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小さな会社員の修学旅行計画生活

 もうそろそろ五月が終わり、休日が無い六月が始まろうとしている。

 そんなことを考えている五月末。

 私は学校の保健室にいた。

「…君はまだ、保健室登校をするつもりなのかい?」

「はい。私はどうやらカンニングをする馬鹿らしいので、ここで反省をしようかと…。」

「ほんとはカンニングなんかしていないのにね。」

「そうなんですけど、あの空気は耐えきれませんよ。」

 教室に入ろうとするだけで、私を殺さんとする鋭い眼光で睨みつけてくる。

 その上、教師も私を問題児扱い。

「まぁ、私には問題が色々ありますし、文句を言うつもりなんかありませんよ。」

「…君はほんとに小学生かい?どこぞの名探偵みたいに、高校生が薬で小さくなった、とかじゃないよね?」

「?急に何を言っているのですか?そんなことあるわけないでしょう。」

 そんな薬が現代にあるわけがない。

 そんな薬より、背が大きくなる薬が飲みたい。

「…さて、今日も一応、授業を始めるよ?」

「はい。」

「と言っても、私はあまり教えるのが上手じゃないから、覚悟してね?」

「いえ。もう大体分かっているので、軽くで大丈夫ですよ。」

「それじゃ、始めますか。」

 そう言って、マンツーマンでの授業が始まった。


 およそ三十分経過し、

「…ほんとに君って頭がいいのね。もう今日の分、終わっちゃったわよ?」

「いえ。これは頭がいいのではなく、単に覚えているだけです。」

 そう。

 私はもう既に学習済みで、頭の中に記憶しているだけである。

 決して頭がいいわけではない。

「…それじゃ、もう今日はもうお終いってことで。」

「はい。それじゃあ今日は何をしましょう?」

「そうねぇ~。今日はこの計算ソフトの使い方について聞いてもいい?」

「ええ。構いませんよ。」

 私は保健室の先生の悩みを聞いていた。

 最初は掃除の手伝いだったり、備品のチェックだったり、色々していた。

 だが、今ではパソコンについて、私が、この保健室の先生に教えているのだ。

 最早、立場が逆転しているのだ。

 まぁ、私も色々融通利かせてもらって、この保健室だったら、パソコンの使用許可が下りているみたいだし、いいけど。

 この使用許可をだしてくれたのってやはり、菊池先輩だよな?

 そういえば、このことについて、お礼の一言も言っていなかったな。

 後で言っておこう。

 …そう言えば、なんで使用許可がでたのだろうか?

 まさか、菊池先輩が脅した、とか?

 …このことについて、深く考えるのはよそう。

「早乙女君。この掛け算が出来ないんだけど、どうしたらいい?」

「はいはい。って、最初に=(イコール)が入っていませんよ?これでは計算出来ません。」

「…あら、本当だわ。ありがとう、早乙女君。」

「いえいえ。」

 今は目の前のことだけ考えよう。

 

 時間は昼飯時。

 保健室の先生は給食を持ってきているのに対し、私は弁当。

 今日もいつも通りである。

 だが、いつも通りではない出来事が起こった。

 それは、

「し、失礼します。」

 女の子が入室してきたのだ。

 昼飯時に怪我でもしたのかな?

 なんて最初は思っていたが、どうも様子がおかしい。

 …ほんとに何しに来たんだ?

 ってあれ?この女の子、どこかで見たような…?

「あ、あの!早乙女優くん、いますか?」

「え、ええ。そこにいますよ。」

 と、保健室の先生は私を指さす。

「五時間目はみんなで修学旅行の班決めをするので、一緒に来てください。」

「は、はい。分かりました。わざわざありがとうございます。」

「そ、それじゃあ手をつないで行きましょうか?」

 と、その女の子、桜井綾さんは手を差し出す。

 そういえばそんな子、いたなぁ…。

「え?一緒に行くのに手をつなぐ必要はないのでは?」

「え?そ、そうですよね。なんかすみません…。」

 と、何故か落ち込み始める桜井さん。

「ちょっと、女の子になんて顔させているのよ。」

 と、保健室の先生は私を肘で軽くついてくる。

 え?これって私が悪いの?当たり前のことしか言っていないような気が…?

