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野蛮人は北へ行く ~邂逅編~  作者: サワキ マツリ
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第一章 ~仕込み~ その2

 振り上げた剣が日差しを跳ね返してギラリと光った。背後に感じていた気配が急速に距離を縮める。咄嗟に膝を折った。素早く頭上に掲げた杖を時計回りに回転させた瞬間、先端と後端に確かな手応え、否衝撃を感じた。正面にいた賊の一人が半分白目を剥きながら膝から崩れ落ちていた。勢いをつけた鉄の塊を横面に叩き付けられたら普通痛いでは済まない。意識を飛ばすくらいの衝撃はある。出来る事ならしばらく昇天していて欲しかった。

「この野郎!」

 右で剣を構えていた賊の顔が更に赤くなった。照れてこうなれば多少可愛げもあるかも知れないけど顔の造形が既にかなり醜かった。生業が顔を現しているのだとしたらこれほど最低な面構えもない。環境が人を変える、いや作るのか知れない。だとしたら笑える。今笑えるだけの余裕もないけど。

 両手で掴んだ剣を大上段に振り上げた時には一歩踏み込んでいた。勢いを殺す事なくそこへ更に体重を載せる。軽い震脚と同時に突き出した石突きをもう一度お腹のど真ん中に突き刺した。

 右手でお腹を、鳩尾の辺りを押さえたまま片膝を突いた。それだけだった。意識を失う気配はない。むしろそうなる事を執拗に拒もうとしているのか、凄まじい形相で睨み付けている。

 足の裏全体でもう一度踏み込んだ。僅かに腰の捻りを加えながら振り回した杖を側頭部にぶつける。当たった瞬間、意識が飛んだのが判った。一撃で気絶させるには到らなかったけど痛手としては決して小さくはなかった。言うなれば止めの一撃だ。

 同時に問題もそこにあった。

 こんな素人に毛が生えたような奴すら一発で仕留められなかったのだ。少し力を込めるだけで体の内から熱さが溢れ出て来そうだった。それが視界を歪め、意識を呑み込もうとする。

 もし気を抜いたら、その場に倒れ込むだけでは済まない。一瞬で意識を失う。そうなったら一貫の終わりだ。

 肌に馴染んだそれに指を這わせる。

 踏み出そうとした瞬間、足に何かが絡み付いた。恐らくさっき背後にいた賊の一人だろう、そいつがコメカミから血を滴らせながら足首を掴んでいた。

 呑気に舌打ちする暇はない。

 前に向き直った時には振り上げた剣が光を弾いていた。

 体を屈めながら半身を捌いた。否、捌き切れなかった。

 左足を固定されていたせいでそこだけ動かせなかった。剣が綺麗な弧を描いた瞬間、左腕に鋭い痛みを感じた。

「あっ……!」

 握っていた杖が掌から滑り落ちる。

 拾い上げる暇はなかった。

 唸りを上げて飛んで来た蹴りを折り曲げた両腕で辛うじて受け止める。衝撃が斬られたばかりの腕に響いた。

 直撃こそ免れたけど効いた。呼吸が止まる。

 それでも尻餅は突かなかった。そんな事をしたら身動きが取れなくなる。そうなったら後はいいようにいたぶられるか一思いに殺されるかだ。

 ゆっくり呼吸しながら、それでも周囲を観察する。

 五人の内、完全に意識を失っているのは二人しかいない。残った三人は二人が手負いで残りの一人に到っては完全に無傷だ。

 絶望的な状況により磨きがかかった。でも諦める訳にはいかない。

 左腕を何かが這っている。虫でもトカゲでもない、自分の血だった。ようやく痛みを自覚出来たけどそれが事態の好転に寄与する事はない。むしろ悪化をより色濃いものにしている。

「女みてえな声出しやがって」

 背後にいた賊が杖を拾い上げた。これで抵抗出来る武器を失った事になる。完全な丸腰だ。

「俺は有り金と身包み置いて行きゃ手出しはしねえが、」

 薄ら笑いを浮かべながら杖を弄んでいる。勝利を確信しているのだろう。確かにこの状況が覆る要素は今のところない。

「そいつらは何て言うかな?」

 一人は鳩尾を、もう一人はコメカミを押さえながら何とか立ち上がった。多少効いてはいるけど、こちらには満足に抵抗出来るだけの武器もない。あったとしても体が言う事を聞かない。

 万事休すか、或いは八方塞がりか。究極的な危機に違いなかった。

 拳を握り締めていた。

 こんな所で、こんな奴らを相手にして全てを終わらせる事は出来ない。まだやるべき事が残っている。そこに踏み出したばかりなのにそれが早くも幕を下ろそうとしている。

 体の芯にあった熱が末端にまで一気に拡散した。

 絶対に、絶対に納得出来るか! 何があっても必ず生き抜いて見せる。

 正面にいる男を仁王立ちしたまま睨み付けていた。油断すると言うより明らかに舐め腐った顔付きだった。勝てる見込みなど皆無に等しい。それ故の余裕であり、同時に油断でもあった。そこに付け入るだけの材料も乏しい今、最後の悪足掻きで睨みを利かせている。とでも思っているのだろう。馬鹿にし切った笑みを浮かべたまま鼻を鳴らした。

