小さな会社員と何でも出来るOLのかつての生活~氷菓子製作~
時は遡り、優がお昼の調達に社を出た直後。
「あの、ずっと気になっている事を聞いてもいいですか?」
桐谷が先輩方全員に話を振る。
「おう、なんだ?」
工藤が声をあげて反応する。他の二人も、声こそ出さないものの、桐谷の方向を向く。
「何故、優さんはこの会社で働いているのでしょうか?」
それは、桐谷が入社当初、否。入社する前の面接時から既に感じていた事である。
一年前、桐谷はこの会社に面接しに訪れていた。当時の面接官は人事部の面々が行っていたのだが、
「どうぞ。」
「あ、ありがとうごさいましゅ。」
(あ、噛みましたね。)
桐谷が会社に来てから面接すまでのわずかな時間、早乙女優が桐谷杏奈の相手を務めていたのだ。優が桐谷の相手をしている間、
(へぇ。この会社って、幼稚園児も預かってくれるんだ。)
と、調べた情報をもとに、優を園児と勘違いした。無理もないだろう。確かに、社が園児を預かる制度は、なくはない。だがこの時、桐谷は思いもしないだろう。
社が小学生を預かっている、ということを。
「大丈夫ですよ。」
当時、優は緊張しているだろう桐谷に声をかける。
「え?」
まさか話しかけられるとは思っていなかったので、桐谷は素で驚く。
「先輩方、とても優しく、人を見抜く目は確かですから、気を楽に、いつも通りにしてくださいね?」
優は励ましの言葉をかける。
「は、はい!」
桐谷は優の言葉に自信を持ち直し、
「桐谷杏奈さん。入室してください。」
桐谷が呼ばれる。
「それでは失礼します!励ましのお言葉、ありがとうございました!」
桐谷は優にめいっぱい頭を下げ、初々しい感謝の意志を優に届ける。
「いえいえ。」
優も桐谷に向けて頭を下げる。お互いに数秒間頭を下げ合った後、桐谷は面接が行われる部屋へ入室していった。
「・・・なるほど。優君への嫌悪感は0、と。」
影では、とある女性社員がなにかしらメモをしていた。
「…ということがあったので、そういう制度を先輩の誰かが使用しているのかとおもったのですが、優さんって小学生ですよね?」
まだ会社の仕組みをよく知らない新入社員ならではの質問だと思う。むしろ、この半年以上、よく何も言わずにいられたものである。
だが、その事を聞こうとしていた桐谷に、僅かながら嫌悪感を向ける者がいる。
「…私と優君との惚け話なら話せるけど、聞く?」
優を溺愛している女性会社員、菊池美奈である。菊池は代用案を提案し、話の路線を変えようとする。
「…はい。それでお願いします。」
桐谷が菊池の真意に気付いたかどうかは不明だが、桐谷は菊池の案に賛成した。
「・・・。」
橘も、優と菊池の惚け話を楽しみにしているらしく、聞く体制をとっていた。
「それで、どんな話をするつもりなんだ?」
工藤は菊池の提案に反対することなく、菊地がどんな話をするのか聞く。
「そうね・・・ここはやっぱ、あの話でしょ!」
と、菊池は自慢げに宣言する。
「優君が私とアイスを始めて作って食べてくれた話!」
「!?それってもしかして、優さんがアイス好きになったきっかけですか?」
「ええ!私のあのアイスがあったからこそ、あの優君がいると言っても過言ではないわ!」
菊池の自慢げな声質に、
「…そうか。それじゃあどんな風に話をするのか楽しみだな。」
工藤は、菊地がどんな話をするのか大体把握したため、気分は第三者である。
「橘先輩は菊池先輩が言った話、聞いたことあります?」
「…ないな。だから俺も少し楽しみだな。」
「あれ?橘もこの話を聞くのは初めてか?」
「そう、ですね。俺から聞こうとする機会がほとんどないので。」
「ま、優自身、自分のことをほとんど話そうとしないもんな。」
工藤の言葉に、
(そういえばそうかも?)
