アリエル怒る
逃げた2人を追って行くとアリエル達と対峙していた。
この程度の相手にアリエルがどうして手こずっているのか不思議に思ったが、その理由はすぐに分かった。逃げた先で魔物に遭遇し応戦している隙を突かれ、後ろにいた誰かを人質にとられたようだ。
そのためアリエルは前後に注視していた。
人質を取った2人が何か言って脅しているのか、たかだかコボルト数匹相手にアリエルは魔法を使わずに怪我を負いながら防戦していたーー
「ーーさん! もうーーから」
なんだか意識が飛んだような気がする。何があったか思い返し、ハッと我に返ると、アリエルがもう大丈夫だからと俺を抱きしめるというよりは、押しとどめているようだ。
周りを見回すと怯えたような表情で見つめるアルナイル以外の面々。そして床にはコボルト数匹の死体に、2人の男も頭を叩き割られて死んでいた。
「これ……俺が、やったのか?」
俺は自分の手に持つ血塗れになった杖を見て言うと、アリエルがゆっくり頷く。アルナイルも頷いていた。
「これは仕方がなかったんだよ。あたし達を助けてくれたんだから、あなたは気にしなくていいの」
俺の中で何が起きたのかわからない。ただ分かるのは、アリエルが怪我を負い、クラスメイトも危険な状況だった、それだけだ。
そのあとの事は覚えていない。気がついたらこうなっていた。
茫然自失の中、アリエルに支えられながら歩き、次に気がついた時は宿屋の中だった。
「気がついた?」
「マスター大丈夫ですか!?」
心配そうに見つめてくるアリエルとアラスカ、それとキャスがいた。
「デノン達は……?」
「全員無事だよ。他の先生に任せてあって、今はここに居る3人だけ」
「俺は、一体どうしたんだ?」
そう言うとアリエルがその時の話をしてくれた。
アリエルの話によると、人質を取った2人が、魔法を使ったら殺すと脅したらしく、目の前にいるコボルトの攻撃を必死に躱していたんだそうだ。
そこへ俺が現れて、疾風怒濤の勢いであっという間に男2人を殴り倒し、そのままコボルト全部を殴り倒したらしい。
「そうか、その時俺は意識がなかったよ。気がついたらアリエルに抱きつかれていた」
「最近貴方、あたしのことになるとすぐに頭に血がのぼるわよね」
「という事は以前にもあったのですか?」
実は……と、俺がデノンを殴り飛ばした時のことを話し、心配そうに俺を見つめてくる。
「心的ショックの影響かもしれないね。今のサハラはアリエルさん以外見えなくなってるんじゃないかな?」
そう言われてみると、マナの暴走を知ってからの俺の行動はアリエルのことしか考えていない。それはアリエルも思っていたようだ。
「昨日も1人で霊峰の金竜に会いに行ったし、リリスさんの所にも言ってたわよね」
それを聞いたアラスカが口をポカンと開いて俺を見てくる。さすがのキャスも苦笑いを浮かべていた。
「ねぇサハラ……霊峰のデプス40以上だよ? それを昨晩だけで往復して、挙げ句の果てにマルスの妹に会いに行ったって言うの?」
驚かれるのは無理もないが頷いて答えた。
「サハラさんの気持ちは嬉しいんだけど、もう辞めて貰えないかな? そんなことされちゃうと逆にあたしの気が重くなる」
「アリエル……? 何を言ってんだよ、俺はお前を助けたい一心でーー」
「だからそれが重いのよ。サハラさんがずっとそんなに必死になっていると、あたしが苦しくなるだけなの。少しは気づいてよ」
アリエルの思いを聞いて何も言えなかった。
「ご、ごめんサハラ、僕たちは席をはずした方が良さそうだから、で、出て行くね」
そう言ってキャスとアラスカが逃げ出す様に出て行った。
しんと静まり返った部屋で2人黙り込んだままいる。かける声を探すが見当たらずただ時が流れるままだ。
「ねぇ」
どれだけ経ったのかわからないがアリエルが声をかけてくる。だがなんとなく聞きたくない内容な気がした。
「あたしが結晶化? したら、残ったあたしのマナ結晶? をサハラさんにずっと持っていて貰いたいんだけど……」
なんて答えたらいいのか言葉が浮かばない。わかったとも言いたくないし、イヤだはアリエルを困らせるだけだろう。
「アリエル、学院行くの、辞めないか?
