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和風ファンタジーシリーズ

創作神話『オオクニヌシとミナモトヌシの国譲り』

作者: もぐら

 今では遠い昔の話なのだが、我々の祖先はいにしえの昔、この地上を単に現世うつしよノ国と呼んでいた。

 四方を囲む海の外に広がっている異国の存在をまだ知らず、自分たちの住む島々だけがこの世の全てと信じていたからである。

 その頃、我らの祖先である『クニビト』は村より大きなまとまりをもっておらず、地上は八百万(やおよろず)の神が治める国だった。


 神は天に輝く星々に、地の山川木石に、白波立つ海原に、そしてそれらから生まれ出ずる諸々の事物に力強い魂を宿して現れ、この世に働きかける。

 島々の誕生した頃より住んでおられるクニガミたちは、悠久の時を経て強大な力を蓄え、四季に彩られし実り豊かな大地を形作られた。

 クニビトは山海の幸を得て日々の糧とし、恵みをもたらす神々に感謝しながら素朴な生活を営んでいた。


 だが元来、神の気性は激しい。ときおり人の前に現れては神意を告げたが、その表現は常に苛烈であった。

 神域を乱す愚か者がいればたちどころに怒り狂って呪い殺し、好みに適う美男美女を見初めれば狂喜して連れ去ってゆく。一人二人の犠牲で済めば穏やかな方で、荒ぶる神の一時の気まぐれがいくつもの村々を滅ぼす事は珍しくなかった。


 神が暴れれば人に抗う術はなく、生贄を捧げて許しを請い、ただ鎮まるのを祈るのみ。神々は見えない所で幸いを授けるが、一度人前に現れれば異変を起こさずには済まない。強大にして近寄りがたい、敬して遠ざけるべき畏怖の存在であった。


 神と人のそのような関係は永遠に続くかと思われたが、やがて変化が訪れた。


 ある時、とある海岸に突然、正体不明の船団が姿を現す。クニビトの漁師の丸木船とは比べものにならない、板木を組んで造った巨大な船が何十隻も海上に漂い、一つの陸地のように固まって沖に停泊していた。

 海辺に住むクニビトたちが陸地からその偉容な光景を伺っていると、やがて船団の中から一艘の小舟が抜け出して海岸へ近づき、髪を結って煌びやかな衣を纏う、みたこともない格好の人々が上陸した。

 はたして一体何者かとクニビトが恐れて困惑していると、相手は恐る恐るながら近づいてきて、片言ながらもクニビトの言葉を発して、自らの素性を語った。


「我々ハ海ヲ隔テタ、外ノ国ノ者デアル。世界ノ最果ハテノ島ニ不老不死ノ霊薬ガ眠ッテイルトイウ、故郷ノ言イ伝エヲ信ジテ航海ニ出タ。偶然ニモコノ島ノ漁師ガ潮ニ流サレテ漂流シテイタ所ヲ助ケ、ナントカ互イノ言葉ヲ学ンデ意思ヲ通ジ合ワセラレタ。我々ハ、ソノ漁師ノ案内デ荒波ヲ乗リ越エ、コノ島ヘ辿リ着ツイタノダ――霊薬ガ眠ル島トハ、果タシテココダロウカ?」


 クニビトに外から来訪した稀なる客人、『マレビト』と呼ばれたこの異邦人たちは霊薬を求めて島中を巡った。

 しかしそのような宝はクニビトたちも聞いた事がなく、目的の品を見つける事は叶わなかった。マレビトたちは命を賭した冒険が水泡に帰して途方に暮れ、一方でクニビトの純朴さに親しみを覚えた。そして成果を得ずして危険な海原へ引き返すよりも、土着の人々と交わってこの地を第二の故郷と定める事を選んだ。


 クニビトの村に受け入れられたマレビトは、霊薬と交換するために持ってきた物品と自分たちの知識や技術を駆使して、故郷の生活の再現を試みた。

 五穀の種、牛馬、算術、文字、製鉄――それらを用いて田畑を耕し始めた村は、太古からの生活を続ける村よりも多くの家族を養う事ができた。村々はこぞってマレビトの知恵を乞い求め、海を越えて多くの幸を運んできた彼らをクニビトは賢者と仰ぎ、厚く敬った。


