フリューゲルとニークアヴォ
交戦中の侯爵の軍に辿り着いたフリューゲルは、クイと顔に垂れ下がる布を退けて状況を見ていた。
兵力としては侯爵軍のほうが圧倒しているにも関わらず、素晴らしい戦術で圧倒する敵兵の動きにフリューゲルは感嘆の声を上げる。
「さすが【商売の神ニークアヴォ】といったところですか。 これはのんびりもしてられませんね」
フリューゲルは敵兵の元に近づいていき、指にはめられた指環が光ったと思うと巨大な木槌のようなハンマーがその手に現れた。
「これより世界の守護者の命に従い、忘却神『恐怖』のフリューゲルまいります」
フリューゲルが顔に垂れ下がる布を退けたままにして戦場を悠然と歩きながら、その強大なハンマーで次々と敵兵を薙ぎ払っていく。 その一振りで優に10人以上が潰され、吹き飛ばされていく。
そのフリューゲルの存在に敵兵も向かって行くが、顔を見ただけで恐怖に襲われその場にへたり込む者、逃げ出す者、中には泣き出す者までいた。
フリューゲルの敵ではない侯爵軍の兵達には、突然現れた援軍らしい人物が普通ではないことには気がついたが、あれ程まで取り乱す敵兵がわからなかった。 と言うのも援軍に来た男は巨大なハンマーを振り回してはいるが、ごく普通の神官衣姿の優男に見えたからだ。
「モリス侯爵ですかな? 世界の守護者の命により救援に来ました忘却神フリューゲルと申します。 以後お見知り置きを……
それはさておき、後は私に任せて公爵領まで戻ってください」
手短に必要最低限の事を伝えるとフリューゲルはまた敵兵に向かっていった。
「全軍今のうちに公爵領まで退却だ!」
モリス侯爵が命令し、撤退を始めるのを確認しつつ向かってくる僅かな者だけを文字通り叩き潰していった。
「ば、ばばば、化け物だぁぁぁぁぁ!」
辺りからそんな声が上がりだし、敵兵達がフリューゲルに近づこうとする者が誰1人いなくなるどころか逃げ出し始めた。
「命は交戦中の侯爵軍の救出でしたね。 これで私の仕事は終わり、ですかね」
敵兵達が撤退したのを確認したフリューゲルが戻ろうとした時だ。
「トラップを仕掛けてましたか……」
「ええ、忘却が動く事は計算済みでございます。 出来れば忘却の『死』辺りが良かったのですがね」
フリューゲルの周りにはニークアヴォが仕掛けた鳥籠と言われるニークアヴォの魔法結界が張られ、身動きが取れない様にされていた。
「私を殺すつもりですかな?」
「とぉんでもありません、大事な商品を傷つける様な事は致しませんよ。 これでも商売の神ですからね」
「でした。 が正しい表現ですよ?」
ニークアヴォはなるほどといった表情を見せ、鳥籠に入っているフリューゲルを見つめる。
「それでは商談の時間と参りましょうか?」
「私は取引には応じませんよ?」
「いえいえ、あなたは商品、売り物です。 ただ少しばかり違った商品ですけどねぇ」
そういうとニークアヴォがフリューゲルに手を伸ばして触れる。
「それでは忘却神はその名の通り忘却してください。 私が商品と一体となって今後は動きますので」
ニークアヴォの手が徐々にフリューゲルの中へと入り込み出す。
「ゆ……ゆう、ごう……」
「はい、そうですよ。 貴方の力と能力を私が頂きますので、後はごゆっくりと過ごしてくださいな」
ズブズブとニークアヴォの体がフリューゲルに入り込み出し、フリューゲルが小さくうめき声を上げたのを最後に静かになった。
顔を下げていたフリューゲルがゆっくりと上げる。 その顔は優男なフリューゲルのままだが、口元をニヤつかせた。
「えー、あーあー、なるほど。 これが念願の忘却神の力というものですね。
さて欲しいものは手に入りましたし、後はレグルスのところにでも行きますか」
鳥籠を解除したフリューゲルだったニークアヴォはウィンストン公爵領には戻らず、マルボロ王国方面へと移動し始める。
ふと振り返り公爵領の方角へ目を向けるとニタリと笑う。
「後の事は卑怯者のアロンミットに任せましょう。
……ですがねアロンミット、卑劣さなら私は貴方の何倍も上なんですよ。
しっかりと頑張って少しでもウィンストン公国軍の足止めをしてくださいね」




