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新入女性社員の哀情暴露生活

 私、工藤先輩、橘先輩が一斉に桐谷先輩の方を向く。動いた形跡はないので、寝ているようにしか見えないのですが?菊池先輩の言葉を信じないわけではないですが、桐谷先輩が狸寝入りしているしたら、何故起きずに狸寝入りしているのでしょう?普通に起きて会話に参加すればいいのに。

「・・・。」

 寝ているからなのか、桐谷先輩からは何も音が聞こえません。当然といえば当然ですかね。そういえば寝息が聞こえませんが、桐谷先輩は寝ている時、寝息は立てないのですね。

「まったく。菊池先輩の勘違いでは・・・、」

「勘違いじゃないわよ?」

 私の否定の言葉に菊地先輩は否定の言葉を重ねる。

「だってほら。」

 菊池先輩は桐谷先輩のある体の部位を指差す。

「耳、赤くなっているでしょう?」

 それは、赤く変色している桐谷先輩の耳だった。

 あれ?でも確か、酔っぱらうと耳って赤くなるような気が・・・!?

(そういえば。)

 桐谷先輩が酔っぱらって寝てしまったとき、桐谷先輩の耳は赤くなかった記憶があります。ということは、桐谷先輩が寝てから今までのうちに、耳が赤くなるような何かがあった、ということになります。

(いえ、まだ確定できません。)

 耳が赤くなるくらいの夢を見ていた、なんていう可能性も否定できません。ですが、耳が赤くなるほどの夢って一体・・・?となると、やはり菊池先輩の考えの方が現実的なのかもしれません。

 つまり、桐谷先輩は私達の話を聞き、耳を赤くした。

「・・・。」

 当の本人は動こうとも・・・あ。今、動きました。ですが、寝相と言われればそれで納得するような動きです。寝る向きを変えるような、そんな程度の動きです。これだけで桐谷先輩が起きていると断定は出来ません。

「あ~。」

「なるほど。」

 ですが、工藤先輩と橘先輩は納得したようです。桐谷先輩は今、本当に狸寝入りしているのでしょうか?

「桐谷先輩?」

「もう~、優君たら。狸寝入りしている人に声をかけても無視されるに決まっているでしょう?」

「…それもそうですね。」

 本当に狸寝入りしているとすれば、寝ていると錯覚させるため、極力私達の言葉に反応しない、それが最善でしょう。なら、私の声掛けは無駄ですね。

「でも、このままでいるつもりはないわよね?」

 菊池先輩は、狸寝入りしているかもしれない桐谷先輩に声をかける。

「・・・。」

 やはり、というか納得というか、桐谷先輩は反応しなかった。

「そのままでもいいから聞きなさい。優君は、そしてここにいる人達はみんな、あなたに力を貸すと言っているのよ?何か一言、言うべき事があるんじゃないかしら?」

「いえ、私は別にそのような言葉を期待して手伝うと言ったわけではありませんから。」

「優君にその気があるとかないとか関係ないわ。人として、社会人としての最低限度の礼儀の事を言っているの。手伝ってくれるなら、手伝ってもらったならお礼を言う。その当たり前のことを言っているの。」

 た、確かに。今の菊池先輩の言葉に反論はありません。ですが、

「桐谷先輩は寝ているのかもしれませんよ?いくら何でも寝ている人からお礼を言ってもらう、なんてことしなくても・・・、」

「まだ優君はそんなことを言っているの?この子は起きているのよ?」

「ですが・・・。」

 本当に起きているのでしょうか?信じられません。

「ま、ここまで言われると起き辛い、というのもあるかもしれないけど。」

「「確かに。」」

 工藤先輩と橘先輩には思い当たる節があるのだろうか。菊池先輩の言葉に凄く納得していた。

「それで、どうするの?」

 菊池先輩の言葉に、

「・・・で。」

 ん?何か声が聞こえてきます。工藤先輩や橘先輩とは違う女性の声が聞こえました。ですが、菊地先輩とは異なる声質な気がします。となると、

「桐谷先輩?」

「どうして!!??」

「「「「!!!!????」」」」

 き、桐谷先輩!?桐谷先輩のこんな感情的な声、初めて聴きました。ハキハキとみんなに聞こえるような声とは違い、声量が大きいだけの声。まるで、今まで溜め込んでいた何かを吐き出すような。

