23・邪猪再び
それからしばらくしても、ミディアは薬草を摘める気配がなかった。
「にゃー」
「にゃー」
「にゃー」
いっぱい頑張ってはいるが、ミディアの行くとこ行くとこに薬草がない。
「あっ、おとーさん。これは薬草?」
「ああ。薬草だよ。イヴ、よく見つけたな」
「えへへ」
イヴの頭を撫でてやる。
『われも見つけた』
今回のクエストでは、ワッセルは大活躍だ。
ワッセル一匹だけで、周辺の薬草はあらかた摘んでしまったのではないだろうか。
「おう、ワッセルも偉い偉い」
「あんっあんっ」
ワッセルの頭も優しく撫でてあげたら、嬉しそうに鳴いた。
「おーい、ミディア。薬草見つけられたか?」
「見つけた!」
「おっと、残念。それは毒草だ」
「がーん」
これだけ薬草を見つけられないのは、一種の才能かもしれん。
とはいっても、このままミディアが薬草を摘むのを見ていては、日が暮れてしまう。
「今日のとこはこれで終わりにするか」
「はーい」
「あんっあんっ」
だからそう呼びかけたら、みんなが返事をした。
「ボ、ボクは反対だ! まだクエストは完遂していない!」
中腰のまま、顔だけこちらを向けるミディア。
そもそも、ワッセル一匹だけでクエスト分の薬草はとっくに採っていたのだ。
「今回は諦めろ」
「でも! でも!」
「薬草摘みは危険がともなう。だから、Sランクに指定されているんだ」
「にゃ?」
「なあに、お前が一回でクエストをクリア出来ると思ってないさ。これから頑張っていけばいい」
本当はGランククエストである。言わないが。
だが、そう説明するとミディアは耳をぴーんと立て。
「た、確かに……そうかもしれないにゃ」
「うむ」
「初めての挫折というヤツか。ここから、ボクのSSSランク冒険者人生がスタートするんだね」
「そうだな」
うんうんと頷き、自分一人で納得しているミディア。
ツッコミどころは多いが、やっと帰れそうなのでなにも言わない。
「あんっあんっ」
と——ワッセルがいきなり鳴き出した。
「どうした?」
『エビルモンキ−達がわれに助けを求めているのだ』
エビルモンキー……ああ、あいつ等か。
忘れそうになるが、ワッセルは犬ではなく魔狼なのである。限りなく犬に見えるが、れっきとした魔狼なのだ。
そのワッセルが率いているのが、魔猿としても有名なエビルモンキー。
「俺には聞こえないが?」
『われに聞こえる周波で連絡を取っているのだ』
そわそわとワッセルがどこか落ち着かない。
『主。すまないが、われはエビルモンキー達は助けに行く。先に帰っておいてくれないか?』
「それはダメだ」
「あん?」
「俺も行く」
ワッセルは俺達の大切なペットだ。
そいつが目の前で困っているのに、見過ごすわけにもいかない。
『助かる』
頭を下げたワッセル。
「こうしている間にも時間がもったいない。ワッセル、行くぞ」
「イヴも行くよ!」
「ボクもだ!」
「……やむを得ない」
エビルモンキーがワッセルに助けを求めているということは、森になにか異変が起こっているかもしれない。
そんな中、イヴとミディアを置いてけぼりにするのは危険だった。
「エビルモンキー達はどこにいるんだ?」
『ここより南西の方角だ。乗れ』
「分かった」
ワッセルにまたがり、後ろにイヴを乗せた。そしてミディアを肩車する。
準備が整い、ワッセルが地面を蹴り、エビルモンキーの救出に向かうのであった。
走っていたワッセルが止まる。
『ここだ!』
見ると、エビルモンキーが一体の猪を取り囲んでいる。
「キィ!」
「キィ!」
「キィ!」
エビルモンキー達は必死に抵抗しているものの、猪に傷一つ付けられる気配がなかった。
いや、あれは……。
「邪猪だ!」
後ろでイヴが叫んだ。
そう。エビルモンキー達が戦っているのは、邪猪ことワイルドボアーであった。
「最強モンスターのワイルドボアーに、また出くわすなんて!」
ミディアが震えた声で言い、俺の首にしがみつく。
冒険者パーティーから抜け、田舎へと向かう道中、ワイルドボアーに襲われていたミディアを助け出したことを思い出した。
確かに、こんな田舎でワイルドボアーが頻繁に出現するなんておかしいことだ。
しかし、今はそれを考えている暇はない。
「あんっあんっ」
「ここで待ってろ」
俺はワッセルから降り、巨斧を構えた。
すると、今までエビルモンキーを蹴散らしていたワイルドボアーの顔がぬるりとこちらを向き、
「ぐるるる……」
蹄で地面を蹴り、こちらに突進をかましてきた。
「師匠! 危ない!」
「ふんっ」
俺はワイルドボアーの突進を寸前のところで避ける。
そのまま、ワイルドボアーは勢いよく後ろの木へと激突した。
「ぐるるる……」
だが、ワイルドボアーは気にせずくるりと振り返り、再び俺に突進をかます。
「——蒼破」
巨斧を振り上げ、ただ下に叩きつけるだけの技。
しかし、単純な技であっても、そこに今まで培ってきたパワーを込めれば必殺の一撃となる。
あの時と同じように、一撃でワイルドボアーの首を斧で切断した。
「ふう……」
息を吐き、背中に巨斧を背負い直す。
「やっぱり師匠はすごいね! すごい力だにゃ」
「こんなの大したことない。本来の半分くらいの力だ」
「にゃんでにゃ?」
「お前が俺にしがみついてるからだ」
戦闘中でも俺にしがみついていたミディアを、地面に下ろす。
彼女に言ったことは嘘ではない。あまり本気で斧を振るってしまえば、ミディアが吹っ飛んでしまう可能性もあった。
それに、田舎に帰ってきてから極端に戦闘の機会が少なくなっている。
それは歓迎すべきことであったが、腕がなまってきているのも事実であった。
「もっとトレーニングしなければ……」
首を切断されたワイルドボアーを見て、ぼそりと呟いた。
『助けてもらって感謝する』
「気にするな」
『この猪風情。われであっても苦戦する相手なのだ』
そうは言うものの、魔狼もかなり強い。
忘れそうになるが、ワイルドボアーも強い部類のモンスターなのだ。
「さて……この猪。どうしようか」
「持って帰ろ、おとーさん。これだけあったら、猪鍋が出来るよ」
「猪鍋か……」
最近、夜が肌寒くなってきた。
歳を取っただけなのかもしれない。
鍋をつつきながら、酒をちびちび飲むのも良いだろう。
「よし。良い時間だし、帰って晩ご飯だ」
「にゃー!」
「うん!」
「あんっあんっ」
ミディアの初クエストは波乱がありながらも、無事に終わったのであった