「ん?」

 取り上げた杖を反転させると小さく首を傾げた。

「片側がやけに重いな」

 先端には紋章を型どった簡素な装飾が施されているだけだ。握り手を作るには明らかに長過ぎる。それだけなのに気を抜くとそちらに大きく傾くくらいに重い。

 飾りの手前にある止め金に賊の指が触れた。それを親指で押し上げた瞬間、飾りが真ん中から綺麗に割れた。

「成程な」

 落ち葉の上に転がった飾りを見ながら賊は半ば呆れたように言った。

「いい加減、舐め過ぎだろ」

 先端から突き出した刃が背中から差し込んでいる日差しを鮮やかに弾き返している。

「まあいいか。大人を舐めた罰だ、たっぶりお灸を据えてやるよ」

 唇の端を上げて笑う。

 歯軋りしながらもう一度野盗を睨んだ。

 悪足掻きと言えば言葉は悪いけど、抵抗する術を失った今、頼れるものと言えばこれくらいしかない。

 縋るような思いで睨み続ける。

 意思が届けば、気持ちが完全に伝われば動いてくれるハズだ。少なくとも何らかの反応は示してくれる。そう信じるしかなかった。

 疲れたような溜め息が聞こえた。

「何だ? そんなに嬲られてえのか?」

 弛んでいた目尻が抜き身の刃のように鋭くなった。

 切っ先をダラリと下げたまま無言で間合いを詰める。

 思い切り舌打ちした。やっぱり無駄だったのか。何も伝える事が出来なかった。実際はその通りに違いない、でも安易にそうとは思いたくなかった。

 その時だった。

 大急ぎで落ち葉を踏み締める音が近付いて来た。正面にいる賊の背後から誰かが猛然と、相当な速さで突っ込んで来ている。まだ仲間がいたのか。絶望で目の前が真っ暗になった。

 人影が飛んだ。真夏の昼日中に群れの先陣を切って川に飛び込む馬鹿な猿に少し、いやかなり似ていた。その勢いそのままに正面にいた野盗の背中を思い切り蹴り飛ばした。

 砲撃のような速さで賊が突っ込んで来た。

 かわせたのは偶々足が利かなくなって体が傾いだからだ。そのまま尻餅を突いた。

「何者だ手前!」

 あからさまに動揺している残りの賊を普通に無視するとまるで挨拶でもするようにのんびりと歩み寄る。よく見ると、いや見なくても相当にデカい。腕も脚も大木のように太い。袖から突き出した手首は分厚い筋肉に覆われていた。小柄な熊を思わせる体格に人の顔がやや不自然に載っている、ように見えた。熊は何度か見た事はあるけどこんなに脚は長くない。

 上段に構えた剣を降り下ろした時にはそこに姿はなかった。無防備だった野盗の横面に拳が深々と突き刺さる。拳を振り抜いた訳でもないのに豪快に吹っ飛んで行く。でも乱入して来た大男が手加減しているのは明らかだった。緊張している様子が微塵もない。

 顔面に向けてほぼ水平に飛んで来た刃を軽く首を曲げてかわした。見ているだけで背筋がゾッとした。動きの一部始終が見えていなければあんな風には避けられない。こいつらがどれだけ速く剣を振ってもこの大男には止まっているようにしか見えないのだろう。そう考えるとビビるような理由はなくなる。絶対に当たらないのだから。

「有り金置いてとっとと消えろ」

 ほんのついさっき自分達が口にした言葉だった。それを数分後に見も知らぬ誰かから聞かされるなんて考えもしなかったに違いない。

 回れ右して駆け出そうとした賊の首根っこを大男が掴んだ。

「お前、人の話よく聞けよ」

 賊が露骨に目を剥いた。忠告に従ったつもりなのだろう。動きを全て見切れるような輩を相手に出来る訳がない。当の本人が何故それを止めようとするのか理解出来ない、そんな顔をしていた。

「有り金置いてけって言ったろ?」

 あ。

 普段とは完全に立場が逆転している。それ故に金を置いて行くと言う発想自体がなかったに違いない。

 賊は顔を引き攣らせながら懐をまさぐると大男が差し出していた手に財布を落とした。

「よし」

 大男が満足そうに頷くと賊の表情があからさまに緩んだ。ホッとしているのがありありと判る。

 その賊の後ろ頭を大男が思い切り殴り飛ばした。所々に石が突き出している地面に顔面からモロに叩きつけられるとそのまま動かなくなった。人を殴る蹴るする事にあまり抵抗がないのだろう。でもどういう訳か乱暴者には見えなかった。

「さてと」

 大男は軽く手を叩くと倒れている野盗の賊を掴んだ。懐を弄ると財布を引っ張り出す。それを自分の懐に突っ込んだ。その一連の流れを作業のように四回繰り返した。誰が追い剥ぎか判らない。

 膝に手を添えながら何とか立ち上がる。風が吹いただけで倒れそうだった。

「大丈夫か?」

 大男が手を差し出した。見るからに分厚くて大きな手だった。

「あ、ありが……」

 手を伸ばした瞬間、視界が不気味に歪んだ。辛うじて維持していた意識が限界を超えた。

 目の前が一瞬で真っ暗になった。


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