「どうして私に優しくするの!!??私なんか放っておいて、何も見なかったことにすればいいじゃない!!??」

 今までの桐谷先輩とは思えないほど感情的で、怒号にも近い声です。やはり、酒を飲んでいたため、感情が一時的に開放されているのでしょうか。

「そうすれば、あなた達がこんなに悩まずに済んだ!私が勝手に寿退社すれば、あなた達はそのまま何も知らずに平穏な生活を送れた!それなのにどうして、どうして!!??」

 とりあえず、今の桐谷先輩は正常ではないようです。

「失礼します。」

 私は誰に言うでもなく、自身に免罪符を張るが如く優しく言い、

「落ち着いてください。」

 失礼を承知で、桐谷先輩の首元に手を接触させ、桐谷先輩の心を安定させようと試みる。

「!?」

「落ち着きましたか?」

 本当ならもっと言わせて、思う存分吐き出させておくべきだったかもしれませんが、それは後に回しましょう。

「ど、どうして?」

「何に対してかは分かりませんが、桐谷先輩がご乱心でしたので、ちょっと落ち着いてもらおうと思いまして。」

 と、私は出来るだけ優しく言葉を渡す。

「じゃなくて!?どうして私のことを放っておかないの!?どうして私を助けようとするの!?」

「・・・。」

 私は言いたいことを我慢し、桐谷先輩の言葉を待つ。

「私みたいな面倒くさいの、放っておけばいいのに。こんなの、普通じゃない!!」

 普通じゃない、ですか。

「だったら、普通じゃなくていいです。」

「え?」

 桐谷先輩の言葉が無くなったので、私は言葉を渡し始める。

「もし桐谷先輩の言う普通で、桐谷先輩を救うことが出来ないのであれば、私は普通じゃなくても桐谷先輩を助けます。」

 桐谷先輩の言う普通がどういう定義なのか、どこからどこまでを指し示しているのかは図りかねますが、私の気持ちを桐谷先輩に渡してみる。

「どうして?こんな私なんかのために、どうして?」

 さきほどまで怒号を飛ばしていた人とは思えないほど、今度は泣き出してしまいました。やはり、感情が不安定ですね。大丈夫でしょうか。

 ですが、さきほどの桐谷先輩の質問には答えなくては、ですね。

「恩があるからです。」

「お、ん?」

「ええ。恩です。私は桐谷先輩に恩義を感じています。」

「そんな!?私はだって、去年入ったばかりの新入社員なのに・・・!」

「それでも、ですよ。」

 きっと、今私が言葉で一から説明しても、桐谷先輩に全てを伝えることは不可能でしょう。ですが、私は桐谷先輩に恩義を感じているのです。

 去年、桐谷先輩が入ってきてくれたから、去年の仕事は一昨年以上に実りのあるものとなることが出来ました。去年、桐谷先輩が新入社員として私達のところに配属されたこと。今の私はとても嬉しく、感謝しています。桐谷先輩みたいに愛想がよく、誰にでも優しく、懸命に仕事を覚えようとする。そして、時折させてしまう無茶ぶりにも根気強く挑んでくれました。確かに、今の桐谷先輩は工藤先輩や菊池先輩に比べると、仕事の能力が低いのかもしれません。ですが、同じ新入社員と比べると、その仕事の能力は圧倒的に桐谷先輩の方が高いことでしょう。もちろん、そうなるように指導しましたが、桐谷先輩のやる気があってこその実りです。そんな桐谷先輩のやる気に、笑顔に、雰囲気に、私は幾度となく救われてきたんですよ?他にも数えきれないほど救われました。それはもうきりがないほどに。

