薔薇
「お待たせしました。」
結城姫路と佐々木美礼が演習場に入ってきた。
二人は離れるまでは制服だったが、今は白を基調にした清潔感のある軍服に身を包み、腰にはお揃いなのだろう、薔薇の蕾の装飾があしらわれた銀のレイピアが差されていた。
「二人とも準備してきたのか?」
たしか、佐々木美礼との決闘という話になっていたはずだが、結城姫路も戦う準備をしているのだ。
「あなたは戦闘に関しては自信があるようなので得意とはいえ専門外の美礼一人ではさすがに不利でしょう?」
「そういうことですか。ですがこれは美礼さんの力を見るものなのですよ。でしたら一対一の方がよろしいのではないですか?」
「いや、大丈夫だ。問題ない。」
「そうですか。彼女もその方があの力を出せますし、いいでしょう。」
あの力?何か彼女は奥の手を持っているのだろうか。
「じゃあ、早速始めようか。」
そう言うと中央に向かう。
「桐也さん、頑張ってくださいね。」
月野百合が俺にしか聞こえないほどの小声でささやく。
二人は桐也に続き中央に向かう。
三人は向かい合い構える。
月野百合は片手を掲げ、振り下ろす。
「決闘。開始!」
二人は同時に桐也に襲いかかる。
桐也はものともせず躱し、防ぎ、弾き続ける。
攻撃を与えることが出来ないと感じたのか桐也から距離を取る。
「コンビネーションはすごいな。こりゃそんじょそこらの奴らには真似できん。」
余裕の表情で言葉に出す。
二人はアイコンタクトを取り頷き合う。
佐々木美礼は後退し、レイピアを床に突き立て、叫ぶ。
「威厳の薔薇!!解放!!」
その瞬間、桐也は沈み込む。
急に重くなった。周りを見ると佐々木美礼の半径百メートルほどの床が沈み込んでいる。
しかし、範囲内の結城姫路は変わらず襲いかかってくる。
体が重くなっていても動けない程でもないのでそのまま結城姫路の攻撃を防ぐ。
「あの状態で動けるなんて・・・さすが桐也さん。」
確かにそこら辺の人なら潰れて動けなくなる程の重さになっている。
しかし、佐々木美礼は突き立てたレイピアに手を掛けたまま動かない。
「そういうことか。お前のレイピアの効果は重力を操る。だがそれは何かしらの条件下で重力の及ばない人間を作ることが出来る。」
襲いかかってくる結城姫路の攻撃を躱し、腕を取り床に叩き付ける。
「効果範囲は百メーター前後、それを展開中はレイピアに触っていなければいけない。」
桐也は佐々木美礼に向かって駆ける。
しかし、重みが増え、立ち止まる。
場所によって変わるのか?しかし、床の沈みは均等に沈んでいる。
なら、重力を自由に変えられるのか。
「はあ、はあ、んぐぅ。」
だが、目の前にいる佐々木美礼も限界に近い状態になっており、こちらの様子が見えていない状態になっていた。
すぐに腕を取りレイピアから手を離させる。
「俺の勝ちでいいか?」
月野百合に確認を取る。
「はい。勝者桐也さん!」
俺側の左手を掲げ月野百合は叫んだ。
決闘が終わり、俺の隣に月野百合、前方に結城姫路が座っていた。
「あの重力で戦える人を初めて見ました。」
佐々木美礼を膝枕しながら結城姫路は口に出す。
「自分の五倍ぐらいだったか?それくらいならな。しかし、あの武器はなんなんだ?」
しかし、後半の強化した重力には驚いた。正直動けたことが不思議なほどに重かった。だが、それ以上にあの力の代償が大きすぎると感じた。
「あの武器とは特殊効果を持った名剣<ローズシリーズ>のことですね。あの剣は威厳の薔薇。ある方が作ったもので、他に五本の剣が存在します。一本は姫が、もう一本は私が所持しています。」
「私が持っているのは<優しさの薔薇>。傷の治療が出来る剣です。」
「私が所持している剣は<想いの薔薇>。この剣の効果は分かっていません。」
「効果が分かっていない?」
今の二つを聞く限りどれも効果が出るものだと思っていた。
「剣を使う事と、使いこなす事とは違いますよね?」
「そうだな。」
「それが極端なんですよこの剣は。私はまだこの剣を使いこなせていないのですよ。」
月野百合は少し肩を落とし口にする。