「私、何もしていませんよ?」

「とにかく、彼女の言う通りにすれば機嫌が直るんじゃない?」

「はぁ…。」

 と言われてもどうすれば…?

「ええと…。教室に着くまでなら、いいですよ?」

 こう言った瞬間、

「あ、ありがとう!」

 と、満面の笑みで言われた。

 なんか、罪悪感が…。

「それでは先生。私はひとまず教室に行ってきます。」

「分かりました。」

 私が軽く頭を下げると、

「し、失礼しました。」

 桜井さんも頭を下げる。

 私は桜井さんが完全に保健室に出たことを確認してから、そっとドアを閉めた。

「それじゃあ、一緒に行きましょうか?」

「はい。」

 私達は教室に向かう。


 私と桜井さんの二人で廊下を歩いていると、ふと違和感を覚える。

「…そういえば、何故人気がないのですか?」

 そう。まったく人の行き交いがないのだ。

 校内だというのに。

「それは授業中だからだと思います。」

「あ。教えてくれてありがとうございます。」

 少し考えてみれば当たり前のことだ。

 今は五時間目の授業をやっているのだ。

 そんな中、廊下をうろついている者はいないだろう。

「いやいや。こちらこそ、こうして早乙女君と一緒に行けて嬉しいよ。」

 と、笑顔で返してくれた。

「でも、これから気を付けてね。みんな、早乙女君をよく思っていないから。」

「はい、分かりました。わざわざ伝えてくれてありがとうございます。」

 ま、予想していたこととはいえ、やはりよく思っていないか。

 だが、桜井綾は、

(なんかこうしていると、つきあっているカップル、みたいだよね?早乙女君はこのこと、どう思っているのかな?)

 優とは全く別のことを考えていた。

 

 教室の前に着き、

「…それじゃあ、私が先に入るから、早乙女君は私に続いて入ってきてね?」

「はい。」

 私は心の準備をして、

 ガラガラガラ。

 そんな音を立て、扉は開いた。

 授業中なためか、視線がこちらに集中する。

(これはちょっと、きついかな…)

 多くの視線が突き刺さる。

 それもそうだ。

 ただでさえ、小学6年生とは思えないほど身長は小さいし、カンニングした(と、周りは思っている)問題児なので、悪目立ちしているのだ。

(!!?)

