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小学生達の味噌汁代替生活

 潮田さんと仕事の話を聞かされた週末は終わり、1月の第3週。月曜火曜と仕事をこなし、日にちは水曜日。本日は保健室の先生から何かお話があるとのことで、私は事前に菊池先輩に許可をとってから会社を休み、今は学校に来ています。そういえば、今年になってから初めての通学な気がします。それに、なんだか久々って気もします。年末年始がそれほど印象強い生活を送っていた、ということなのでしょうか。

「そういえばこのジャージも、そろそろ補強が必要なのかも。」

 一応去年のゴールデンウィークに新しいジャージを買ってきたが、当然前から着ているジャージも着ています。今はその数年間使用しているジャージを着ているのですが、所々ほつれてきてしまっていますね。何度も、何年も使っているからでしょう。

「普段着ならともかく、外出時には別のジャージを着用した方がいいかも。」

 家にいる時はこのほつれたジャージでも何の問題もありませんが、外出時には別のジャージを着るとしますか。それによく見ると、色あせている気もします。今までたくさん洗濯していたからかもしれません。だからといっていつまでも着たものを洗濯しないわけにもいかないし、仕方のないことです。こればかりは諦めましょう。

「おはようございます。」

「おはよう。遅くなったけど、明けましておめでとう。」

「こちらこそ、明けましておめでとうございます。」

 だいぶ遅いですが、今年初めての顔合わせなので、新年の挨拶をお互いに交わす。

「さて、それじゃあ今日も始めますか。」

「分かりました。よろしくお願いいたします。」

 私は先生に頭を再度下げ、座り慣れた席に着く。


「それで今日はどのような用で呼んだのでしょうか?」

「うん、まずはね、用が無くとも普通は学校に来て勉強するものだと知っておこうね?」

「・・・そう、でしたね。」

 言われてみれば確かにそうです。ですが、

「そんな意図をもって言ったわけではないですよ?」

「そうでなくとも、聞き手にはそう聞こえる可能性もあるから注意してね、という話よ?早乙女君、ただでさえ誤解されやすいんだから。」

「そうですね。お心遣いありがとうございます。」

 どうやら先生は私の身を案じてさきほどのような言葉を進言してくれたみたいです。なるほど、確かにそう捉えることも可能ですね。今度からは言葉に気をつけましょう。

「それで、今日は勉強、の他に何をすればよろしいですか?」

 私はあくまで学校の本分を言葉にしつつ、本日は何をするのか聞く。これなら大丈夫なはずです。

「そうだね。まずは勉強の方だけど、軽い復習はしてもらうわね。」

 と、先生は目で賛成か否か確認してくるので、私は黙って頷き、話を円滑に進める。

「その後は、これね。」

 と、先生がある一冊の本を私が今使わせていただいている机の上に置く。

 これは・・・?

「卒業、アルバム?」

 何でしょう?勝手に触ってはいけないと思うので見ることしか出来ませんが、表紙を見る限り、かなりしっかりとした紙を使っている気がします。

「ええ。これを作るのに手伝ってほしいのよ。」

 と、先生は私の顔を見ずに語尾を弱めていく。

「え?」

 私にこれを作れというのですか?

「さすがにこれを一から作るのは無理だと思いますよ?」

 どこから作ればいいのかは分かりませんが、この厚さの本を・・・。そういえば期限はいつまでなのでしょう?期限にもよりそうです。

「そこは大丈夫よ。去年、一昨年の卒業アルバムもあるから、それらを参考にして作ってもらえたらいいから。」

 と、先生はさらに別の卒業アルバムを数冊机の上に置く。これ、毎年作っているのですね。よく飽きないものですね。そういえば、こういうのも先生の仕事の一つでしたね。であれば、仕事の一つとして毎年こなしているのでしょう。毎年ご苦労様です。

「毎年作っているのであれば、今年の分も片手間で作れるのではないですか?」

 毎年行っている作業であれば、かなり慣れた手つきで且つ、時間も短縮できることでしょう。そんな作業をどうして私なんかに?先生方でやっておいた方が時間を効率的に使えそうな気がするのですが・・・。

「あー・・・。その、ねー・・・。」

「?どうかなさいましたか?」

 何か凄く言い辛そうにしていますね。そうまでして言い辛いなんて一体・・・?

「あ。」

 もしかして、私?いえ、ですが私がやる理由なんて・・・ありましたね。

 いえ、私自身無いと断言できるのですが、こちらで働いている先生方にはあるようです。

「もしかしなくとも、私がカンニングしたからその罰、と?」

 私が予想した事を口にし、先生に確認すると、

「・・・。」

 先生は静かに首を動かした。その首は重く、ゆっくりとした動きであった。

「なるほど、分かりました。」

 相変わらずあの先生方は、私には会わないのに、無駄に仕事ばかり押し付ける。まるで菊池先輩に聞かされたことのある無能な上司のやりかたそのものです。ま、呆れこそすれ、怒るのも馬鹿馬鹿しいので怒りませんけど。

「本当にごめんね。本当なら私が止めるべきだったのに。」

「いえ。別に先生に対しては、思う所はないので安心してください。」

「ま、他の先生に対しては思う所、あるのよね?」

「そうですね。」

 仕事怠慢じゃないかとか、いつまでえん罪のことを引っ張っているのですかとか、口に出すべきかもしれませんが、後数カ月で卒業ですし、今更な気もするのでこのまま放っておきますか。

「ですが、この仕事はやらせていただきますよ。」

 本来、私にくるはずのない仕事だと思いますが、まわって来たからにはやるとしますか。私も、弁明すべきことを放棄している責任?もあると思いますし。私は置かれた卒業アルバムの1冊を手に取り、先生に言葉を送る。

