シャリーと契約
時間はたっぷりとある。旅を楽しむようにマルボロ王国領に向かうことに決めた俺は、アリエルの姿記憶を持ったシアとフェンリルで移動魔法などを使わずに行くことにする。
道中遠回りになるが、初めてアリエルと出会った迷宮の町にも寄り、思い出の土地を回りながらも、マルボロ王国の王都に辿り着いた。
そこでマルスとレイチェルの育ての両親の墓参りを済ませヴァリュームに向かった。
安心してください! ちゃんとアリエルの言いつけは守ってますよ!
「もうすぐヴァリュームだな」
「うん、そうだね。寂しい?」
「当たり前だろ」
「んふふふふっ」
目指す場所が近づくにつれおかしな事にアリエルは嬉しそうな顔をしている。
きっと安住の地に行けるシアの気持ちが出ているんだろうか。寂しい気もするが、この旅でだいぶ俺自身、アリエルの死と向き合えるようになってきたように思う。
そして城塞都市ヴァリュームに着いてしまう。懐かしい場所で、俺にとっての始まりの場所でもある。
元々の名前は赤帝竜宿と言ってレイチェルが育った場所だったが、王妃になり育ての両親が王都に移る際シャリーに後を任せ、今は妖竜宿に名前を変えている宿へと向かう。
まるで来るのを知っていたかのようにシャリーが宿屋の前で俺たちを待っていた。
「お待ちしてましたわぁ」
「まるで知っていたかのような口振りですね」
シャリーはふふふと笑いながら俺たちを宿屋に招き入れる。当然フェンリルは馬小屋に以前のように嬉しそうに入っていった。
宿屋の食堂は今も賑やかで、あちこちで仲間同士や商人同士、恋人達が食事をしている。そんな場所を尻目に俺とアリエルは個室に通された。
「約束通り来ましたわねサハラ王様ぁ」
「どういう事?」
シャリーの言葉にアリエルが効いてくる。アリエルが亡くなった時にそう言われたんだよとだけにしておいた。
「サハラ王様ってばアリエルさんを抱きしめたまま、それはもう見事なまでの男泣きをしたんですわぁ」
「なっ! シャリーさんそう言う事普通言わないでおいてくれるものじゃないですか!」
「わぁ、ちょっと見てみたかったな」
「アリエルまでやめてくれ」
恥ずかしさで穴があったら入りたい、その言葉の意味が今ならよくわかる気がした。
「それでサハラ王様は立ち直れたのかしらぁ?」
「ええ、完全にかと言われればまだ無理ですけど……」
「アリエルさんの死を受け入れは出来た、という事ですわねぇ?」
パンッと手を叩いてシャリーが嬉しそうな顔を見せる。
一体何が嬉しいのかわからないが、その行動に少しだけイラッとした。
「そうやって私が嬉しそうな顔をしたからっていちいちイラつかないでほしいですわぁ。
それではイラついているサハラ王様は後回しにして、アリエルさんの仕事内容と契約を先に済ませてしまいますわねぇ」
そう言うとシャリーはどこに持っていたのか、巻物と羽根ペン、それとインクの入った瓶を取り出した。
驚く俺とアリエルを気にもせずサラサラと契約書を作成し始める。初めて見るシャリーの書いた文字はとても綺麗で、曲がったりする事なくフリーハンドでまっすぐ線を引いたりまでして見せていた。
「出来ましたわぁ、内容を確認して問題ないようでしたらぁ、サインをして下さいねぇ」
そう言ってアリエルに巻物を渡してきた。
内容を確認しながら頷くアリエルを横目に眺めていると、突然目を見開いて俺に契約書を見せてきた。
ーーー
妖竜宿にて以下に書く契約に応じる事で永久に衣食住を保証、約束するものとする。
1つ、以後契約主の許可無く当地を離れる事を禁ずる
2つ、契約地に危険が及んだ場合威かなる理由があろうとも速やかに契約主に報告しにくる
3つ……
……
……
9つ、上客を逃さない事。契約者の場合はサハラ王様とする
10、以後アリエルとして過ごす事
最初の方は至ってまともとは言えないが、なんとなく納得できる。だが最後の2つ、これは一体どういう事だ。
微笑みながら俺とアリエルを見つめて待つシャリーを見て、先ほど俺がアリエルの死を受け入れたと話した時に手を叩いて嬉しそうな顔を見せた事を思い出す。
「これは、どういう事ですか?」
「簡単な理由ですわぁ。アリエルさんがここで働く限り、サハラ王様は頻繁に立ち寄りますわ。そうなれば、お仲間も一緒にいらっしゃるのですから繁盛するというものですわぁ」
あっけらかんとシャリーは言った。しかし今隣にいるアリエルはアリエルの姿をしたシアだ。
「ちゃんとそこを認識できるようにまでなってるのなら安心ですわねぇ。」
まただ、この女は俺の思考を読めている。その証拠に俺の疑問にも答え出した。
「サハラ王様忘れたのかしらぁ? シェイプシフターも変身を続けていれば、魂までは無理でもいずれは完全にその変身した相手になるんですわぁ」
本来シャリーが絶対に知るはずのない、俺が女体化した時の事を言っているようだ。
そんな中アリエルが俺を見つめてどうしたらいいか迷っているようだった。
「シア、君が君ではなくなるんだぞ、いいのか?」
「サハラ王様、嘘はいけませんわぁ。ちゃんとしっかり何があったのかを覚えている上で、嫌な部分だけ忘れようとしているだけですわよねぇ?
それにシアさんも変身し続けるとどうなるのかは、シェイプシフターだからわかってますわぁ。その上でサハラ王様に答えをゆだねているんですわぁ。
ねぇシアさん?」
アリエルになっているシアが驚いた表情でシャリーを見つめている。
「シャリーさん、なぜシアではダメなんですか?」
「サハラ王様がそれでいいのなら、書き換えますわよぉ?」
「アリエルじゃなくシアはどうなんだ?」
「あたし……私は……あなたに……サハラさんに会いたい……です」
この状態は俺でもわかる。もうシアはここに来るまでの間にかなりアリエルの思考になってきているのだろう。しかし、会いたいというのはアリエルの気持ちなのだろうか?
俺が答えを迷いうだうだと考えているとシャリーが突然吠えた。
「サハラ王様、いい加減鬱展開が続いているんですからさっさと決めていただかないと困りますわ!」
「は!?」
今なんて言った? 鬱展開? それって一体……
シャリーを見れば、初めて見せるイライラとした顔をしていた。




