思っていたのよ?ほ、本当に、いいの?」

 母は絶縁も止む無し、と思っていた。

「別に構わないよ。私にはもう、恩を返したい大切な人達がいるから。」

 その人達とは、会社の先輩達のことである。

「あの時はとっても嫌だったし、今でも嫌悪感は残っている。けど、あの時ほどではないし、私にも悪かった部分はあったんじゃないかなって思っている。だから、いいかな。」

 桐谷杏奈のこの言葉は、頼れる人達あっての言葉である。今も独りなら、きっと全てを拒絶し、人との繋がりを絶っていたのかもしれない。桐谷杏奈はこれまで助けてくれた先輩方の顔を思い出しながら両親に話す。両親はというと、

「り、立派になったんだなぁ。」

「ほんと。私はこんな素敵な子に育ってくれて嬉しいわ・・・。」

「え?ちょ、ちょっと泣かないでよ!?」

 号泣していた。娘の寛大な心と成長に感激したのだろうか。涙は止まらず、体の一部で拭ってもすぐに溢れてしまうほどであった。

(もう。)

 桐谷杏奈は両親の涙脆さに少し呆れつつ、所有していたハンカチを渡そうとする。だが、桐谷杏奈の母は渡されそうになったハンカチを桐谷杏奈の手ごと押し返す。

「?」

 桐谷杏奈は最初、自身の母の行動に納得出来なかった。だが、次の母の言葉で納得出来た。

「あなたのそれを拭くのに使ってちょうだい。」

「それ?・・・あ。」

 母の言うそれとは、両親がさきほどから拭っている液体と同じ液体だった。

(なんで涙なんて流しているんだろう、私。)

 その理由を自問しているが、すぐに自答出来た。

 その答えは、損得勘定関係なく自分の成長をここまで喜んでくれた事であった。そんなに自分の事を思ってくれていたのだと思い、油断してしまった。

(もしかして、嬉しかったのかな?)

 桐谷杏奈は学生時代、両親に期待することをやめた。その時から、親の言葉なんて何も刺さらなかった。どんなに私の事を思って言った言葉だったとしても、何も思わなかった。何せ、両親に何も期待していなかったから。それが今回、両親の言葉や涙する姿に心打たれる何かがあった。

「ありがとう。」

 桐谷杏奈は、両親に差し出したハンカチを自分の目元へ持っていき、濡れている個所を拭いていく。3人がそれぞれの目元を完全に拭いきれるまで、少々の時間が必要になった。

 完全に拭いきれ、3人は再び座る。

「それで、話はこれで終わりなの?」

 桐谷杏奈は涙を拭い切り、自身の両親に話しを振る。娘の質問に、両親は首を横に振る。首の振り方に、桐谷杏奈は疑問を質問にする。

「それじゃあなんなの?」

 そう言うと、父と母は互いの顔を見合い、父が席を立った。

「どこ行ったの?」

 桐谷杏奈は自身の母に質問する。

「じきに分かるわ。」

「?」

 母の答えになっていない答えを聞き、疑問がますます湧くのであった。そしてすぐに父が戻ってきた。その手には、何か握られていた。

「?それは?」

 桐谷杏奈は素直に父に聞く。父は席に座り、テーブルに置いた。

「これは学生時代、杏奈の力になれなかった俺らの僅かな贖罪だ。」

「?」

 桐谷杏奈は、自身の目の前に置かれたモノ、通帳をじっと見る。

「開けてごらん。」

 母の言葉に従い、杏奈は通帳を開ける。

「!!??」

 通帳の中に記載されていた金額は、3桁万円以上の文字が記載されていた。この数値を見て、入社2年目の桐谷杏奈にとって、すぐに稼ぐことなんて不可能だろう。なので、この金額を貯めるまで、どれほど苦労してきたのかが窺える。

「こ、これ、どうしたの!?」

「コツコツ貯めてきたのよ。あなたの将来のために。」

「私の将来のため?」

「ああ。」

「杏奈の将来、結婚に関する費用は私達で持とうと思ってね。ね?」

「ああ。これが俺達に出来る、親としての務めだ。」

「もちろん、花嫁修業も手伝うつもりよ。」

「・・・。」

 色々と突っ込みたいところはある。

 その色々は置いておいて、一番突っ込みたいところを突っ込んだ。

「なんで結婚相手がいる前提なの!?」

 桐谷杏奈の言う通りである。桐谷杏奈の両親は、まるで桐谷杏奈に結婚相手がいるかのように話をしていたのだ。結婚相手なんていない桐谷杏奈にとって、最も突っ込みたいところであろう。