辞めて、一緒に何処かに家を建ててそこで一緒に暮らそう」
ジッと俺を見つめてくるアリエルのその顔は真顔だった。
「ねぇ、貴方は誰?
あたしが恋い焦がれるほど思いを寄せて、愛した人とはまるで別人。今あたしの目の前にいる貴方は、一体誰なの?」
「アリエル……」
俺は俯いて何も言えなくなる。いや、正直なところイラついていた。俺がアリエルを心配して救う術を必死になって探し回っていると言うのにこの仕打ちだ。
「フザケンナよ! 俺がどれだけ心配しているかわかってるのかよ!」
「もし立場が逆ならそれで嬉しいの? 考えたことある?」
「嬉しいだろ? 好きな人が俺のために必死になってくれているんだ。嬉しくないわけがない!」
「そう……そうなんだ。わかった、わかりました」
そう言うとアリエルは立ち上がって部屋を出て行く。
なんなんだアイツ、今まであんなに俺にたてついたことなんてなかったのに……少し俺も言い過ぎた、か。
しばらく待ってはみたがアリエルが戻ってくる気配が感じられない。繋がって謝ろうとも思ったが、それだと俺が悪かったと認める様なものだと思いやめておいた。
気分が悪く、俺も町に出てかつて知り合い……いや、仲間が経営していた酒場に向かってみた。
まだあったんだな。
中に入ると昔と変わらぬ内装のままだったーー
『いらっしゃい、何を注文するんさね?』
『おきゃくじんよぉ、もういっぺんきかせてもらえないかねぇ? あたいのみみがぢうかなっちまったようなんだぁ……』
席に着いて懐かしい声を思い出す。なんだか落ち着く。
女将さん……そして女将さん一筋の旦那さん。2人の名前はもう忘れたけど、人柄と性格は今も思い浮かべられる。
「あの〜、ご注文はどうなさいますか?」
思い出にふけっているといつの間にか店員が来ていて、俺の注文を待っていた。
「あ、あぁ、すみませんでした。そうですね、お酒をいただけますか? 出来れば強いやつ、それと軽くつまめるものをお願いします」
「かしこまりました〜……えっと、キャビン魔道学院の学院生さんですよね?」
すっかり学院制服のローブを着ていた事を忘れていた。年齢のことなんだろうか?
「えぇ、そうですけど何か?」
「ん〜、おじさんみたいだし大丈夫かな?」
お、おじ……まぁこの子からすれば俺はおじさんか。
「はは……お酒って年齢制限ありましたっけ……」
「一応15歳までは禁じられてますよ〜。そんな事も知らないんですか〜?」
うわフワフワした感じなのに言葉がキツイ子だぁ。
「いやぁ、飲みだしたのが冒険者になってからだったものでして」
「そうなんですね〜。じゃ、すぐにご用意してきますね〜」
注文を取り終わると厨房の方に向かっていくのを見送り、しばらく待つとお酒とアヤシイつまみらしいものを持ってきた。
「銀貨1枚銅貨1枚になります〜」
結構するな、1万1千円ってとこか? まぁお金は困ってないから良いけど。お代を支払い1人で飲み始める。
「ちぇっ、やっぱ上手くないなぁ……」
周りは冒険者で溢れかえっていて、陽気ま雰囲気でそれがまた昔を思い出させてくれる。
俺はそれをカウンターで1人で過ごす。酒は元々好きではないが飲め、酔いは修道士の精神的な攻撃を一切受け付けない能力のおかげで酔う事もない。
酒もつまみも無くなったところで、酒場を出て宿屋に戻ることにする。
気が重いな……




