表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
109/222

目つきが鋭すぎる会社員と新入女性社員の参拝生活

 桐谷から予想も考えもしなかったお誘いに、橘はただただ立ち尽くす。その間が桐谷にとって気恥ずかしいのか、徐々に顔を赤くさせる。自分の発言が恥ずかしいものであると自覚したかのような羞恥である。

「な、なんてね!じょ、冗談ですよ!冗談!!」

 桐谷はとっさに自身のさきほどの発言を冗談、ということにしてこの場を切り抜けようとした。

「・・・いいんじゃねぇか?」

 だが、ふと出た言葉に橘は肯定する。

「え?」

 まさか了承されるとは思っておらず、思わず間抜けな声を出す。

「だって、ここまで参拝客で賑わっていると、参拝までに時間がかかるだろう?」

 と、橘は長い行列を見る。その行列は神社の前まで長くのび、いずれも参拝の為であると推測できる。

「そう、ですね。」

 桐谷は、橘が何を言おうとしているのか分からず、ただ橘の言い分に納得する。

「その待ち時間に、色々話、出来るんじゃないか?」

「話?話って何のですか?」

 桐谷は、橘が言い示す話に心当たりが無く、無意識に首をかしげる。

「ラノベアルカディアの話だよ。」

「あ!」

 橘の言葉に、桐谷は目を輝かせる。

「そうですね!是非、しましょうか!」

 どちらかというと、二人はお参りの為ではなく、ラノベアルカディアの話をするために、参拝客の中に混じる。

「そういえば、今月末から、ラノベアルカディアの本編とは別に、外伝が発売されるらしいですよ。」

「確か、唯我姫の物語、だったよな?」

「そうです!唯我姫ちゃんの冒険、日常が執筆されて早数年。いよいよ正式に発売されると思うと、読みがいがありますよね!」

「だな。同年代の女の子達もかなり個性的で、本編を知らなくても楽しめる、とか言われていたな。」

「そうなんですよね~。特に唯我姫ちゃんの親友である・・・。」

 こうして二人は同じ趣味を持つ共通の話題で話を広げ、深く掘り下げていく。それは、一時期流行に乗っかった人とは比べものにならないほど濃い内容であった。


 長い行列に流されること・・・どれくらい経過したか分からないほど、二人は話を続けていた。最初は趣味関連の話をしていたが、次第にお互い、どういった生活を送っているのか、小説の読書時間をどのように確保しているのか、それらを話し始めていた。

「・・・俺は普段、飯を食いながら読んでいるな。それと寝る前、だな。」

「私はテレビの音だけを聞きながら読んだり、お風呂に浸かりながら読んでいたりしていますよ?」

「やっぱり、休日に集中的に読むな。平日はあまり深く読めないな。深く読むと、翌日の仕事に響くからな。」

「あ!それ、凄い分かります!私も先月発売された最新刊、買った当日に深読みし過ぎて、思わず遅刻してしまうところでした・・・。」

 桐谷はその時の出来事を思い出し、ハンカチを取りだして空想の汗を拭う。

「あの時・・・ああ。確か出勤時刻ギリギリに出社してきた時の事か。」

 橘は当時の事を思い出す。自分の恥ずかしい過去を思い出されたためか、桐谷は若干頬を赤くし、

「あ、あの時は仕方なかったんです!どうしてもあの唯我隆斗がどのように己の過去と向き合ったのか知りたかったわけですから!」

「・・・ま、小説が楽しいことは、俺もよく知っているつもりだが、会社に支障をきたさない程度に、だな。あそこの先輩方はみな優しいからいいけど。」

「そうですよね。バイトでもあそこまで好環境の職場、無かったですよ!」

 二人は社会人ゆえなのか、職場での話を始める。だが、社外秘の情報を話すことなく、社外でも話して良さそうな話題を二人で話していく。

「ま、それは俺も同感だ。」

 橘は大学時代に行っていたバイトの環境を思い出す。

 当時、橘が行っていたアルバイトは、倉庫の整理や清掃員等、人との接触を出来るだけ減らした、人の生活を裏で支えるようなアルバイトばかり選んでいた。それらの選択基準は、自身のコンプレックスを自身でも客観的に把握していたからこそである。だから、アルバイト関連で最低限必要な会話しかせず、ただただ機械音が響く中、橘はアルバイトをし続けていたのだ。そんなアルバイトを行ってきたからこそ、今の、あの明るく、常に笑顔が絶えない環境。橘にとっては眩しいくらいの環境であった。時に、自分がここにいるのは場違いではないのかと錯覚してしまう。