「私は、桐谷先輩が私達のところに来て下さり、感謝しているんです。」

 私はこれまでの事を想いながら、その想いを言葉に乗せて、桐谷先輩に伝える。

「優、さん・・・。」

「ですから、桐谷先輩がどう思おうとも関係ありません。」

 例え、桐谷先輩が私の事を嫌っていても、です。出来れば好いていてもらえると嬉しいです。でも、あまり高望みはしない方がよさそうですね。何も思っていなくてもいいです。

「私に桐谷先輩が幸せに過ごせるようお手伝いします。」

 私は今出来そうなことを述べる。言い切ってしまいましたが、疑問形で聞いた方が良かったでしょうか?

「で、でも・・・、」

「・・・。」

 桐谷先輩が何か言いたそうにしているので、桐谷先輩が言い終えるまで待つとしましょう。

「わたし、めいわくかけ、て。」

 なんだ、そんなことでしたか。

「迷惑だなんて思っていません。」

「え?」

「例え桐谷先輩が迷惑だと感じていれば、それを迷惑と捉えるのではなく、助けてもらったという恩に置き換えてください。」

「お、ん?」

「ええ。そして恩はいつか、桐谷先輩が返せる時に返してくれればそれで構いません。」

 私も、今までそうして過ごしてきましたし、今でもそうして過ごしていますからね。

「ですから今は、私が桐谷先輩に感じている恩を、少しでも返させてくれませんか?」

 これ以上譲る気はありません。ですが、桐谷先輩が本当に嫌悪しているのであれば、大人しく身を引くとしますか。本当は引きたくないですけど、桐谷先輩の願いであれば、受け入れるとしましょう。

「おねがい、できます、か?」

 本当に今の桐谷先輩は、感情が不安定です。

 酔っぱらって、怒って、泣いて。声が太くなったりか細くなったり。今日だけで桐谷先輩の今まで見えてこなかった面が見えてきた気がします。ですが、出来ればこのような時に見たくはありませんでした。どんなに表情の顔や声を変えたところで、本質が変わらなかったように見えましたから。

 その本質は、(あい)(じょう)

 どんなに酔いを体中に染み渡らせても、どんなに声を大きくして精神的負荷を軽減させようとも、涙を体外に放出しても、尽きることのない哀情。そして、受け入れる事しか出来ない現実。桐谷先輩にはさぞ辛かったことでしょう。

 今の私にはそう見えましたが、他の人が見たら異なっているのかもしれません。私が今の桐谷先輩を見てそう思っただけですから。でも、少なくとも、会社にいる時の、あのハキハキとした笑みを見せてくれる桐谷先輩とは違いました。会社では先輩方の心を元気づけるような笑みでしたが、今は哀しみに満たされ、何をすればいいのか戸惑い、行き場のない憤りが溢れ出たような顔をしています。他の人がどのような反応をするかなんて関係ありません。

今の私は、

「はい。桐谷先輩、後は任せて下さい。」

 ただ、桐谷先輩が困っているのであれば助けたい。

 再び桐谷先輩と仕事をしたい。

 桐谷先輩と私情を気兼ねなく話せるような、それくらい信頼できるような関係を持ちたい。

 そのために私は、

「・・・。」

「おっと。」

 桐谷先輩が椅子から落ちそうになったので、私は桐谷先輩を支えようと動きます。

「「「ふぅ。」」」

 いえ、私だけではありませんね。菊池先輩、工藤先輩、橘先輩。みなさん、桐谷先輩の事が心配だったみたいです。

「桐谷先輩、よほど今回の事がこたえたみたいです。」

 まるで気絶するかのように気を失いました。よほどあの方との結婚が嫌なんでしょうね。

(もしかしたら、私達と仕事出来なくなるのが辛い、とか?)