 しかし、そのような異邦人との交流はクニガミの不興を買ってしまう。

 突然やってきた余所者におもねり知恵を求めるクニビトの様子を、クニガミたちは異邦の神の崇拝と疑い妬んだのだ。神々は背信のクニビトと彼らを惑わしたマレビトを大いに憎んで祟り、天変地異を振りまいた。


 とりわけ怒り猛ったのがクニガミの長、ミナモトヌシ大神(のおおかみ)である。国一番の水源地たる霊峰イズミ山に鎮座するこの大水神は、マレビトの持ち込んだ諸物の中で稲作を何よりも嫌悪した。

 海の向こうからやって来た得体の知れない草を水辺に茂らせるばかりか、実りを増すために耕地を広げ、川の流れすら人の都合で抑え込もうとする行いを、水神に対する冒涜とみなしたのだ。

 ミナモトヌシの噴怒は豪雨となって川を氾濫させ、濁流は水田に止まらず村々までも呑み込み破壊する。辛うじて生き残った人々は祟りに恐れをなし、今までそうしてきたように、神々が鎮まるのを祈って生贄を捧げようとする。


 だがこれに異を唱え、毅然と立ち向かう一人の若者が現れた。

 その名はスサヒコ。マレビトの父とクニビトの母との間に生まれた血気盛んなこの青年は、生来の粗暴さゆえに人々から疎んじられ、持て余した力の使い方を正すために、険しい山中で身体を鍛えマレビトの武術を磨いていた。山上で水難を逃れたスサヒコは破壊された故郷を見て憤慨し、人の営みをたやすく踏みにじる荒神に一矢報いんと誓ったのである。


 ミナモトヌシが本拠とするイズミの地に潜り込んだスサヒコは、強大な敵に打ち勝つため一計を案じた。

 ミナモトヌシの生贄に立てられた、イズミの乙女であるニギヒメをひそかに逃がすと装束を譲りうけ、自ら生贄になり変ったのだ。

 生け贄の乙女に化けたスサヒコは単身イズミ山へ踏みこみ、ミナモトヌシの棲む大洞窟の前で待ち伏せる。

 やがて満月が深山を煌々と照らす頃、白鱗赤眼の大マムシに化身したミナモトヌシが洞窟より現われた。蛇神は生贄の姿を認めると悠然と近づき、捧げられた供物を食らわんと大顎を開く。


 その刹那、スサヒコは装束の裳裾に隠していた鉄剣を抜き放ち、ミナモトヌシの口中に並ぶ毒牙を一閃両断する。あっけに取られた大蛇をよそに、生贄装束を脱ぎ捨てて剣士の正体を現したスサヒコが大音声で名乗り上げた。


「俺はスサヒコ。我が剣にかけて、罪なき人々を虐げる大荒神(おおあらがみ)を成敗してくれる!」


 不意を打たれた大蛇神ミナモトヌシは尾を打ち鳴らし、神を騙した愚か者に敵意を剥きだして襲い掛かる。スサヒコもまた握りしめた鉄剣の鋭さと、その威力を最大限に高める武術の秘技奥義を尽くして、人の身に有りながら荒神と互角に渡り合った。

 一柱の蛇神と一人の青年の死闘は長引き、月明かりの下で一進一退の攻防が続いたが、ついに決着が訪れた。


 先手を取られて必殺の毒牙を失い、無数の刀傷を受けて鮮血の水溜りを作ったミナモトヌシは、どれだけ傷を負っても一向に引き下がらず、むしろ刺し違える覚悟で果敢に斬り込んでくるスサヒコの気迫に次第に臆し、ついに背を向けて敗走したのである。


 スサヒコがすかさず息の根を止めようと剣を構えて迫るが、大蛇は棲家の大洞窟に逃げ込むと尾で岩窟の入口を叩き崩し、洞窟を完全に塞いで閉じ籠もってしまう。スサヒコは追いすがって岩戸を破ろうとするものの、人の身ではいかんともしがたい。手をこまねいている内に空は白み始めて、不眠不休の激闘で疲弊し傷付いた肉体は限界に迫り、とうとう追撃を諦めざるを得なかった。


「もし再び人を襲ったら、今度こそ斬り刻んでやるぞ!」


 青年はそう警告を言い残して、日の出の光明を浴びながら山を降りていった。


 止めこそさせなかったが、勝敗は明らかだった。スサヒコの冴え渡る剣技を前にミナモトヌシは恐れをなして逃げだし、自ら洞窟へ隠れてしまった。人の男子が、神の長を封じ込めたのである。


