19・鬼ごっこ
ある日、床でごろごろしているミディアに思った。
「……お前、なにしにきたんだ?」
「にゃ?」
ミディアが寝転がったまま、顔をこちらに向ける。
「どういうことだにゃ?」
「いや……お前、ただの居候になってるじゃないか」
「にゃ?」
首をひねるミディア。
それを見て、俺は溜息を吐いた。
「……お前、冒険者になるって言って猫耳村を飛び出したんじゃないのか? だけど、ここに来てからただ食っては寝て食っては寝て……ぐうたら生活をしてるだけじゃないか」
「……! 忘れてた!」
とはミディアは口では言うものの、立ち上がろうとせず、床でごろごろしているばかりである。
「そうだ。ボクは冒険者になるため、あの田舎村を飛び出したんだった!」
「田舎を飛び出したところで、お前が辿り着いたところは田舎なんだけどな」
「そろそろ冒険者として活動しなくっちゃ!」
「そうか。じゃあ村のギルドに行け。ちっちゃいし、依頼も大したことないと思うけどあるから」
「……それって今日じゃないとダメ?」
「はあ?」
一体、こいつはなにを言い出すんだ。
ミディアはつぶらな瞳を俺に向け。
「いやー、ボク。まだ冒険者として未熟なことは実感しているんだよね。自分、すごい才能あることは間違いないんだけど。でも、良き師匠に出会えれば全て変わると思うんだ。そういう点では、師匠みたいな師匠も手に入れたし、その時点で人生勝ち組みたいな? だから、もう少し鍛えてから冒険者として活動しても遅くないと思うんだ」
「…………」
俺はミディアの言い訳に唖然としていた。
——こいつ、適当な理由をつけてなにもしないつもりだ!
怠け者の典型的な例である。
「ここのままではいかん……」
「にゃ? ——ってなにをするんだね!」
俺はミディアの首根っこをつかみ、無理矢理立たせる。
「ちょっとは師匠らしいことをしてやる」
「おっ! やっと教えるつもりになったのかね!」
ミディアの目が輝いた。
「ああ」
「……でも、今日は眠いから明日からでも良いか——ってなにをするにゃー!」
「思い立ったらすぐに行動するんだ」
嫌がるミディアを担いで、俺は家の外へ飛び出した。
「——お前はそもそも俺みたいに力で押していくタイプでもなければ、魔法を使うタイプでもない」
ミディアを前にして、俺は彼女のことを冷静に分析し話していた。
「スピードで相手を攪乱していくタイプだ。だから、まずはその長所を伸ばしたいと思う」
「おっ! さすが、ボクの師匠だね。ボクのことをよく分かってるじゃないか」
猫耳がぴーんと立った。
「……それで、今からにゃにをするつもりかな?」
「鬼ごっこだ」
「鬼ごっこ? あの遊びの?」
「ああ。子どもの遊びだな」
——鬼ごっこについては、今更説明しなくてもいいだろう。
鬼を決め、他の人達は鬼にタッチされないように逃げ回る遊びである。
「まずはお前が鬼をしろ。それで、俺とイヴにタッチ出来れば、褒美をやってもいい」
「あんたにイヴがつまえられるかしら?」
隣に立つイヴが腰に手を当て、自信満々にそう言った。
「あんっあんっ」
少し離れたところでは、ワッセルがこの戦いを見守っている。
ワッセルは魔狼だ。いくらなんでも、ワッセルも捕まえろというのは難易度が高すぎる。手加減なんてしそうにないからな、あいつ。
「ふふふ。単純なルールだね」
「分かったか?」
「分かった分かった! その褒美というヤツを、ボクは手に入れてやろうではないか!」
ミディアが腕まくりをし、そう息巻く。
やる気があることは良いことだ。
「では——はじめ!」
「にゃー!」
号令をし、俺とイヴが左右別々に散る。
「このっ! どうして、猫耳娘はイヴを追いかけてくるのよ!」
「まずは弱そうなヤツから潰すのが鉄則にゃ!」