「でも、」

「これを作らないと、悲しむ人がいますよね?」

 別に私はこんなものを贈ってもらっても全然嬉しくありません。

 見たところ、この卒業アルバムには学校での出来事をこの冊子に載せているみたいです。学校に良い思い出が一つもない私にとって、これをもらおうと、何の感情も湧きません。ですが、私以外の人はどうでしょう。私以外の人、学校生活を楽しんでいる人達にとって、この卒業アルバムは特別な物なのだと思います。なので、これをもらえないと分かったら、きっと悲しむ人が少なくない人数いるはずです。名前も顔も知りませんが。

「まぁ、それは、ね。」

「ですからその人達のため、とは言い切れませんが、まぁ人生経験の一環としてやらせていただきます。」

 と、自身に無理矢理理由を押し付け、作るべき意欲を作る。卒業アルバム制作という経験は貴重ですし、後々役に立つことでしょう。何の役に立つかは分かりませんが。

「早乙女君、ありがとう。」

「・・・いえ。」

 ま、私がやらなければこの先生にしわ寄せがいってしまいますから、それが嫌、というのもあるんですけどね。私のせいでこの先生に迷惑がかかるのはなんか違うな、という気がしますし。

「さ、この卒業アルバムの作り方、教えてくれませんか?」

「え、ええ。もちろんよ。」

 私は保健室の先生に卒業アルバムの作り方を30分近くかけて学び、後は私一人で製作していった。それにしても、私が卒業アルバムを制作している間、どこにいっていたのでしょうか?ま、私は一人でも出来るので問題ありませんけど。

「・・・。」

 私は一人で貸してもらっているパソコンを使い、卒業アルバムの電子データを作成していった。

 ある程度時間が経過し、おおよそ作成し終えた。

「ふぅ。」

 こんな感じ、でしょうか?一応、去年一昨年の卒業アルバムを元に制作したのですが、これで良いのでしょうか?いくつかある挿し絵は私がその場で思いついた絵を挿入したのですが、良かったでしょうか?この自然の豊かさを表現するための絵を描いたり、身近な学校や学校の遊具を描いたり、こんなものでしょうか?初めて作ったのでどうにもこうにも不安でなりません。やはり始めは不安が多くなるものですね。

「はぁ~。やっと校長の長話が終わったわ。まったく、いつの時代も校長の話は長い物ね。」

「仮にも上司に向かってそのような言葉を職場で言うのはどうかと思いますよ?」

「あらら、早乙女君に聞かれちゃったわ。それじゃあ早乙女君、さっきのことは内緒ね?」

「別に構いませんよ。それよりこれ、完成しました。どうぞ。」

 私は完成させた卒業アルバムの電子データを見せる。印刷時、冊子になるように設定を変え、印刷時のプレビューを表示させているのですが、これで分かるでしょうか。分かってくれるといいのですが・・・。

「・・・随分早いのね。流石は早乙女君ね。」

「?そう、ですか。ありがとうございます。」

 これを作る速度はよく分からないのですが、私の仕事速度はどうやら早いみたいです。

「それに・・・この挿し絵、あなたのオリジナル?」

「ええ。去年一昨年とも違う絵が挿入されていましたので、今年も変えた方がいいと思い、私が即席で描いたのですが、不味かったでしょうか?」

 やはりここは熟考し、よりよい物を生み出すべきだったのかもしれません。早さ重視で少しクオリティーが低くなってしまいましたからね。

「いやいやいや!すっごく良い絵だし、こんな絵見たことなかったからさ。早乙女君って絵も描けるのね!」

「まぁ、そういうスキルも必要な時期がありますからね。仕事で活かせるくらいにはあると思います。」

 一時期、絵を描いて生計の足しにしていた時がありましたからね。その少し前、必死に絵描きの技術を高めておいて良かったと今改めて感じています。

「仕事で活かせるくらいって、もしかしてこの絵、金銭的に価値ある?」

「無いと思いますよ?自由気ままに、去年や一昨年の挿絵を参考に描きましたし。あ、著作権は大丈夫ですか?」

 もちろん、全部真似したわけではありませんが、参考にはしているので、もしかしたら著作権を侵害している可能性もあります。

「大丈夫だと思うわよ?そういう確認も後でしているからね。」

「なるほど。」

 やはりそういった事は入念にチェックしているみたいですね。安心です。

「それでは、今日の予定はこれで済んだ、ということですよね?」

 私の問いに、

「ええ。お仕事お疲れ様。」

 と、ここで先生は冷蔵庫から何かを取り出し、机の上に置く。これはもしかしなくても・・・あ、アイス!?

「・・・これは何の真似、ですか?」

 一瞬、手が出てしまいそうになりましたが、これは先生の物です。私が勝手に食べていい物ではありません。ですが、このように目の前に置かれると、アイス欲を刺激されて我慢できなくなってしまいそうです。これ、新手のいじめですか?

「校内では基本、生徒は給食以外飲食禁止なんだけど、早乙女君は仕事、手伝ってくれたからね。そのお礼に、ね?」

「ありがとう、ございます。」

 私は瞬時にアイスをとらぬよう、ゆっくり慎重にアイスを触る。ああ、このヒンヤリとした感覚。気温の寒さとは別の冷たさと、それと同時に湧き上がる食欲。もうアイスが食べたくて仕方がありません!

「今食べても?」

 私の問いに、「このことは誰にも言っちゃいけなわよ?」と、唇に人差し指を当て忠告してきました。そんな忠告、もちろん聞き入れるに決まっているじゃないですか!

