決闘を挑まれる
胸ぐらを掴み、それだけにとどまらずそのまま空いた手で俺を殴ってきた。
あ……以外と痛ぇ……
吹っ飛んだりはしないが、結構痛かった。
「分かったかよ! お前が俺の言う事聞かない限り繰り返し……」
「繰り返しなんだと言うつもりか!?
私は遺恨を残さないよう言ったはずで、君もそれを了承したはずだ!」
俺の胸ぐらから手を離し、今度はアラスカを睨みつける。どうやら真性の馬鹿貴族の息子のようだ。
「ならこれならいいんだろ?」
そう言うと馬鹿貴族の息子はポケットから何かを勢いよく俺に投げつけてきて、思わずキャッチしてしまう。
「よし! 受け取ったな。これで決闘を受理した事になる。今度は断れば死んでもらう事になるぞ?」
決闘、それはまさに決める戦いであり、敗者には死を意味する。
「いいか! 10日後だ。ルールは後日こちらが出すからそれに従え!
……嫌なら断ってもいいぞ? その代わり今すぐここで自害してもらうけどな!」
「自害するわけにはいかないので、お受けしますが俺は冒険者をやっていたんですよ? 勝てる見込みなんてないんじゃ……」
「誰が、俺が戦うと言ったよ。代理人を立てるに決まってるだろ? そこでお前はボロクズのように殺されんだよ!」
そう言って立ち去ろうとするが、反転して俺に向かって追加で余計な事を言い放った。
「お前の女、美人だから俺の妾ぐらいにはしてやるよ。楽しみに待ってろよ」
ひゃーはははと悪人か馬鹿だけが使うような笑い声を上げて出て行った。
心配そうに見つめるクラスメイトを他所に俺は笑顔で返す。
「アラスカ先生、学長に今の事を話しておいてください。急がないと時間なくなりますよ」
「うわ、あいつのせいで残り半分ぐらいしかないじゃん」
「了解した。では」
そう言ってアラスカはおそらく学長のところに向かったのだろう。
そしてまったく心配していない俺とアリエルを、呆然と眺めるクラスメイト達の反応が面白く思えた。
テーブルについて普段と変わらず、俺がフェンリルの肉を切り分けていると黙ってられなかったデノンがテーブルをぶっ叩いた。
「俺、情けねぇ、情けねぇよ。侯爵の子息って聞いただけでびびっちまって……」
「仕方ないですよ。私なんか侯爵の子息と聞いて何もできなくなってしまいましたから」
デノンをビクターがなだめていた。
「侯爵の子息ってそんなに怖いの?」
そして相変わらずなアリオトがドゥーぺに聞いていた。
「あの……サハラさん、なんでそんな悠長に構えてられるの、ですか? ……相手は貴族なんですよね……」
「ベネトナシュ、貴族って何? なんか凄い偉そうだったけど」
キャビン魔道王国は領土は膨大な外壁に囲まれた土地一つしかなく、王女が全てを取り仕切っている。そのため大半のこの国の出身者は貴族というものを知らないのが普通だ。
ミラがベネトナシュに尋ねて知る事になるがいまいちピンときてないようだった。
「サハラ様、私がお母様に相談してみます」
「別に構いませんよ。たぶん学長がなんとかしてくれるでしょうから。
それに、グランド女王が加わわって戦争にでもなったら、それこそ俺が立場がなくなります」
「その程度じゃ戦争になんてならないってば、サハラさん」
「そっか? でも子供の喧嘩に大人を巻き込むのは良くないだろ」
「そうでしたら良いのですが……」
王女が難しい顔を見せていた。
アリエルと部屋に戻った俺達を学長が待ち構えていたように現れる。
「ナイスなタイミングだな」
「そりゃそうだよ、じゃないとサハラはすぐアリエルといちゃつきだすからね」
「なんで知ってんだよ」
「やっぱりね」
ぐぬぬ……
そしてキャスのふざけた口調は変わらないが、雰囲気が変わり、例の話になった。
「……というわけで、神聖なる決闘は僕でも止められないよ」
「じゃあ戦うしかないのか?」
「そうだねぇ」
「サハラさんに勝つなんて、よほどな相手でも連れてこなきゃ無理よ?」
「そうでもないよ。決闘は命の奪い合いか戦闘不能でしょ。もし代理人がまだ小さな子供だったら、サハラは殴り飛ばせる?」
「無理だな」
「でもそれでもやらなきゃいけないんだ。それが決闘」
「代理人はたまったもんじゃないな」
一応決闘には最低限のルールがあり、加えて名誉ある戦いの為、今言ったような事は勝てても恥を晒すため行われる事はない。
「面倒だな、アリエルには申し訳ないけど、姿でも眩ますか?」
「別に良いわよ。時間は無限にあるんだからーー」
そこまでアリエルが言ったところで俺がボソッと「ダメだな」と言う。
「え?」
「ダメなんだ。それまでにあいつがレグルスの奴が活動できてしまう」
「確かにそうだねぇ。しかも後ろ盾に悪魔がついてるから、今のサハラと特にアリエルさんの魔法習得は必要になってくるね」
考え込む3人だが、良いアイデアが出てこない。
結局キャスはグランド女王に知恵を借りれないか聞こうと話を持ちかけてきたが、俺とアリエルが徹底して断った。理由は言うまでもないだろう。
「仕方ないから決闘するよ」
「どんな手を使ってくるかわからないよ?」
「セッターが敵でもない限り大丈夫だろ」
「言うねぇ……まぁいいや。僕の方でも一応、決闘の場所とかは決めさせてもらうようにするよ」
結論が出て学長は出て行った。
“俺が戦おうか?”
「正体バレるだろ」
フェンリルは氷狼の姿形こそしているが、本来は氷を司る最上位精霊だ。その強さはドラゴンにも匹敵すると言われている。
特にフェンリルの場合、一噛みで噛んだ場所から凍りつかせる力を持っていて、俺もそれ以外の力はまだ知らない。
「そうね、フェンリルの正体がわかったら、結局サハラさんの事も薄々バレるだろうからダメね」
「面倒な事になったなぁ……」
その翌日、侯爵の馬鹿息子から決闘のルールを持ってこられた。
本日はここまでです。




