新たな旅立ち
石川県立衛生専門学校 校門前
俺は車を運んできて、今は百合と二人、校門で話していた。
「桐也さん、拓武さんのことで話があります。」
いつにもなく真剣な顔の百合。
「さっき聞いたこと以上に知っていることがあるのか?」
拓武と会ったときには、詳しいことは分からないようなことを言っていた覚えがあるが・・・
「他の方が居ましたから、隠していたのです。それだけ重要な事例なんです。」
あの華奢な拓武になにが隠されているのか、おそらく対多の時の生き残りに関係する事なのだろうが、どんなことなのか。
「彼は幼い頃、とある研究所にいたんです。そこでは、人体実験が行われていたんだそうですが、失敗作だと判断されたらしく、捨てられてしまったんだそうです。」
「それで、ここにたどり着き、保護された、と。」
「そういうことです。先ほどの話は先代の生徒会長に聞いた話で、その方も拓武さんに聞いた話なんだそうです。ですが、もう彼は誰にもその頃の話をしたくないそうで、私にも話を聞かせてはくれませんでした。」
少し悲しそうな表情に変わる。
「それだけ辛いことされていたんだろう。百合が気にすることは無いんじゃないか?」
軽く百合を励ます。
「そう、ですね。ありがとうございます。やっぱり、桐也さんは優しいですね。そんな桐也さんだからこそ拓武さんを任せてもいいと思ったんです。」
「お、おう。そうか、まあ、任せときな。」
不意に見せる安心したような笑みにドキッとしながらも自然を装い返答する。
「お待たせしました。お二人は随分と仲良くなりましたね。」
姫と美礼が大きな荷物を持ち到着した。
「そ、そんなことありませんよ。」
慌てて否定する百合。
「これくらいは普通じゃないか?」
「でも、私たちはまだそんなに話してはいませんし、お二人はどこか距離が近いように感じますが?」
いたずらっぽく笑みを浮かべる姫。
その言葉に顔を手で覆う百合。
「とりあえず後ろに荷物を積め。」
そう車を指しながら言う。
「はいはーい。」
姫は明るく、荷物を積みに行く。
しかし美礼は俺の前に来た。
「私は本当に付いていっていいの?」
力を見るために決闘をしたのだが、美礼は自分の剣の能力によってオーバーヒートを起こして気絶してしまった。
おそらく自信の無い美礼は自分を連れて行っても意味があるのかと、問うているのだろう。
「ああ、連れて行く。」
「なんで?」
「俺はお前が思っている以上に、お前の力を買っている。」
「私はそんなにすごい人間じゃない!!」
無意識に出たのかのように否定の言葉を口に出す。
「俺だってそんなすごい人間じゃない。」
「ちがう。あなたは、みんなをその気にさせるだけの力がある。」
「だったらお前は俺をその気にさせるだけの力がある。」
俺は美礼が言った言葉を重ねて答える。
そして続ける。
「自分をそんなに卑下するな。自分のことを一番に信じ、考えてやれ、姫は戦うことはしなくてもみんなを支えるために付いてくる。拓武は自分が強く成長するために付いてくる。だったらお前は何がしたい?どうなりたい?」
強い言葉で美礼に問いかける。
「・・・・・・・・・っ。」
涙を浮かべ、立ち尽くす美礼。
優しく見守る百合。
「わたしは・・・。」
消えそうな声で言葉を紡ぐ美礼。
静かに待つ。
「変わり、たい。」
涙ぐみ、少し聞こえづらかったが確かに言った。
変わりたいと。
「どんな風に変わりたいんだ?」
さっきとは変わって優しく問いかける。
「自分に、自身を持てるように。」
「変わりたいと願う奴は強くなる。お前は絶対に強くなるよ。美礼。俺はお前の力を借りたい。その代わり、俺たちはお前が変わるための手助けをする。だから、付いてこい。」
チラッと百合を見ると、優しく微笑み返してくれる。
どうやらこれでよかったらしい。
泣きじゃくる美礼を百合は優しく抱きしめる。
俺は美礼の荷物を手に取り、車に運びに行く。
「美礼が泣くところは初めて見たわ。」