 思わずのけ反りそうなほどの鋭い視線をたっぷりと食らう。

 まったく。

 こんな純粋に悪意をもらったのは久々だな。

 なんかすごくヒソヒソしているし。

 聞き耳を少したてただけでも、「うわっ!?」とか、「あいつ、カンニングした糞野郎だぜ。」とか聞こえてくる。

 …はぁ。何が悲しくて、こんな場所に来たのやら…。

 私が自分の席に着くと、

「は~い。それでは桜井さんも戻ってきたことですし、修学旅行の班決めを再開したいと思います。」

 みんながおおいに喜んでいるなか、私は固唾を飲み、これから何が起こるのか、頭の中でシミュレートしながら待っていた。


「と言っても、班は既にこちらで決めてありますので、この時間は、班別に行動ルートを検討してもらおうかと思います。」

 周りからブーイングを受ける教師。

「はいはい。それでは班を発表します。まず、第一班は…。」

 そう言って、先生は次々と、生徒の名前を読み上げていった。


 班の発表が済み、私は第六班であることが分かった。

 もちろん、と言っていいのだろうか、知り合いは誰一人いない。

 ま、このクラスの誰一人とも話したことないし、別にいいですけど。

「あ、あの!」

「ん?」

「さ、さっきぶり、ですね。」

「そ、そうですね。」

 訂正。

 知り合いはいた。

「…私も同じ班だから。よろしくね、早乙女君?」

「えっと…。こちらこそですよ。風間さん、ですよね?」

「そうよ。」

 それも二人。

「それではこれから班ごとに行き先を決めてもらいます。では、決まったら今から配るこの紙に行き先と、ルートを記入してください。」

 と言われ、一枚の紙が配られる。

 なるほど。この紙に記入するのか。

「それでは、話し合い、始めて下さい」

 そう言って、先生は椅子に座り、本を読み始める。

 …先生は行き先とか決めなくていいのかな?

 いや、今回は引率、という形で行くのだから、私達の動向を見張るために、決められないのか。

 …先生って、大変だな。

「…それじゃあみんな、行きたいところ、ある?」

 ここで、リーダー格の男が、私を含めたみんなに話しかける。

 おっと。私も話を聞いておかなくては。

「私は…特に無いかな。」

「私も。」

「そう、ね。そもそも京都に何があるか知らないし。」

 あれ?

 もしかしてみんな、事前調べとか、していないのか?

 ま、何も聞かずにここにいる私が言うのもおかしいけど、事前調べって結構重要だよ?

「でもさ、ほら、金閣とか、銀閣とか、あるじゃん?」

「ええ~?そんなのを見て、どうしろって言うの~?」

「そうよそうよ。」

「そんなの、俺に聞かれても知らねぇよ!」

 なんと、リーダー格の男が切れてしまった。

 そのまま機嫌を損ね、何も言わなくなってしまい、

「「「「「・・・・・。」」」」」

 静寂が訪れる。

 …なにこの空気?

 誰か何とかしてほしいな。

「あ、あの。早乙女君なら、なんとかしてくれるんじゃないかな?」

「「「「え?」」」」

 何故か桜井さんが、私の事を当てにする。

 そして、風間さんも含めた三人も私に視線を向ける。

 その目は期待、疑惑等、様々な感情が込められているのが分かる。

 …こういう時って、どうすればいいのだろうか?

 確か…失敗してもいいからとりあえず頑張ってみる、だったかな。

 失敗しても、

“私がいるから思う存分失敗してね!”

 って菊池先輩が言っていたっけ。

 最初は失敗ばっかしていたけど、菊池先輩がしっかりフォローしてくれていたから安心出来た。

 その内、菊池先輩を驚かしてやろうと、必死こいて仕事を覚えるようになったんだっけかな。

 っと、今はそんなこと考えている場合じゃない。

 とにかくだ。

 とりあえずは、

「ちょっと、やれるとこまでやってみるよ。」

 と、みんなに言う。

 二人は“ええ~?ほんとに出来るの?”みたいな視線を送ってきたが、桜井さんと風間さんは、“頑張って!”って感じの期待の視線を向けられた。

 ともかく最初は資料(とある観光雑誌)を見てみる。

 へぇ~。

 修学旅行先って京都なんだぁ。

 あれ?

 京都って確か…数年前?に菊池先輩と行ったことがあったな。

 お。だんだん思いだしきたぞ。

 あの時、仕事が終わった後、どこに行こうかで意見が割れたんだっけ。

 私はアイスクリーム屋に行きたいって言ったんだけど、菊池先輩は、衣装レンタルが出来る店に行きたい、だったかな。

 あの時は大変だったな。

 私も菊池先輩も譲らなくて、一日中どっちにするか、お互い、ボロボロになりながら討論しあっていたっけ。

 それで結局、

“店の位置と滞在時間を工夫すれば、両方行けるんじゃない?”

