エラウェラリエルの嘆き
デュエルは午前中で終わったため、今はフェンリルと一緒に町をぶらついていた。
大会準決勝者だとわかれば大事になりかねないため、フードを深く被ってある場所を目指した。
そのある場所とは当然武器屋であり、折れてしまった杖を用意しなくてはならない。
「らっしゃい! どんな武器を所望だい」
「杖を……」
「……あんたもかい。今、準決勝で勝利したサハラが使っている武器ということで人気があってな。そんなものは無いと言えば、槍の穂先を取っ払った棒を欲しがるやつだらけでコッチは良い迷惑だ。
悪いがそういう売り方は鍛冶師としてのプライドが許せねぇから出来ねぇよ」
どうやら俺の真似事をする奴が増えたようで、最悪やろうとしていた槍の穂先を無くした物すら手に入りそうにない。しかし明日のパーラメントとの決勝戦に武器無しは避けたかった。
「店主済まない……俺がその元凶だ」
そう言ってフードを少しだけ持ち上げて顔を見せた。
顔を見せて驚きこそしたが、やはり曲げることはなく杖の代用品は手に入りそうにはなかった。
仕方がなく諦めて店を出た後、フェンリルに何か方法がないか尋ねてみる。
“人の持つ武器は俺にはよくわからん”
だよなぁ……
“だがサハラの持つ武器なら、武器屋ではなく木を扱う場所でいいんじゃないのか?”
形的にはフェンリルの言う通りそれでいい。しかし両先端には石突があった方が何かと便利なのだ。
しかし無いのであればそんな贅沢は言ってられなかった。
っとそこへ俺を追ってきたのかシリウスが近づき声をかけてきた。
「もしや私が折ってしまった武器の代わりをお探しでしたか?」
「いや、違うさ。ただ町をぶらついていただけだ」
「ならば私も付き合わせて頂いても構いませんね」
そこは良いですかと聞くところじゃ無いのか? などと思いながら、1人でいたいからと立ち去るが、後からついてきているのが感知でわかる。
アラスカは一体何をやっているんだと思いながらも無視して歩いていると、突然、俺の腕に絡みついてくる人物がいた。
全く気配すら気がつかず、感知にすら反応がなく腕を組まれた相手を見ると、それはエラウェラリエルだった。
「ウェラ!? なんで君が……」
「それは後で……今はついてきてください」
そう言って連れて行かれた場所は、以前アリエルと来たことのある宿屋で、所謂ラブホのような宿屋だ。
「ちょっと待て、ここがどういう場所かわかってるのか?」
「ええ、わかっています」
「【魔法の神】としての役割はどうしたんだ!」
「創造神様からのお指示です」
創造神の指示だと言われては逆らうわけにもいかず、後ろからはシリウスがついてきている為、おとなしくウェラに引っ張られるまま宿屋に入った。
部屋に入ると早速言い寄ってくる。
「サハラさん今日のデュエルは終わりました。聞かせてください、私はもう恋人では無いのですか?」
宿屋の部屋に入るなりウェラが俺を見つめて涙目で言ってくる。
まさかそんなに気にしているとは思っていなかった俺は申し訳ない気持ちになってしまい、本心を話すことにする。
「俺に関わり恋人となった者、ウェラとアリエルは死んでしまい、好意を寄せてくれた者は命の危険に晒され、人外である赤帝竜ですら生命の危機になった。
どうやら俺は身内を不幸にするみたいだ。
世話になった恩はできる限りこの世界の為に努力はするし、それが原因で生命を落とすような事があったとしても、俺だけが死ぬなら気が楽だ。
だから、俺はもう1人でいいと思っている」
ウェラが黙って聞いていて、俺が締めくくると首を傾げて問うてくる。
「私はもう恋人では無いのですか?」
「だから今言っただろ」
「わかりました。では私は神をやめて輪廻に還りますね」
「何馬鹿なこと言ってんだよ!」
「サハラさん、神になった後の私の気持ちを考えてくれたことってありますか?
自由に会うこともできないで、いつ神になって会えるようになるのだろうって毎日それだけを楽しみに待っていたら、新しく恋人を作ってずっと何十年も連れ添い結婚までして、それすら我慢した挙げ句の果てに捨てられたんですよ?
