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4・猿退治

 お腹もいっぱいになったところで、再び俺達は故郷に向かって歩き出した。


「ふふん♪」


 ミディアは疲れたも取れたんだろう、上機嫌に鼻歌なんか口ずさんだりしている。


「師匠の故郷ってのはどういうところなんだい?」

「師匠と呼ぶな」

「で、で、で? どういうところ?」

「……田舎だ。住んでいる人は少ないが、みんな優しい。凶暴なモンスターもめったには出ない。そのおかげで、冒険者の仕事ももっぱら畑の収穫を手伝うことがメインとなる」

「それは退屈そうだねー」

「だろうな」


 実際、若い頃の俺はそれを『退屈』だと感じたため、故郷を飛び出したのだ。

 それが間違いだったとは思わない。


 だが——王都で目まぐるしい日々を送っていると、たまには故郷が懐かしく思えてくるのも事実だ。


「お前んとこの猫耳村はどんなところなんだ?」


 猫耳族については、未だ謎に包まれているので興味がある。

 しかし秘匿されている場所でもあるので、ミディアが喋ってくれないと思っていたが、


「う〜ん? ボクのとこも田舎だよ。なーんも、ありやしない。そもそもボクの村は……」


 べらべらと喋ってくれた。


 ミディアの話を聞くに、どうやら俺の故郷に勝るとも劣らない田舎らしい。


「つまり……ボクの猫耳村は世界一の田舎なのさっ!」

「そんなことはない。俺んとこの方が田舎だ」

「んんん! いくら師匠でもここは譲れないね。だって、ボクの村なんて野良猫がいっぱいいるんだよ?」

「俺んとこは道ばたで鹿が出る」

「道具屋になんか、ポーションすら売ってないんだからね!」

「いやいや、俺んとこなんか……」


 ……なにやってんだか。

『どっちが田舎なのか』論争に火が付いてしまった。


 田舎出の人間は、何故か「自分のとこの方が田舎だ!」と言い張る傾向がある。

 パーティーにいた人間は、全員が都会育ちだったので、こうやって言い争うこともなかった。


「でも……田舎なくせに、どうして最強モンスターのワイルドボアーなんて出るんだい?」

「ワイルドボアーが最強かどうかはともかく……確かに変な話だ」

「猫耳村でこんなでっかいのが出たら、簡単に村が滅びちゃうよ!」

「ワイルドボアーごときで? ……いや」


 SSSランク冒険者として、ワイルドボアーよりも遙かに強い敵と戦ってきたので、感覚が麻痺している。

 しかし、田舎にとってはワイルドボアークラスのモンスターが出るだけでも、致命的なのだ。

 人々が危険にさらされ、時には農作物が荒らされ、時には森の生態系が変わってしまうかもしれない。


「まあ確かにワイルドボアークラスのモンスターが出たら大変だよな。しかし、お前も冒険者になるんだったらこれくらい倒せないと話にならないぞ?」


 そう言って、背負っているワイルドボアーにチラリと視線を送った。


「ボ、ボボボクにこんなモンスターと戦えって言うのかい!」

「強制はしないが、冒険者になるつもりだったら当たり前の話だ」

「こんなこと出来るわけないよ! もっと弱そうな敵だったら、ボクでもなんとかなりそうだけどね」

「ザコ専か」


 弱そうな敵だけを狩って、日銭を稼ぐ冒険者のことを——俺達の間では『ザコ専』と呼ぶ。


 なるほど。そういう生き方も間違いではない。

 そういや、パーティーにいる頃はザコ専が狩りそうなモンスターであっても、全力で立ち向かっていたっけ。

 そのせいでザコ専の仕事を取ってしまう結果となってしまった。


「一生ザコ専でやっていくつもりか?」

「そんなことないよ。ボクだって、もっと強くなったら——」


 そんなことを話している時であった。


 目の前にひょっこりと猿が顔を出した。

 いや、こいつは……。



「キィィィイイイ!」



 猿は血走った目を向けてきて、俺達に対して威嚇をしてくる。

 紫色の邪気を奔流させ、手元の爪は鋭く長い。


「ただの猿じゃない。エビルモンキーだ」

「エビルモンキー!」


 それを聞いてから、ミディアがダガーを構えた。


「これくらいなら、ボクだってなんとかなるよ。師匠はそこで見ておいてくれたまえ!」


 そう言うなら、しばらく見学させてもらおう。


「にゃーっ!」


 気合の一声と共に、ミディアがエビルモンキーに襲いかかった。

 ミディアのダガーさばきは器用なもので、飛びかかってきたエビルモンキーを斬りつけた。

 カウンター気味に、だ。


 斬りつけられたエビルモンキーは血を流して、ミディアから距離を取る。