「いいけど、」

 先生は動きを止めることない針を指差し、

「お昼だから、昼食の後でいいんじゃない?」

「・・・そう、ですね。」

 本来、デザートはご飯の後に食べるものですからね。私と先生は共に昼食を食べた後、私は先ほど先生からいただいたアイスを食べる。

 その際、

「味は違うけど、早乙女君と同じシリーズのアイスを買ったから、味比べしていみない?」

 そんな素敵な先生の案に私はもちろん賛同し、2種類のアイスを食べることが出来た。もう大変満足です。それにしても、こんな時期にアイスを買ってくるなんて、どう考えても私を気遣っての行動、ですよね。なんだか、先生に気を遣わせてしまい申し訳ないです。先生自身、何故この時期にアイスを買ってきたのかと聞くと、「え?あなたのためもあるけど、純粋にこの冬限定の味のアイスが出ていたから食べたかっただけよ?」と答えていました。後者が本心だと思いますけど、前者もまた先生の本心なのだと思います。私の事を重んじ、行動してくれた。それだけで学校に心強い味方がいると感じられます。

「あ。」

 そういえばあの事忘れていましたね。どうしましょう?

「ん?どうしたの?」

「クラブに必要な食材を買いに行くの忘れてしまったんですけど、どうしましょう?」

 そもそも、どんな食材が必要なのかも把握していませんでした。学校関連になると結構忘れっぽくなってしまうのは気のせいでしょうか。

「それなら大丈夫よ。私が買ってあるから。」

 アイスと一緒に買ってきたのよ~、と言いながら、先生は冷蔵庫から袋を取り出し、袋から出てきた物は、

「はい。」

「ありがとうございます。これはジャガイモ、ですか?」

「ええ。何でも今回使う食材がこのジャガイモなんだそうよ。」

「なるほど。」

 ジャガイモが使われる料理は様々ですから、このジャガイモ一つでどのような料理を作るのか、推測に困ります。

「あ、ジャガイモの分のお金、立て替えてくれたんですよね?いくらですか?払います。」

 先生は私のために時間や手間を割き、ジャガイモを買ってくれたわけです。ここはやはり、手間分を色に加えるとしましょう。

「別にいいのよ?そんなのたかが数百円だし。」

「数百円、ですか。であれば色々考慮させていただいて、立て替え分をどうぞ。」

 私は手間賃を上乗せし、千円を先生に渡そうとする。

「・・・要らないわよ?」

「いえ。それですと私の気が収まりませんので取り敢えず受け取ってください。」

「うん、今受け取ったら罪悪感に呑まれそうだから要らないわ。」

「ですが・・・、」

 先生に申し訳ありません。出来れば借りを作りたくないです。けど、先生が受け取らないのであれば、その先生の意見を汲み取り、

「分かりました。今回の件、本当にありがとうございます。」

 私は言葉を途中で切り、先生に感謝の言葉を贈る。私の、恩を返そうとする意志を貫くのではなく、先生の意志を尊重し、先生に感謝を忘れないために。

「いいのよ。私、あなたみたいな子と話が出来るだけでもかなり勉強になったわ。」

 私と話すだけで勉強できた?一体どういう意味でしょう?私、先生に対してそこまで授業じみた話をした覚えはないのですが・・・?

「その顔、心当たりがないって顔ね。」

「はい。」

「色々あるわよ。パソコンの基本的な操作はもちろん、意外と使われていない便利機能、タイピングのコツ。」

「そんなの、大体は慣れです。教えた内に入りませんよ?」

「でも私にはいい勉強になったの。だからね、」

 先生は私の顔を改めて見、

「ありがとう。」

 ・・・なんだか、正面向かれて感謝の言葉を言われる、という受動的行為は結構恥ずかしいですね。先生は恥ずかしくないのでしょうか。

「それじゃあ、やるべきことは午前中に粗方終わった事だし、午後はのんびり確認作業しながらおしゃべりでもしますか。」

「はい。」

 私は先ほど借りているパソコンの電源を入れ、先ほど制作した卒業アルバムの点検を始める。

「そういえば、最近見たニュースなんだけど、潮田詩織ちゃん、資格を取得したみたい。」

「へぇ。それって確か色彩検定の3級、でしたよね?」

「え?え、ええ。そうだけど、よく知っていたわね。」

「…たまたま知る機会があっただけですよ。」

(本人から直接聞いた、なんて言えないですよね。)

 私は先生と世間話をしながら、午前中に作った電子データに間違いがないか確認していった。


 ゆったりとした雰囲気の中にいつつも、私と先生は電子データを確認し、

「ふぅ。もうそろそろクラブの時間ね。」

「そうですね。」

 そろそろクラブが始まる時間帯になります。

「それじゃあ私達も、クラブが行われる家庭科室に向かいましょうか?」

「はい。」

 私と先生は家庭科室へと向かっていった。

 家庭科室に行くまで、私は簡単な話をした。

「そういえば、電話でのことを聞いてもよろしいですか?」

「ん?何の事?」

「先日、電話でこのようなことを言っていたと思います。確か・・・、」

 私は、先生が先日言っていた、“あなたがクラブに出ることであの子達が楽しそうにしているしね。”という発言を先生に言う。

「先生が当初言っていたあの子達とは誰のことを差しているのですか?」

「あの子達?あぁ、あの時ね。それはね、家庭科クラブに所属している子達よ。みんな楽しみにしていたのよ。」

「していた?何故過去形なのですか?」

「それは先週、今年になってから初めてのクラブ、あなたがいなくてみんなガッカリしていたからよ。」

「私一人がいないからってそんな変わらないのではないですか?」

「ううん。あなたの作る料理がとても美味しいから、みんな楽しみにしていたのよ。」

「私の料理なんて誰でも作ることが可能なごく一般的な料理だと思いますよ?」

「あなたの料理をごく一般的なんて言ったら、料理人の商売が成り立たなくなるわよ?」

「それは言い過ぎだと思います。」

 確かに、私の料理を美味しく召し上がってくれることは嬉しいですが、褒められすぎると違和感を覚えてしまいます。この人、私の事をわざと褒めちぎり、何か狙っているのではないのか、と。何を狙っているのかなんて知らないのですが。

