懐かしい日々
まさか本当にアリエルと同じ事を言うとは思わなかった。改めてシェイプシフターの変身能力の凄さを実感する。
「驚いたな。本当に本物と同じ事を言うんだな」
「だから言ったでしょ。あたしだって」
そうだなと返事をして俺はアリエルにどうしたらいいかを尋ねてみた。
「そうね、あたしの姿はシアに渡してあげて、シアの判断で今後生きてもらうって言うのはどうかしら? そうすれば脱皮も起こらないから、子供さえ作らなければあとは平穏に暮らせるわ」
フゥッとため息をつく。これで俺が分かったと言えばアリエルは本当にいなくなるのだろう。そんな俺にアリエルが気がついたようで、俺に近づいてきてそっとキスをしてきた。
口を離して俺をジッと見つめてくる。
「サハラさん、そんなに思い詰めないで。あなたには世界が味方してくれている、ワールドガーディアンなんだから。
だからあたしの事なんかで立ち止まらないで世界を守って」
そう言うと俺から離れようとする。その手を掴んで引っ張り抱き寄せてキスをする。
間違いなく目の前にいるアリエルは俺が愛した本物のアリエルだ。
「アリエル……」
あっと声を上げてアリエルが慌てて俺から離れる。
「ダメだよ。この身体はシアのなんだから」
「そう、だったな」
俺は苦笑いを浮かべながら、アリエルに触れていた手を離した。
「それで、どこで暮らすつもりなんだ?」
「それなんだけど、ヴァリュームの妖竜宿で働きながら住まわせてもらおうと思っているの」
「なんでまたあそこなんだ?」
ここでまた驚かされることになる。
ちょうど手紙の事をアリエルがシアにお願いしに行った時にシャリーが現れ、シェイプシフターだというのも分かった上でうちへいらっしゃいと言われたのだと言う。
そこでふと思い出した。
『今はゆっくりなさい。そして、いずれ立ち直る時にその人と一緒に私の所へ一緒にいらっしゃい』
シャリーはこの事を言っていたのだろうか? 立ち直ったのかと言われれば正直なところ難しいが、気持ちは少しだけ落ち着いたように思う……
「ますますもってあの人が何者なのか気になってきたな……」
そこでアリエルが手紙を俺に渡してきた。これで今話していたこと全てがシアの作り話なのかなども分かる。
クルクル巻かれた手紙を俺は広げて確認する。
ーーー
シアへ、後はコピーしたあたしの考えに任せて喋ってみて。
全て話し終わったら、この手紙をサハラさんに渡すといいよ。
サハラさんへ
たぶんこれを見る前に言ってると思うけど、一緒に歩み続けられなくなったのは残念だけど、あたしはサハラさんに会えて本当に幸せだったよ。
だから後悔もしていないし、むしろ人生にも満足できました。
だからサハラさんも、あたしの憧れた人のまま前を見て進んでください。
好きだよ、愛してる。
付け加え。あたしの姿をしているからって、シアを襲ったりなんかしたらダメだからね。
ーーー
最後に薄っすらとアリエルのキスマークとおそらく涙の跡が残っていた。
「はは……アリエルらしい……アリエルらしいな……ぐっ、くく……」
声を殺して泣く俺をアリエルが抱きしめてきて、何度も何度もゴメンねとあやすように謝ってきていた。
その日の夜アリエルの姿をしたシアを抱きしめながら、俺はアリエルが亡くなって以来ぶりに深い眠りにつけた。
ん……んんん……
翌朝息苦しさで目が醒める。アリエルが俺に濃厚なキスをしていたようだ。
俺が目を覚ますとハッと口を離して、長い金髪をたくし上げながら、照れたようにおはようと言ってくる。
「ゴメン……寝ぼけてて習慣が勝手に出ちゃった……」
そしてすぐに謝ってきた。
懐かしい感覚、つい1年とちょっと前まではこんな日々が毎日当たり前のように続いていた。
こういうところまでアリエルに似ているとずっとこのままでもいいから一緒にいたくなってくる。
俺が黙っていたからか、勘違いしたのか慌てて離れようとするアリエルを抱き寄せる。
「妖竜宿に着くまではアリエルのままでいてくれ」
そう言うとアリエルが嬉しそうな顔で頷いて、俺の身体に張り付くように身を委ねてきた。
「なぁ、アリエル……」
「……ダメだよ」
むくれた顔を俺に向けてそう言ってきた。
「これじゃあまるで生殺しだな……」
「じゃあ浮気でもするの?」
「……しないよ」
哀れに思われたのかアリエルがしばらくくっついていてくれたのは嬉しいが……これは逆効果できっついなぁ……
そして日が昇ったところで、出かける準備を済ませ、俺はアリエルになっているシアを連れてマルボロ王国領の城塞都市ヴァリュームに向かうことにした。