「へへん! ボクだって、本気を出せばこんなもんさっ」


 ミディアが鼻の下をすする。


 ……飛びかかってきたエビルモンキーが自分からダガーに当たったようにも見えたので、まぐれっぽいけどな。


「おい、ミディア。油断するな」

「え?」


 しかしエビルモンキーの特徴を知っている俺は、こんなもんで彼女を褒めたりしない。


「わわわ! エビルモンキーがいっぱい集まってきたよ!」


 戦闘の音に誘われたのか。

 どこからともなく、草むらからエビルモンキーがいっぱい出来て、俺達を取り囲んでしまったのだ。


「「「「キィィィイイイ!」」」」


 一斉に殺気をこちらに向けてくる。


「し、ししし師匠! 助けて!」


 それに圧されて、ミディアが俺に抱きついてきた。


「はあ……仕方ない」


 俺は背負っているワイルドボアーを地面に降ろし、巨斧きょぷを構える。


「ミディア。お前も冒険者になろうと思ってんなら、これだけは覚えておけ。『勝負ってのは最後まで油断するな』というのをな——」

「「「「キィィィイイイ!」」」」


 エビルモンキーがいっせいに、俺達に向かって飛びかかってきた。



「——旋風破打せんぷうはだ



 俺はそう呟き、巨斧を両手で持ってグルリとその場を三百六十度回った。

 台風となった巨斧に対し、エビルモンキーが弾き飛ばされ、木や地面へと激突する。


「「「「キイイィィィィ……」」」」


 さっきまで、意気揚々としていたエビルモンキーであったが、俺の旋風破打によって完全に戦意を消失してしまっていた。


「さて……と」


 俺はその中の一匹に近付き、斧で首を切り落とそうとする。


「キイイィィィ……」


 さきほどの攻撃で足に傷を負ってしまったエビルモンキーは、逃げることすら出来ない。


「師匠。エビルモンキーを殺すのかね」

「当たり前だ。最後まで油断したらダメなんだ」

「でも……可哀想……」

「ミディアは甘い」


 このまま俺を恨んだエビルモンキーが成長して、近くの村——つまり俺の故郷を襲わないとも限らない。


「キイイィィィ……」


 エビルモンキーは潤んだ瞳を向けてきた。


「や、やっぱり可哀想だよ師匠!」

「なに言ってんだ、相手はモンスターだぞ。お前も冒険者になるんだったら、こんな場面は何度でも遭遇する」

「でもでもでも! やっぱり可哀想!」


 ミディアが俺の腰にしがみつき、必死に止めようとする。


 ……はあ。調子が狂ったな。


「おい、お前等」


 俺は巨斧を背負い直して、


「もし、今度——俺達に襲いかかったら、容赦はしない。近くの村とかを襲ってもダメだ。言葉が通じるかどうかは分からないが、俺と刃向かうのは得策ではないことくらいは分かるだろ?」


 ギロッとエビルモンキー達を睨んでやった。


「「「「キイイィィィィ」」」」


 するとエビルモンキーはよろよろと立ち上がり、またどこかへ消え去ってしまった。


「師匠! ありがとう!」


 ミディアが嬉しそうに、小刻みにジャンプする。


「俺も丸くなったもんだ……」


 ……さっきのでエビルモンキーが分かってくれただろうか?


 いや、分からない。エビルモンキーが人語を解する、というのは聞いたことがないからだ。

 しかしエビルモンキーくらいなら、何度現れても倒せる自信があった。


「よし、ミディア。さっさと出発するぞ」

「分か——っ!」


 歩きだそうとすると、急にミディアが痛そうな顔をしてしゃがみだした。


「おいおい、そこ……怪我してるじゃないか」

「こ、これくらい大したことないよ。唾でも付けてれば、治るよ……」

「その民間療法は間違いだから止めておけ」


 さっきの戦いで傷ついたのだろう。

 彼女の言う通り、怪われは大したことなく擦りむき傷だ。

 しかし、ちょっと歩かせてみたら明らかに痛そうにしてて、とても見てはいられない。


「……世話のかかるヤツだ。おい」

「なんだい——うわっ!」


 俺はミディアを片手で持ち上げ、ワイルドボアーを背負っていない方の肩に乗せてやる。


「村まではもう少しだ。ここで座っておけ」

「にゃー! うわ、うわ、うわ、師匠の肩だ! とっても高くて、見晴らしがいいね〜」


 小鳥みたいに俺の肩に乗って、ミディアがはしゃいでいる。

 賑やかなヤツだ。


 ミディアを乗せた俺は、改めて村に向かって歩き出した。

 故郷まではあと少し——。

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