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小さな会社員の新入女性社員不調疑惑生活

 1月の正月気分はすっかり抜け落ち、仕事感覚を取り戻したと思われたこの頃。

「桐谷、この書類、ハンコがないぞ?」

「あ。す、すみません!すぐ押します!」

「…桐谷。先日作った資料、チェックしておいたから後で確認しておいてくれ。」

「は、はい!」

 なんだか、桐谷先輩の仕事にミスが多くなったような気がします。もちろん、ミスをするな、なんてことは言うつもりありません。ですが、去年の11月の方が仕事のミスが少なかった気がします。行う仕事の種類が少し変わったからでしょうか。

「優く~ん♪この書類のこの部分が分からないの~♪教えてくれるかしら~?」

「・・・それで、どこが分からないのですか?」

 菊池先輩が仕事について不明な点があるですって?そんなこと、あるわけがありません。あるとすれば、書類に不手際があるか、菊地先輩の勘違いくらいでしょう。となると、菊地先輩の勘違い、という可能性が高そうです。

「これよ♪」

 菊池先輩は私に、相談内容が記されている紙を渡してくる。私はそれを受け取り、内容を確認する。

 ・・・。

「これは・・・?」

 確かに、一部内容が欠けているようです。これでも仕事は出来ますが、完遂は出来そうにありません。

「でしょ~?私、分からなくて困っているのぉ~。」

「であれば、取引先の方に電話を繋ぎ、至急内容の確認をした方がよろしいかと思います。」

「だってよ。」

 と、菊地先輩は工藤先輩に顔を向ける。もしかしてこの仕事、工藤先輩の、ですか?

「・・・は?何?」

 工藤先輩は、突然話を振られたかのような反応です。もしかして、菊地先輩が無理矢理仕事を押し付けようと?

「だから、あなたが代わりに取引先に電話し、至急内容確認の電話をお願い。私は優君とイチャイチャしているから♪」

 と、菊地先輩は私にベッタリくっ付く。はぁ。

「は?これはおめぇの仕事だろ!?なんで・・・!?」

 工藤先輩は途中で言葉を止めてくれた。何故かというと、私が工藤先輩に対して左手を出し、目で合図をしたからです。

“私が代わりに言いますから大丈夫です。”

 と。

 私の目の合図の意図を汲んでくれてありがとうございます。

「菊池先輩。」

「ん?なぁに、優くん?」

 私はきちんとした態勢で、

「仕事をしないのであれば、もう菊池先輩には何もしませんよ?」

 私はそう一言告げる。

「え?何もって、何?」

「何もは何も、です。」

「・・・つまり、優くんとの楽しい夕飯や、イチャイチャ出来る調理タイムは?」

「しません。」

「優君の部屋に行って、優くんと一緒にお泊り会するのは?」

「しません。」

「優君が着た後の服をクンカクンカしたり、優くんと一緒に入浴したりしてくれないの!?」

「しません。というかさせません。」

「そ、そんな!!!???私、優くんともっとイチャイチャしたいの!!」

「であれば、今は仕事をしてください。そうすれば、私と一緒に夕飯食べたり、一緒に調理したり、お泊り会したりぐらいはかまいません。」

 それぐらいはたまに行っていますしね。問題ないでしょう。

「分かったわ!それじゃあ喜んで仕事をするわ!!・・・ところで、優君の服をクンカクンカしたり、優くんとの入浴タイムを楽しんだりは?」

「永遠にさせませんので安心してくださいね。」

「そんなぁ~~~。」

「はい、仕事してくださいね。」

 私は自身のデスクに座り、仕事の続きをし始める。

「たく、何で俺が・・・、」

「おい工藤!さっき渡した書類を私に返しなさい!それは私の仕事よ!」

「変わり身早いな、おい。ほらよ。」

 工藤先輩が、さきほど菊池先輩から渡された紙を菊池先輩に返そうと差し出すと、それを強盗犯のようにひったくり、すぐさま電話を始める。いつもあれほど、仕事に対する熱意があればいいのですが・・・。

