シアの生きる道
ポットの話だと麻薬の効能効果などを分析するのに早くても1年、そこから解毒方法を見つけ出すまではどれだけかかるかは不明とはっきり言われた。
「それでもよろしいのであれば、お引き受けいたします」
そんなにかかるものなのか。いや、そうだよな。元の世界ですら完治はできなかったはずで、死ぬまで欲求との戦いだと聞いた事があるからな。
「わかりました。それでお願いします」
「あともう一つお願いがあります。娘にも手伝わせてよろしいでしょうか?」
「……マジ?」
「は? あ、はい。ああ見えて娘は結構な腕前なのですよ」
まぁ1人でやらせるより相談できる相手がいるほうがいいだろう。しかも他人ではなく娘であれば信用もできるはずだ。
そうと決まるとポットが娘を呼んだ。
「な〜に〜お父さん、いつまでその人と話してるの? 大口間に合わなくなっちゃうよ」
「それは断っても構わなくなったよ。
それとペーソル、お前を助けてくれたこのお方な、サハラ様だよ」
俺をバッと舐めるように見てきて大声をあげそうになったところでポットが慌てて口を押さえて止めた。
「後は私の方から説明しておきますので……えーとどの様に連絡を取ったらいいでしょうかね?」
「時期を見計らって俺が時々来ます。その時もし資金が足りない様ならその都度出しましょう」
「ありがとうございます。この様な大口は生涯2度とないでしょうな」
麻薬の事をポット親子に任せ俺は立ち去った。
“思い掛け無い出会いになったな”
「ああ、まるで……いや、何でもない」
アリエルが引き合わせてくれたと言いかけたが、前に進むと決めた以上いつまでも引きずってばかりはいられないだろう。
だけど……そう簡単に忘れたりなんかできるもんじゃないよな。ポットの話が本当ならレフィクルの気持ちもわからなくもないな……
“それで、どうするんだ?”
「何がだ?」
“アホウか、もう日が落ちたぞ”
「……妖竜宿は使いたくないなぁ……」
「それは随分な言われですわぁ」
「うおわぁ! シャシャシャ、シャリーさん!」
「まさかサハラ王様が、この城塞都市ヴァリュームで私の宿以外をお使いになられたりはいたしませんわよねぇ?」
「は、ははは、あ、当たり前じゃないですかぁ……」
どうやらこの町にいる限り、俺はこの人からは逃げられそうにはないようだ。しかしポットの話だと、この町で俺は名前を出すのもまずいようだからちょうどいいのかもしれないな。
仕方がなくシャリーについて行くことにしてヴァリュームに一泊だけ滞在する事にした。
部屋に行き明日からどうするか考える。
レグルスが15歳になるまであと3年。そしてあいつには悪魔が味方についている。正直俺とフェンリルだけでは厳しいのかもしれないが……ダメだな、あいつの手の内がわからない以上仲間は連れないほうがいいだろうな。
あとは……
『サハラ王様、いい加減鬱展開が続いているんですからさっさと決めていただかないと困りますわ!』
シャリーが言ったあれは一体何だったんだろう。まるで誰か見ている人たちでもいるみたいな言い方だった。
「ま、聞いてもどうせ教えてくれはしないだろうな。後は……サハラの名もこの町ではマズそうだな」
そしてここヴァリュームにいる間だけでも身バレしないように考えるわけだが……
う……ぐぬぬぬぬ……
鞄から取り出し睨むように見つめる視線の先には女物の服やローブ、そして下着だ。
うー……これならバレはしないが……しかしその……くそっ!
「精霊よ古の契約に基づきその義務を果たせ! 変幻自在!」
屈辱だ。まさか自分からこの姿になるとは夢にも思わなかった。だが、これ以外の姿になった場合の詳細な設定がない。
つまるところ俺は女に姿を変えサーラになっている。
ビヨーンとパンツを伸ばして眺め、嫌な記憶を振り払うように首を振った後、ため息をつき諦めて身に付け、女の時の服を着ていく。
後は明日にでもマルボロの王都に行って、口裏合わせを頼んでおくだけか。
方向が決まり食事を取りに食堂に向かった。当然シアがいるのはわかっているし、今の俺を見てもアリエルの記憶ですぐに気がつくだろうがそれは仕方がないだろう。
「いらっしゃいま……せ」
「1人、お願いします」
シアが給仕の格好をしていて、慌てながらも空いている席を自由にどうぞと言って厨房に消えていった。
アリエルを思い出させる為シアの今の姿を見るのは辛いが、明日には町を出るんだと言い聞かせる。しっかり注文はシバにお願いする辺り引きずりまくっているのが嫌でもわかる。
このシバもカイの姿をしていて、ここに来るとそこはかとなく寂しさと懐かしさが同時に訪れる。そんな気持ちで持ってこられた食事をしていると不意に声がかけられた。
「1人かい?」
はぁぁぁぁぁ……まったくため息しか出ない……
正体を隠す為にこの姿になればなったで、今度はこういう輩が寄ってくるのも覚悟しなくてはいけなくなる。
「……何か?」
「お、おおう。想像以上だったぜ……」
「お客さん、ナンパでしたら売り上げに関わるので、シャリーさんに報告して出て行って貰うことになるわよ?」
シアが現れて男にそう言った。その一言だけで男は慌てて引き下がってくれた。俺がシアにお礼を言うと、何も言わずただごゆっくりどうぞと頭を下げて戻っていった。
なまじっかアリエルの記憶をコピーしているだけに、俺同様彼女自身も苦しんでいるのかもしれないが、シアはどうやら新しく手に入れたこの生活で頑張って生きていこうとしているように見えた。