(確かに、優の話を優本人からほとんど、いや。まったくないかも。)
納得し、
「それじゃあ、優君と私のアイスの話の始まり、始まり~♪」
菊池は自分の愛娘をこれでもかと自慢する母親のように上機嫌となり、話し始める。
時はまた遡る。
これは、優と菊池が出会い、未だに二人の関係が不安定だった時の話。とはいえ、菊地から優への想いはすでに確立していて、
「ゆ、優君。おはよう♪」
「おはようございます。」
「きゃー!優君の挨拶が聞けたわ、きゃー!」
イケメンに声をかけられてはしゃぐ女子高生みたいな反応をし、
「…なんか、日に日にあいつがおかしくなってないか?」
工藤は菊池のおかしな変化にとまどう。
「工藤先輩、おはようございます。」
「よう、おはよう。」
優は工藤に挨拶する。だが、優はまだ菊池や工藤達に強く申し訳なさを感じていたのか、挨拶からは猛省の感情が窺える。
「…なぁ?そこまでかしこまらなくてもいいんだぞ?もちろんある程度の緊張感は必須だが、ガッチガチに緊張しなくてもいいんだからな。」
「いえ。私なんかでは、とても先輩方に迷惑をかけてしまいますので、常に気を張り、周囲に気を配らないとなりません。」
優が何故常に気を張っているのかというと、自分を律し、自分の行いに責任を持ち、仕事を完遂するためである。こうすることが優本人にとって、最低限度の礼儀だと必然的に考えているのである。
「それでは、これから来客のみなさまに持っていくお茶をご用意しますので、失礼します。」
優は余所余所しく、工藤の元から去って行く。
「・・・なんだかなぁ。」
工藤は優の立ち振る舞いに違和感を覚えるが、工藤自身は何も言わずに、自身のデスクに向かおうとする。その背後には、
「今日も優君は凛々しいわ♪」
菊池が優を見つめていた。初恋をした若き女の子の如く。
「・・・。」
工藤は思う所多々ありだったが、何も言わなかった。
一人は今を懸命に生きるために働く。
一人は懸命に働く小さな会社員の姿に見惚れる。
一人は懸命に働く小さな会社員を心配する。
そんな各々の気持ちはやがて集められ、1つの行為へと発展することとなる。
少し時が過ぎ、
「ゆ、優君!」
菊池は頬を赤らめながら優に声をかける。
「はい、何でしょうか?」
それに対し、優は社会人の対応を心掛ける。
「あ、明日の休日って、暇?」
「?明日は仕事に向けて勉強するつもりですが?」
優は自身の能力向上のため、日夜勉強を欠かさないのだ。それはもちろん、仕事に関する分野で、だ。なので、優は遠回しにお断りの返事をする。それでも、
「えっとね。私、優君と一緒に過ごしたいんだけど、駄目かしら?」
菊池は食い下がる。何せ菊池は優と一緒に過ごしたい。ただそれだけの願いなのだ。その願いを、
「私といるより、菊地先輩にはもっとふさわしい方と一緒にいるべきかと。」
優はそれでも断る。優は意地悪でこんなことを言っているわけではない。純粋にそう思っているのだ。自分といるより、他の人といた方がいい。そう考えをまとめたのだ。
「わ、私は優君と一緒にいたいの!」
優が二度も断っているのにも関わらず、菊地はなおも食い下がる。優が当時、自身をひどく卑下し、断っていることに対し、菊地は優のことを既に特別視しているのだ。
「「・・・。」」
二人とも自身の考えを曲げることなく、無言の時間が数秒続く。ここで助け舟をだしたのは、
「優。たまには息抜きにいいんじゃないか?」
工藤直紀であった。
「工藤先輩。」
優は工藤の登場に驚くも、すぐに立て直す。
「ですが、私と関わるより、他の人と過ごした方がお互いのためになるのではないでしょうか?」
工藤という助け舟を得たおかげか、
「そうよ、優君!時には息抜きも社会人として必要な事なのよ!」
菊池は先ほど以上に言葉を強める。
「そう、なんでしょうか?」
優は二人の会社員の意見に、自身の意見に折り合いをつけようとする。
「そうよ!社会人たるもの、仕事と私生活は分別をつけないとね!」