「やっぱり橘先輩の資料って、懇切丁寧に書かれていてとても読みやすいですね。」

「さすがだな。資料作成だけなら、もう俺より上手かもしれないな。」

「?あんたって、仕事、出来たの?」

「ああ!?普段からしているだろうが!?橘もそう思うだろう!?」

 それでも、職場にいる3人の先輩方が温かく迎えてくれた。自身のコンプレックスを受け入れてくれた、今までにない場所。お金を稼ぐうえで職場は重要な場である。だが、それと同時に、それ以上に重要な場であると、橘は確信している。

 だから橘は、あの場に特別な想いを秘めていた。その想いは、胸の奥底にしまい込む。自身の大切な想いは、自身だけが把握していればいいし、誰にも話すことではない。今までは、そう思っていた。思っていたのだが、

「だから、俺は大事にしたいんだ。今のあの場を、あの仕事環境を」

 自分の気持ちを全てさらけ出したわけではないが、それでも自分の秘めたる想いを自分以外に話してしまう。どういう心境で、何故話したのかは本人にも分からない。

「・・・その中に、橘先輩が大事にしたいあの場に、私は含まれていますか?」

 桐谷は、橘の言葉に、橘が大事にしたい場に含まれているか聞く。

 本当は、聞くのが怖い。

 何せ、自分は新入社員。今年で入社二年目の自分がこんなことを聞くのはおこがましいのではないか。そんなことを思っていたのだ。本来、こんなことを聞くのは怖いので聞きたくなかった。だが、聞かずにはいられなかった。今聞かなければ、一生気にしてしまう。そんな気がしてならなかったからである。何故そんな心境に至ったのかまでは分からないが、とにかく聞きたくて喉から声をだした。

「・・・ああ。」

 橘は即答しなかったものの、しっかりとした口調で答える。その回答に迷いはなく、確信をもっているかのような意識を感じる。

「そうですか。それじゃあ私、目いっぱい頑張って、お給料ジャンジャンもらって、ラノベアルカディア関連のグッズも買っちゃおっかな♪」

 さっきまでの真剣な空気とは違い、職場と似たような和やかな空気が二人を包み込む。

「そうか。俺のお勧めとしては・・・、」

 橘が最後まで言い終えることは無かった。何故なら、前にいた参拝客が参拝を終え、端に避けたからである。それは、自分達が参拝する時であることを示す。

「あ。」

 桐谷も、自分達が参拝する順番になった事に気付き、慌てて賽銭の準備を始める。

 小銭を投げ、小銭の音が何度かし、音が完全に聞こえなくなった後、作法に乗っ取って礼を尽くし、手を合わせる。

「「・・・。」」

 二人は神社に手を合わせている間、何も喋らない。喋らずにただただ自身のお願いを心中で言い、叶うように祈る。

「「・・・。」」

 十分に自分のお願い事を心中で言った後、ゆっくりと目を開け、二人は見つめ合う。

(桐谷、参拝は終わったかな?)

(橘先輩、さきほどまで手を合わせていたようですけど、何をお願いしていたのでしょうか?)