 たった一人の若者が大神を封じたという偉業に人々は沸き立ち、スサヒコの勇名はイズミに留まらず島中へ響き渡った。神の長ミナモトヌシの敗北を知った荒神たちは一斉に姿を隠し、祟りから解放された人々はスサヒコを英雄と讃えるのだった。


 だがそれからまもなく、国全土を渇水が襲う。空から雲が消え去り、炎熱の日差しで大地はひび割れ、草木は萎れた。泉も絶えて川底が涸れ果て、穴を掘れども地下水は湧き上がらない。

 作物を育てるどころかその日の飲み水にすら困窮した人々は、残された僅かな湖沼を巡って分裂し、村々で争い始めた。


 泥水を啜るために血潮を流し合う凄惨な状況下で、人々はこれがミナモトヌシの祟りだと気付き始める。

 人に敗走して醜態を晒された蛇神は、ますます人への憎しみを募らせたに違いない。水を支配する大神はその強大な力を全て怨恨に注ぎ込み、己を辱めた種族を根絶やしにすべく地上の水を断ってしまったのだ。


 クニビトは自分たちが神に生かされてきた事を改めて思い知り、憎しみの矛先を翻してスサヒコへ向ける。彼自身も、己の復讐心が却って人々を苦しめてしまった事実を深く悔いて悩み、かくなる上はミナモトヌシに命を捧げて赦しを乞わんと自刃を計った。


 だがそれを押し留めて救いの手を差し伸べたのは、誰あろう、スサヒコに救われた生贄の乙女ニギヒメであった。彼女は命の恩人の青年に報い、そして生きとし生けるものを救うため、地上を覆う怨念を祓わんと立ち上がった。

 けれどもニギヒメは己が再び生贄に立つ事も、また他者が身を投げるのも戒めた。どんなに贄を捧げて恭順を示しても、もはやクニビト全てを死者の住まう黄泉(よみ)の国へ誘わんとするミナモトヌシには届くまい。

 ニギヒメは断言する。祟りの根本の原因は、スサヒコがミナモトヌシを破ったからではない。クニビトとマレビトが親しみ交わるのを、神々が訝しんで妬んだ事にあるのだと。


「荒ぶる神の御心をなだめるには、私たち人の潔白を示さなければなりません。異国の人々を受け容れてもなお、決してクニガミさまのお恵みへの感謝を忘れてはいない事を、お伝えしなければ」


 『マレビトと親しみ』つつ、なおも『クニガミへの感謝』を示す――ニギヒメはそれを実行に移した。

 まず彼女は今や希少となった清水を用いて酒を醸す。しかしそれは古来から親しんできた木の実酒ではなく、水穂から成る米の酒だった。


 酒を造ったニギヒメはスサヒコと共に出瑞山へ登ると、ミナモトヌシが閉じこもった大洞窟の前に祭壇を築き、米酒を湛えた酒壺を供えた。

 そして祭壇の前でスサヒコが笛を吹き鳴らし、(さかき)の枝葉を手にしたニギヒメが静かに舞い始める。男が管に息を吹き込むたび、乙女は榊を翻しながら地を踏みしめ、右へ左へ舞い回った。

 それはクニビトの祖先が古くから伝えてきた神楽。豊かな大地を育む神々に対して感謝の念を全身で表現し、神と人の共生が常緑の榊の如く永久に続く事を願う、祈りの舞であった。

 神楽は調子を速めながら繰り返され、笛の息使いと舞の足踏みの拍子が互いに寄り添い調和した時、乙女は朗々と(うた)い上げて山を震わせた。


 水穂成す ミナモトヌシの 隠れては 誰が呑むのか 水穂の神酒(みき)

 (水穂を育む水を恵み給う、ミナモトヌシ大神よ。あなた様のお陰で私たちが豊かに過ごせるのに、その御姿が見えないとあっては、この水穂で造った神酒を、感謝の念を、一体どなたに捧げればよいのでしょうか)


 すると洞窟を塞ぐ大岩が内側から打ち崩され、暗闇の中から大蛇の姿をしたミナモトヌシがゆらりと現れる。大蛇神は完全に傷が癒えており、新たに生えた毒牙を剥きだして、洞窟の入り口で待ち構えていた若者二人を威嚇した。

