英雄王の血
僅かな兵士しかいないままもヴォーグは悪鬼と対峙していた。
まともにこの悪鬼に手傷を負わせられるのはヴォーグの剣しかないのがわかっているにもかかわらず、兵士達は自分たちの王であるヴォーグのために隙を作ろうと必死に戦ってくれている。
そんな兵士達に感謝しながらヴォーグは痛む身体にムチを打って宝剣アルダを振るっていたが、たいした力もないこの剣で自分の祖父マルスは本当に悪魔王レフィクルと戦っていたのか疑問にも感じていた。
ヴォーグの奮闘も虚しく、1人また1人と兵士達が死傷していくのを見ながら、妻になるはずだったベネトナシュとまだ見ぬ我が子を救えないどころか、バケモノ1匹倒せずに朽ち果てようとしている己を呪ったその時だった。
「ウェラッ!」
人間離れした速度でサハラが姿を見せた。 ヴォーグはサハラに一縷の望みを託す事にして叫ぶ。
「サハラ! エラウェラリエル達は奥だ! 俺はいいから、ベネトナシュを助けてくれ!」
ヴォーグ達を救おうと悪鬼と対峙しようとしたサハラに先に行くように促す。
「今助ける……」
「俺はいいから早く行ってくれ! 頼む! あいつの腹の中には俺の子がいるんだ!」
あの男と悪鬼3体が先に行ってだいぶ経つ。 焦る気持ちを抑えきれず、またサハラなら助けてくれるだろうと必死になったヴォーグはベネトナシュが妊娠している事まで明かした。
「早くしろ! 早く行ってくれ!」
ヴォーグの悲痛な叫びにサハラは頷いた。
「すぐに戻る! それまで必ず持ちこたえてくれ!」
「頼んだ! ……このヴォーグ、そう易々と殺されはせんよ!」
こうしている間も次々と兵士達が倒れていく。 サハラが走り去ったのを見送った後、これで妻ベネトナシュと子は守られるだろうとヴォーグは1度安堵の顔を浮かべると悪鬼に立ち向かっていった。
……俺はマルボロ王国だ。 英雄王マルスと【愛と美の女神レイチェル】の血を引く者としてせめて恥じない最後を遂げてみせてやる!
ヴォーグの父親ラークはその一生に大きな戦争もなく終え賢王と呼ばれていた。
ヴォーグは兵をむざむざ死なせ、国を崩壊に導いた自分は何と呼ばれるのだろうなと顔をニヤリとさせながら宝剣アルダを振るう。
「クズだな……俺に見合うのは愚王だ!」
突然のそんな王の叫びに未だ生き伸びている兵士達が傷ついた体を引きずる様に、中には互いに支え合いながら手に武器を持って戦いに加わりだした。
「そんな状態で無理をするな! 早く退がれ!」
だが兵士達は王の命令を無視し、悪鬼に立ち向かっていく。
「何をやっている、王の命令だ! 命を粗末にするな!」
「王は! ヴォーグ様は屑などではありません! 我ら兵士達を分け隔て無く接して下さる、心優しい我ら自慢の王です!」
辺りの立ち上がることすらおぼつかない兵士達からも、今の1人の兵士のその叫びに同調する様に「オオッ!」と悪鬼が一瞬ひるむほどの声が上がった。
ヴォーグは眼を閉じて顔を上に向け、兵士達の声に心から感謝する。
だがだからと言って現状を打破出来る術はなかった。
だから、ヴォーグは心に決めた。
「王としての最後の命令だ! 命尽きる最後の一瞬まで共に戦うぞ!」
「「「「「「「オオッ!!」」」」」」」
ヴォーグの命令に呼応する様に兵士達も声を張り上げた。
勝ち目など全く見えない戦いにも関わらず、誰1人泣き言ひとつ言わずに己の意思で戦うが、情け容赦のない悪鬼は1人また1人と愉しむように打ちのめしていく。 それはわざと絶望を味あわせてやろうとでもいうようにも思えた。
この絶望的な中でヴォーグは英雄王マルスが使い続けた剣、宝剣アルダに変化を感じはじめる。 先程までとは違い、剣に薄っすらと青白い魔力が溢れだしている。
この時になって宝剣アルダが何故国や世界を意味しているのかをヴォーグは気がついたのだ。 そして祖父マルスや父ラークがサハラを支え、世界を国を守ろうとしたのかを。
「そういう事か! 宝剣アルダよ、この国を、世界を救うために俺に力を貸してくれ!」