 菊池先輩のこの一言で、お互い、力尽きたんだよね。

 そこから必死に京都のアイスクリーム屋を私が、衣装レンタル店を菊池先輩が調べ、そこからどの店にするか話し合い、電車の時間、電車賃、かかる時間を計算したんだったかな。

 …本当は仕事の出張で京都に行くはずなのに、仕事の話を一切しなかったのは相変わらず先輩らしいけど。

 …ああ、思い出しただけでも涎が出そう。

 ・・・って、今は思い出に浸っている場合じゃないか。

 とりあえず、

「出発地点と合流地点はどこかな。」

「あ、出発地点はここで、合流地点はここだよ。」

 と、桜井さんは二つの地点を指差す。

 ああ!

 ここって、私が調べていたアイスクリーム屋の近くじゃないか!?

 これはラッキーだ。

 私は以前調べていた情報を思い出しながら、計画を立てる。

 ・・・・・・。

 第六班の面々は、私の行為を、固唾を飲んで見守る。

 カリカリカリカリ…。

 鉛筆の音が響き始める。

 他の班の話声もあったが、私はそれよりも、鉛筆の音の方が大きく感じた。

「…ふぅ、とりあえずはこれでいいかな?」

「…もしかして、もう、出来たの?」

 桜井さんは私に聞いてくる。

「ええ。まぁ、行き先も滞在時間も勝手に決めてしまいましたが、それでよければ。」

 と言い、私は計画書を中央に置く。

 みんながそれを読んでいる間に、私は参考資料に道筋を描いていく。

 後がつかないように気をつけなくては。

 あと、あれもしておこうかな。

 いらなければ、それはそれでいいのだけど…。


「…ねぇ。銀閣に何しに行くの?」

「え?」

 私は思わず素で返してしまう。

 何しにって…ああ。

 そういえば、そこまで詳しく書いていなかったな。

 書いたことは、寄る店や、およその滞在時間、目的に行くのにかかる時間ぐらいしか書いていなかったから、そこで何やるかは一切書いていなかったな。

 うっかりしていた。

「写真撮影ですけど?」

「写真って、ネットで銀閣って調べたらすぐに画像が出てくるから、それでよくない?」

「いえ。この店で衣装のレンタルが出来るらしいので、そこで衣装をレンタルし、そのまま銀閣に行って、記念撮影すればいい思い出になるかと思いまして。」

「「「「おお!!!!」」」」

 なんかすごく興奮しているな。

 もしかして、菊池先輩と同類、なのか?

 …まさかな。

「あのさ、この『サーティースリーアイス』ってもしかして…?」

「ええ。みなさんがお考えの通りの店です。」


 『サーティースリーアイス』。

 私が最も敬愛しているお店である。

 あの店はまさに天国といっても過言ではない!

 なんといっても、アイスクリームの種類が豊富。

 そう、とても豊富なのだ!

 ああ、毎日でも通いたい。

 …話は逸れたが、要するに、この店は完全に、私の行きたい場所をルートに加えたのだ。

 ま、他の人達が気に食わなければ、外すけど。

 …ほんとはまた行って、アイスを食べたいけど。


「…もしかして、ご不満ですか?不満なら、別にこの店は外しますけど…。」

 本当は絶対に行きたいのだが、他の人達の意見を捻じ曲げてでも行きたいとまでは思わない。

 なので、一応、“私はここに行きたいです!”みたいなニュアンスで言ってみたが、通じるだろうか?

「…まぁ、別に行きたい場所もないからいいけど…。」

「…分かりました。」

 よっしゃ!

 これで!これでサーティースリ―のアイスが食べられる!

 私は、心の中で喜びのダンスを舞っていた。

 …自分で言うのもなんだが、喜びのダンスって…。

「…なぁ。俺は親にお土産頼まれたんだけど、その買い物はどうすればいい?」

「えっとですね…。この『サーティースリ―アイス』から京都駅ビルまでの道のりに、いくつかアクセサリー店や、お土産を売っている店があったかと。」

「おお!そいつぁいいな!木刀をお土産にしよう!」

 …木刀って、何に使うつもりなのだろうか。

 買っても、倉庫に永久保存するしかないのでは?