 スサヒコがとっさにニギヒメを庇うも乙女はこれを制し、怖れることなく進み出て両手に抱えた酒壺を大神に恭しく捧げる。瑞々しい光沢を放つ白鱗紅眼の大蛇はしばらく二人を睥睨していたが、やがて酒壺に蛇頭を突き入れてごくりごくりと飲み始めた。

 壺底まで空にした大蛇は強かに酔いしれると、ゆったりとした動きで背を向けて洞窟の暗闇の中へ消えていった。


 その直後、洞窟の奥からにわかに霧が湧き出でて、天上へ立ち昇ると厚い黒雲と化して空を覆い尽くし、涼やかな雨を降らせ始めた。それに呼応するがごとく、地上では涸れた泉から滾々と清水が湧いて、清らかな川の流れを蘇らせてゆく。


 ニギヒメの全身全霊の祈りは見事に届いたのだ。乙女の歌舞に慰められたミナモトヌシは、嫌悪していた水穂で造られた神酒を受け入れてお気に召し、憎しみを忘れ去られたのである。


 スサヒコの武勇が荒神の脅威を遠ざけ、ニギヒメの芸能が残る怨念を晴らした事で、世は平穏を取り戻した。

 共に苦難を乗り越えた男女は心を通わせ合い、夫婦の契りを結ぶ。人々は稀代の益荒男(ますらお)手弱女(たおやめ)を祝福し、イズミ山から流れるヤマタ川の下流にある、肥沃なナカハラの地に館を建てて、二人の婚姻を寿ぐ盛大な祝言(しゅうげん)を挙げた。


 宴もたけなわという頃、宴席に穏やかならぬざわめきが広がる。

 にわかに曇った空をふと見上げて、誰もがあっと驚いた。見ればイズミ山の方角から、水瓶を抱えた美しき女が黒雲に乗って空を滑り、こちらへ近づいてくるではないか。

 女は裸足で地に降り立ち、宴席の中央へ進み出ると、新郎新婦に妖艶な笑みを見せた。スサヒコが進み出てこの不審な招かれざる客を誰何(すいか)すると、彼女は穏やかに答えた。


「わたくしはイズミ山の主にして、この国を治める神々の長、ミナモトヌシ大神。我が心の内をそなたらに告げるべく、人の形をとって現われました」


 これを聞いた人々は、酔いもたちまち醒めてその場に平伏し、突然現れた現人神(あらひとがみ)の様子を恐る恐る伺う。

 スサヒコとその傍らに立つニギヒメだけが面を上げて、ミナモトヌシ大神と真っ向から対峙した。臆さぬ二人を見据えて、女神は言葉を続ける。


「わたくしはスサヒコに敗れて地の底へ隠れた後も、我が国の行く末を深く案じておりました。余所者どもに惑わされたクニビトたちが、己が欲望を満たすために美しき我が国を破壊して荒廃させてゆく未来を憂い、いっその事そなたらを滅ぼそうとさえしました。けれども地上から響く懐かしき神遊びに思わず誘われ、ニギヒメに勧められた水穂の神酒を味わって知ったのです――クニビトの魂は余所者と交わった今も清く澄んでおり、また外のもの全てを悪しきと遠ざけるのは誤りであると。わたくしは憎しみを全て水に流し、神と人の仲違いを治めたいと望んでいます。その証として、そなたら二人の婚姻を寿ぎに参りました。怒りに猛っていたわたくしを恐れさせたスサヒコと、悲嘆にくれるわたくしを慰めたニギヒメ。人の身でありながら神の心を動かす力を示した、そなたら二人に相応しい宝を贈りましょう」


 ミナモトヌシは抱えている水瓶を二人に示す。


「この器に満たされているのは我が神宝(かんだから)、若返りの『オチミズ』。これを飲めば泉から清水が絶え間なく湧くが如く、蛇が脱皮を繰り返すが如く若々しくあり続け、老い衰えて死に行く運命と無縁になります。深い傷を負えば絶命は免れぬけれども、その身を損なわぬ限りは千万(ちよろず)の冬を過ぎ越しても健やかに生き続けられるでしょう。身の程を弁えぬ余所者どもからは隠したが、神に通じる力を持つそなたら二人には相応しい。永久不変の肉体を得て我々神の仲間となり、共に我が国を治めようではありませんか」