「今いるかどうかなんて気にしていないわ。あなたもいずれ結婚する。その時のための貯金なのよ。」

「そう、なんだ。」

「ああ。」

 母は桐谷杏奈に近づき、手を取る。

「今結婚しろ、なんて言わないわ。杏奈のタイミングで結婚していいわ。それに・・・もう既にいるんじゃないかしら?」

「!?」

 桐谷杏奈には心当たりがある。

 その人物は、石井亮太から護ってくれた成人男性、橘寛人という存在である。今すぐ結婚したいかと言われると微妙だが、決して嫌いだからではない。

「・・・そうか。なら、近いうちに我が家に連れて来るといい。」

「!?私、まだ何も言ってな・・・!?」

「いずれにしても、私達は今後、杏奈の味方でい続けるわ。今頃当たり前のことを言うのはどうかと思うけど、改めて誓うわ。親として、杏奈のことを一生支え続けるわ。」

「・・・ありがとう。」

 桐谷杏奈は、親の結婚相手に関する話はスルーとして、感謝の言葉を述べた。ここまで桐谷杏奈自身のことを考え、お金という実績と、誓いと言う言葉を使って生涯支えてくれると言ったのだ。娘として親の支えはあって困るものではないだろう。

(結婚に関しては・・・まぁ後で考えよう。)

 結婚に関しては、今すぐ考える事はしなかった。桐谷杏奈は入社2年目。おそらく、仕事を覚えるので手一杯ゆえ、色恋沙汰にうつつを抜かしている暇などないのだろう。趣味をする時間はあるのに、なんて聞くのはご法度である。

 こうして、桐谷杏奈と両親の仲は今回の帰省でより絆を強固にした。

 後日、桐谷杏奈はせっかく帰省したので、この機会を好機に変えるため、ラノベアルカディアの聖地巡りをすることにした。仕事場からかなり離れているため、まとまった休暇でもない限り、ラノベアルカディアの聖地巡りが出来ずにいたのである。聖地巡りをしている途中、お腹が空いたので、とあるラーメンに寄ることにした。本来、女性が独りでラーメン屋に入店することはとても勇気が必要になってくる。実際、桐谷杏奈は今まで独りでラーメン屋に入った事はない。複数人でなら何度も入った事はある。なので、桐谷杏奈は初めての試みで少し緊張している。

(それじゃあ、行こう。)

 桐谷杏奈は意を決し、ラーメン屋に入店する。

(うん。やっぱラノベアルカディアに出てきた通りの店ね。)

 ラノベアルカディアに記載され、描かれていた通りだった。桐谷杏奈は心の中で若干ウキウキ気分を満たしながらメニューを選ぶ。そのメニューの中に気になるメニューがあった。

(あ!?隆斗ラーメンだ!確かラノベアルカディアにも出て来ていた気がするけど、どうなんだろう?)

 隆斗ラーメンに目がいった桐谷杏奈は、他のメニューをあらかた見る。

(やっぱり隆斗ラーメンにしよう。)

 他にもチャーハン、餃子等のメニューの記載があったことを確認したが、桐谷杏奈は隆斗ラーメンを注文することにした。

 そして、

「「隆斗ラーメン一つ。」」

 桐谷杏奈は隆斗ラーメンを注文した。だが桐谷杏奈は注文時、違和感を覚える。自分だけ隆斗ラーメンを注文したと思ったのに、自分以外の声が、隆斗ラーメンを注文したような声が聞こえたのだ。声をした方を向くと、

(あの目・・・もしかしなくても橘先輩!!??)

 そこには見知ったはずの人物、橘寛人がいた。

 こうして、桐谷杏奈の帰省先である福岡で、橘寛人と桐谷杏奈は出会ったのであった。

次回予告

『国民達の大型連休生活~新入女性社員から目つきが鋭過ぎる会社員への夕飯のお誘い~』

 橘寛人は、聖地巡りを終えたので、福岡県を後にしようとする為、駅に向かおうとし、夕飯は駅弁で済まそうとする。その話を聞いた桐谷は、実家で夕飯を食べてみないかと提案する。


 こんな感じの次回予告となりましたが、どうでしょうか?

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