菊池はそう言いながら優に笑顔を向ける。その菊池の顔と、
「そうだな。菊池の言う通りだ。」
工藤の納得した表情に、
「・・・分かりました。それでは菊池先輩、お世話になります。」
優は二人に頭を下げる。
「ええ!とっても楽しみにしているわね!」
菊池は、告白を承諾された女子高生のようにはしゃぐ。工藤はその様子を見て、
(さて、これくらいでいいか。)
静かにフェードアウトしていった。
「後押ししてくれてありがとう。」
すれ違い様、菊地は工藤に、素直にお礼を言った。その言葉をかけられ、
「まぁ、俺も優のことが心配だからな。ちなみに何をするつもりなんだ?」
工藤は菊池に予定を聞く。場合によってはかけつもりなのだろうか。声に心配の感情が隠れている。
「優君と一緒に料理を作って、一緒に食べようと思ってね♪」
そう楽しそうに話す菊池を見た工藤は、
(楽しそうに話すな。)
心の中で感心しつつ、
「そうか。ま、優をよろしくな。」
「ええ、もちろんよ。」
優がいない場で、二人の会社員は小さな会社員を心配しあう。
日にちは休日となり、
「それじゃあ優君、一緒に料理しましょうね♪」
「・・・。」
ご機嫌で今もウキウキしている菊池が会話の音頭をとる。一方優は、
(やはり、休日はこんなことをするより、仕事に向けて勉強していた方がいいのでは?)
仕事の事を考えていた。当時の優はかなり仕事人間となっており、休日に遊ぶ、なんて発想がないのだ。もっとも、今回菊池と行うのは遊びではなく料理なのだが。
「どうしたの、優君?もっと元気出して張り切っていこうー♪」
と、優の気持ちの沈みに関係なく、菊地はご機嫌に声を出す。
「はい。」
一方、優は冷めた対応をとる。
「ところで今日は菊池先輩と一緒に料理を作る、ということで間違いありませんか?」
優は本日の仕事の仕事内容を確認するかのように、感情の起伏無く聞く。
「ええ、そうよ♪」
菊池は笑顔で対応する。菊池が感情豊かな太陽だとすれば、優は感情を無くした北風、という関係が成り立つのかもしれない。
「それで、本日作る料理は何でしょうか?」
優は菊池に本日作る予定の料理を作る。
「それはね、みんな大好きアイスクリームよ♪」
「分かりました。」
優は菊池に料理の献立を聞くと、あっさりとした返事を返し、手を洗い始める。きっと、あっさり味の塩ラーメンが負けてしまう程、あっさりとした対応だった事だろう。
(あれ?思った以上に反応が無い?)
菊池も思っていた反応と異なる反応をされてしまい、若干調子を狂わされてしまうが、
「さ、さぁ、優君!アイスクリームの作り方は覚えているわね!?」
「ええ、もちろんです。」
「一緒に楽しく作ろうね♪」
「はい。」
こうして二人は休日、アイスクリームを作り始める。
優はこの時、既に複数の料理をある程度作れるようになっている。では誰が教えたのか?答えは今、一緒に作っている菊池美奈である。菊池美奈は早乙女優に料理だけでなく、仕事についても色々教え込んだのだ。
そのおかげで、優は年齢一桁にして、社会人に紛れて仕事をこなし、生活をすることが可能となったのだ。元々、ある程度は出来ていたのだが、そのことについては別のお話で。
菊池は楽しそうに料理をしていた。料理そのものに楽しさを感じているわけではない。優と何かしている事。それが菊池の楽しい、という感情に繋がる行為となっている。だから菊池は、
「~♪~~♪♪~~~♪♪♪」
今も楽しそうに、料理を苦にも思わずに出来るのだ。
一方、優はというと、
「・・・。」
ただただ、作業をこなしていた。要所は入念に確認しつつ、着実に工程を重ねていく。まるで機械が仕事を行っているような、人間味がまったくない調理風景を見せられる。そんな対極的な二人の調理風景は終盤を迎え、
「・・・お♪そろそろ時間よね、優君?」
「そうですね。それでは冷凍庫から出しますか?」
「はーい♪」
菊池と優は冷凍しているアイスを取り出す。取り出されたアイスを見てみると、