「悪ぃな、優。あの馬鹿に鞭を打たせるようなことをさせてさ。」

「別に気にしませんよ。菊池先輩がきちんと仕事をしないと、仕事の効率が悪くなってしまいますからね。」

 それほど、菊地先輩の能力が貴重な戦力なのです。菊池先輩は自覚しているのかしていないのか分かりませんが。

「さっさとやらないと、優くんに嫌われちゃうからね。」

 菊池先輩はそれから、風のように仕事をこなしていく。それにしても、私の一言がよほど効いたのでしょうね。数分前とは比べものにならないほど仕事をする速度が段違いです。本当、普段からその力をだしていればいいのに。

「・・・。」

 橘先輩はというと、こんな状況でも黙々と仕事を続け、着々と仕事をこなしています。さすがは橘先輩です。橘先輩って、、普段はあまり世間話をしないのですが、その分きちっと書類仕事をしてくれますし、ここ数年、書類に関するミスをしていないんですよね。

「あはは…。」

 桐谷先輩は、私達のやりとりに対し、乾いた笑い声をだしていた。ま、私達のやりとりに対し、そのくらいの反応しか出来ないと思います。むしろ、蔑んだりドン引いたりしないあたり、桐谷先輩は優しいのでしょうね。

(それにしても…。)

 どうにも桐谷先輩の事が気になります。私の気のせいかもしれませんが、本人に一度確認したいです。ですが、桐谷先輩にどう聞けばいいのでしょうか。

“桐谷先輩、最近疲れていますか?”

 とか、

“何かありましたか?”

 という風に聞けばいいのでしょうか?

(いえ、直接本人に聞くのは後にしましょう。)

 私の主観だけで判断するのは少しまずいかもしれません。私の視点が全てではありませんし。であれば、

(他の先輩方に聞いてみるとしましょうか。)