「それでね。今日来ることをみんなに伝えたら、それはもう喜んでくれたわよ。特に・・・、」

 こう言いながら先生が扉を開ける。すると、扉が開いた早々、

「ふん!お前なんかぜんっぜんまっていないんだからな!だからさっさと帰れ!このチビ!」

 こんなことを言われてしまいました。先生は、「こら!そんなことを言うんじゃありません!」等言っていましたが、これは本当に私、歓迎されているのですか?この人の様子を見る限り、まるっきり歓迎の雰囲気でないことは分かります。

 ・・・なるほど。私をこの家庭科室まで足を運ばせ、わざわざ貶すためにあのような嘘をついたのですか。そんなことををする意図はまったく分かりませんが、そういう企みであれば納得です。それにしても、最後の一言は本当に心に来ますね。私、結構気にしているのに。

「それで言いたいことは全てですか?」

 これほどの案を企てていたのです。きっとさきほどの言葉だけでは言い表せないほど罵倒されるはずなので、私はまだ続きがあると思い、話を促す。

「ちょ、ちが・・・!」

「そ、そうだ!てめぇ、先週もクラブに来ずに休みやがって!ふざけんじゃねぇぞ!」

「ちょっと倉橋君!そこまでにして!というか言い過ぎよ!」

 と、今も罵り続けている男性の近くにいる女性が駆け寄り、何か言っているようです。

 あれ?私はてっきり、この家庭科クラブに所属している方々全員で私を罵倒する思っていたのですが、どういうことでしょう?保健室の先生と女の子は、さきほど私を罵ってきた男性をものすごく非難しているようですし。一体どういうことでしょう?

「となると・・・、」

 きっと他の子達が私を罵るのでしょう。それが終わったらきっと私も用済みになるでしょうし、それで帰りますか。今日は帰りにアイスを買って、その場で買い食いでもしようかな。

「「「・・・。」」」

 他の子達はただ何も言わずに見ているだけです。てっきり私を罵るのかと思っていたのですが、何か違うみたいです。もしかして、私が何か勘違いしていた、のでしょうか?ま、もう帰れば関係ないことですけどね。

「これで用は済んだみたいですので、私はこれで失礼します。」

 私は最後の礼を何も感じず、通過儀礼の如く頭を下げ、入室したばかりの部屋を退室しようとする。

「ちょ、ちょっと待って!」

 ここで先生が私に声をかける。まさかと思いますが、先生も共にこの計画を企てていたのでしょうか?

「何でしょう?」

「なんで帰ろうととしているの!?」

「なんでって、用件が済んだからですが?」

 もう私を罵り終えたと思ったのですが、まだ罵り足りないのでしょうか?なんとも皮肉なものです。

「用件って?」

「?私をこの家庭科室に呼んで罵ることだと思うのですが、違いますか?」

「・・・ちょっと待ってね。今なんとかするから。それと、今回呼んだのはそんなふざけた理由じゃないから。」

 と、いつになく真剣な声で私に話しかけてきた。さきほどの口ぶり、やはり先生はこの件に関係無さそうです。

「ほら、ちゃんと言えばこの子も分かってくれるから。」

 と、先生はさきほど私を罵ってきた男性を引っ張る。

「お、俺は悪くなんて・・・、」

「倉橋君!」

 隣の女の子が一括すると、

「すいませんでした。」

「すいませんでした。」

 女の子が一喝したことで、私を罵ってきた男の子は即座に謝ってきました。こんな簡単に謝るのであれば、さっさと謝ってほしかったな。それと、隣の女の子もどうして一緒に頭を下げているのでしょうか。

「先週、お前と新年初のクラブを楽しみにしていたのに来ていなくて頭にきてあんなことを言っちまいました。ごめんなさい。」

 ・・・なるほど。私をこの家庭科室に来させて全員で罵る、という私に対する嫌がらせは無かったようです。やけに手の込んだ企てをしていると思ったら、そんな企てはしておらず、純粋にクラブを私と共にしたかっただけでしたか。となると、出来る限り私もクラブに出ていた方がいいかもしれません。出来れば、の範囲ですが。それにしても、いくら私とのクラブ活動を楽しみにしていたからといってあのような罵りをしていいいとは思えません。私からも一言述べるべきかもしれませんが、

「倉橋君が迷惑をかけてほんっとうにごめん!」

「この子も本当~に悪気が無いの!気分を悪くしたのはごめんね。私からも謝るわ。」

 倉橋君を一喝した女の子と保健室の先生も共に頭を下げ、謝罪の意思を可視化していた。

「別に、本当に心から謝っているのであれば構いません。」

 ここまで周りの人を巻き込むのはどうかと思いますが、謝罪の意思はしっかりと伝わっているのでまだ救いがあります。本当に救いがない人であれば容赦しませんが、どうやらこの人はまだ矯正が効くみたいで良かったです。

 ですが、一言だけ言わせてもらうとしますか。

「ですが、中には謝っただけでは通じない相手も事態も存在することをよく知っておいてください。」

 世界には謝っただけで許されない事態が無数に存在する。その多くの例が犯罪です。犯罪と言っても数多くあり、その種類は窃盗、恐喝、殺人等多種に及びます。

 だから私は遠回しに忠告しておいたのですが、全てでなくても少しは通じてくれていると嬉しいです。

「はい、ごめんなさい。」

 さきほどを罵ってきた男の子は威勢を無くし、すっかり萎んでいます。

「さて、そろそろクラブの準備を・・・何しているんだ?」

 この時になって、ようやく家庭科クラブの顧問、だと思う先生が入室してきた。先生、来るタイミングを狙っていたのでしょうか。やけにタイミングが良すぎる気がするのですが・・・気のせいでしょう。私の考え過ぎですかね。きっとそれに違いありません。

