2・猫耳族を弟子にとる……わけがない
「えーっ! なんでなんでーっ!」
「当たり前だ」
駄々をこねる少女に対して、俺は一体「なにしてんだ」という気分になった。
なんでいきなり見知らぬ少女を助けて、「弟子にしてくれ」と言わなければならないのか。
それにどうして彼女は微妙に上から目線なのだろうか。
理解に苦しむ。
目まぐるしく動く展開に、頭がついて行けてなかった。
「そもそも俺はお前の名前も知らない。そんなヤツに、どうしていきなりそんなことを言われなければならないんだ」
「あっ! ごめんごめん、忘れていたねっ!」
少女は初めて気付いたようにして、胸を張り、
「ボクの名前はミディア! 将来は世界一の冒険者になる!」
と大きなことを宣ってくれるのであった。
「世界一の……冒険者か……」
「なんだいっ? もしかして、笑うつもりかい? それとも今のうちからサインが欲しいのかい?」
「どちらでもない」
何故なら——俺も昔はそういうバカみたいな夢を抱いていたからだ。
ギルドの中でも最高峰と言われている王都で、SSSランクを取ったのだから、ある意味その夢は叶ったと言えるのかもしれない。
しかし、おっさんとなった今の俺には少女の言葉が輝いて聞こえた。
それにサインは欲しくない。
「師匠の名前は?」
「師匠と言うな。俺はロマンだ」
「ロマン……聞いたことのない名前だね」
少女——ミディアが首を傾げた。
『戦斧のロマン』と言われていて、ちょっとは有名なんだがな?
どうやら、王都から遠く離れたこの地では、俺の名前は轟いていないらしい。
——仕方ないことか。
俺は顎髭を撫でた。
「師匠はなにをしていたんだい?」
「……故郷の村に向かっていた途中だ。それに、それはこっちのセリフだ。お前みたいな女がこんなところで——」
そう言葉を発しようとして、途中で止まってしまう。
何故なら、ミディアの頭から生える特徴的なそれに気付いてしまったからだ。
「ん? ボクの頭の耳が気になるのかい? 猫耳族を見るのは初めてかにゃ?」
ミディアが猫耳をぴょこぴょこと動かした。
「猫耳族だと……? 嘘は言ってないだろうな」
「嘘を吐く必要がないよ。それにこの猫耳がなによりの証拠さ」
ぴょこぴょこと猫耳は寝たり起きたりを繰り返している。
——猫耳族なんて、初めて見たな。
長い冒険者生活をしていたら、エルフであったりドワーフであったりと、様々な種族と顔を合わせることになる。
その中でも、猫耳族と遭遇するのは初めてだ。
それもそのはず。
猫耳族は自分達だけが住む村で、一生を過ごすと言われている。
村から一歩も外に出ず、だ。
そのため、猫耳族だけが住む『猫耳の村』は、この世で最も発見が困難だとも言われている。
だが、ここで疑問が一つ生まれた。
「どうして猫耳族がこんなところをほっつき歩いてんだ?」
——余計に、ミディアがこんなところにいて、ワイルドボアーに襲われている理由が説明付かない。
俺が質問すると、ミディアは「ちっちっちっ」と人差し指を動かし、
「なにを言ってんだい、師匠は」
「師匠と呼ぶな」
「冒険者になるためには、外に出ないといけないだろう? ボクは家族の反対を押し切って、冒険者になるため村を飛び出したんだ。実に簡単な話だにゃ」
「……早い話が家出か」
「そうとも言う」
ミディアが胸を張った。
「猫耳族にしては、なかなか珍しいことをするんだな。そんな話、無駄に長く生きてきたが初めて聞くぞ」
「それはそうだよ。だって、ボクのやったことは猫耳族史上初なんだからね」
「とんでもないことするんだな!」
俺もパーティーを無断でこっそり抜けたから、ミディアのしていることは咎められないかもしれないが。
「冒険者になる……ってことは、腕に覚えがあるのか?」
「そりゃそうだよ!」
とミディアは短剣を交差させるようにして両手で構えた。
「ボクの剣さばきは、それこそ村で一番だった。村一番のお調子者、と言われていたくらいにゃ」
「奇遇だな。俺も村一番の力持ちなんて言われていたんだ」
「おっ! さすが、ボクの師匠だね」
「どうしてさっきから上から目線なんだ。それにお調子者は褒め言葉じゃないと思うぞ」
自分の力を過信した若者が故郷を飛び出し、冒険者になろうとする。
ありがちな話だ。
そして、何人もの愚かな若者がそうやって命を落としていく。
故郷で畑でも耕していれば、こんなことにはならなかったのに。
まあ俺の場合は、上手くいった例であるが。
ミディアの場合はどっちになるだろう?
……どちらにせよ、俺には関係のない話だ。
「こんなこと話しちゃ、夜になっちまう」
「え?」
「じゃあな、猫耳族を見られるなんて貴重な体験をさせてもらった」
ミディアを置いて、再び故郷の村へと歩き出そうとした。
しかし。
「えーっ! もしかして、うら若き乙女をこんなところに放っておく気かーい? モンスターに食べられちゃうかもしれないんだよー?」
「腕に覚えがあるんじゃなかったのか」
「にゃー! 今日は調子が悪いから……」
ミディアが俺から視線を外す。
……確かに、こんなところに少女を置いていったら、またすぐにワイルドボアーみたいなモンスターと遭遇してしまうだろう。
さっき見ている感じじゃ、十中八九やられてしまう。
無論、ミディアとは今日会ったばかりだ。世話を焼く義理もない。
だが——。
「関わっちまったもんな……」
このまま見過ごして、後で少女の死体が見つかっても寝覚めが悪い。
「……付いてきたかったら、勝手にすればいい」
ぶっきらぼうに言って、ミディアに背を向けた。
「え、え? 良いの良いの?」
「お前の好きにすればいい」
「ありが——つ、付いていくのは当たり前だね! だって、ボクは君の弟子なんだからっ!」
やはり置いていこうか?
調子が崩される。
俺はもっとクールな男なのだ。
「待てよ……手土産の一つでも持っていかなきゃ、イヴに怒られる」
折角、久しぶりに故郷に帰るのだ。
手ぶらで帰るのもカッコが付かない。
「そうだな。折角、ワイルドボアーを狩ったし、こいつで良いか」
ワイルドボアーの毛皮は良質なコートにもなるし、ちゃんと調理すれば豪勢な肉料理も作ることが出来る。
俺はワイルドボアーを肩に背負った。
「うわっ! そんな大きいモンスターを背負うなんて……! さすがはボクの師匠! すごすぎだよ!」
「これくらい、大したことない」
ワイルドボアーはミディアの三倍くらいはある。
しかし俺は昔、何十倍もあるドラゴンを片手で持ち上げたこともあるのだ。
ワイルドボアーくらいなら朝飯前である。
「ちょ、ちょっと待ってくたまえよ! ボクを置いていかないで!」
騒がしい猫耳を連れて、俺は故郷へと向かって歩を進めるのであった。