 一人一人の先輩に聞いて、ここ最近の桐谷先輩についてどう思っているか聞いてみるとしましょう。


 少し時間が過ぎ、休憩時間になった時、私は菊池先輩を呼び、二人っきりに慣れる場所まで行った。

「それで優君、話ってなぁに?は!?まさか、私との結婚!?結婚なのね!いいわ!それじゃあまずは私との結婚式の日取りから決めましょう!」

「いえ、全然そんなことないです。そんなことより別の目的があってこの場所に来てもらいました。」

「私と優君との結婚話がそ、そんなこと・・・。」

 何故か菊池先輩が落ち込んでいますが、今はそれより別件のことを優先するとしましょう。

「それより桐谷先輩のことです。」

「・・・あの子のこと?」

「はい。ここ最近、どういう理由なのか、仕事にあまり身が入っていないのか、仕事のミスが去年より多いような気がするのです。菊池先輩は何か心当たりありますか?」

「心当たり、ねぇ・・・。」

 菊池先輩は少し考え、私を見つめる。

「優君の瞳って綺麗ね♪」

「真面目に答えて下さい。」

「…分かったわ。」

 菊池先輩は、仕方がないな~、というような表情を顔に表現し、答えてくれた。

「私も正確な理由は知らないわ。それに、一時期仕事にミスが多いからって何かあったのでは?なんて考え方は良くないと思うわ。」

「良くない、とは?」

「そうねぇ・・・。どんな人にもああいう時があると思うの。それに、この一言を言われたらどうしようもないの。」

「?その一言とは何ですか?」

「調子が悪いから。この一言を言われたらどうしようもないわ。」

「なるほど。」

 確かに、人間誰しも調子の悪い時があります。それを言われてしまえば引き下がるしかありません。

「もちろん、優くんを否定する気は無いわ。そうやって人を心配する気持ちは大事にするべきよ。」

「あ、ありがとうございます。」

 なんか、菊地先輩が私に真顔で褒められると恐怖に近い感情を感じます。違和感以上にちょっと怖いです。

「でもね、人には聞かれたくない事、話したいことだってあるはずよ。それは私にだってもちろんあるし、優くんにもあるんじゃない?」

「!?」

 大変身勝手ですが、自分に置き換えることでようやく理解出来ました。

 私は余計な事を、余計なお節介をしていたのですね。例えそのお節介が善意によるものでも、された方は迷惑にしか感じない。であれば、何もしないほうが・・・。

「ま、そういった問題に答えは存在しないわけだし、優君のしたいようにすればいいわ。」

 と、菊地先輩は私の頭を撫でてきました。いつもならこういう子供扱いは止めて頂きたいのですが、今は少し、ほんの少しだけ甘えたいです。

「ありがとうございます。」

 菊池先輩のこの考え、思考を参考にさせていただきます。

「でも~、赤の他人はともかく、優くんになら私、なんでも言っちゃうからね♪」

「では菊池先輩、お互い、自分のデスクに戻りましょうか?」

「あれ?優君、何か私に聞きたいことはないの?」

「ありませんが?」

 急にどうしたのでしょうか。

「私の胸のサイズとか、体をどこから洗うとか、何カップとか気にならないの!?」

「はぁ。興味なんて微塵もありませんが。」

「・・・私、優くんに女性として見られていないのね。私、ショックだわ・・・。」

 ?何か菊池先輩が落ち込んでいますね。私、別におかしなことは言っていないと思うのですが。

「それじゃあ菊池先輩、そろそろ・・・、」

「優君!私を褒めて!褒めてよ!」

「ええ・・・。」

 急にどうしたのでしょうか。心の病にかかっているのでしょうか。菊池先輩の精神が不安定に思えます。

「お願い!褒めてくれたら今日のお仕事、もっと頑張れる気がするの!だから、ね?お願い。」

 と、菊地先輩はお願いしてきました。確かに、菊地先輩にはお話を聞かせていただきましたし、その恩を返す必要がありますからね。

「分かりました。」

 とはいえ、どのように褒めればいいのでしょう。無気力に褒めるとすぐにばれてしまいそうですし・・・。ここは菊池先輩の長所を褒め、この局面を乗り切るとしましょう。

「菊地先輩は、実に様々な知識を有していて、それをひけらかすことなく、先輩方と平等に接していて素晴らしいと思います。そのような行為や想いが、菊地先輩に対する信頼を築けているのだと思います。」

 こんなところでしょうか。なんだか少し恥ずかしい気もしますが、今は少しだけ我慢です。

「あぁ・・・。優君がそんな風に私を想ってくれているなんて・・・。私、嬉しい!」

 菊池先輩は途端に元気になりました。私の言葉で元気になってくれたのであれば幸いです。私の言葉が誉め言葉になっているのかどうかは分かりませんが。

「それじゃあ優君!私、優くんが素晴らしいと思える人で居続けられるよう、目いっぱい仕事を頑張るわ!それじゃ!」

 菊池先輩はあっという間に行ってしまいました。

「さて、私もデスクに向かいますか。」

 菊池先輩がデスクに向かい、仕事を始めたでしょうし、私も少し早いですが、仕事を再開するとしますか。

「次は工藤先輩に聞くとしましょうか。」

 さて、今度はどのような意見をいただけるのでしょうか。


 昼休みが終わり、先輩方が昼食を食べ終え、それぞれ午後の就業時間が始まるまで、個々に楽しんでいる時、私は工藤先輩に声をかけ、二人っきりになれる場所に呼んで、話を切りだし始めます。