「五本存在するってことは、あと二本あるって事だよな?」
残りの二本にも隠された力があるとすれば、それは驚異になるかもしれない。それにその代償を考えると使わせることも躊躇われる。
「一本は制作者の方が所持しています。名は<拒絶の薔薇>。最後の一本は行方不明になっています。名は<復讐の薔薇です。」
最後にとんでもない名前の剣が出てきたな。しかも行方不明って・・・
「最後のやつの効果は分かるのか?」
「それが分からないんです。」
効果が分からないか、しかし特殊効果を持った名剣と言われている事から、その効果を知っている奴が居ることは確実。すると、
「制作者はどこに居る?」
「・・・ここには居ません。場所も分かりません。」
表情が一瞬暗くなった月野百合の反応に感じるものがあった。
おそらく、行方不明の友人だろうと・・・
「この剣がすごいことは分かったが、代償が大きすぎるな!」
話を戻し、少し明るいトーンに変えて言う。
「今回は力を強くしたからですね。最初のときの力でしたら二時間ぐらい使ったことはありましたがそれほど消耗することはなかったように感じていましたが・・・」
答えを期待し結城姫路の方を見る二人。
「おそらくオーバーヒートみたいなことをしたのではないでしょうか。」
「オーバーヒート・・・ですか?」
「はい。許容範囲以上の力を無理矢理出してしまったのでしょう。」
なるほどな。十までしか出すことしか出来ないものが十一を出して故障してしまったわけだ。
「そいつは大丈夫なのか?」
佐々木美礼を指しながら言う。
「大丈夫そうよ。速く力の解放を解いたことが功を奏したというところね。ありがとう。」
「桐也さん、思ったのですが皆のことを名前で呼んではいかがですか?」
そういえばまだ他人行儀な感じで呼んでいると振り返る。
「あぁ、そうか。分かった百合。」
頼まれた通り名前で呼んでみた。
「え、あ、あぅ。」
急に言ったからなのか顔を赤くして手で隠す。
その反応が可愛かったが、自分でも徐々に恥ずかしくなってきた。
「やっぱり、やめとくか?」
「いや、そのままでお願いします。」
止めたのは顔を赤く染めた百合だった。
「そうね、これから人が増えていくのだから名前の方が呼びやすいのではないですか?隊長。」
「いきなり名前じゃねえ。」
「ふふふ。」
楽しそうに笑みを浮かべる姫路。
「分かった。そのまま名前で呼ぶことにするよ。」
「あ、私のことは姫でお願いしてもいいですか?みんなにそう呼ばれていてそれに慣れてしまって、姫路だと変な感じになるんです。」
「わかった。姫。」
また言われるままに言ってしまった。
「ええ、それでお願いします。」
思っていた以上に普通の反応だった。
ガコン
扉の向こうから何かが当たる音が聞こえた。
生徒会長室から誰かが付いてきていることは知っていた。だが、気にしないでここまで来たが向こうから存在を示してきた。
「そこに居るのは誰だ?」
俺を狙う間者ではないと分かっているので出来るだけ自然に声を掛ける。
すると扉が開き、華奢な男子が体に似合わない長い槍を手にして姿を現した。
「あなたは・・・!」
何かを知っているような反応する百合。
「あいつは?」
「彼は高等部一年、棚橋拓武さん。クラス対抗戦では毎回、最後まで残るものの大勢相手に敗れてしまう所をよく見ます。」
会長だから大会などをよく見ているから知っているのだろう。
クラス対抗戦で毎回最後まで残るのか。大勢対大勢では毎回最後まで残ることは飛び抜けて強いような奴くらいしかあり得ないほど運では出来ないようなことだ。
「強いのか?」
「いえ、個人戦では勝ち残って居るところを見たことはありません。個人的にはあまり強くないのではないでしょうか。」
そんな彼がなぜ俺たちを付け、接触してきたのだろうか。
「俺に何か用だったか?」
あまり威圧をしないように話し掛ける。
「あの、僕を連れて行ってはもらえませんか?」
「は?」
突然のことに驚き声が勝手に出た。
「僕、その、強くなりたくて、だから、連れて行ってもらいたいんです。」
どうしたものかと思い、少し棚橋拓武を知る百合に助けの眼差しをおくる。