そう叫ぶと宝剣アルダが応えるように黄金に光り輝き出した。
「お前ら全員下がってろ!」
ヴォーグがそう叫び、兵士達が退くをの待ったあと、全力で悪鬼に向かって走り出し、自分に向かってくる悪鬼の手を軽々と切り落とし、全体重を乗せた一撃をその頭から振り下ろす。
「あるべきところに帰れ!」
頭部に命中した剣が一層光り輝き、卑下た笑みから驚愕に変わった悪鬼を真っ二つに切り裂いた。
「貴様らにこの世界は決して渡しはせん!」
悪鬼が崩れ落ちていき、地面に消えていくように無くなるのを見た後、ヴォーグは力尽きたように崩れ落ちる。
動ける兵士達が駆け寄り王を起こす。
「大、丈夫だ、まだサハラ……ベネトナシュのところに行かなくては……」
「後は我に任せて今は休め」
そこに不死王が来ていた。
「んだよ……来るならもうちっと早く来やがれ」
「これでも全力で来たつもりだったのだがな。 もう間も無く【旅と平和の神】が来る。 傷を癒してもらうといいだろう」
不死王はそう言うと行き先を知っているように走り去っていった。
……サハラ、不死王、ベネトナシュを頼んだ……
隠し通路を知っているレイチェルが先頭に立って急いで走り抜けていく。
レイチェルを守るよう言われたリリスとほとんどの魔法を使いきったエラウェラリエル、その代行者キャス、ベネトナシュを支えながらローラ姫とグランド女王が続いた。
僅かな兵士が最後尾について進み遂には抜け道を出て城の外へ出た。
「この後は一時ソトシェア=ペアハかキャビン魔道王国に避難するわ……よ……」
言い終えるか否かというタイミングで兵士達の悲鳴が上がる。
「追いついたぞ【愛と美の神】【魔法の神】!」
その声を聞いたエラウェラリエルが小さく悲鳴をあげる。
「ラ……ライレーブ……」
「あいつがエラウェラリエルさんを……っは! ヴォーグ、ヴォーグは!?」
「お祖母様、ヴォーグ様なら……絶対に……生きています」
「そう、そうだね! なら私達も何としても生き延びなきゃいけないわね」
ライレーブが3体のうちの悪鬼2体に命令を出すと擬似魔法を使い出した。
「ダブルキャスト!」
キャスは先任の魔法の神アルトシームの代行者の力を受け継いでいる。 今の魔法の神であるエラウェラリエルとは違い、今宣言したように同時に2種魔法を発動させたり、混合させた魔法を使う事ができる。
だが神のように予測がなく、使ってくる攻撃がわからないため、防御系の魔法を2種類使って防ごうとした。
その直後、氷嵐と連鎖雷撃が襲い、強烈な冷気と電撃が襲い、範囲に入りきれなかった兵士が凍りつき、煙を噴き出させながら崩れ落ちていった。
「我に仇なす者から守りし魔法の手よ! 我が前に現れ我が手となれ! 握拳!」
グランド女王が魔法を使うと、手だけを切り取ったような大型の魔法の手が現れる。
その手を使って悪鬼2体を握りしめた。
【魔法の神エラウェラリエル】も手持ちの僅かな魔法を使い、オーガを召喚して向かわせる。
「手持ちがもう……」
エラウェラリエルは昼に続き夜に魔法を使い続けた為、記憶している魔法はほぼすっからかんだった。
「草木に宿る精霊よ! 我に仇なす者に絡みつき動きを妨げて! エンタングル!」
ローラはドルイド魔法を使い、ライレーブと残る悪鬼1体の動きを妨げようと、草木に絡みつかせる。
「よぉし! 皆んなやっちゃえ!」
レイチェルがベネトナシュを庇いながら声援を送るのだが……
一瞬にして魔法の手や召喚されたオーガ、絡みついた草木が消えていく。
「まったく馬鹿の一つ覚えだな。 少しは学習したらどうだ? 【魔法の神】」
そう言ってライレーブが指にはまったリングを見せてくる。
「……魔法封鎖」
そう言うとニヤリと笑みを浮かべながら剣を抜き放ち、群がる兵士達を次々と殺していく。
魔法を封じられたウィザードほど無力なものはなく、自分達を守ろうとする兵士達が殺されていく姿を見つめるしかなかった。 そこへ……
「ウェラッ!!」
サハラが現れたのだった。