「それで優、話って何だ?」

「はい。話というのは、桐谷先輩の事です。」

「桐谷?」

「はい。ここ最近、桐谷先輩の仕事のミスが去年より多かったので、何かあったのかなと思いまして。工藤先輩はどう思っているのか聞こうと思いまして。」

「ふむ・・・。」

 工藤先輩は少し考え、

「確かに仕事のミスが去年より多くなったような気もするが、気のせいじゃないのか?」

「いえ。それはないです。それに、なんだか仕事に身が入っていないので。」

「・・・確かにそうかもな。」

「ですよね。工藤先輩は何か心当たりがありますか?」

「心当たり、ねぇ・・・。」

 工藤先輩は少し考えた後、

「俺にはその心当たりはないな。」

「そう、ですか。」

 工藤先輩も菊池先輩同様、桐谷先輩の事情を知りませんでしたか。

「やはり、本人に直接聞いた方が・・・、」

 私がそう言うと、

「それはあまりオススメしないな。」

 私の言葉を聞いたのか、私の独り言の呟きを拒否してきた。

「?どういうことですか?」

「そういうことはかなりデリケートな問題だからな。なんとも言えん。だけど、」

 工藤先輩は私の頭に手を置き、

「そういう人を思いやることはとても大事な事だ。だから、これからもそういう気持ちを大切にしてくれよ。」

「はい。」

「もちろん、俺の意見に従う必要はないし、強制もしない。だが、これだけは覚えておいて欲しい。」

「・・・。」

「俺は、お前がどんなことをしても、必ず味方だからな。良いことをすれば褒めるし、悪いことをすれば叱る。それだけは覚えておいてくれ。」

「はい。」

 要するに、悪いことをすれば工藤先輩に叱られる、ということですか。もちろん、悪いことをするつもりはありませんでしたが、この工藤先輩の言葉を聞かなければ、私は非合法なことをしてでも、桐谷先輩の不調である理由を追求していたのかもしれません。

 は。もしかして工藤先輩は、私が非合法的手段を用いないよう釘を刺した、ということなのでしょうか。

「分かりました。肝に命じておきます。」

 私は自身の胸に両手を重ね、さきほど工藤先輩の言葉を反復させる。

 その言葉を理解出来るよう、自身の血液に混ぜて、全身に行き渡らせるようにし、言葉の重さを把握する。今の私に何が不足しているのか。そして、今の私に何が過多になっているのか。それらをしっかり自分で分かるように考える。

「そうか。ならいい。」

 工藤先輩の言葉は淡白に思えましたが、工藤先輩なりの想い、考えがあるのでしょう。先ほどの言葉にも深い意味がありましたからね。先ほどの言葉の意味はまだ理解出来ませんが、私の考えが及ばないだけでしょう。私もまだまだ思考能力が不足しています。

「はい。貴重な時間を私に割いていただき、ありがとうございました。」

 私は工藤先輩につまらない話を聞いてもらえた事を感謝し、その感謝の意志を伝えるため、頭を下げる。

「おう。こんな話ならいつでも聞いてやるからな。」

 そう言い、工藤先輩はさきに自身のデスクに戻っていった。

「・・・。」

 その後、私は工藤先輩に言われたことについて考えていました。

(デリケートな問題、ですか。)

 もしかしたら桐谷先輩は、私が思っている以上に複雑な問題を抱えているのかもしれません。それも、誰にも言えない様な事情を、独りで。

(ですが、どうすれば話してもらえるのでしょうか?)

 もしそうであるなら、桐谷先輩はそう簡単に話してくれないでしょう。ネット等を遣えば調べることも可能かもしれませんが、それはあくまで奥の手にとっておきたいです。出来れば桐谷先輩の口から聞きたいです。

(仕事をしながら考えようかな。)

 本来なら、仕事をしている間は、仕事以外の事は考えたくありませんが、仕方がありません。なんとか桐谷先輩が本調子になれるよう、私もめいっぱいお手伝いしたいですからね。

 さて、どんな方法なら、桐谷先輩は元気になってくれるのでしょうか。

(と、それもそうですが、まだ橘先輩に聞いていませんでした。)