「あ!?早乙女君だ!今週は来てくれたんだ!」

「・・・?それにしても、何か変な空気ね。何かあったの?」

 何かあったと言えばあったのですが・・・どう言いましょう?私は息を整え、

「いえ、何もありませんでしたよ、ね?」

「「「!!!???」」」

 私はさきほどのやり取りを聞いていたみなさんに話を振る。ここであったと言えばいいですし、無かったといってもそれはそれで構いません。出来れば何もなかった、というニュアンスで返して欲しいですが、そこまで高望みするのは我が儘かもしれません。あくまで可能性の一つ、として考えておきましょう。

「そ、そう、だな。」

 最初に乗ってきたのは、先ほど私を罵ってきた男の子であった。私の意図を組んだのかどうかは分かりませんが、結果的には私の意図を汲んでくれてよかったです。

「え、ええ。そうね。」

「・・・。」

 女の子は男の子に賛同したかのように私の意図を汲み取ってくれました。その一方で、保健室の先生は無言を貫き通すつもりみたいです。何も言わないだけマシなのかもしれません。みなさん、私の考えている事を否定しないでくれてありがとうございます。私は口に出さず、想うだけに留める。

「ふ~ん。ま、いいか。」

 家庭科クラブの顧問っぽい人が持ってきた道具を机に置く。一緒に持ってきた桜井さんと風間さんも同様に持ってきた物を置く。

「それじゃあ今日のクラブ、始めるか。」

 そう言い、男の先生は両手を叩いて音を出し、注目を浴びるよう仕向ける。先生のこの行動で、みんなの視線が先生に集中する。

「今日、これから作ってもらうのは・・・、」

 途中まで言うと、先生はホワイトボードに書き記し始める。

「味噌汁、だ。」

 書き終えた後、味噌汁と宣言する。

 味噌汁、ですか。確かによく作りますし、教えてもらった方が後々役に立つことも多いでしょう。

「作り方は・・・、」

 先生はホワイトボードに書こうとするものの、各前にペンを下ろす。

「ま、家庭科の教科書に書いてあるから、それを参考にしてくれ。」

 書くことを投げ出した。まさか、書く行為が面倒くさくてそのようなことを言ったわけではない、ですよね?

「それじゃあみんな、各自教科書を見て味噌汁を・・・、」

 と、先生が言い終えようとしていると、さきほど私を罵ってきた男の子が手を上げる。あの子、何か言いたいことがあるのでしょうか。

「ちょっといい、ですか?」

「なんだ?」

「せっかくこいつ・・・、」

「倉橋君?」

「ひ!?こ、この人が来てくれたことだし、何か変わった味噌汁を知らねぇ、知らないか聞いてもいいですか?」

 と、私を指差しながらぎこちない言葉で質問してきました。途中、さきほどこの男の子を叱った女の子が睨みを効かせていたので、その影響がすくなくないのでしょう。

「それで、どうなんだ?」

「どうなんだと言われても、変わった味噌汁、というのがよく分からないのですが?」

 私がイメージする味噌汁と世間一般的な味噌汁のイメージが同じ、だと思いたいですが、絶対とは限りません。なので、何がどう変わった味噌汁なのか、どういう意図でその変わった味噌汁を欲しているのか聞きたいですね。

「俺さ、カツバラ亭でよく味噌汁出しているところを見んだけどさ、飽き飽きしているんだよ。朝食でも出されるし。なんなら夕飯でも、下手すりゃ給食でも出される時もあんだぜ?一日三食同じ味噌汁を飲むの、みんな飽きないか?」

 と、男の子は周囲に同意を求めるように声を発する。その不満に近い要望に賛同するかのように、周囲は首を頷かせ、声を合わせる。

「「「確かに。」」」

 と。

「だろ?毎日同じような味噌汁を飲むのも飽きたからさ、たまには変わった味噌汁が飲みたいんだよ。それでおま、あなたに何かいい方法がないか教えて欲しいんだ。」

「・・・なるほど。」

 ところどころの言葉に違和感がある気もしますが、今はそんなことより先ほどの話です。

 確かに、味噌汁は私も多く食卓に出します。朝が多いですが、たまに昼、時にはお昼用に、水筒に味噌汁を入れていくときもあります。もちろん、味に飽きをこさせないよう、飲んでいただく先輩方のために、出汁を変えたり、具材を変えたり、味噌を変えたり、合わせみそを作る際の比率を変えたりと、様々な工夫をこらしています。見た目は多少変化するものの、結局のところどれもこれも見た目はほとんど変わりません。そしてある時、ある先輩が、

「また味噌汁か。」

 という一言を聞いた時、私は決意しました。

 今度は一風変わった味噌汁を、先輩方のために作ろうと!

