ゼロ
第15章に入ります。
翌日の昼ごろ公爵の屋敷が慌ただしくなる。 何事かと会議室に向かうと、既に主要な人物が揃っていて、いろいろと話し合っていた。
「遅い」
俺の姿を見てレフィクルがそれだけ言ってきた。
「何があったんだ?」
「モリス侯爵領に着く直前で敵ともろに鉢合わせてしまいやがったと早馬が届きやがったんですよ」
「ついでに男爵も戻ってきたので西側から堂々と攻めてきた」
ログェヘプレーベとルベズリーブが答え、本来の想定と違うとでも言いたげだった。
「なら直ちにモリス侯爵のところに援軍がいるだろう!」
「兵に余裕がない」
即答でレフィクルが言い返してきた。
「それとヴォーグが大怪我をしたんだよ! すぐにレイチェルさんが治療したから、命に別条はないけれど……その、傷が癒えないんだ!」
驚いた事にキャスが来ていた。 キャスはマルボロの危機に援軍を求めに来ていたのだが、こちらもそれどころではなくなってしまったようだ。
「マルボロに余が分からぬ敵がいる。 西からのはニークアヴォとアロンミット達であろう」
レフィクルもどうするか思いあぐねているようだ。
「セーラムは! セーラムは無事なのか!」
俺の娘のような存在のセーラムが心配になり、ついキャスの胸ぐらを掴んで訪ねてしまう。
「ちょ、サハラ苦しいよ。 大丈夫、セーラムと不死王がかなり食い止めてくれてるよ。 けど、相手もどうやら赤帝竜や不死王の類らしいんだ」
それを聞いてルースミアがピクッと反応を示す。
「ルースミア何か知っているのか?」
ルースミアが普段あまり見せない表情を浮かべながら、あくまで可能性だと言って説明しだした。
それはあまりに危険な存在のため、はるか昔 赤帝竜、不死王、人種の神々、各最上位精霊達が力を合わせて封印したものらしい。
「我らはそいつの名をゼロと呼んだ」
“赤帝竜マジでゼロなのか!? ”
“奴はヤバイよヤバイよ! 俺っち逃げ出したい……”
どうやらフェンリルとイフリートもゼロの事を知っているようだった。
その時共に戦った中で人種の神はかなり死に、消滅した最上位精霊も少なくなかったそうだ。
ルースミアも生命の危機に瀕し、フラつくなか何とか意識だけを保とうとしていた状態だったらしく、ゼロをどの様に封印したのかは朧げにしか記憶していないそうだ。
「奴は封印が破れぬように不死王の居城の地下に、強くはないが決して破れぬ門番を置いて何重もの封印を施したと聞いたはずだが……」
俺とアリエルが顔を見合わせる。 俺が女体化して迷宮の町にいた時の迷宮最奧部に、アリエル達が倒せない相手がいると言っていた奴のことだろう。
「レフィクル! こっちは後回しだ。 もしゼロであればあれを先になんとかせねば地上の生物全てが等しく死ぬぞ」
「……ここを捨て置くわけにはいかぬ」
たぶんルースミアがここまで焦る相手なのだからそれだけ優先したい相手なのだろう。 にもかかわらずレフィクルはここを手放さないという。
「この地はそれだけ要となる場所なのですよ。 もちろんマルボロ王国を先に取られたらそれも意味はないですがね」
つまりマルボロ王国をゼロとかいう奴が落としたら落としたで敗北。 ウィンストン公国を放棄してもマルボロ王国は時間の問題だろうとルベズリーブがレフィクルに変わってここにいる全員に説明する。
「だけどその話が本当だとしたらアロンミットやニークアヴォ、それにレグルス達にだって徳はないだろう」
絶望ムードの中俺が疑問に思った事を口にする。
「相手は【勝利の神アロンミット】だ。 勝てれば手段は選ばん」
レフィクルが冷静に、だが怒りが籠った口調だった。
どちらにしてものんびりもしていられない。
「サハラ、権限を使いなさい」
不意に声がかかる。 振り返るとそこに【旅と平和の神ルキャドナハ】が立っていた。
「今までどこに! それよりも今なんて?」
「世界の守護者の権限を使いなさいと言ったのです。
サハラにはその権限が与えられているのです」
なんの事を言っているのかわからなかった。 俺が首をひねって見せるとルキャドナハが俺の元まで来て掌を俺の目の前に突き出す。
「私の記憶を貴方に見せます。私にはその戦いの記憶があるから……」
そういって俺の脳裏に世界の守護者の権限や力、ゼロという存在やそれと戦う赤帝竜の姿や姿形は違うが精霊達、そして不死王と人種の神々の姿が見えた。 その中に1人の人物の姿もあった……
「そっか……」
俺の前に立って掌を突き出しているルキャドナハが俺の気持ちをわかってか、辛そうな顔を見せながら小声で「まだそうと決まったわけではありません」とだけ言った。
世界の守護者の持つ権限がわかり、またその戦いの結末がどうなったのかも見れた……




