5・田舎に帰ってきました
結局、村に辿り着いたのは、すっかり空が暗くなってからであった。
「やっと着いたか……」
ハウゼ村。
それが、この田舎村の名前である。
俺一人だったら大して疲れないものの、途中寄り道をしてしまったこともあり、どっと疲れたような気がする。
王都だったら、この時間はまだ人で溢れかえっている頃であるが、田舎ということもあり人っ子一人見当たらなかった。
「良い匂いだね〜」
村中を歩くと、晩ご飯らしき匂いが鼻をくすぐった。
変わらず、ミディアは肩の上ではしゃいでいる。
「師匠の家はどこにあるんだい?」
「村の端っこだ。もう少しだから待て」
「了解!」
しばらく歩くと、小さな一軒家が現れた。
木造でひっそりと佇む家である。
「おーい、イヴ——ん? ドアが開いてんのか」
ワイルドボアーは家に入りきらないと思うので、ひとまず前に置いておこう。
ワイルドボアーは地面に降ろすものの、ミディアは肩に乗せたままで家の中に入る。
「おーい? ただいまー?」
「誰もいないみたいだね」
それは考えにくい。
家の中は電気の魔法石が使われ明るく、台所を見ると鍋がぐつぐつ音を立てているではないか。
さっきまで料理をしていた痕跡がある。
「ま、まさか……! イヴの身になにかが……!」
それなら大変だ。
「イヴ……イヴ……!」
俺は家中を走り回って、たった一人の住民であるイヴを捜す。
「わわわ、どうしてそんなに慌てているのかね!」
ミディアがなにか声を出しているが、今は答えている場合じゃない。
後捜してない場所となったら、トイレくらいか。
俺がトイレの扉を開くと——。
「てぃやー! そうは!」
トイレの中から、勢いよく少女が出てきてお玉で俺の腹を強襲した。
「イヴ……そんなところにいたのか」
「って、おとーさんじゃん!」
そう。トイレから出てきたのは、われが義娘イヴであった。三年も会っていなかったので、すっかり大きくなっているがイヴの面影は残っている。
間違いなく元気なイヴであった。
「こわかったよー! なんで、ただいまもなにも言わず入ってくるの!」
「ただいまは言ったぞ」
「それでも! 普通、勝手に入ってこないよっ」
「自分の家だからな」
「むむむー! もう……おとーさん!」
耐えきれないかのようにイヴが俺の腰に抱きついてくる。
俺はその小さな頭をわしゃわしゃと撫でてやった。
「……なんで帰ってこなかったの」
イヴが顔を俺の腹に埋めながら、不機嫌そうにそう言った。
「ごめんな。冒険者の仕事が忙しくて……」
「それでも! 三年も帰ってこないなんておかしいよ!」
「言い訳のしようがない。ここ三年はなかなかまとまった休みが取れなかったんだ」
「じゃあ、いっぱい休みが取れたんだね!」
「いや……仕事辞めてきたんだ」
「えっ……?」
「明日からは、ここハウゼ村でのんびり働いて過ごそうかと思って」
と俺が声にすると、イヴは顔を離してパッと明るくさせた。
「やった、やった! じゃあ、明日からおとーさんと一緒に過ごせるんだね」
「そういうことになるな」
「わーっ、嬉しい! イヴ、テンション上がっちゃうなー!」
ルンルン気分でステップを踏み出したイヴ。
仕事を辞めたことに対して問い質されると思ったが、普通に受け入れてくれるのはただただ有り難い。
イヴのそんな姿を見たら、改めてパーティーを抜けたことが間違いでなかったと感じた。
「おとーさん、おとーさん! それで、ね。イヴの話も聞いてよ。またモーガンおじーちゃんが——」
無邪気な顔をして語りだそうとしたイヴが、俺の肩に乗っているそれに気付いて、動きが止まる。
「……おとーさん。それ誰?」
とミディアをお玉で指して、イヴが尋ねた。
「にゃ、にゃ、にゃ、にゃ、にゃ……」