 ま、すぐに、「・・・別のスープを出せば解決するんじゃない?」という考えに至ったんですけどね。それでも私は、味噌汁の新たな可能性を見出すため、少し文献を漁り、研究したこともあります。

「それで、新しい味噌汁のアイデアはあるのか?」

「まぁ、あると言えばありますよ。」

 嘘をつく必要もないので、正直に答える。

「え?本当なの?」

 先ほど聞いてきた男の子より、隣で聞いていた女の子が聞き返してきました。そんなに普段の味噌汁に飽きが来ているのでしょうか。

「ええ。朝に召し上がるというより夜に召し上がった方がいいかもしれませんが。」

 色々な時間を考慮して、ですけど。

「ほぉ?そいつは面白そうだな。」

 と、さきほどホワイボードに記述行為を放棄した男の先生が、私の回答に興味を持ち始めました。おっと、勝手な憶測はいけません。記述行為を放棄した、と思われる先生ですね。心の中だけでも訂正しておきましょう。

「その変わった味噌汁は、今からでも充分作れるのか?」

「そうですね・・・。」

 私は時計を見る。私一人では・・・ちょっと厳しそうです。味噌汁を作る時もそうですが、人数分の食材を切る際、どうしても時間がかかってしまいます。それだけでなく、生の野菜をある程度加熱し、熱を通す必要もあります。

「私一人では・・・、」

 厳しい、と言おうとしたところで、

「私、手伝う!」

 率先して一人の女の子、桜井さんが名乗りを上挙げた。

「早乙女君の作る味噌汁、飲んでみたいもん!一人が無理なら、二人ならどう!?」

 どう、と言われましても、

「確かに時間はある程度短縮されますが、どうしても負担が多くなってしまいますよ?」

 私一人でもギリギリ。それも、常に動くこと前提で、です。流石に動き続けながら説明できるほどの技量は持っていません。そもそも、この料理を正確に教えられるかどうか・・・。

「綾が手伝うなら、私も手伝うわ。二人ならどう?」

「洋子・・・。ありがとう!」

 桜井さんは風間さんに抱きついた。二人、ですか。それでも難しいですね。

「なら私も手伝うー。」

「俺も、俺もー。」

 ここで、家庭科クラブの面々が手伝いを申し上げてきた。二桁人数であればなんとか。

「これだけの人数であれば間に合うと思います。」

 私のこの発言で、みんなが楽しみにしていることを口に出す。

「それで早乙女。どんな面白い味噌汁を作るつもりなんだ?」

「そうですね・・・。」

 私は先生方二人に先に料理を簡単に伝える。

「ほぉ?それは愉快なアイデアだな。」

「楽しそうね。」

 二人の先生はかなり好印象なようです。

「この料理なら行けるかと考えたのですが、どうでしょう?」

「そうね。一番時間がかかるのはやっぱり・・・、」

「ええ。材料の下準備ですね。さすがにこの人数となると、かなりの作業量になるかと。」

「確かに。それでか。」

 と、3人で会話をしていると、

「おい!何勝手に話しているんだよ!?俺達にも教えてくれよ!」

 さきほどつっかかってきた男の子が割り込んできました。そうですね。確かに何も教えずに料理させるのは少し酷かもしれません。作業にも乱れが生じる可能性があることですし。

「そうですね。一言で言うなら、味噌フォンデュ、ですね。」

 私がそう言うと、

「「「味噌フォンデュ???」」」

 声を揃って二度聞きされた。まさかみなさん、事前に練習した、なんてことはありませんよね?


 フォンデュ、と聞くと、大抵はチーズを思い浮かべる人が多いでしょう。私も、フォンデュを作る時は大体チーズを使い、チーズフォンデュにしますからね。ですが、フォンデュに使われる材料は何もチーズだけ、というわけではありません。よく聞くのがチョコを使ったチョコフォンデュ、オイルを使ったオイルフォンデュ等が例にあります。当時、私はそのフォンデュ系統の料理に着眼し、味噌で代用出来ないか考え、何度か試作し、無事に味噌フォンデュに落とし込めることができたのです。最初に先輩方に食べていただいた時、疑問符な顔から喜びの顔に変わった時は、私も嬉しかったなぁ。

 ・・・ちょっと思い出に耽ってしまいました。さて、自身の思い出はともかく、こうして私は味噌フォンデュを作るきっかけとなったのです。

 て、話がかなり逸れてしまいましたね。戻すとしますか。

「・・・と、私はこの料理を作ろうと思っていますが、使う食材が多い上、手間も少しだけかかってしまうので、その分だけ時間もかかってしまいます。」

 私が簡単に料理の説明を行うと、

「へん!そんなこと、今の俺達なら楽勝だぜ!なぁ!?」

 そう男の子が言うと、

「うんうん。」

「今まで何度も何度も教えてもらったもんねー。」

「どうしよう。僕、まだ上手く出来ない・・・。」

「大丈夫。ちゃんと教えるから。」

「あ、ありがとう。」

 そんな会話が所々聞こえてくる。どうやら思っていた以上にやる気みたいです。

「ではみなさんは、それぞれ持ってきた材料を一口サイズに切ってください。味噌の方は、私が準備いたしますので。」

「「「はい。」」」

「先生方は申し訳ありませんが、」

「誰かが怪我しないように見ていてくれ、ということだな。」

「なら大丈夫よ。私達先生がしっかり見ているから。」

「はい、よろしくお願いします。」

私の指示の元、多くの人達が動き出す。

「さて、」

 私も頑張りますか。・・・ところで、先生が持たしてくれたこのジャガイモは早急に下準備を施し、味噌フォンデュのメインとなる味噌をなんとかしますか。もちろん、時間があれば、みなさんの調理様子も把握できればいいのですが、火を使うので、あまり見られないかもしれませんね。


 やはりみんなで作ると時間がかなり短縮されますね。おかげで私が予想していた時間より早く調理を終えることになりそうです。

「それで、これで本当にいいのか?」

「はい。」

 ちなみに、味噌汁に使う材料は全て一口サイズに切られており、熱を通し、串にささっている。なんなら、味噌をつけずにこのまま食べられる状態となっている。だが、それでは単なる温野菜です。ここからが味噌フォンデュの見せどころです。

「では、食べ方をお見せしますね。」

 と言っても、普通に串を持って味噌に付けるだけなんですけどね。私は串を持ち、味噌をくぐらせてから口に運ぶ。・・・うん、美味しいです。こうして食べると、とても味噌汁とは思えないです。味噌汁をベースとしていますが、食べ方一つでこれほど変わるとは。何度食べても新鮮さを感じます。たまに食べるから新鮮さを感じるのかもしれませんが。