「外の世界の奴が来て、色々とプレッシャーを掛けられてたからな。限界がきたんだろ。」
「あら、自分のせいだって思ってるの?」
「違うのか?」
「違わなくは無いけど、隊長が今泣かさなかったら、美礼は壊れてたかもしれない。」
壊れていたとはどういうことなのだろうか。
「この学校で私たちは期待されてたの。でも、美礼はあんな性格だから、その重圧に押しつぶされそうになっても周りに相談することが出来なかったんだと思うの。だから、ため込んで・・・ため込んで・・・。隊長が彼女にとっての恩人になってると思うよ。自分を暗闇から救ってくれた恩人だって。」
「そんな大層なことした覚えはねえよ。」
荷物を積みながら答える。
「さっきも言ったけど、他の人には相談したことないのよ。もちろん私や百合先輩にもね。」
そう言って二人の方に駆けていく。
おそらく一番近しいであろう二人にも話さなかったこと、いや、話せなかったことを聞き出してしまったということらしい。
本当にそこまで大層なことをした覚えは無いのにな・・・
「お待たせしてすみませんでした。って、どうしたんですか?これ・・・。」
そこに来た拓武。
拓武が見たのは泣きじゃくる美礼を抱きしめる百合と美礼の頭をなでる姫。
その離れたところで一人考え事をしていた俺。
・・・めっちゃ俺泣かせた人っぽい。
まあ、俺なんだけど、いじめたみたいじゃないか?
「いや、まあ、色々あってな。」
あまり話すことでもないので言葉を濁す。
余計に俺がいじめた感じに聞こえる。
「えーと、・・・頑張ってください!」
「なんで、励まされた!?」
「え?違うんですか?」
「何が?」
「美礼さんを泣かせてしまって二人に嫌われ」
「てないです!!」
言葉を食う俺。
「いやまあ、泣かせたのは俺なんだが、何というか、ポジティブな理由だ。」
何言ってんだ?俺・・・。
「ポジティブですか?」
そうだよね。わかんないよね。
「あんまり言うことではないんだが、今まで相談をしてこなかった美礼の相談にのったんだ。」
「ああ、そういうことですか。僕もそんなことがあったから分かります。」
最低限の言葉で理解してもらえたみたいだ。
拓武は人に言えないような過去を持っている。そんな彼だから分かったのだろう。
拓武も荷物を車に積み、三人の元へと移動する。
俺もそれに続いて皆の元へ行く。
「そろそろ行くみたいよ。大丈夫?」
美礼に優しく声を掛ける姫。
「大丈夫・・・。」
鼻を啜りながら答える美礼。
涙はまだ止まらないらしいその顔をタオルで覆いながら車に乗り込む。
「運転は誰がしますか?僕なら運転できますけど・・・」
まだ昼になったばかりだというのに思った以上に疲労がたまっている。
「なら、頼んでも良いか?」
「分かりました。」
そう答えて運転席に乗り込む拓武。
俺は補助席に座り、姫は美礼に付き添い後部座席に入った。
「皆さん。桐也さんの力になってあげてくださいね。桐也さんも皆さんをこき使ってあげてください。」
楽しそうな笑みを浮かべてそんな冗談を言う百合。
「おう、またな。約束は守るぜ。だから待ってろ。」
気楽に言う俺。
安心したような微笑みを掛けながら百合は口にする。
「うん。待ってます。」
その言葉を聞いて、俺は窓を閉めた。
「よっしゃ、行くか。目的地は長野県立富士見商業高校。」
「それって、序列十位の学校ですか?」
序列十位、その名の通り去年の大会の結果により全国で十番目に強いと判断された人物。そんな相手が仲間になってくれれば心強い。
「そうだ。そこは外交を歓迎している学校だからな。」
「序列十位がいるのに珍しいですね。もしかしてやる気なんですか?」
その学校は序列十位と戦う場を積極的に作っているということで有名だが、序列十位も倒されたことはないということでも有名である。
「ああ、やる気だ。負けても俺には失う物はないからな。やってみるだけでも価値がある。ということで俺寝るから。」
そう言い残すと夢の世界へと旅立っていった。