「後一つ、いいかな?」

「…はい、何でしょう?」

 桜井さんが私に話しかけてきた。

 …今更だけど、同年代の人って、どう呼べばいいのだろうか。

 やはり、“さん”をつけない方がよいのだろうか。

「…合流地点に着く時間、早すぎない?もっと他の店を回ってもいいんじゃ…?」

「ああ。これは現地に着いた時、余裕をもって行動できるようにするためです。もし気に入った店があった時、その店に寄れるように。」

「「「へぇ~。」」」

「あ、ありがとうございます。」

「いえいえ。」

 ま、時間が空いた時は、京都駅ビルで時間を潰せるだろうし、いいかな。

「…えっと。これでよければこのままこの紙を提出するけど、いいかな?」

「「「「うん!!!!」」」」

「それじゃ、出してきますね。」

「あ!私も一緒に行くよ!」

「…ありがとうございます。」

「いいって!気にしないで!」

 と、二人で紙を提出することになったのだが、

「駄目です。ちゃんと考えてから提出してください。」

 突っ返されてしまった。

 ちゃんと考える?

 この計画のどこを考え直せばいいんだ?

 …分からん。

 あ。

 もしかしたら、時間と場所しか書いていないからかな。

 確かに、何をやるのか分からないと、困ることってあるよね。

「…もしかして、何をやるか、詳しく書いていないからですか?」

「いや。」

「は?」

 それじゃ、何が原因だ?

 …駄目だ。本当に分からん。

「…何が駄目なんでしょうか?」

「あの本で、こんな詳しいことが分かるわけがないでしょ?それが理由よ。」

「それは私が事前に調べていたから…。」

「あなたが事前に調べた情報なんて誰も当てにしていないの。それよりほら、見て?限られた情報だけでみんな、頑張っているの。少しはあなたも見習ったら、カンニング魔君?」

 そう言って、先生は私を馬鹿にした。

 この時、隣にいた桜井さんは、

「・・・。」

 固まっていた。

 そして、私は、先生の一言で分かってしまった。

 ああ。この人、まだ私の事、信じていないな、と。

 確かに、私が書いた情報は、ほとんどあの参考資料に載っていない。

 せいぜい、電車賃が載っていたことぐらい、かな。

 だからといって、先生自身で調べ、私が書いた計画に不備が無いか、少しくらい検討してもおかしくないはずだ。

 それに、百歩譲って、あの参考資料に載っていない情報を使ったことを指摘するのに、カンニング魔、なんて言葉はいらないはずだ。

「…分かりました。書き直します。」

 それ以降、私は何も言わず、先生を背に向け、後にする。

「…は!?あ、ちょっとまって!」

 桜井さんも私の後につづく。

 だが、

「…おい。てめぇ、なんでここにいやがる。」

「…。」

 この子は…誰?

 正直、全く見覚えが無い。

 分かることと言ったら、同じクラス、ということかな。

「なにてめぇ俺様を無視してやがる!」

「はぁ…。」

 もう、このクラス、何なの?

 こんなに私を敵視してどうしたいのだろうか?

 そんなに私が憎いのかな?

「お前、なに適当なこと書いて、先生に迷惑かけているんだよ。謝れ!」

「は?」

 この人、何を言っているんだ?

 迷惑?

 そんなの、かけるに決まっているでしょ。

 人間、誰だってミスの一つや二つはするだろう。

 そのミスをかばってもらうことが迷惑だと言うのなら、人間、生きていけないぞ?

 それともあれか?

 生まれた瞬間から、自給自足の生活をして、誰にも迷惑かけたことありませんってか?

 それこそありえないな。

「この計画はみんなでたてたもので…。」

「ふん!元々貴様みたいなカンニング魔の言う事なんか、誰が信じるかよ、ば~か!!」

 と言った後、私が持っていた紙を奪い、

 ビリビリビリ!!!