「ど、どう?」

 保健室の先生が聞いてきたので、

「ええ。きちんと火も通っていますし、バッチリ出来ています。みなさんもどうぞ。」

 私の一言で、みんな串を手に持ち、味噌にくぐらせる。

「「「美味しいーーー♪♪♪」」」

 みんな楽しんで食べているようです。良かった。みなさん、この料理を楽しんで食べてもらえたようで安心しました。

「ほんと、よくこんな料理を思いついたわね。」

「たまたまですよ。」

 偶然、この料理を思いつき、それをみなさまに楽しんで食べていただけるよう昇華したまでです。

「それにしてもこの味噌、やけにドロドロしているよな?なんで?」

 家庭科クラブの先生がこんなことを聞いてきました。

「それはですね、水溶き片栗粉を使ってトロみをつけさせていただいたんです。」

 そのおかげで、チーズやチョコの代用が効く、ということなのです。中華丼のアンかけも似たような事を用いている記憶があります。

「へぇ~。あ、美味しい。」

「もちろん、味噌汁にも使われる出汁も入っているので、しっかり味噌汁感は出ていると思います。」

 もちろん、味噌汁に使う出汁も人それぞれですので一概には言えないのかもしれません。それにしても、

(何故みなさん、座って食べているのでしょうか?)

 この料理であれば、立食形式の食事でも出せる料理だと思うのですが。立ち食いソバでも座って食べることがあるように、立って食べる料理も座って食べることもあるのでしょう。そもそも、この味噌フォンデュって立って食べる料理でしたっけ?立って食べられますが、立って食べられなくてはならない、なんてことはありませんね。

「美味しいし面白いな。自分で好きな具材を選んで刺せるし。」

「そうですね。」

 この料理の利点はそこですね。自分の好きな食べ物を選んで食べることが出来ます。偏食の人と一緒に食べる際は注意して食べるべきかもしれません。特定の食べ物ばかり食べられる恐れがありますからね。

「そして、味噌によって味が異なるので、違う味噌を試したい人は、違う味噌を改めて作る必要があります。」

「そこは味噌汁と同じなのか。」

「・・・即席で良ければ、方法もないことはないです。」

 私は食べさせてもらっている串を置き、別の味噌をとる。

「・・・このようにして、味噌を水で溶き、直接かければ、ドレッシング代わりにもなります。」

 時折、ドレッシングの味に変化が欲しい時はこうして味噌を使っています。水で溶くといっても、ただ水で溶くだけではありません。味を調節したり、調味料を加えて味を変えたりするときもあります。

「…うん、美味いな。」

「そうね。これならサラダにかけてもいけるんじゃない?」

「はい。私も時折使用していますよ。」

 私もさきほど自作した即席の特製味噌ドレッシングを野菜に軽くかけていただく。・・・うん、美味くできているみたいです。

「あー。もっと食べよー。」

「あ!?それは僕のニンジン!」

「それじゃあ私はこの大根を食べるぜ!」

 こうして、家庭科クラブの人達は、まだ串に刺しきれていない野菜達を手に取り、自ら手にしている串に刺し、味噌をくぐらせて食べていく。

「「「美味しー♪♪♪」」」

 やはり、美味しい料理を食べると元気が出ますよね。

「おいお前!」

 ここで幸せに笑顔で食べていればいいのに、何故かこちらを、私を睨んでくる男の子が近づいてくる。

「こんな美味い料理作れるからって調子に乗るなよ!俺だったらこんな料理よりもっと美味いカツ丼を・・・、」

「倉橋君!」

 倉橋君、と呼ばれた男の子はある女の子に殴られたかと思うと、

「こいつが何度もごめんね?ほら、さっさと謝る!」

「ち!俺は何も・・・!?すみませんでした。」

 男の子は女の子の顔を見た瞬間、こちらに謝罪してきました。・・・あの二人は一体どういう関係なのでしょうか?

「あ、いえ。別に私は気にしていませんので。」

 私がそう言うと、女の子は一礼をし、男の子を引きずっていきました。

「・・・あの方はいつもああなのですか?」

「普段は結構大人しいのによ。ただ、あなたのことをかなり敵視しているみたいで。でも嫌悪感をただ向けているというか・・・、」

 保健室の先生が言いあぐねていると、

「ライバル、みたいなものかねしれないな。」

 家庭科クラブの顧問の先生が答える。

「そうね。その言葉がピッタリなのかも。」

 保健室の先生が同意している。

「ライバル、ですか。」

 正直、あの男の子の事は何も思っていないのですが、あの男の子は私の事を特別視しているのでしょうか。確かに、この家庭科室に来ると、毎回のように突っかかってきていましたね。それがライバル視している、という意味なのでしょうかね。

 味噌フォンデュを食べ終え、私達が後片付けをしていると、

「きょ、今日はありがとうね、早乙女君!」

 突然、私に声がかかりました。振り返ってみると、

「私からもありがとうね、早乙女君。」

 桜井さんと風間さんがお礼を言っていた。

「いえ。私こそいいものを見させてもらいました。」

 無邪気に料理を楽しむ様子は見ていて気分がいいものです。私は先輩方に感謝の気持ちを伝える手段として料理していたのですが、料理をする本人も楽しい気持ちでいなければ、美味しい料理を作ることが難しいのかもしれません。初心に帰ることも大事、ということですかね。