イヴの動きはそこまで遅くない。そもそもからして、彼女は運動神経がそこまで悪くないのだ。
ミディアから逃げ回り、時には木を利用しながらもタッチされないようにしている。
しかし——ミディアの動きが速い。
「にゃーっ!」
あっという間に、イヴの背中をタッチした。
「まずは一人にゃ!」
「悔しい〜。こんな猫耳娘に捕まるなんて〜」
イヴが悔しそうに、その場で地団駄を踏んだ。
やはり、バランス感覚もさることながら、ミディアは小柄なこともあり素早い動きを得意としているようだ。
弱いモンスターなら、このままでも十分互角に戦うことが出来るだろう。
……勝てるとは言っていないが。
「次は師匠だね!」
「うむ」
ミディアの目が、俺をロックオンする。
「師匠の馬鹿力は今までも見てきた。でも、いくらなんでもその体で素早い動きは出来ないんじゃないかな?」
「どうかな?」
ミディアが地面を蹴って、俺に突撃してくる。
彼女の手が俺に触れようかとした瞬間——。
「にゃ? 師匠はどこに行ったにゃ?」
俺はミディアの後ろに回り込んでいた。
「どうした? 俺はすぐ後ろにいるぞ」
「うにゃ!」
ミディアが振り返り、右手を素早く出す。
速い。なかなかのもんを持っている。
しかし、戦略もなにもなくメチャクチャに走り回って手を出すだけでは、決して俺にタッチ出来ないだろう。
「はあっ、はあっ。どういうことかね。まるで師匠が風のように思える」
「おとーさん、カッコ良いー!」
「こんなところか」
肩で息をしているミディアを見て、俺は腕を組んで動きを止めた。
「どうして、そんな大きな体で素早く走り回れるんだい?」
ミディアは疑問を口にする。
確かに、体が大きければそれだけ小回りも利かないだろう。それに大きい体を動かすためには、それだけの筋肉がいる。
しかし——それも筋肉があれば十分なのだ。
地面を蹴る力を十倍強くすれば十倍速く動くことが出来る。
そのため『大きい体』という圧倒的なハンデがありながらも、捕まらないように立ち回ることが出来たのだ。
「……そんなメチャクチャな理論あり?」
「ありだ」
それもこれも、毎日欠かさずやっている筋トレのおかげなのだ。
あれ以来、ミディアは筋トレをしようとしないので、その分俺と差が出た。
「分かったか? お前には才能がある。しかし、それを磨くために毎日絶えぬ努力が必要となってくるんだ」
「うにゃあ……」
ミディアが肩を落とした。
分かればいいんだ。
俺は彼女に近付いて、頭をくしゃくしゃ撫でてやる。
「心配するな。まずはお前も筋トレからはじめろ。一日十回からでも良いからな」
こう言っておけば、ミディアの怠け癖も少しは直るだろう。
「分かったよ……今度から、師匠と一緒に筋トレするにゃ」
「よし」
俺も良い運動になっていた。
いくらパーティーを抜けたとしても、やはり折角身に付けた筋肉は落としたくないものだ。
俺は鬼ごっこを切り上げ、家に帰ろうと踵を返した瞬間——。
「にゃ」
背中にポンとタッチされた。
「うん?」
「にゃっにゃっにゃっ。タッチしたにゃ」
振り返ると、ミディアが愉快そうな笑い声を上げていた。
「なに言ってんだ?」
「まだ『鬼ごっこ終わり』とも、なんとも言われてないにゃ。はじまりの合図があったのに、終わりの合図だけないのはおかしいだろう?」
「…………」
——まいったな。
確かに俺も油断していた。
それは彼女の屁理屈である。ふざけるな、と反論することも可能であった。
しかし、冒険者は戦いの最後まで油断してはいけない。昔、彼女にそう教えたのは俺であることも事実であった。
「これは一本取られたな。お前のずる賢さには負けた」
「師匠に勝ったにゃー!」
ばんざいをして喜ぶ彼女を見て、俺は頭を掻くのであった。




