ヴォーグとパーラメント
ウェラが神界に戻り1人きりになるとまた一気に寂しさなんかが襲ってくると思ったが、不思議と落ち着いた気分になっていた。
そしてウェラは恋人を作る事に反対はしなかったが、できればそれは避ける事に決めた。
「なぁフェンリル、この杖何かわかるか?」
そう言うと真っ白い雪のような毛並みの狼が姿を現して、俺の持つ杖を見たり匂いを嗅いでみたり犬のようなことをしはじめる。
創造神が創造して賜われた杖は木製ではなく、また金属でもない初めて見る材質のようだ。
“世界の創造主が創造してくださったものだ。俺程度がわかるような代物じゃないようだな”
珍しくフェンリルが敬う言い方をした。やはり通常創造神という存在は偉大なのだろう。
「創造神っていうのはやっぱりお前ら精霊たちにとっても偉い存在なんだな」
“創造主は偉いんじゃないぞ。偉大な存在だ”
よく俺にはわからなかったが、そう言うものなのだろう。
「でもこいつは魔法だかの力があるんじゃないのか?」
“ない! というよりも、全く分からないと言った方が正しいのかもしれないな”
念のため魔力感知を使ってみたが、杖からは一切魔力を感じる事はなかった。
そこで少しだけ振ってみることにして、念の為フェンリルには1度ピアスに戻ってもらう。
数度杖を突き、薙ぐ、払う、握り変えをしながら振ってみるが特に何も起こらなかった。
続いて修道士の呼吸法をしてから同様に振ってみたが、やはり材質は不明だが普通の杖のようだった。
「振ってみた限りでは問題はなさそうだな」
“ならこれで明日の心配は無くなったな”
「ああ、後はこの後だな……」
“シリウスか? ”
頷いて答える。まさかとは思うが、シリウスが待ち構えていないとも限らない。
杖を鞄にしまい、変幻自在を使って女体化させる。
「フェンリル、今日の散歩はおしまいだ」
“仕方ないな”
女性物の服に着替えた俺は宿屋を出た辺りで1度シリウスの姿を見回したが、いないようでホッとし時間的にまだ余裕があるためサーラの姿のまま町をぶらつくことにする。
町中では嫌気がさすほどナンパしてくる連中がいたが、アロンミット武闘大会が開催されているおかげで警備も強化されていて、強く断ると大半はすぐに諦め、しつこい場合は気がついた警備の兵士が声をかけてくれて助かった。
そんな中、明日俺とデュエルをするパーラメントの姿を発見した。
デュエルの時と違い、神官衣を着た上でフードを被っているせいで別人かと思ったが、フードから覗かせる顔と腰に丸められて吊るされた鞭を見てパーラメント本人だと確信した。
とはいえ探るような事は良くないだろうとその場を離れようとした時だった。
「おい、こんな所でな〜にをしているんだぁ?」
そう言いながら俺の尻と胸を触ってくる。振り返ると分かってはいたが、阿呆がいて、瞬時に蹴りでも入れようと思ったが、町中だった事に気がつく。
「や、やめてください!」
「お? 町中だとそう言う反応をするのか」
調子にのった阿呆が更に続けていると不意に腕を引っ張られて引き離された。
「嫌がる女性を無理矢理に、町中でその様な破廉恥な行いは良くないですよ」
なんとパーラメントに助けられてしまう。これはマズイとすぐにパーラメントの手から離れ、ヴォーグの元に戻るとあれ? といった顔を見せた。
「助けていただいたところ申し訳ありませんが、私は此方の方の侍女なのです」
「しかしだとしたら嫌がる事をするのは良くないですよ」
「ははは! 悪い悪い。つい見惚れてしまう尻と胸があってな、いつものつい癖で手が出てしまうのだよ」
「いつも……ですか」
そう言いながらも真後ろからまた尻を触ってきたため睨みつける。
パーラメントもやっと今話している相手がマルボロ国王ヴォーグだと気がつき、非礼を詫びようとしてきたが、シッとヴォーグがやって辞めさせた。
「今は内密で町を歩いている。非礼は気にするな」
俺は気にするんだよ! とはいえ蹴り飛ばすわけにもいかず、おとなしく触らせるしかなさそうだった。
「使いの途中で突然だったので私もビックリしただけですので……ですが助けていただきありがとうございます」
「そ、そうでしたか」
とはいえパーラメントはモヤモヤした様子のようで、なかなか立ち去ろうとしなかった。
「少しばかり俺に付き合ってはくれないか?」
いやその様ななどと言っていたが、結局ついてくる事になった。俺にゆっくりできそうな店を案内する様に命じてきた為、渋々そこそこ大きく少しばかり値の張る店に連れて行き驚かせるつもりだったが、ヴォーグは気にするどころか個室を要求してそこに入る。
この時になってヴォーグが国王である事を思い出した。
席に案内されヴォーグを席に着かせた後、パーラメントも席を引いて座らせようとすると結構ですと断られて自分で席に着いた。
俺がヴォーグの横に控えて立つと、ヴォーグに一緒に座る様に指示をされ、頭を下げた後席に着く。