「じゃあね、早乙女君。」

「また来週、出来たら一緒に料理出来たらいいわね。」

「ええ。」

 私はそう返事し、桜井さんと風間さんを見送る。

「さて、私達も保健室に戻りましょうか?」

「ええ。今日もお疲れ様。」

「美味しかったぞ、味噌フォンデュ。」

「美味しくいただいてもらえて何よりです。」

 やはり、料理を美味しく食べていただくのは嬉しいものです。

「それでは先生、失礼します。」

 私は家庭科クラブの顧問に向けて頭を下げる。

「お、おう。そこまで頭を下げなくてもいいぞ?」

「いえ。これはこの教室を使わせてくれた感謝の気持ちなので、しっかり下げさせてい下さい。」

「お、おお。」

 なんか、家庭科クラブの顧問が少しオロオロ?動揺?している気がしますが、気のせいでしょう。

「それでは、失礼します。」

 今度は軽く会釈をし、扉から一歩足を出し、家庭科室を出る。その後はきちんと扉を閉めることを忘れることなく行う。

「・・・あそこまで頭、下げなくても良かったのに。」

 なんか、保健室の先生がそのようなことを言ってきました。

「感謝を伝えるためです。」

「感謝?生徒は義務、先生は職務でやっているだけなのに?」

「はい。義務と職務どちらにしろ、私・・・いえ、私達のために行動し、学ばせてもらうための機会を与えて下さったわけですし。普段は言えないので、こういう時に言うのが適切かと思い、日頃の感謝の気持ちを態度にしてみました。」

 感謝だけではありません。人の気持ちは思っているだけでは伝わりません。以心伝心出来れば違うのかもしれませんが、顔も名前も憶えていない人と意志疎通するのは困難でしょう。であれば、自分の意志を、感情をきちんと相手に伝えることはとても重要であると言えます。なので私は今回、このような処遇の自分でも、きちんとクラブに参加させてくれたあの先生に感謝の意志を示したのです。

 私は思ったこと、自身の考えを簡単に先生に伝えると、

「・・・あなた、実は転生した大人、とかじゃないわよね?」

 そんなことを言われてしまいました。転生?転生ってなんでしたっけ?確か、肉体的に死んでも、心が別の体に宿る、的なニュアンスだった気がします。

「そんなことあるわけないじゃないですか。」

 私がその転生?をするのであれば、このような小さい体ではなく、もっと男らしい体に転生していたと思います。その転生が転生先の肉体を選択できるのであれば、の話ですが。その転生という現象?行為?についてよく知らないのでなんとも言えません。

「ま、そうなんだけどね。あなた、年齢の割にとても達観しているというか大人びているというか、とても子供とは思えないわ。身長以外は。」

「ぐっ!?」

 せ、先生?最後の、“身長以外は。”の言葉はいらないのではないんじゃないですかね!私は心の中でしっかりと反論しておく。

「さて、そろそろ下校時間になるわね。」

「そうですね。」

「それじゃあ、下校準備はきちんと済ませて帰りなね。あなたの事だから寄り道しないだろうけど。」

「・・・。」

 言えない。

 私、学校帰りに必ずと言っていい程寄り道しているんですよね。帰りに商店街に寄って、どの食材が安くて高品質なのか見極め、帰りながら夕飯を考えているんですよね。たまに直帰することもありますけど、ほとんど商店街に寄ってから帰っています。

「あれ?」

 私の反応に違和感を覚えたのか、先生の反応が芳しくありません。私のせいだろうけど。

「もしかしてあなた、寄り道して帰っていたり、買い食いして帰ったりしている、の?」

「いえ、していません。」

 私は真実と嘘を混ぜながら答える。さすがに買い食いはしていませんからね。それに主語を明確にしていないのでどっちが、なんて断定できないはずです。

「そう。ならいいわ。」

 先生は思いのほか、あっさりと引き下がってくれた。私の推測ですと、一度くらいは追求されると思ったのですが、推測は外れたようです。外れてよかったです。

 それから私は帰宅準備をし、

「それでは先生、さようなら。」

 私は先生に頭を下げ、帰宅の挨拶を行う。

「はい、さようなら♪」

 先生はにこやかに返事をし、手まで振ってくれた。私には恐れ多いほどのお返しです。私はそのまま帰ろうと思いましたが、

「・・・?どうしたの?」

 その場で足踏みしてしまいました。そういえば私、この先生には日頃の感謝を伝えていませんでしたね。私はその場で先生に向き直し、

「これまで、私の面倒を見て下さり、ありがとうございます。」

 私は改めて感謝の気持ちを言葉にする。言葉にしないと伝わらないですからね。

「な、何よ急に。ビックリするじゃない。」

 先生は驚いたらしく、目をまん丸にし、少し後ろに下がっていた。そこまで驚くものですかね。なんだか少し悲しくなってしまいます。

「いえ、普段から先生にはお世話になりっぱなしですので、その感謝の気持ちを伝えようと思いまして。」

「・・・あ、そう。ありがとうね。」

 なんだか、変な顔をされている気がしますが、気のせいでしょう。

「それでは。」

 私はそのまま扉を閉め、

(さて、今日の夕飯は何にしましょうかな?)

 夕飯を何にするか決めるべく、商店街へと足を向ける。


「感謝の気持ちを伝える、ね。」

 一方、保健室にいる先生は先ほど退出した子供、早乙女優のことを考えていた。

「あんな子ばかりなら、この世はもっと平和で、いじめがなくなるんじゃないかしら。」

 そんなことを言いながら、自身も帰宅準備を始めていく。

次回予告

『小さな会社員の新入女性社員不調疑惑生活』

 早乙女優は、年をまたいでから桐谷杏奈の仕事にミスが多くなっているように感じる。その感覚が正しいのかどうか。正しければ、不調の理由を聴こうと、周囲の人々に聞き込みを始める。


 こんな感じの次回予告となりましたが、どうでしょうか?

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