 菊池先輩、工藤先輩の二人に聞きましたが、橘先輩にも聞きますか。もしかしたら何か知っているのかもしれませんし。


 勤務時間が経過し、午後のちょっとした休憩時間。

「・・・それで、こんなところに連れ出して、一体何の用だ?」

「はい。本日は少し、橘先輩に聞きたいことがありまして、このような場所に来てもらいました。」

 私は橘先輩を連れ出し、二人で話が出来る場に来てもらいました。

「それで、聞きたいことって?」

「はい。単刀直入に言わせてもらいますと、桐谷先輩の事です。」

「…ああ。それで?」

「はい。最近、桐谷先輩の様子が変に思えたので、橘先輩は何かご存知ないかと思い、声をかけさせていただきました。」

「様子が変、か。」

 橘先輩は数秒固まったかと思うと、

「ない。」

 そう簡素に言い終えました。ない、ですか。

「本当に、何かご存知ありませんか?」

 しつこいかもしれませんが、もう一回、先ほどと同じことを聞いてみる。

「ない。」

 ですが、橘先輩はさきほどとまったく同じ返事をしてきました。ここまではっきり言う、ということは、橘先輩は桐谷先輩の不調について、何も知らないのでしょう。

「そう、ですか。」

(結局、目ぼしいことは聴けませんでしたか。)

 でしたが、私にはまだ橘先輩に聞きたいことがあります。それは、桐谷先輩の事を知るためではなく、桐谷先輩を元気にする方法です。

「であれば、桐谷先輩が元気になるもの、知っていますか?」

「元気になる物?」

「はい。それをプレゼントすれば、桐谷先輩はきっと元気になれますよね。」

 それで元気にならなければ・・・また一から考えるだけです。失敗したら考えましょう。

「知らないな。」

「知らない、ですか。」

 ふむ・・・あ!?

「そういえばあれ、桐谷先輩は好きですよね?」

 私はさきほど思い出した、桐谷先輩の好きなものについて話を振る。

「あれ?あれってなんだ?」

「あ。」

 そういえば、あれ、としか言っていませんでしたね。確か・・・これだ!

「これです、これ。」

 私は携帯で検索したものを橘先輩に見せる。

「これ、か。」

「はい。これなら元気になってくれると思いませんか!?」

 私はさきほど検索したワード、ラノベアルカディアについて問う。

 このラノベアルカディアに関連する何かをプレゼントすれば、きっと桐谷先輩も元気になってくれることでしょう。桐谷先輩、去年の・・・夏コミ?でしたっけ?そのコスプレで確か、ラノベアルカディアの登場人物に扮していましたからね。それくらい好きなのでしょう。好きじゃなくても、桐谷先輩はラノベアルカディアに対して、何か特別な感情を抱いているのだと思います。そこを利用すれば、桐谷先輩も多分喜ぶでしょう。

「なるほど、な。」

 橘先輩も納得した表情を見せてくれました。どうやら、私と同じような結論を導き出したみたいです。

「なので橘先輩、お願いがあります。」

「ん?なんだ?」

「私にラノベアルカディアのことを教えてください。」

 私はあの夏コミ以来、ラノベアルカディアのことに触れていません。なので、ラノベアルカディアに関する知識がかなり欠如している状況です。この状況をなんとか打破するためにも、橘先輩みたいに、ラノベアルカディアについて深く知りえている人から話を聞く必要があります。

「それは・・・、」

 ん?何故でしょう?橘先輩が何か困っているようです。一体どうして?まさか、ラノベアルカディアについて知らない?いえ、そんなことはありません。夏コミ?の時は桐谷先輩と楽しく話されていましたからね。となれば、別の理由で話すことをためらっている、ということなのでしょうか?

「?どうしましたか?」

「やっぱり、俺の口から教えるより、もっといい方法がある。そっちを使ってくれ。」

「?どういう、意味ですか?」

 橘先輩の口から教わるよりいい方法、ですか?そんな方法があるのでしょうか?やはり、ラノベアルカディアについて知っている方から色々聞いた方がいいと思うのですが・・・。

「明日、いいものを持ってくるから、明日、同じ時間にここに来てくれ。」

「あ!」

 そう言うと、橘先輩は何も言わずにこの場から去ってしまいました。

「橘先輩・・・。」

 まだお礼を言えていないのに。ですが、いいもの、ですか。

(ちょっとだけ楽しみです。)

 お礼はまだ言えていませんが、明日、また同じ時間に会ってくれるとのことでしたので、その時にお礼を伝えればいいでしょう。

「さて、頑張りますか。」

 休憩時間とはいえ、あまり長いこと自身のデスクから離れるのは感心しません。早急に戻り、仕事を再開するとしますか。

(それにしても・・・。)

 橘先輩の言っていたいいもの、とは一体何なのでしょう?気になりますね。

 翌日。

 私と橘先輩は先日と同じ場所に集いました。

(橘先輩が手にしているあの紙袋は一体・・・?)