 ちょっと嬉しい期待もしてみたりしてみなかったり・・・。いえ、これは高望みが過ぎましたね。

「だな。優の胸に吸い込まれるようだったぞ?」

「ですね。」

「本当はお前が桐谷を受け止めたかったんじゃないか、橘?」

「!?ば、馬鹿な事を言わないでください!」

「はっはっは。まだまだ橘も若いな。ところで、」

 工藤先輩がひとしきり橘先輩をからかうと、菊地先輩の方に視線を向けた。その視線の先には当然、菊地先輩がいるのだが、

「・・・何故、お前がそこまで号泣しているんだ?」

「うんうん。」

 菊池先輩が号泣していた。それはもうたっぷりと。もしかしたら桐谷先輩以上に泣いているのかもしれません。

「だっでぇ。ゆうぐんがあぞごまでぜいぢょうじでいるなんでわだじ・・・。」

 む。菊池先輩は失礼ですね。私だって日々成長しているのです。出来れば精神面だけでなく、肉体面も成長してほしいです。私、この1年で身長が伸びている感覚がまったくないんですよね。と、こんなことは後で考えるとしましょう。

「さて。それでは先輩方、まずは桐谷先輩を自室に運びますので、一時はこれで失礼します。」

 本当は一人で運ぶと桐谷先輩の体に傷をつけてしまう恐れがありますが、他の先輩方は疲れている事でしょうし、

「いや、俺が運ぶよ。優も疲れているだろう?」

「先輩、俺も手伝います。」

「お、悪いな。」

 なんか、工藤先輩と橘先輩が桐谷先輩を運んでくれる話になったので、ここはお二人に任せましょう。

「それではお願い・・・、」

「いえ、私と優君がこの子を運ぶわ。あなた達はそこに座って待っていなさい。」

「「!!??」」

 え?力の関係上、子供の私や女性の菊地先輩より、成人男性である工藤先輩、橘先輩に運んでもらった方が適任ではないでしょうか?それをどうして菊池先輩は断るのでしょう?

「だって、男性が女性にむやみに触ると、後々痴漢だのセクハラだの変な事を言われる恐れがあるわよ?」

「「なるほど。それじゃあ任せる。」」

 二人は息の合った言葉で私達に桐谷先輩の事を託した。確かに、女性に対するセクハラはいつの時代もなくなりませんからね。そういう脅威は未然に、それも言いがかりすらさせないような状況を作るくらいがちょうどいいのかもしれません。あれ?ところで、

「私も男なのですが、私が桐谷先輩を触っても問題ないのでしょうか?」

 私も男ですし、菊地先輩の言葉に従うのであれば、菊池先輩一人に任せるべきではないでしょうか?もちろん、私は桐谷先輩の体をむやみやたらに触る、なんてことはしませんが。きっと工藤先輩、橘先輩も同じ思いでしょう。

「え?優君は子供だし、この子も理解しているからきっと大丈夫よ。」

 なら大丈夫でしょう。

「もし優君を訴えようとするなら、私のあらゆる手段でこの子を不幸のフルコースに仕立てあげるだけだしね。」

 ・・・最後の一言は聴かなかったことにしましょう。

「それでは工藤先輩、橘先輩。そこで少しの間、待っていてください。」

「ああ。」

「おう。」

「それじゃあ菊池先輩。」

「ええ。」

 こうして、私と菊池先輩は、二人がかりで桐谷先輩を私の部屋のベッドに寝かしつける。去り際、メモを残しておいたので、何かあれば桐谷先輩自らが私宛てに連絡してくれることでしょう。それにしても、まさか菊池先輩が、「優君が使っているベッドに寝るなんて、なんて贅沢者なのかしら。」なんて言葉を吐いていました。新品ならまだしも、使用中の物を羨ましがるなんて。菊池先輩も変わった人です。いえ、元々菊池先輩は変わった人であることは重々承知ですから、このことに関しては触れずにいきましょう。私達が共同リビングに戻ると、