 手で破いてしまった。

「ああ!!?」

 桜井さんは、突然のことに動けず、また固まっている。

「ふん。これで少しは清々したな。」

 と、いかにも、“悪を退治した正義のヒーロー”面をかましていた。

 あーあ、勿体ないな。

 紙って有限なのに…。

 男は私のがっかりした顔に満足したのか、晴れやかな顔で私の前から、自分の席に戻る。

 他の人達は、“ま、しょうがないよ。”とか、“カンニングなんかするからだよ。”等をヒソヒソ言っていた。

 私は深くため息をつき、自分の席に着く。

「なんか、駄目だった、みたいだな。」

「でも、あそこまでする必要ある?」

「そうだよね。」

「でも、一応取っておいてよかったです。」

「え?何を?」

「これです。」

 と言って、私はとある紙を机の上に出す。

「え?これって…?」

「そうです。さっきの紙のコピーです。」

「「「「コピー!!??」」」」

「はい。」

 実は、みんなにあの紙を見せている間、私は予備を用意していたのだ。

 一応、自宅に持ち帰ってから、計画を見直そうと思って、控えていたのだが。

 まさか、こんなにも早く使う時がこようとは。

「これって、さっき見せた紙と同じことが書いてあるの!?」

「ええ。」

「早乙女君って、用心深いんだね!」

 これって、褒められているのかな?

「とにかく、次はこの参考資料に載っているものしか使えないらしいから、今度は…。」

「おい!!!てめぇ!!!」

 なんかまたあの男が呼んでいるなと思い、後ろを振り返ると、

 バケツを持っているさっきの男がいた。

「さっきから俺達の事、見下しやがって、ふざけんじゃねぇ!!!」

 は?

 見下すって、何?

 え?

 私は本気で分からなかった。

 この男を馬鹿にするような発言は一度もしていないし、何より、見下すなんてとんでもない。

 むしろ、いつも見下されて困っているくらいだ。

「あの、私が何か?」

「だから、その態度が気にくわねぇって言っているんだよぉ!!!」

 と言って、こっちに向かってバケツを投げつける。

 

 ちなみに、この学校で使っているバケツは鉄製で、当たればとても痛いのだ。

 だが、自分の体に当たるなんてことは滅多にないので心配することではなかったのだが。


 誰がこんな事態を予測出来ただろうか。

 バケツは一直線に私に向かって飛んでくる。

 私は、

(避けなくちゃ!)

 と思い、避けようとする。

 だが、見えてしまった。

 私の後ろには、桜井さんがいるのだ。

 このまま避けることは出来るだろう。

 だが、このまま避ければ桜井さんに当たるのではないか?

 ・・・。

 この時、私の思考は別の事を考えていた。

 どう避けるか、ではなく、どう受けるか。

 私はとっさに、両腕で防ぐことにした。

 ガン!

 い!?いってぇ!!

 ちょっと高めな音が教室に鳴り響く。

 当たり所が悪かったのか、右腕に青痣が出来ていた。

 いつつ…。

 なんか、骨が折れているのでは、と錯覚するほどの衝撃だった。

 ま、こんなことで骨折するわけ、ないですけど。

 それでも結構痛い…。

 というか、なんで教室に来てまでこんな思いしなくちゃいけないんだ?

 なんかイライラしてきた。

 って、いけないいけない。

 怒りで冷静さを欠いてしまうのはよくない。これで感情に身を任せて行動するのはよくないからね。酔っ払いみたいに、後で後悔するような発言をしてしまう恐れがあるからね。

 まずは深呼吸をしよう。

 スーーー…、ハーーー…。…うん、落ち着いた。そして出来るだけ冷静に、落ち着いて、

「これで、満足ですか?」

「ひぃ!??」

 あれ?

 どうして人の顔を見るなり、なんでそんな怯えた顔をするんだ?

