サハラの帰還
明日、エピローグで完結です。
目を開けると小さな小部屋にいた。
「ここはどこだ?」
見回すと場所がどこかわかった直後、俺の頬をとんでもない冷気が襲う。
“サハラッ! サハラサハラサハラッ!
帰ってきた、戻ってきてくれたんだな!”
「やめろこのバカ犬! 俺の頬っぺたが凍ってるだろ!」
フェンリルの舌で舐められた頬は気持ちの悪い唾液がベトベト、ではなくカチコチになっている。
ふふふっと笑い声が聞こえそちらを見るとシャリーがいた。
「お帰りなさい、サハラ王様ぁ」
「ただいま……じゃなくてシャリーさん、俺がゼロの中に入ってからからどれだけ経ってます!?」
「だいたい1年ほど、かしらぁ?」
ぶふぉ! 1時間かそこらで1年かよ!
慌てる俺にシャリーは頼み事をしてくる。
「シャリーさんが俺に頼み事……一体なんですか?」
「ええとぉ、ここの食堂に棲みついたドラゴンを何とかして欲しいのよねぇ」
え? と顔を向けるとシャリーが片目を瞑って早く行っておあげなさいと言ってくる。
小部屋を小走りに抜けて妖竜宿の食堂に行くと、いた。 何をするでもなく、ただ席に座っている。
食事も殆どしないでいたのか、スッカリ痩せこけてしまっていたが、魔力の強さを表している燃えるような赤い髪の毛は、今も不自然なまでの赤色をしたままだった。
俺はそっと近づき声をかける。
「ただいま赤帝竜、ちゃんと食べてないのか? ガリガリだぞ」
声を聞き体をビクンとさせ、ゆっくり、ゆっくりと振り返ってきた。
「……我は……とうとう幻覚まで見るようになったか」
赤帝竜が俺を見つめながらそう呟く。
俺からすればほんのわずかだが、赤帝竜からすれば1年、よほど長かったようだ。
そっと後ろから抱きしめてもう一度声をかける。
「俺だ、サハラだ。 戻ってこれたんだよ」
抱きしめてそう言うと赤帝竜が俺の手に触れてくる。
一瞬以前再会した時の恐怖がよぎり、念のためとっさに修道士特有の呼吸法をしておいたのは内緒だ。
「サ……ハラ……」
「ああ、そうだよ」
「本当に……本当にサハラか?」
頷いて答える。
次の瞬間、ガバッとしがみついてきて……頬を摺り寄せてきた。
これ、可愛いっちゃ可愛いんだが、ちょっと恥ずかしいんだよなぁ……
俺と再会し、ドラゴンの愛情表現である頰ずりを堪能したルースミアの次なる行動は、烈火の勢いで空腹を満たすために食事を取り始めた。
その食欲はシバとフォガティが今晩の分が無くなると俺に泣きついてきたほどだった。
「ふぅ〜、喰ったわ!」
「満足したか? そうしたら俺がいない間のこと教えてくれよ」
「教えると言っても我が知っているのは、ここで皆と別れるまでで、そこからはずっとここにいただけだぞ?」
「それでいい」
うむ、というとルースミアが俺がゼロの中に入ってからアリエル達と別れるまでの話をする。
「そうするとここにレグルスの奴がいるって事か?」
「うむ」
そう言ってルースミアが指差す先を見れば、満面の笑みを浮かべ仕事をするレグルスの姿がある。 その姿を見た俺は衝動的に立ち上がろうとするが、レグルスの笑みの先の人物を見て動きが止まる。
アリエル……ではなくシアだ。 そのシアは怒りながらレグルスに指示を出していて、レグルスはそれを嬉しそうに返事を返していた。
「彼の起爆スイッチはアリエルさん、だったようですわねぇ」
「うふぉ!」
いつの間にかシャリーが側まで来ていて、耳元近くで声をかけてきた。
吐息のかかった耳を押さえながら俺がどういう事か聞く。
「お馬鹿さんなサハラ王様にわかりやすく言えば、一目惚れした人がいたけれど恋人がいたってところですわ」
……よくわかった。 わかったけど、なんでシャリーが今回の出来事全てを知っているんだという方が気になる。
「それは気にしない方がいいですわぁ」
そう明るく答えるとシャリーはタイミングよく来た客の声に「すぐ伺いますわぁ」と行ってしまった。
まぁつまりレグルスの凶行の引き金はアリエルの存在にあり、そこに俺という虫が付いていたことが許せず、神々まで巻き込む様な事にまで発展してしまったといったとこのようだ。
「それで主よ、これからどうするのだ?」
ルースミアが俺に鞄を差し出しながら聞いてくる。
「そうだな、とりあえず事の顛末とこの1年ほどの事が知りたいからマルボロの王都にでも行くかな?」
嬉しそうな顔をルースミアが向けてくる。
「どうした?」
「王都までは主と2人きりだな」
“俺もいるぞ赤帝竜”
「貴様は大人しくピアスの中にでもいろ!」
“それは酷いぞ赤帝竜、サハラ、サハラはそんな事言わないよな?”
「時と場合によるな。 道中はいいけど……宿に入ったら……引っ込んでてくれよな?」
そういうとちぎれんばかりに尻尾をぶんぶん振りながら素直にフェンリルが頷いて、俺にピアスを渡してくる。 ピアスをつけながらルースミアを見ると顔を真っ赤にさせて照れている。
「行こうかルースミア、夢の続きの再開だ」
「う、うむ! 望むところだ!」
準備というものも特に無い。 その足で向かおうと妖竜宿を出ようとしたところでシャリーが待ち構えていた。
「サハラ王様ぁ赤帝竜さんの今日までの宿泊費、食費の支払いはちゃんと済ませていただきますわ」
……こういうところはしっかりしている人だった。
普通なら考えられない様な請求額を鞄から支払う。
妖竜宿から出た俺とルースミア、フェンリルは、マルボロの王都に向かって歩き出すのだった。
遂にここまで来ました。
まぁ一応ハッピーエンドなのかなぁ?
ルースミアに始まりルースミアに終わる感じになってしまった……