「「・・・。」」

 工藤先輩と橘先輩は、何もしていませんでした。てっきり工藤先輩が、「飲み直しだー。」なんて騒いでいるのかと思いましたが、飲みもせず、話もせず、ただ黙って座っていました。一体、どういう目的で座っているのでしょうか?私達待ちとはいえ、飲み食いしても文句は言わないのですが。

「お待たせしました。」

 私の言葉に、工藤先輩と橘先輩はこちらを向く。視線が少し痛いです。

「ま、とりあえず座ってくれ。」

 私は工藤先輩に流され、席を座る。

「それじゃあ私もっと。」

 菊池先輩は当然のように私の隣に座る。

「「「「・・・。」」」」

 互いに見つめ合う事数秒。

「あ、お水、持ってきますね。」

 私は、テーブルに何もないことに気づき、台所から水を持ってくることを宣告する。そういえば、テーブルの上が綺麗に片付いています。もしかして、先ほどの間に先輩方が片付けてくれたのでしょうか。

(ありがとうございます。)

 後できちんと言葉にすることを胸に秘め、私は台所からお水入りのグラスを四つ持ってきて、それぞれ先輩方の前に置く。そして、私が席に着くと、

「で、さっき聞いた話なんだが、全て本当なんだな?」

 工藤先輩が開口一番、話題を振ってきました。

(これはもう、菊地先輩だけでなく、工藤先輩、橘先輩にもばれていますよね。)

 きっと、さきほどの話を聞いていたというのであれば、多少なりとも事情を把握している事でしょう。その多少聞いたことが本当かどうか、私に確認をとろうと聞いているのでしょうね。私が知っていると確信して。

「・・・はい。」

 少し考えてしまったため、即答は出来ませんが、下手に隠すのはもうできないと判断し、肯定しました。

「「・・・。」」

 私の返事を聞いた時、二人とも頭を抑えたり、口を抑えたり、両手で頭部を抑えたりと、態度が明らかに普通とは異なっていました。確かに、これを初めて聞いた時は私も自分の耳を疑い、何度も脳内で反復し、体に何度も聞き返していましたからね。一回聞いただけで全てを瞬時に飲み込むことは出来なかったのでしょう。

「それでこの頃、桐谷の様子がおかしくなっていたのか。」

「だから、桐谷らしからぬミスも増え、辛そうな顔を見せていたのか。」

 二人とも薄々とはいえ、感づいたのでしょう。ここ最近の桐谷先輩の異常さに。ですが、確信をつくまでには至らなかった。調子が悪いと言われればそう納得できますし、何もないと言われればそこまでです。ですから今回、酔っていたとはいえ、桐谷先輩自らが喋りましたからね。今までの違和感に納得できたのでしょう。

「ええ。本当に辛そうでしたよ。」

 本当に。

「・・・そうか。俺、桐谷の事、きちんと見ていなかったってわけか。」

「それを言うなら俺もです。それに、優が一番桐谷の事見ていたわけですし。」

「だな。」

「さて、それお二人は改めて、どうなさるおつもりですか?」

「どう、とは?」

「?」

「この際、桐谷先輩が漏らしてしまったので話しますが・・・。」

 私は現在置かれている状況を簡単に説明し、状況をお二人にも伝える。

「「・・・。」」

「というわけですので、口を挟むのであれば、それ相応の覚悟はしてください。」

 私は警告にも近い言葉を投げかける。

「そして私と菊池先輩は、桐谷先輩のために動きますが、お二人はどうしますか?桐谷先輩の置かれた状況を改めて聞き、どうしますか?」

 もしかしたら、桐谷先輩の置かれた状況を現実的に理解し、協力を辞退するかもしれません。その可能性も考えて行動する必要があります。

「なぁ、優?」

「はい、何でしょう?」

「俺は、桐谷の置かれた状況を聞き、改めて助けたいと思ったし、優が苦労しているのに俺だけ気楽に過ごすなんて出来ない。」

「前者はともかく、後者に関しては気にしないでください。工藤先輩が気楽に過ごしているなんて思っていませんので。」

「俺が考えちまうんだよ。それと最後に一つ。」

「?」

 何でしょう?

