11・魔狼に乗ろう
翌朝。
「うにゃー、うにゃー」
「すうーっ、すうーっ」
寝室から出ると、リビングの真ん中で魔狼を抱き枕にしている二人の姿を見つけた。
「よく眠っているな」
なかなか起きそうにない。
「ん……もう朝ぁ?」
と思ってたら、イヴが瞼を開けてうーんと背伸びをした。
「おお、起きたか」
「むにゃむにゃ、ぐっすり眠れたにゃ」
ミディアの猫耳が寝癖が付いてるみたいに、右側がぴーんと立っており、左側がぺたーんと寝た状態になっている。
「あんっ、あんっ」
その二人に続いて、魔狼も目を覚ましたようだ。
「よく眠っていたな」
『寝ていない』
どうしてそんな強がりを言う。
『われは魔狼。この家に不審者が現れたら、退治しなければならない。寝ずの番をしていたのだ』
「昨日、どんな夢見た?」
『われが肉をいっぱい食べている夢だ』
やっぱ、眠っていたじゃねえか。
それにしても、魔狼のもふもふな毛皮は気持ちよさそうだ。思わず、触ってみたくなる。
「魔狼」
『ん?』
「触ってみていいか?」
「あんっ、あんっ」
好きにしろ、って言っているのだと思い、しゃがみ俺も魔狼をもふもふしてみた。
もふもふ。
気持ちいい。癖になりそうだ。
「そうだ、魔狼」
『もふもふする力が少し強い気がするぞ』
「ああ、悪い悪い。お前、名前とかってないのか? 魔狼、魔狼って言ってんのも素っ気ないし」
『ん……名前はない。エビルモンキーからは、犬神様と呼ばれていた』
「やっぱ犬じゃねえか」
『断じて犬ではない。魔狼だ』
そんな会話をしていると、
「この子はわんこなんだから」
と「なに、当たり前のことを聞いているんだ?」と言わんばかりの表情で、イヴが口にした。
「にゃ、にゃにを言っているのだ! この子はセルバリュートだにゃー」
しかし、ミディアがそれに反論する。
「セリュバリュート? なんで、そんなセンスの欠片もない名前なのよ」
「わんこよりは全然マシだ。わんこなんて……子どもが付けたような名前。セリュバリュートは威厳があって高貴な名前だね」
「うさんくさい貴族みたいな名前みたいだわ」
「にゃ、にゃんだとーっ!」
バチバチ。
二人の視線がぶつかり、火花が散る。
「……魔狼。お前はどっちが良い?」
このままでは話が収束しそうにないのに、魔狼に尋ねてみた。
『……どちらも嫌なのだ」
だが、魔狼の選んだ答えはまさかのどっちもなし。
「がーん」
「がーん」
それを聞いて、イヴとミディアががっくしと肩を落とした。
「……うーん、名前か……」
「やっぱりわんこよ!」
「セルバリュートなのだ!」
二人はまだ諦めていないらしく、自分の案をごり押ししてくる。
……三十分後。
「よし……ワッセルにしよう」
二人の案を混ぜることによって、魔狼の名前が誕生したのだった。
「あんっあんっ」
魔狼——いや、ワッセルが嬉しそうに鳴いている。どうやら、気に入ってくれたらしい。
「仕方ないわね……それで許してあげるわ」
「よくよく考えれば、ワッセルの方が呼びやすいかもしれないね。よろしくね、ワッセル」
「あんっあんっ」
というわけで魔狼の名前が決まった。
「ワッセル、今日はボクと遊ぶのだ」
「ダメよ。ワッセルはイヴと遊ぶんだからねっ」
外に出て、二人がワッセルを引っ張って取り合いをしていた。
「くぅーん……」
ワッセルが情けなさそうな顔をして、俺に助けを求めるように視線をやった。
しかし、ワッセルよ。こうなった二人は俺にも止められない。
気の毒だが、俺に仕える身ということであるならば、二人の遊びに付き合ってくれ。
「わっ、ずるい!」
イヴが声をあげた。
見ると、ミディアがワッセルの上に跨っていたのだ。
「へへーん、ここはボクの特等席だよ!」
ミディアが得意気に鼻の下をすすった。
「おいおい、止めてやれよ。ワッセルが可哀想じゃないか」
