一人二役
まぁ言ってしまったものを取り消すのも可哀想だし、このまま冒険者経験ゼロのベネトナシュを放置も出来ず、一緒に行動することにした。
「質問……」
「うん?」
「ヴォーグ様が言っていた証明証……なんでサハラさんが作れるの?」
そうだろうねぇ、やっぱ聞かれるよねぇ。
「変幻自在」
ローブや服がブカブカになり、俺は女体化させる。当然その姿にベネトナシュは驚く。
「サーラさん、サハラさん……だった?」
「そういう事」
学院にいた時にサーラとなってレグルスからアリエルを救う為の事などを説明しながら、公爵の屋敷の出入りする為の証明証を2人分作成していく。
チラッとベネトナシュを見ると目を輝かせながら俺を見ていた。この目は俺でも分かる、世間一般で言われる好意の目だ。
「よし出来た。あとはヴォーグに渡して了承を得れば良いだろ。ベネトナシュ、着替えるからちょっとあっち向いててくれ」
「あ……うん」
チラチラ見ているのは気がついたが、今の俺は女だしとそのまま侍女長服に着替えを済ませた。
「さぁついてきてください。ヴォーグ様の元にお連れします」
「え? え?」
「……悪い、この姿になると染み付いた癖が出る」
慌てて言い訳をするとベネトナシュは笑った。
ベネトナシュを連れてヴォーグが寝食する部屋に入り、証明証にヴォーグのサインと指輪印章を押してもらう。
「ほらよ、一応侍女長の部屋を使うんだから、侍女長としての責務も果たして貰うからな?」
「はぁ?」
「なーにがはぁ? だ。言っただろうギブアンドテイクだよ」
「わかったよ、ただし大会でボロボロになってなかったらな」
「それで十分だ」
「……畏まりましたヴォーグ様」
ベネトナシュを忘れて話し込んでしまった。ドM王だがヴォーグは慣れてくると親しみやすい。
「そんでベネトナシュだっけか? 放置プレイがサハ……サーラの趣味だったか?」
「っと、失礼致しました。ではご用がありましたらお呼び下さいませ。
ベネトナシュ行きましょう」
部屋に戻った俺とベネトナシュは寝泊まりする場所を無事確保出来たため、元の姿に戻ってからまた町にまた出る事にした。
男に戻る時は裸になってからじゃないと服が破れかねない為、先に部屋の外で待ってもらい、準備を済ませて移動を開始する。
「サハラさん、良いの……?」
「何が?」
「侍女の……お仕事」
「ああ、あれはヴォーグの社交辞令みたいなもんだ。もっとも本当に必要なら察して手伝うさ」
ほえぇーと感心するベネトナシュと話しながら冒険者ギルドに向かい、そこで冒険者としての心構えなんかを教えながら資料室でドルイドの資料を見させる。
「ドルイドになるには自然と共にあろうとする……絆を作る事だけだ。
ただし、ドルイド魔法を使う為には精霊との契約が必須になる。俺もフェンリルと契約するまではドルイドだとも思わなかったよ」
そう言ってフェンリルを見た。資料室はいつ誰が来るかわからないからか、フェンリルは俺を見つめて尻尾を振って応えた。
「絆……どうしたらいい……の?」
「うん、そこが実は俺もわからない。だからずっと誤魔化していたんだ」
「あぁー……なら、サハラさんを見て……学ぶ」
なんだか妙に納得したような声を上げる。
俺を見て学べるもんなのかはわからないが、教え方がわからない以上ベネトナシュに任せてみるほかないのだ。
資料室で調べ物をしながら話をしていると、やはりと言うか武闘大会の話になってきて、俺が参加するに至った理由を心配そうに聞いてきた。
「ヴォーグのアイデアなんだ。それと……俺自身興味があったのもあるかな」
ベネトナシュは、訳がわからないと言った表情で俺を見ていた。
資料室を出る頃には陽も落ちていて、適当な店で食事を済ませてから公爵の屋敷に引き返し、俺達に割り当てられた侍女長用の部屋に戻ると、俺は変幻自在をしてサーラへと姿を変える。ここにいる間はその方が何かと動きやすいだろう。
「ベネトナシュはもうそこのベッドで休んでいてくれていいよ」
「サハラさん……は?」
「俺ならそこのソファで休む」
ここでどっちがソファで寝るかで少し悶着したが、なんとかベネトナシュにベッドを使わせるように説得する。
「俺はもう少し起きているから先に寝ていていいよ」
「フェンリルも、一緒で……いい?」
俺が頷くとフェンリルがベッドに潜り込んでいった。潜り込む姿が夜這いのように見え吹き出しそうになるのを堪えたのは内緒だ。
しばらくするとベネトナシュの寝息が聞こえてきた為、俺は部屋をそっと出て行く。俺から離れられないフェンリルはピアスに戻らなければならない、その為に寝るまで待っていたのだ。
部屋を抜けて隣で休むヴォーグの部屋に入る。
「どうした?」
まだ寝ないで起きていたヴォーグが部屋に入ってきた俺に声をかけてきた。
「私が試合でいない間なのですが……」
「ああ、ベネトナシュは任せてもらっていいぞ」
「感謝いたします」
「いやぁ構わんよ、その代わりコイツを頼むからよ」
ドッサリと机に置かれた書類を指差してきた。これ全部が今晩中に済ませないといけないものらしい。ヴォーグは普段ふざけてはいるが、しっかり王様はやっている。
諦め半分で机に向かい、次々と読み上げ書類をかたずけていく。最後の書類が終わるとすっかり夜も更けていた。
「いやー助かったぜ。さすがは爺さんが仕込んだ侍女長だけはあるな」
「仕込んだのは爺さんじゃないぞ?」
「まぁそんなこたぁどうでもいいさ。
それより大会の参加者があまりに多すぎて明日で締め切る事にしたそうだ」
「そんなにいるのか?」
ヴォーグが頭を掻きながら指を1本立てる。100人かと思ったら、1000人近いんだそうだ。公爵は当然宿屋が足らず寝床に困る参加者や観戦者の為に、臨時で軍用のテントを張ってそこを利用させる事にまでなっているという。
おかげで公爵の兵士が交代で徹夜で警備に当たる事になっているそうだ。
1000人もいたらどれだけかかるんだと思ったが、俺も参加者の為聞いても教えてもらう事はできなかった。
「……で? お前はなんで俺の胸を揉んでいるんだ?」
「習慣だろ?」
「……本気で俺様潰そうか?」
「おう! やってみろよ、望むところだ」
頭イテー……
ベネトナシュの事は任せたし、ドM王は無視する事にしてさっさと部屋に戻ろうとすると、不意に声がかかる。
「明日っから選考が始まる。早めに行っておいた方がいいぞ」
「わかった」
自分の部屋に戻り、俺も休もうとソファに向かう。ふと気になりベッドで眠るベネトナシュを見るとヨダレを垂らしながら幸せそうな顔をして眠っていた。
意外だ……寝相悪いんだな……
時折寝返りを打つ度に、裏拳を思わせるように腕が振るわれてボスッと音を立てている。
隣で寝たら安眠は出来ないなと苦笑いを浮かべながらソファに横になるのだった。