「大人なら、一度言った言葉に責任を持つべきなんだよ。」

 大人なら、ですか。私みたいな子供でも、一度言った言葉に責任を持つようにはしているのですが、私の言う責任と工藤先輩の言う責任は違うのでしょうね。

「だからこれは、桐谷を助けたいおもいと、優だけに辛い思いをさせたくないおもい。そして、大人としての責任を果たそうというおもい。この三つが、俺が桐谷を助けたい理由だ。」

 そう言った後、工藤先輩は私と菊池先輩を交互に見て、

「文句あっか?」

 桐谷先輩の事はもちろんの事、私にも気を遣っての申し出だったのですね。そんなの、余計な気遣いです。そう思ってしまいましたけど、

(私が今、桐谷先輩の事を想っている事と類似しているのかもしれません。)

 そう考えた時、工藤先輩が私の事を考えてくれる気持ちの一端を理解出来ました。それに、工藤先輩は桐谷先輩の事だけでなく、私の事まで思ってくれての行動です。私以上に人想いな先輩です。こういう先輩だからこそ、仕事でも私生活でも信頼を寄せているのでしょうね。

「工藤先輩のおもい、確かに伝わりました。」

 桐谷先輩の事について話し合っているのに、なんだか私の事まで気遣ってくれて嬉しく思います。

「橘先輩はどうしますか?」

 さて、次は橘先輩です。

「・・・俺は、工藤先輩に言葉を並べることは出来ない。だけど、」

 橘先輩は一度下を向きましたが、すぐに私達を見る。

「こんな目つきだから誤解されることが無数にあった。だけど俺は、困っている大切な後輩を故意に見捨てるほど、性格を捻じ曲げた覚えはねぇ。」

 橘先輩は自身の胸に拳を突きつけ、

「だから助ける。」

 ほんと、桐谷先輩に聞かせたいお言葉です。何せ、桐谷先輩だからこそ、ここまでこのお二方は言ってくれているのです。桐谷先輩はそれほど、将来有望で、素敵な性格で、周囲の方々に好印象を与えてきたわけですから。桐谷先輩の仕事風景が、態度が、姿勢が、このお二人を立ち上がらせた。本当、期待の新入社員です。

(いえ、もう新入社員と呼ぶことは失礼かもしれませんね。)

 もう入社して一年。

 いえ。まだ入社して一年。それを、望まない結婚、寿退社で終わらせるなんて。

(絶対にさせません。)

「ありがとうございます。それではこれから、桐谷先輩を寿退社させないためにも、お二人には手伝っていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」

 私は、二人の気持ちを聞いたうえで質問する。本当は、先ほどの問いに対する答えを聞いた時点で、手伝ってくれると信じています。私の問いに、

「「ああ、もちろんだ。」」

 二人は決断をした声で返事をしてくれました。

「それじゃあこれから忙しくなりますので、今日はもう寝て、近日中には始めましょうか?」

 私のこの言葉に、

「ええ。」

「だな。」

「おう。」

 先輩方は呼応する。

(絶対に、桐谷先輩本人が望まない理由なんかで辞めさせません!)

「それじゃあ今日はお疲れ様でした。」

「「「お疲れ様。」」」

 仕事をしていたわけでもないのに、自然とこの言葉がでてしまいました。

(さて、どのように証拠を固めていきますかね。)

 私は自室に戻ってからも、ずっと今回の事を考え続けた。

 桐谷先輩の幸せを、社会人生活を守るために。

次回予告

『会社員達の豪華朝食生活』

 桐谷杏奈から暴露されて一晩経過し、桐谷杏奈、橘寛人、工藤直紀、菊池美奈、早乙女優の5人は、共用のリビングで少し豪華な朝食をいただく。


 こんな感じの次回予告となりましたが、どうでしょうか?

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