 ですが、先日とは明らかに違う点が一つあります。それは、大きな紙袋を持っている事です。袋の中身までは把握できませんが、もしかしたら、今日の何かしらの用事で使うのかもしれません。何の用事で使うのでしょうね。

「はい。」

「え?」

 橘先輩は自身で持ってきたと思われる紙袋を私の前に差し出しました。

「え?あ、ありがとう、ございます・・・。」

 私はそのまま紙袋を両手で受け取ります。中身は・・・見ていいのでしょうか?私が戸惑っていると、

「中身、見てみな。」

 橘先輩から袋の中身の閲覧を許可されたので、

「は、はい。」

 私は袋の中身を見ながら中身を取り出す。

(これは・・・本?)

 入っていたのは、同じようなサイズの本でした。それも、10冊以上です。一体こんなに何の・・・?おや?この本の背表紙に何か書かれているみたいです。これはもしかして?

「ラノベアルカディア?」

 私の一言に、橘先輩は言葉を発さずに頷く。

「原作の小説と漫画、それとキャラクターの設定資料だ。」

「げん・・・まん・・・え?」

 な、何を言っているのでしょうか?いえ、いきなりの宣言に私が戸惑っているのでしょうね。少し落ち着きましょう。

 ・・・。

 よし。改めて橘先輩の言ったことを理解出来るように考えましょう。これらの紙袋に入っているのは、ラノベアルカディア関連の本、ということでしょうか。つまり、

「これを読めば、ラノベアルカディアの事が分かる、ということですか?」

 私の質問に、

「ああ。」

 橘先輩は短く返事をする。

「・・・。」

 ですが、私にはどうしても気になることがあります。そのことで少し考えていると、

「?どうした?」

 橘先輩が聞いてきてくれました。そのお言葉、今の私にはありがたいです。

「何故、橘先輩は自身の言葉ではなく、本で伝えようとしたのですか?」

 私としては、口頭で伝えた方が的確だと思います。もちろん、私個人の考えなのでなんとも言えませんが。

「あ~・・・。それは、な・・・、」

 橘先輩が言い辛そうにしていると、ゆっくり言葉を紡ぎ出す。

「俺、人と話をすることが苦手でな、それで人に間違った情報を伝えるかもしれないから、本を読んでもらうことにしたんだ。」

「・・・なるほど、そうでしたか。」

 正直、

“せっかくですし、この機会に私とお話をして、苦手を克服しませんか?”

 という言葉がでそうになりました。

 ですが、その気遣いはすぐに不要な事だと判断しました。不要というか、余計な言葉なのだとすぐに意見を通しました。

 何故なら今回、橘先輩は完全に善意で私にこれらの本を貸してくれると言うのです。それだけでも凄いことですのに、私が余計な事を言ってしまったら、橘先輩の善意を踏みにじることになるでしょう。善意を仇で返すような人間には絶対なりたくない私としては、何も言わず、ただ橘先輩にお礼を言い、貸してくれる本を受け取ることが最善なのでしょう。

 ・・・そういえば、結局のところ、この本達は私に貸してくれる、という解釈でよろしいのでしょうか。明確な言葉を聞いていないのでなんとも不明なんですよね。聞いてみますか。