「はぁー。やっぱ優君がいてくれると、なんだか食べ物が輝いて見えるわー♪」
菊池の惚れ惚れとしている表情を見た優は、出来上がったアイスを見てみる。
アイスの出来栄えは、優から見たら、何の変哲もない、店頭で並んでいるようなアイスが目の前にあるだけだった。
(店で買えば、この調理時間を短縮できたと思うのですが。)
調理そのものを否定するかのような考えをしつつ、
「そうですね。」
優は菊池に当たり障りのない返事をする。
「うんうん♪それじゃあ優君、一緒に食べましょうか♪」
「はい。」
菊池と優は自身が作ったアイスを実食する。
簡単にテーブルを綺麗にし、優と菊池は席に座る。
「優君、一緒に食べさせ合いっこしようね♪」
と、ご機嫌な声質で話しかける。
「これ、本当に私が食べてもよろしいのですか?」
そして優は、申し訳なさそうに菊池に問いかける。
「当ったり前じゃない!?優君、いっつも栄養機能補助食品ばっか食べて!」
そう。
優はこの時、料理はある程度できる。だが、自分で食べるためではない。自分以外の人に恩を返すため、そのためだけに学び、その技術や知識を使っている。それ故に、自分で作った料理をほとんど食べていない。食べたといっても試食程度。後は少量でも栄養を取れるよう、効率重視な食事を、この時の優は摂取していた。そのことを菊池は指摘し、心配していたのだ。今までも言っていたのだが、当時の優には届いておらず、いつも、「?ですが、こちらの方が効率的に、短時間で必要な栄養を摂取出来ますので。」と、あしらわれてしまうのだ。こんな子供がいたら、大人はその子供の将来を心配してしまう事だろう。他人でもそう思ってしまうのであれば、知り合いや大切な人であればどうか?そんなことはいちいち言われなくても分かることだろう。
「ですが、あちらの方が少量で効率的に、バランスよく栄養を摂取出来ますので。」
何より、安上がりですので。
「はぁ~。」
菊池からすれば、何度も聞いた言葉。
早乙女優からすれば、何度も話した言葉。
優は何も思わなかったが、菊地はそうではなかった。
何故十年も生きていない子供が、食べ物の好き嫌い関係なく、効率重視で食事を摂っているのか。それが、その考えに至らせた大人達に腹が立ち、最終的には呆れる。だが、呆れるだけでは終わらない。菊池は今回のことで、優が食に関し、少しでも好きがはっきりしってもらえばいい。そう思って今回の事を企画したのである。結果はまだ見えていないが、
(これは、難しそうね。)
現状から判断して、難航すると覚悟せざるを得なかった。だが、それでもやるしかない。これが赤の他人ならとうに見捨てていただろう。どうでもいいと悟り、どこかの谷に捨てていたのかもしれない。だが今回は違う。当時の菊池にとって、早乙女優はもう大切な人。それ故に、優の、本当の幸せを願う。
(頑張らなくっちゃ!)
菊池は張り切る。
「はい、優君。あーん♪」
菊池は優にアイスを近づける。
「いえ、自分で食べられますので。」
優は小さく、それはもう小さくスプーンでよそう。その様子は、知覚過敏をきにしている人のようである。ちなみに優はこの時、試食感覚でよそったため、量が少なくなっている。
「もう!そんな少量じゃなくって、もっとたっぷりすくって、」
菊池は一口大にアイスをすくい、
「はい!」
「!?」
優の口に入れる。これがもし激熱料理であれば、優は今、フーフーしていたことだろう。
「どう?美味しい?」
菊池はさきほどの思い切った行動とは裏腹に、優しく、穏やかに話しかける。
「・・・美味しい。」
優の顔は次第に、人間味を帯び始め、子供らしさを生じさせていく。
「!?」
菊池は、優がポツリと呟いた小さな一言を聞き逃さなかった。
「ほ、ほら!まだまだたくさんあるわよ!」
菊池は確かに、アイスがまだあることを優に伝えた。だが、食べていいかどうかの許可はだしていなかった。そのことに気付かなかった優は、
「・・・それじゃあ。」
優は顔に輝きを帯びさせ、手を能動的に動かし始める。
(優君・・・!)