「え、あ、と・・・。いいんじゃないですか?多人数相手に生き残ることは運だけで出来ることではないことは桐也さんも思ったと思いますが、それだけ彼には何かがあるのだと私は考えます。」
何故か顔を赤くしながらも意見をする。
「確かにな・・・、分かった。ここは姫に習ってお試し期間でいこうか。」
「なるほど。」
納得したように呟く姫。
「お試し期間、ですか?」
「そうだ。お前を試す期間をこの一週間設ける。その期間で役に立たないと判断した場合は隊から離れてもらう。それが俺が提案する条件だ。どうだ?」
少し威圧感を出しながら問う。と言ってもそこまで怖くはないはずだ。
「わ、分かりました。頑張ります。お願いします。」
深々とお辞儀をする拓武。
「分かったから頭を上げてくれ、一応あんたの方が先輩なんだからな。」
「「「「そうなんですか!?」」」」
四人全員が声をそろえて驚いた。
寝ていたはずの美礼も合わせて。
「起きたのか美礼。」
「・・・急に、何?」
困惑しながら姫の膝から頭を離す。
寝てる間に決まった名前呼びを不信に思われた。
「美礼が寝てる間に隊長がみんなを名前で呼ぶことに決まったのよ。」
そこに姫がフォローを入れてくれる。
「そっか、ビックリした。ご迷惑を掛けました。すみませんでした。」
コクリと頭を下げる美礼。
「美礼、動けそう?」
コクリと頷く。
「じゃあ、行きましょうか。」
「そうだな。」
「今度は転校の準備をするので校門で待ち合わせでお願いしますね。」
姫の言葉で準備を始める一同。次々と演習場から出て行き、俺と百合だけが残った。
「まさか、中等部四年だとは思いませんでした。」
「そんなに驚くとはな。」
「だって、桐也さんって大人っぽいですから、同い年だと思っていました。」
そんなに俺って老けて見えるのか?たしかに普段から年齢以上に見られる事は多かった。目の前の見た目は年下にしか見えない百合が少しうらやましく思えた。
「私は幼く見えるので桐也さんが、少しうらやましいです。」
はにかみながら言う百合。
俺のことをうらやましいと本気で言っているのだ。理由はどうであれ嬉しい気持ちが生まれる。
「ありがとな。そんなこと言われたのは初めてだ。」
「そうなんですか?桐也さんには良いところが沢山ありますよ。」
不意にそんなことを言われ、ドキッとしてしまう。
「ほんと、ありがとな。」
少し照れながら礼を言う俺を見て、先ほど自分が言った言葉を思い出したのか赤面し、顔を手で覆う。
が、話さなければいけないことがあると、真剣な顔に変わり口に出す。
「えっと、さっきの話の制作者の事なんだけど・・・」
「居なくなった友人だろ?」
驚いた様に目を開く百合。
「分かってましたか?」
「以外と分かりやすいよな。」
百合はこの数時間でも多くの表情が顔に出ている。それだけ分かりやすい所が子供っぽい容姿に合わせて可愛く感じる。
今もまた赤面し、顔を手で覆う。
「やっぱり、友人のことも四神のことも調べない方が良いだろうな。」
「うぅ、でも、それは・・・」
友人のことを考えてだろうか、肯定しない百合。
「高確率で友人のことと、俺の学校のことは繋がっている。俺の学校では四神について調べてる教師が居る。そいつらが今回の廃校の情報を得たんだがな、これからも分かったことはそいつらから聞く事が出来る。だから、話すときがきたら絶対に伝えると約束する。だから、危険を犯して調べるのはやめろ。」
少し強い口調になって訴える。
「・・・うん。分かった。」
笑みを浮かべて返してくれるが少し暗くなっている。
「すまない。」
「ううん。私のことを想って言ってくれたのですから嬉しいです。でも、出来るだけ速く彼女を見つけてあげたいのです。たとえ、この世に居なくなっていてとしても・・・」
泣きそうな表情を浮かべる百合。
「絶対に見つける。それに情報はすぐに伝えるようにする。約束するよ。」
「ありがとう。」
俺の肩に重みが与えられる。
百合が腕を絡み、もたれ掛かってきていた。腕や身体は少し震え、小さな身体はさらに小さく、弱々しくなっていた。