「この複数の本は私に貸してくれる、ということでよろしいんでしょうか?」

 本当なら、さきほどの会話だけで橘先輩の意図を汲み取ることが出来れば良かったのですが、念には念を押しておきましょう。誤解を生みたくありませんからね。

「ああ。」

 本当、橘先輩らしい、たった一言しかない短い返事ですが、橘先輩の気持ちがしっかりと伝わってきます。私はこの紙袋を大事に持ち直し、

「ありがとうございます。大事に読ませていただきます。」

 私は橘先輩に頭を下げる。すると、

「いや、こんなことで頭を下げなくていいから。」

 と、橘先輩に慌てて言われてしまったので、仕方が無く頭をあげます。これで私の感謝の意志が伝わっていると嬉しいのですが、大丈夫でしょうか?

「ところで、これはいつ頃返せばよろしいですか?」

 いくら貸してくれるとはいえ、無償で永久に貸してくれる、なんてことは無いでしょう。

「そうだな・・・このことが終わってからでいいぞ。」

「分かりました。後、お礼の方ですが、何か私に出来ることはありますか?協力出来る事であればなんでもしますよ?」

 私はここで受けた恩を返すため、橘先輩に何か困っている事がないか聞きだします。こういった恩返しは忘れぬうちに返しておきませんとね。後々にしておくと、人から受けた恩を忘れてしまう可能性がありますからね。

「別にそんなこと考えなくてもいいぞ?」

「いえ。私が橘先輩のために何かしたいのです。ですから、何か私に出来ることはありませんか?」

 もしかしたら、橘先輩の言う通り、お礼のことは考えなくてもいいのかもしれません。受けた恩を胸に秘め、返せるときに返せばいいだけですからね。今返そうと必死にならなくてもいいはずだと思います。

 ですが、それでも今、何か出来ることがあればしたいのです。橘先輩に対する恩返しなのですが、私の我が儘も少し含まれているのかもしれませんね。これでまた断られたら、私の恩返しは諦めた方が良さそうです。また別の機会に、ということになりますかね。

「・・・。」

 橘先輩は少し悩んだ後、

「それじゃあ、後で頼ませてもらうよ。」

 私の恩返しはまた後日、ということになりそうです。ま、恩を返せるのであれば構いません。時が来たら全力で橘先輩に恩を返すとしましょう。

「分かりました。その時をお待ちしております。それと、」

「?」

「今回の件、ここまで協力して下さり、本当にありがとうございます。」

 私は改めて頭を下げる。

「・・・そうか。」

 何か言いたそうにしていたものの、橘先輩は何も言わず、ただただ肯定の返事を返した。

「そろそろ休憩時間が終わりますね。私はこの袋を置いていきますので、お先に失礼します。」

「ああ。俺もすぐ行く。」

「はい。」

 去り際、私は再び頭を下げる。今回は軽く、会釈程度に頭を下げ、この場を後にする。

(さて、この本を読んだ後は、どのように桐谷先輩を元気づけましょうか?)

 これで桐谷先輩の好きなラノベアルカディアの事を知ることが出来ますが、知った後でどのように行動すれば、桐谷先輩は喜んでくれるのでしょう。

(まずはこれらを読んでから考えますか。)

 出来るだけ早く読んで、桐谷先輩に一刻も早く元気になってもらうよう、迅速に行動に移したいところです。

「あ~!優君、みっけ~♪」

「菊池先輩ですか。一体どうされたのですか?」

「ここの資料のことなんだけど、私の体を触りながら聞いてもらえないかしら?出来れば胸とか・・・、」

「普通に聞かせてください。」

「え~。優君のいけず~。でも好き~♪」

「「はぁ~。」」

 まったく、菊地先輩は。思わず工藤先輩のため息と被ってしまったじゃありませんか。


「「・・・。」」

 一方、橘寛人と桐谷杏奈は、3人の様子をチラ見した後、黙々と仕事を再開したのであった。

次回予告

『小さな会社員の小説読書生活』

 早乙女優は桐谷杏奈を元気づける為、橘寛人から借りた大人気小説、ラノベアルカディアを読む。


 こんな感じの次回予告となりましたが、どうでしょうか?

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