菊池は嬉しくなり、目頭に何かが通ずる。
菊池は嬉しくなったのだ。
優が初めて見せる、人間らしい欲望。初めて見せる好きな物。遅すぎる成長だと思っても、嬉しくてたまらなかった。
「優君!いっくらでも食べていいからね!」
その言葉に、優は手を止め、顔を青くさせる。
(?どうしたのかしら?)
菊池は優の異変に気付いたものの、何故異変が起きているのか、その理由が分からずにいた。
「す、すいません!」
優は菊池に謝罪する。
「?えっと・・・何が?」
菊池は何故謝罪をされたのか、本当に分からなかった。
「だって、私一人でアイスをがっついてしまって…!」
優はひどく後悔していた。
自分だけ、アイスを食べていることに。自分一人で、二人で作った物を独占し始め、食べ始めていることに。夢中になりかけ、危うくアイスを全部一人で消費しかけるところを自身の精神で止めたのだ。菊池は優が何故そんなことを考えているのか、全部は把握できなかった。だが、一端を把握した。
「別にいいのよ♪」
菊池は申し訳なさそうな優を見て、穏やかな笑みを優に差し向ける。その笑顔は救済に応じる聖女のようである。
「え?」
優は突然塩をふりかけられたナメクジのように小さくなっていた。
「私、優君がそうやって何かに夢中になっていくことはいいことだと思うの。」
「ですが、私のせいで菊池先輩が食べるアイスの量が減ってしまいます!」
優は菊池のアイスの取り分の現象を恐れ、食べることを控えようとする。その行動を、
「はい、あ~ん♪」
「!?」
菊池は好意をもって拒絶する。
「私はこうやって、優君の幸せそうな表情を見られるだけで嬉しいの♪だから優君、私に笑顔をもっと見せて?」
そういって、今も優の口内にアイスが残っているが、菊地は次のアイスの準備を始める。
「・・・。」
優は戸惑う。
このまま、アイス欲に負けてアイスを食べ続けるか。
それとも、菊地からの誘いを断り、二人できちんと折半するか。
「はい、あ~ん♪」
優の思考時間に関係なく、菊地のあ~ん攻撃が炸裂する。
「・・・。」
優は、目の前にある素敵な物に、
(これは、これは…!)
菊池が差し出された物を、
(菊池先輩から、人からいただくものを無下に扱う訳にはいかない、ですよね?)
自分に言い訳をすることで、
「~~~♪」
アイスにありつく。
これは、この会社にきてから初めて菊池に見せた我が儘である。
そして、自分に言い訳してアイスを食し始める優の姿は、
(優君・・・!)
誰が見ても年相応の姿であった。それは普段、仕事をしている姿とは裏腹な、年相応な顔に表情。その表情を見た菊池は、最上急に嬉しくなり、
「優君!この日本には、もっと、もーっと、それこそ私でさえも知らないアイスがあるのよ!食べたい?」
菊池は笑顔を声に乗せて聞く。
「はい!食べたいです!」
それは、会社に恩を返すため、人のためではない、完全に私利私欲な願望。だが、その願望を、誰も否定しなかった。否定せず、
「それじゃあ、いつか、私達と一緒に全国のアイスを食べ歩きしようね♪」
菊池は言葉のキャッチボールをすると同時に、優にアイスを差し出す。
「はい♪」
優はしっかりと返事をしつつ、差し出されたアイスを口内に突入させる。
この後、優は少しずつであるが、職場の雰囲気に馴染み始める。そして、後に優の上方が更新された。
その内容は、優がアイス好き、ということが、全社員の知るこことなった。だが、社員達は当時、まだ知らなかった。このアイス好きが如何ほどなものなのかを。
「・・・へぇー。優さんのアイス好きって、菊池先輩の気遣いから生まれたものだったんですね。」
菊池から話を聞いた桐谷は、菊地の話に聞き入る。
「知らなかった。」
橘も話をしっかりと聞き、脳内にしっかり保存する。
「俺も途中まで知っていたんだがなぁ。まさかそんなことになっていたとは…。」
工藤の口ぶりから、若干の呆れを感じてしまうが、声は違った。まるで、口は素直になれない反抗期の子供の様な、そんな言葉と態度の二面性を感じる。
「はぁ~~♪思い出していたら、久々に優君とアイスを作りたくなってきちゃったわ!これはもう、仕事をちゃちゃっと終わらせて、優君とアイスを作りたいわ~♪」
菊池は思い出話に花を咲かせて高揚する。
(ですが、何かおかしいです。)
桐谷は一つ、疑問に思っていた。
(先ほどの話は一体、何年前の話だったのでしょう?)