一方ミディアが顔の横で、わなわなとしている。
「にゃんだとぉ! 師匠は子持ちだったのかー!」
続けて、大きな声でそう叫んだ。
「ちょっと待て、ミディア」
「まさか子持ちだったとは思ってなかったよ! それだったら、妻はどこどこどこにゃんだー!」
「おとーさん、この子誰っ? それに『師匠』ってどういうことなのよ!」
「ボクは師匠の弟子だから当たり前なんだ!」
「はあ? それにそのふざけた猫耳はなにっ?」
「猫耳族の誇り高い猫耳をふざけたって言うにゃー!」
「……はいはい。お前等、ちょっと待て」
やぁやぁと言い争っている二人の間に入る。
「一つずつ説明するから、お前等落ち着け」
ミディアを肩から降ろす。
というか、家に入る前に降ろしておけばよかった。別に擦りむき傷なんだから、大したことないだろうに。
「まずミディア。こいつが勝手に師匠と言ってるだけで、俺は——」
ミディアのことは『変わり者の猫耳族で勝手に付いてきた』という説明ですぐに終わった。
しかしイヴに関しては、少々時間を要する。
俺がまだパーティーにいる頃——丁度、三年前くらいだろうか——まだ七歳歳くらいだったイヴを、闇の魔導士集団から保護したのである。
どうやらイヴには膨大な魔力が秘められているらしかった。
そいつ等はそれに目を付け、イヴを実験動物として飼おうとしていたのだ。
それを俺達が救い出したものの、それからイヴをどうしようかとみんなで頭を悩ませた。
俺達が責任持って育ててもよかったわけだが、幼い頃のイヴは都会の喧噪を嫌がった。王都との相性が悪かったのである。
そして一つの案として持ち上がったのが、俺の故郷——ハウゼ村だ。
ここだったら、王都からも離れており、イヴも目を付けられにくいだろう。
緑豊かな自然の中でイヴが育つことは良いことだと考え、俺は近所の爺さんに預けた。
その時にも一悶着二悶着あって、イヴは俺のことを『お父さん』と呼び、俺も彼女のことを『義娘』として思っている。
それがイヴの説明である。
「むむむ、だったら君はまだ結婚してないんだね?」
「働きづめだったからな。この歳になって、彼女の一人もいやしないよ」
と俺は肩をすくめる。
「おとーさんが結婚しなかったら、イヴが結婚してあげるって言ってるんだー」
「にゃにゃにゃ! 父子間の結婚は禁じられているはずだよ!」
「義娘だから良いんですー」
バチバチとイヴとミディアが視線を交錯させた。
「……それにしても、おとーさん! ここまで来るの大丈夫だった?」
「どういうことだ?」
「今、森には邪猪と呼ばれるものがいて。そいつに、村の何人か襲われてるんだ」
「へー、そうなのか」
「だから、おとーさん怪われしてないかなって……」
「……そんなことより、イヴ。手土産があるんだ。ちょっと外に来てくれないか?」
「ふぇ? 分かった」
イヴを玄関まで連れて行き、ドアを開く。
家の前の……。
「わわわ! これってもしかして、邪猪じゃん!」
——ワイルドボアーを見て、イヴが目を丸くした。
「ここに来る途中でついでに倒したんだ」
やはりか……話を聞く限り、ワイルドボアーのことじゃないかと思ったんだ。
「おとーさん、ありがとー! 最近、邪猪のせいで村のみんなも落ち込んでたんだ。それにしてもみんな苦戦していた邪猪を、ついでで済ませるなんて!」
「ワイルドボアーを倒すくらいで感謝されたら、お父さん嬉しいよ」
「こうなったら、邪猪討伐お祝いしなくっちゃ。みんな呼んでくるねっ!」
「ちょ、ちょっと待て……それは明日でもいいんじゃ」
止める間もなく、イヴがどこかへと走り去ってしまった。
「まいったな」
「どうして?」
「騒がしいのはあまり好きじゃない」
「都会にいたのに?」
「都会にいたからだ」
ワイルドボアーを見ながら、そう頭を掻くのだった。