 互いが互いの様子を探りつつ、

「終わった、か?」

「そちらは…終わった、ようですね。」

 探りながら。顔色を窺いながら言葉を繋ぎ、参拝を終わらせ、端に避ける。

「・・・さて、これでやることも終わったし、かえ・・・、」

「ま、待って下さい!」

 桐谷は声をあげ、橘の行動を阻害する。

「ん?何だ?」

 橘は行動を止め、桐谷の方へ向く。

「お、おみくじを引きませんか?」

 と、桐谷はある方角を指差す。その指先の方向には、おみくじコーナーが設立されていた。

「…分かった。それじゃあ一緒に引くか。」

「は、はい!」

 橘が食いついたのには理由がある。桐谷が指差したのがただのくじ引きならてきとうな理由を述べ、このまま去っていたことだろう。だが、桐谷が指差したのはラノベアルカディアとのコラボくじである。だから橘くじを引こうと再び財布から小銭を取り出す。

「まずは俺からでいいか?」

「あ、はい。お先にどうぞ。」

「それじゃあ、と。」

 橘はくじを引く。結果は、

「中吉、か。」

 中吉であった。

「あ。」

 ここで桐谷はある事に気付く。

「?どうした?」

 桐谷の様子の異変に気付いた橘は桐谷に質問する。

「そのくじの後ろ、見てみてください。」

「くじの後ろ?」

 橘はくじの紙を裏返しにする。

「あ。」

 そこには、ラノベアルカディアの主人公、唯我隆斗が描かれていた。そして、今年の運勢を簡単に吹き出しで書かれていた。

「よかったじゃないですか!?主人公の唯我隆斗がでるなんて!」

「…まぁな。それがせめてもの救いかね。」

 そう言いながらも、橘は若干顔を緩め、そのくじを財布にしまう。

「さて、次は桐谷の番だな。」

「はい。それじゃあ引きますね。」

「ああ。」

 桐谷は待っていましたという雰囲気を纏い、くじ引きを始める。

「これにします!」

 くじをとった様子は、まるで初めてくじ引きをする子供のように輝いている。それほどまでに、桐谷は楽しみにしていた。

「これって・・・!?」

 くじびきの結果に桐谷は驚き、そのまま固まる。

「どうした?」

 またもおかしくなった桐谷の様子に、橘はまたも声をかける。

「これ・・・。」

 桐谷はくじの結果を橘に見せる。すると、

「え?これって・・・?」

 そのくじを見て、橘も固まる。

「はい。『姫吉』が、『姫吉』が当たったんです。」

 姫吉。これは、ラノベアルカディアの主人公の娘、唯我姫にあやかった呼称である。ラノベアルカディアでは、姫吉を引いた者には一生幸せでいられる、という大吉以上の幸福を唯我姫が引いたので、この呼称がラノベアルカディア好きには浸透し、一部のくじでは採用されている場所もあるくらいの影響力を受けている。

 だが、実際に姫吉を引き当てるのは難しく、噂では十万分の一より低いのでは?なんて話が持ち上げられている。中には、そんなおみくじは入っていないと豪語する人もでてくる始末。そんな願っても引き当てることが非常に難しい姫吉を引き当てることが出来たのだ。固まるのも無理ないだろう。

「やったな。」

 橘は静かに、だが確実に興奮しつつも桐谷の引きの強さに感服する。

「はい!これも橘先輩のおかげです!本当に、今日はありがとうございました!」

 その笑顔は、くじの後ろに描かれている少女、唯我姫のように光り輝いていた。そして、そのくじにはこう書かれていた。

“このくじを引いた方は、一生幸せに包まれることでしょう。だから、姫ちゃんのように、常に笑顔を忘れないでね!”

 と。そのくじに見習ったのか、この後、桐谷は橘といる時はずっと笑顔を絶やさず、別れる時も笑顔で手を振り、跡を濁さなかった。

 だが、そんな幸せ絶頂な桐谷に、少しずつ不幸が近づいてくる。そして、その不幸の元凶は、桐谷が一人になったところを見計らい、

「・・・やぁ、杏奈。久しぶりだね。」

「!?あ、あなたは・・・!?」

 桐谷に声をかける。

次回予告

『小さな会社員の新年食事生活』

 元旦に起きることなく、1月2日に起きた早乙女優は、近くにいた菊池美奈の存在に驚いたが、その後、ある者の電話から、電話をくれた者と新年初の食事を共にしようとする。


 こんな感じの次回予告となりましたが、どうでしょうか?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