「こらそこ!もうやめなさい!!」

 いやいや先生。

 注意するの、遅過ぎませんか?

「まったく、これだからカンニングするやつはろくでもないやつなんだ…」

 は?

 何故ここで私が悪いみたいになっているの?

 ほんと、意味がわからないな…。

 そもそも、もうこの教室にいたくないし、もう出よう。


 そう思い、私はそのまま教室を出ようとする。

 適当な理由でもでっち上げて出るとしよう。

「待ちなさい!」

 ここで、先生がまた大きな声をあげる。

「…なんでしょう?」

 さっき深呼吸までして気持ちを落ち着けたのに、なんかだんだん感情が…。

「早く岡本君に謝りなさい!」

「…はぁ???」

 何故私が謝らなくてはいけないんだ?

 そもそも私は被害者だし。

 そして、岡本って誰?

 …もしかして、さっき突っかかってきたこの男か?

「何故私が…。」

「あなたが岡本君を脅したからでしょう!?さぁ、早く!!」

「…。」

 最早声すら出なかった。

 何それ?

 私、腕に怪我をしたのに、それは無視なんですか?

 こういう時だけ、教師面ですか?

 私に掛ける声も、無いのですか?

 ()は静かに怒り狂っていた。

 もう全てが面倒くさくなり、この修学旅行も欠席を決意した。

()、修学旅行の日、親族の法事があるので、その日は休ませてもらいます。」

 この時、自分でも驚くくらい、冷静に嘘が言えた。

 普段は何かしら、顔に出たりするのだが。

「そんなことは聞いていません!!さぁ早く…!!」

「もうこの教室に出入りしません。これで失礼します。」

「待ちなさい!先生は許しま…!!!」

「すみませんでした。これでいいですか?」

「大人をからかうのもいい加減に…!」

 ピシャ!

 俺はギャーギャー喚く教師を無視し、扉を思いっきり閉める。

 よし、これで静かになったか。

 …しまった!?感情的になり過ぎた!これではまだまだ子供です。

 ま、過ぎたことは仕方がない。

 今は一刻も早く、この場を去るとしよう。

 私は静かに廊下を歩いて保健室へと戻る。



 優が教室を去った後、誰一人、声を出せる者はいなかった。

 数分経過し、口を開けたのは、

「み、みなさんも、あんな不良にならないよう、注意してくださいね!」

 優の担任だった。

「「「はい!!!」」」

 生徒も、担任の洗脳にかかっているかのように、返事をする。

 岡本は、

(へへ。やってやったぜ。これで俺に逆らう奴は誰もいなくなった!)

 と、考えていた。

 