『そうでもない』
「そうでもなかったのか」
『うむ。主に仕えるものとしては、主やそれに仕える従者の役に立つことは至高の喜びなのだ。むふー』
ワッセルが鼻息を荒くして言った。
うむ……ワッセルが嫌がっていないなら良いとしよう。
それよりも、ミディアとイヴは俺の従者扱いなのか。
「イヴも乗るわよ!」
「こ、このっ! なに勝手に乗ってるのかね!」
イヴがミディアの後ろに乗って、二人で喧嘩を始めだした。
「ワッセル! 出発進行! 向かうは王都だよ!」
「王都? そんなとこ言って、どうするのよ。森の中を走り回ってちょうだい」
「く、くぅーん……」
喧嘩を続けた状態で、両者別々のことを言うものだから、ワッセルが困っているじゃないか。
「二人とも一旦、降りなさい。ワッセルが困っているじゃないか」
「「はい」」
静かに一喝してやると、二人がおとなしく地面へと降りた。
聞き分けの良い子達なのだ。
「まず、ミディアの案は却下。王都までは遠すぎる。馬車で一週間はかかるような場所だぞ」
『われの力であれば、三日で辿り着くだろう』
「そ、そうなのか」
早っ。
しかしそれでも、三日もかかってしまうのだ。散歩……? ドライヴ……? をするには、ちょっと長すぎるだろう。
「というわけで、森の中をちょっと走り回ってもらおう。それでも良いか、ワッセル?」
「あんっあんっ」
「よし。そして、二人だけじゃ心配だ。俺も付き添ってやるから、一人ずつワッセルとドライブしよう」
「にゃー……分かったよ……」
「仕方ないわね」
順番は少し悩んだが、イヴの案を採用したので彼女が一番で良いだろう。
というわけで、俺もワッセルの背中に乗ってみる。
もふっ。
ワッセルの背中は柔らかかった。これだったら、長時間乗っててもお尻が痛くならなそうだ。
「ワッセル、重いか?」
『これくらいだったら、大したものではない。われは魔狼なのだ。これくらいではへこたれないのだ』
「そうか」
「えへへ、おとーさんの背中ー」
俺の背中に、イヴがぎゅっと抱きついてきた。
振り落とされても困るから、そのまま強く抱きついていて欲しい。
「じゃあ、ワッセル——出発だ!」
「あんっ、あんっ!」
ワッセルが地面を蹴って、勢いよく走り出した。
「——っ!」
かなりの速度だ。
目まぐるしく風景が前から後ろへと流れていく。
しかし、風がかなり気持ちいい。これはなかなか体験しないものだ。
思わず言葉を失ってしまっていた。
それはイヴも同じみたいで、喋っている余裕がないのだ。
そのまま、十五分くらい森の中を巡回して、元の場所へと戻ってくる。
「わー、わーっ! 師匠、どうだったどうだった?」
「かなり速い……振り落とされないようにするのが精一杯だったよ」
「でも、楽しかった!」
ワッセルから降りたイヴは少しふらついていたが、満足げな表情を浮かべていた。
「じゃあ、次はボクだね!」
「あんっ、あんっ!」
休む間もなく、今度は後ろにミディアを乗せてワッセルが走り出した。
慣れもあって、二回目は少し余裕が出ていた。
周りの風景を楽しむ余裕があった程だ。
「ふうー……終わり」
先ほどと同じコースを走って、再び元の場所へと戻る。
ワッセルから降りると、ふらふらした。
平衡感覚がバカになっているのだ。
俺も訓練が足りんもんだ。
「もう一回! もう一回行こう!」
「今度はイヴの番なんだからね!」
イヴとミディアが服の裾を引っ張って、ねだっていた。
『……一つ疑問に思ったのだが』
「どうした?」
『別にお主が乗る必要ないんじゃないか? われは二人を落とさないように気をつけるし、お主もなにも出来ぬだろう』
「…………」
俺はワッセルから目を逸らす。
……その、なんだ。
俺だって、ワッセルに乗ってみたかったのだ。