それならもう、存在する理由なんて……ないじゃないですか……」
そう涙を堪えながら訴えてくるウェラに何も言えなかった。何も言い返せなかった。思えばウェラの言うように、俺は神になってからのウェラの事はあまり考えなくなっていた。
何よりも、今目の前にいる神をウェラと別人のように見ていたような気もする。
手を組んで俯く俺の手……いや、指の一部にコツンと音をさせてくる。
「サハラさん、まだちゃんと付けてくれているんですね」
ウェラの小指に付けた指輪を俺の小指に付けてある指輪にぶつけてきた。これはウェラが生前に俺が恋人の証としてお揃いの指輪を買って、お互いの小指につけた思い出のもので、今は【魔法の神エラウェラリエル】のシンボルにもなっている。
「ああ、こいつは俺とウェラとの恋人の証だ。外したりなんか出来るわけがないだろう」
「まるでいなくなった人のことを言っているようですね?」
アッと今自分の前にいる女性を見つめる。当然そこにはエラウェラリエルがいて、間違いなく俺の恋人のウェラだ。
「サハラさん……先ほどから見ていて思ったのですけど、少し自分を追い詰め過ぎてはいませんか?」
「……そうかもしれない。君とウェラを別人のように見ていたような気がする。
ゴメンな……俺、少しづつ壊れてきてんのかもしれないな」
うつむいたままの俺に、覆いかぶさるように抱きしめてきて肩に顎を乗せてくる。尖った顎が肩に食い込んで少し痛かったが、目線を横に向けるとウェラと視線がバッチリと合った。
「恋人を作らないなんて言わないでください」
「それはウェラ以外にもってことか?」
少しムスッとした顔は見せたが頷きながら、私と会えるまでサハラさんを支えてくれる人は必要ですからねと耳元で言われる。
確かに俺が神になりたいと思うかすら分からない今、ウェラはただ待ち続けるしかないのだ。
「今俺に覆いかぶさりながら、肩に顔を乗せて見つめているエルフは俺を支えてくれないのか?」
優しげな笑顔を見せて「いつでも見守っていますよー」と答える。
それは見守ることはできるけど、側には居られないと言っているのだろう。
「……ん!」
真横にある口にキスをする。驚いた表情を見せたが、すぐにウェラも応じてくれてしばしの間堪能してから口を離した。
「俺の恋人にして【魔法の神エラウェラリエル】様、どうか抱きしめる許可を頂けないでしょうか?」
俺がわざとらしく言うと嬉しそうにギュッと抱きしめてきたが、返事はNOでどこぞの神話の神々の様に人と交わる事は許可されないことなんだそうだ。
「ゴメンなさい、サハラさん……
だからせめて他に恋人を作っても仕方がないと思っているの」
アリエルの時もそれで我慢をしていた様だった。ただひたすら待ってくれているウェラを思うと、それこそこっちの方が申し訳なくなってくる。それに俺が神になったとしてもウェラと親しくはできないんじゃないだろうかと思い聞いてみた。
「サハラさんが神になった時点で私は【魔法の神】ではなくなって、【自然均衡の神】の妻にして下さるそうです」
照れながら髪をかきあげてそう言った。
「それは今すぐにでも神になりたくなるな」
「今はダメです。創造神様が許可をして頂けないでしょう」
俺にはやるべき事をやらせるまで神にすらして貰えなくなったらしい。つまるところ女の為に神になるのは許さないとでも言うことなのだろう。
「ちぇ! 面倒くさいもんだな」
「なので、それまでは私も咎めたりはしないので、人として生きている間のサハラさんの恋人に関しては……その、我慢しまづ!」
お、ウェラが噛んだ。
ウェラも噛んだ事に恥ずかしくなったのか、真っ赤になった顔を俺の肩に顔を埋めて隠した。
「し、嫉妬は、嫉妬だけはしますからね……」
俺の肩に熱い吐息を吐くようにそう言うと、俺から離れて立ち上がり「じゃん!」と声を出して1本の杖を見せてきた。
「私がお願いして創造して頂いた杖です。これを使ってください」
手渡された杖を確認していると、この杖はなんとウェラが創造神に【鍛冶の神トニー&スミス】に製作してもらいたいと頼み込んだところ、創造神自らが創造してくれた杖らしい。能力などは明かしてくれなかったが、ウェラが言うには相当な代物だろうとだけ教えてくれた。
「サハラさんは創造神様にも好かれているようです。
っと、そろそろ戻らないと……」
「そっか、また寂しくなるな」
「その言葉を聞けたらまた数十年は我慢できそうです」
しおらしくそう言ってウェラが神界に戻ろうと姿が薄くなって行った時だ。ウェラが指を1本ぴーんと立てて少しムスッとした顔をしながら、とんでもない情報を教えてくれた。
「言い忘れてましたが、ピアスの針の先には麻痺の効果がある薬物が塗られているので、ああいう事はしなくても、大丈夫ですからね!」
そんな爆弾発言をして消えていった。
「ぬ、ぬぁんだってぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
俺の叫びが宿屋中に響き渡った。




