3・小川で魚をつかまえよう
枯れ木を踏みながら、森の中を進んでいく。
「前に故郷を訪れたのは、三年前くらいだっけな……」
その時も、ミディアみたいな少女を拾って、故郷に預けたのだ。
森は俺の子どもの時から、さほど変わっていない。
村へだんだん近付くとごとに、記憶が昔のものとなっていき、まるで童心に返ったような気分となる。
だんだん心拍数が上がっていく。どうやら俺は緊張しているようだった。
「師匠師匠!」
「師匠と呼ぶな」
「ワイルドボアーをそんな風に背負って、疲れないのかい? ワイルドボーアを肩で背負う人なんて初めて見たよ」
「これくらい大したことない」
そう強がってはみるが、少し腰が痛い。
これも、ワイルドボアーを持ち上げたことに対する影響なのか、それとも歩き疲れたことに対するものなのか分からなかった。
歳は取りたくないものだ。
「にゃー」
「その『にゃー』っていうのは、猫耳族の挨拶みたいなものか?」
「感情が高ぶると、言いたくなるんだよ!」
「そうか」
質問してみたはいいものの、果てしなくどうでもいい。
「でもでもでもでも。やっぱり疲れないのかい?」
「だから、疲れないって。ドラゴンくらいなら、背負ったこともあるし」
「そんな非常識なこと、さすがのボクの師匠でも出来るわけないよー」
「師匠と呼ぶな」
「師匠も冷たいなー。このっ、このっ!」
ミディアが小さくジャンプしながら、俺の胸を叩いてくる。
それがなにを意味するものか分からないが、身長差がありすぎて、そこまでしか届かないのだ。
自分のことを『ボク』とは言ってるが、ミディアはただの小柄な女の子なのである。
猫耳生やしているが。
周りから見れば、ただの親子にしか見えないかもしれない。
……って俺はなにを言ってるんだ。
「師匠師匠!」
「だから師匠と呼ぶな。俺はお前の師匠になった覚えはない」
「でもでも……やっぱり、いくら師匠でも疲れると思うんだ。だから……その……ね?」
「……お前はなにを言いたい」
「にゃー」
ミディアが俺の服をつかみ、潤んだ瞳で見上げてくる。
「……もしかして、お前が休みたいだけか?」
「!」
猫耳がピクッと動く。
「そ、そんなことないよっ! 凄腕冒険者のボクはこんなもんじゃ疲れないのさ。ただボクは師匠の体を気遣ってだね——」
ミディアが言い訳が繰り返している最中。
ぐ〜。
間抜けな音が森に響き渡った。
「…………」
ミディアを見る。
「…………」
ミディアは頬を赤らめて、視線を逸らした。
「……仕方ないな。俺もさすがに疲れたし。ちょっと、ここらで昼飯でも行こうとするか」
「にゃーっ!」
ミディアが瞳を大きくして、キラキラとさせる。
——別に疲れてはないが、村まで後一時間くらいは歩き続けないといけないだろう。
その道中、ミディアがずっとこの調子だったら、いくら俺でも気がまいっちまう。
「俺の記憶だったらもう少しで……」
そこから少し歩くと、小川が見つかった。
「にゃーっ!」
ミディアの猫耳がピクピクと激しく動く。
「やっぱりな。これも子どもの時と一緒だ」
昔のことを思い出す。
まだ小さい頃、友達と一緒にこの小川でよく遊んだものだ。
小川はあの頃と変わらず、澄み渡った色をしており、見ているだけで心が癒されていくようだった。
俺はミディアと一緒に、その小川へ近寄った。
「ミディア。お腹空いてるんだよな?」
「な、ななななにを言ってるにゃー! そんなこと、凄腕冒険者のボクには有り得ないこと……」
「じゃあやっぱり休憩は止めとくか」
「……凄腕冒険者でもお腹は空くにゃー」
声を小さくしたミディア。
いちいちやり取りが面倒臭くなってきたが、ここで一度立ち止まるのも悪くないだろう。
「魚でも取るか」
水が澄み渡っているおかげで、ここからでも泳いでいる魚を視認することが出来る。
そういや子どもの頃、同じように魚をよく取っていたっけな。
「魚取りかい! ボクに任せてくれたまえよ!」
俺が動くよりも先に、ミディアが息巻いて袖をまくった。
そして小川へと足を踏み入れて、
「にゃーっ!」
と勢いよく川に手を突っ込んだ。
しかし、その手にはなにもつかまれていなかった。
「ダメじゃないか」
「んんん! 今度こそとらえてみせる!」
そうやって四苦八苦しているミディアを、俺は近くの木にもたれて眺めていた。
「にゃーっ!」
「にゃーっ!」
「にゃーっ!」
……つかまえられる気配がない。
「はあっ、はあっ。ここの魚はなかなか手強いみたいだね」
諦めたようで、肩を落としてミディアが川から上がった。
激しく動いたせいで、ミディアのキレイな白髪が濡れ、服もびしょびしょになっていて体のラインがくっきりと分かった。
「終わったか。じゃあ今度は俺の番だな」
腰を上げる。
「いくら師匠でも、さすがに魚を取ることに関しては……って、にゃーっ!」
近くの岩を持ち上げると、ミディアが驚いて目を見開いた。
俺にとったら軽いものだが、ミディアの体くらいある大岩なので、彼女にとったら驚嘆に値するものかもしれない。
「ふんっ」
小川から顔を見せている岩に、その持ち上げた大岩を放り投げる。
大岩はその岩へと命中し、ばしゃーんと水しぶきを上げて川へ落下した。
「よし……ミディア。あそこに行ってみな」
俺の指示通り、命中した岩の付近へとミディアがもう一度向かう。
すると。
「……! す、すごいよ! 魚がいっぱい気絶してる! これだったら、魚のつかみ放題だ!」
はしゃぎながら、気絶した魚を両手いっぱいに持って、こちらへ戻ってきた。
「子どもの頃からよく魚取りはしてたんだ。これくらい、俺にとったら朝飯前のことだ」
「やっぱりボクの師匠はすごいね−!」
その後、俺は火を起こし取ったものを焼き魚にした。
濃い味付けはおっさんになってからは苦手なので、予め持ってきていた塩を振りかける。
「はふっ、はふっ! おいしい、おいしい! 師匠の作った魚はおいしいよっ!」
ミディアが幸せそうな顔をして、魚にかぶりついていた。
俺も焼き魚を口にする。
パクリ。
……うん。外はカリカリ、中はふわぁ〜とした優しい柔らかさで胃が満たされていった。
「はふっ、はふっ!」
そんなことを言いながら、魚を頬張っているミディアを見て一つ疑問が湧いてきた。
「猫舌じゃないのか?」
「はふっ、はふっ! なにを言ってるんだい。猫耳族は猫じゃないよ」
「でも猫耳が……」
「猫耳があっても、猫じゃない! ボクは熱いもの大好きだよっ」
……猫耳族の生態は、未だ多くの謎に包まれているようだ。