そう。先ほどの馴れ初めは何年前の出来事だったのかについてである。
(確か、橘先輩は入社3年目、って言っていた気がします。)
それを前提とすると、橘が知らなかった。つまり、少なくとも、橘が入社してくる3年以上は前、ということになる。その数字を今の優の年齢から引くと、9.つまり、優が9歳、もしくはそれ以上前から、優はこの会社にいたことになる。
(ど、どういうこと!?)
桐谷は自身の仮説に驚かざるを得ない。何せ、9歳のころに会社で働く、なんて情景、普通は想像できないからだ。
(ですが、優さんなら…。)
だが、そんなことを優という人間は可能にさせた。現に、まだ優と接し始めてから1年も満たない桐谷が想像出来てしまうのだ。桐谷より多くの年数を優とともに過ごしている人達はどのように解釈できるのだろうか。
「あ、あの!」
桐谷はこの疑問を聞こうとした。
「何?」
「!!??」
桐谷はすぐに、
「い、いいえ!な、なんでもありませんよ、なんでも!!」
と、拒否反応を示す。
(さきほどの菊池先輩、すごく怖いです・・・。)
まさに無言の威嚇とはこのことなのだろう。菊池は桐谷の聞きたいことを察したのか、桐谷に無言の圧力をかけたのだ。
これ以上、優君の詳しい事情を聴くな、と。
桐谷はこの1年、この職場で色々と知った事がある。
それは仕事の仕方だけでなく、苦手なタイプの人間とも付き合わなくてはならない現実。その現実と向き合う方法。それらの方法の中に一つ、聞かれたくないことは聞かない、という暗黙の掟が存在する。その暗黙の掟を、桐谷は破ろうとしていたのだ。
(これは、もしかしなくとも聞いてはいけないこと、でしたね。)
桐谷は、優の過去に関しては聞いてはならない。そう判断する。判断したものの、
(やっぱり、少しは聞きたいなー。)
先ほど、菊地による惚気話を聞かされたため、そんな暗黙の掟のことを知っていたとしても、知りたくなってしまう。
(でも、いつか優さん、もしくは菊池先輩から直接聞けるまでに信頼してもらいたいな。)
それまではがむしゃらに仕事を頑張らないと!そう思う桐谷である。
「ただいまもど…あれ?」
菊池が今後の目標を漠然と決めた時、早乙女優が荷物を抱えて戻ってくる。その優はというと、静まり返った空気を不審に思う。
「おっかえりー、優くーん!」
優が帰ってきたと分かると、菊地は全身の色を変えて飛び込む。
「…あ!?わ、私も荷物運ぶのを手伝います!」
桐谷は菊池より出遅れたものの、湯の近くにかけより、荷物を持つ。
「あ、お二人ともありがとうございます。」
優は二人の先輩にお礼の言葉を述べ、三人で荷物を持ち、近くのテーブルに広げる。
「「「「うわー。」」」」
4人は、優が持ってきた料理に目を輝かせる。
「それでは、いただきましょうか?」
優は、袋に入れてあった5人分の箸を取り出し、それぞれに渡す。それぞれが礼を言った後、
「「「「いただきます。」」」」
4人は楽しみな食事を目の前にし、一声発してから食べ始める。
「「「「美味。」」」」
4人は料理の感想を述べ、食べ続ける。
「いただきます。」
その様子を見て、優も食べ始める。
「優君!一緒に食べさせ合いっこしましょう!是非しましょう!!」
「いえ、結構です。」
「そ、そんな~。」
「・・・ほんと、菊地は今年もぶれなかったな。」
「ですね。」
その後、5人はお昼を堪能した後、懸命に仕事に励む。
次回予告
『小学生達の年末年始生活』
ある会社員達が年末の仕事納め後も仕事をしている中、子供達は例年通りにそれぞれの年末を過ごしていく。
こんな感じの次回予告となりましたが、どうでしょうか?