「凄いですね、その……侍女というのは」
「初めて見るのか? だがここまでできる侍女はコイツだけだ」
コイツと名前を教えない様にしたところは流石だと思う。名前を伏せた事でパーラメントはそれ以上聞き出しにくくなる。
「それにしても見事な腕前だな、どこであんな鞭の使い方を習った?」
ヴォーグが俺が聞きたかった事を聞き出してくれて、パーラメントも別に隠す気もなくヴォーグに話し始めた。
「僕の……パーラメント一族は代々この鞭の戦闘技術を継承しながら生きています」
ますますもってどこぞの鞭の一族に似ているな。
「ほぉ、なら君の先祖は俺の爺様とも会った事があるんだろうな」
「いえ、残念ながらその時は赴くだけの実力がなかったと聞いています」
どうりでその当時にパーラメント一族を見なかったんだと思う。
「それでなんでまたこんな大会にお前さん参加したんだ?」
すると突然パーラメントが照れだし、口籠って聞き取れないほど小さな声でモゴモゴ言いだした。なんとか拾えた言葉を聞いてヴォーグが爆笑し、俺は口を半開きにさせて呆れ返った。
「嫁さん探しとは恐れ入った!」
「ちょっ、あまり大きな声で言わないでください」
「個室だから聞こえんよ。それとお前のそのルックスと強さなら、既に選り取り見取りじゃあないのか?」
すると意外にもシッカリとした理由が返ってきた。なんでもパーラメントは今年で25歳になると言う。子供を作り継承するまで10年から遅いと20年はかかってしまうという。しかもそれは継承だけで、実践経験をさせる為に更に年月が必要となるらしい。しかもより優れた子を求める為に優れた妻が必要とされるそうで、焦っていたところに今回この大会の話を聞いて参加したのだそうだ。
「つまり何だ、ここに来れば強い女に出逢えると思ったと、そういうわけか」
「……はい」
「ならコイツなんかオススメだぜ?」
そう言って俺を指差す。
「い!? あ……
陛下おやめくださいませ」
後半は小声で囁く様に訴える。
パーラメントがその気にでもなったらどうするんだと思ったが、それはただの思い上がりとなった。
「ご冗談はおやめください、そうやって僕をマルボロ王国に止めようとなさる魂胆でしょう」
「なかなか頭も切れるな」
本当にヴォーグがそういう気で言ったのなら、慌てた様子を見せた俺は非常に恥ずかしい。もう余計な事は言うまいとだんまりを決め込む事にした。
「するって〜とアラスカ辺りか?」
そこで一瞬パーラメントが反応を見せると、ヴォーグがニヤリとさせて俺をチラッと見た。
アラスカとは恋人でもなんでもなく、単に片思いをされているだけだ。だが少しだけモヤモヤするものを感じはした。
「そ、そろそろ僕は戻ります。明日の決勝戦が控えているので」
「お前はそれで良いのか? 大事なのはお互いの気持ちだぞ」
無言で立ち上がり頭を下げると足早に去っていくのを見送る。
姿が見えなくなったところでヴォーグが「気になるか?」と言いながら、俺の胸を揉んでいる。
この野郎と蹴りを入れようとした時だ。個室のドアが開け放たれ、男3人踊り込み最後の1人がドアを閉めて施錠してきた。
「マルボロ王国国王ヴォーグだ……な。 な……」
勢いよく入ったはいいが、ヴォーグが俺の胸を揉みしだいている姿に男達が狼狽える。
「全くいい御身分なことだぜ! こんな所で女と乳繰り合ってやがったか!」
そう言うと3人の手にダガーが握られる。狭い場所だと最初から段取りをしてあったようだ。
にもかかわらず、ヴォーグは気にするどころか調子に乗って股座にまで手を伸ばしてきやがった。
後で絶対にぶっ潰す。そう心に決めた瞬間だ。
「悪いがコッチは忙しいんだ。おとなしく引き下がってはくれぬか?」
飄々とそんな事を言いながら俺の耳元に口を寄せてきて、確かに良い店を紹介してくれたなと呟かれた。
胸と股間に伸ばされた手を振り払うと、おとなしく離して距離をとる。ヴォーグの腰に吊るされた武器は剣の為、この狭い個室で振り回すのには適していないからだ。
「ここは私にお任せください」
鞄から創造神に賜った杖をさっそく取り出し、杖の真ん中を持って戦う棍術式の構えを取る。
3人の男と戦闘になったが、あいにくドアは閉められ他に見ているものもいない。安心してサックリと意識を刈り取った。
「流石は鮮やかだった……なっっ!!」
ついでにヴォーグの股間に杖の一撃を叩き込む。鈍い音が聞こえ、いつものようなヴォーグの俺様はみなぎることはなく、口から泡を吹いて倒れてしまう。
さすがにやり過ぎたと治療魔法を施して意識を取り戻させると、「俺の俺様!」と慌てて手で触って確認をしている。無事なのを確認すると「俺の俺様がブッ潰れて使い物にならなくなった気がした」と、とんでもない事を言いだした。
当然そこまで強く叩いたつもりはなく、大袈裟な奴だと思っていた。