 だが、第六班の面々は違った。

「なぁ。あれってやっぱり…?」

「ええ。だと思うわ。」

「??どういう事?」

「…早乙女君は、私をかばって、わざとあのバケツを受けたんだよ。」

「ええ!?」

 そう。

 優の、あの行動を間近で見ていた4人だからこそ気付けたのだ。

 優は避ける寸前、後ろを向いていたことに、第六班の面々は目撃した。

 そして、もし、そのまま優が避けたら、桜井綾の身が危なかった、ということもすぐに理解出来た。

「私、また、助けてもらったんだ…。」

「?どういう事だ?」

「ん?ああ、佐藤君は知らないよね。実は…。」


 こうして、桜井綾の友人、風間洋子は語りだした。

 保健室での早乙女優の様子、家庭科室でのカツ丼対決のこと。

「は~。あいつ、そんなことしていたのか。」

「全然知らなかった。」

 二人はいつの間にか聞き入るように、体が自然と前に乗り出していた。

「…もしかしてあいつ、ほんとにカンニング、していないのか?」

「当たり前じゃん!あんないい子がそんなこと、するわけないじゃん!」

「だったら、あの満点は何なの?」

「それは、早乙女君の実力よ!」

「それこそ怪しいんじゃない?」

「だったら、誰のテストをカンニングすれば、満点取れたの?早乙女君以外、誰も満点取れていなかったのに。」

「…。」

「そ、それは!頭いい人の解答を写すとか…。」

「いきなりの抜き打ちテストで、しかも、クラス全員と仲良く出来ていなかったのに、どうやったら、頭いい人と悪い人の区別がつけられるの?」

「「……。」」

 二人は黙ってしまった。

 そして、

「今回の事もそうだよ!早乙女君、一切悪くないのに!」

「まぁまぁ。少し落ち着いて、綾。」

「…ありがと、洋子。」

「…とにかく、あいつがそれほど悪い奴じゃないってのは分かった。」

「確かに。計画立ててくれたり、優しく説明してくれたりしていたしね。」


 こうして、早乙女優に対する誤解が解ける。

 だが、解けたのはこの二人だけだった。

 依然として、早乙女優はカンニング魔だと、このクラス全員(四人を除く)は思っていた。


「後でしっかりと謝らなくちゃ。」

 と、声に出して誓う桜井綾。

「そうね。私も一緒に行くわ。」

「洋子。」

「「俺(私」も行く!!」」

「ふ、二人とも…。」

 そうだ!

 私達だけでも謝らなくちゃ!

 そう、桜井綾は決意した。

 結局、修学旅行の計画はほとんど進まず、後日持ち越しとなったが、四人とも、一切文句を言わなかった。



 ・・・。

 ふぅ~。

 少しは落ち着いたかな。

 

 私は教室を出た後、この怒りを鎮めるために、トイレに籠った。

 入っていく途中、トイレの鏡で自分の鏡を見た時、凄い顔をしていたことに驚いたほどだった。

 それで、トイレで気持ちを落ち着けている内に、イライラより痛みが強くなる。

そこで、

「あ。そういえば私、怪我、していたんだった。」

 怪我していたことを思い出す。

 いたたた…。

 思い出したら痛みが。

 私は保健室へ目指す。


「失礼します。」

「あら?ずいぶんと…その怪我は?」

 保健室の先生も、私の右腕の青痣を見て、目の色を変える。

 それはさぞ不思議だったでしょう。

 授業が終わる前に戻ってきたと思ったら、腕に痣作って戻ってきたら、不審がりますよね。

「これは…階段で転んで怪我しちゃいました。」

 と、一応当たり障りのない嘘をついておく。

 この嘘、すごい便利。もっと使っていこう。

「そぉ…。階段から音、聞こえなかったのにね。不思議ね。」

「そ、そうですね…。」

 そんな雑談をしながら、保険室の先生は適切に処置を施してくれた。

「…まぁ、一応そこまで問題視するほどの怪我じゃないけど、腫れが引かなかったら、病院で検査してもらってね。」

「はい。」

 私は素直に返事をする。

「…ところで。」

「…はい?」

()()()その青痣、どこで出来たものなの?」

「…。」

 これは…あれだな。

 完全に嘘ついたことがばれているな。

「さ。早く教えて?」

 …どうしよ?

 私は先生から迫られることなる。

 その後、のらりくらりと躱したことでうやむやに出来たが、保健室の先生はしばらく不機嫌だった。

 

 優にとって、感情を揺さぶられた修学旅行の班決めは終わった。

「…これで、修学旅行は出ないっと。」

 そして、修学旅行の書類に『不参加』と記し終え、ひとまずは解決した。

次回予告

『小さな会社員の京都出張要請生活』

 5月の下旬、優は課長に呼ばれ、会議室に向かう。用件は、取引している会社の一つ、『アルド商事』、それも京都にある本社への出張要請だった。だが、時期は優の学校の修学旅行と重なっていたのだが、優は迷わず出張の方が大事だと言い、承諾する。


 こんな感じの次回予告となりましたが、いかがでしょうか?

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