 神の勧めに対して、スサヒコとニギヒメは目を交わして互いの意思を確かめると、異口同音にこれを辞する。


「掛け巻くも(かしこ)きミナモトヌシ大神に、(おそ)れ多くも申し上げます。私たちはオチミズを受け取らず限りある生を全うし、死した後の事はまだ見ぬ子供たちに託したいと望みます。永遠の命を得ればその安寧からやがて心頑なとなり、己れの望む不変を他者にも強要するようになってしまうでしょう。ささやかな幸いを求める者たちの努力を踏みにじれば、それが私たちの滅びへ繋がるに違いありません。大神たる貴女様でさえ、家族を養うため水穂を植えた我々を忌み嫌って虐げ、それがために一時ながらも憂き目を見ました。愚かな人の身である私たちが、はたして同じ運命を辿らないといえるでしょうか」


 予想外の返事を受けて、女神は驚きを顔に出す。しばし口を閉ざし、沈思黙考した末にこう言った。


「……そなたらが望まぬならば、強いて勧めはしますまい。けれどもわたくしが自ら姿を現して祝福するとまで口にしたのに、何も施さずに去ってしまうのは示しがつかない。不老不死のオチミズに勝る褒美となれば、もはや一つしかない」


 ミナモトヌシは、スサヒコを指差して宣言する。


「ミナモトヌシ大神の御言(みこと)を以って、スサヒコに()す。わたくしに代わって大神を名乗り、この国の新たな主となれ――強きが(かみ)に立つのが古からの慣わしならば、打ち負かされたわたくしが(しも)に降り、そなたが新たに君臨するのも世の定め。人が侮りがたき力を示した以上、我ら古きクニガミは山や森に隠れて平野を人に委ねよう。これに従わぬ神はそなたら人が討ってよろしい。ニギヒメと共に実り豊かな水穂の国を造り、大いなる国の主となりなさい。人が神の恵みを忘れず祈りと神酒を絶やさぬ限り、わたくしはイズミ山から人の国の行く末を見守るでしょう」


  スサヒコとニギヒメの二人のクニビト――いいや、神の心を動かす神業によってミナモトヌシに認められた彼らの魂はすでに昇華し、生きた人の身にありながら古きクニガミと肩を並べる存在、ヒトガミとなっていた。

 ミナモトヌシの宣言の下、改めて生きヒトガミとして認められたスサヒコ大御神(おおみかみ)とその后のニギヒメ(のかみ)は、共に畏まって恭しく神命を拝する。

 それを見届けたミナモトヌシは再び黒雲に乗り、イズミ山へ帰っていった。彼方へ去りゆく雲の軌跡には虹が掛かり、新たな地上の主の誕生を祝福するが如く映ったという。


 神が人へ国土を譲られた事で神代(かみよ)は終わり、人代(ひとよ)が始まった。

 生き人神として平野に君臨したスサヒコ大御神は、『水穂の豊かに実る、大いなる国の主となるべし』というミナモトヌシの御言みことに従い、自らをオオクニヌシノミコトと名乗った。そして、自らの治める島々をミズホノ国と命名なさったのである。

 その称号と国土は、スサヒコ大御神とニギヒメ神が天寿を全うしてお隠れになった後も子々孫々へと代々受け継がれ、畏れ多くも尊い生き人神の御一族が、今日も我がミズホノ国を治めておられるのである。

 めでたし、めでたし――

 もし作風や世界観を気に入って頂けましたら、これを土台にして物語を膨らませた下記の連載作品もお読み頂ければ幸いです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 全体を流れる落ち着いた、神々しい雰囲気にひかれます。人間の世が神の世にとって変わっていく結末も感慨深いものがあります。 ただ、単に神秘的なだけではなく、神や人の荒々しさや素朴さが飾り気なく…
[良い点] 生贄と衣装をとりかえて騙すシーンとか、岩戸の前で神楽を舞うシーンとか。どっかで聞いたような気もしてたんで、すっかり実際にあった神話かなにかと思って読んでました。あとで創作って気づいてびっく…
[良い点] きっちりと起承転結のある、安定した物語の運び方です。 拝読しました。神は勝手だなぁと感じてしまうのですが、それは人の視点から見てしまうからなのでしょうね。 スサヒコの勇敢さとニギヒメの凛…
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