フラッシュバック
仲間達に何も言わずに俺はただひたすら王都を目指して縮地方を繰り返す。
頭の中にはたった一つのことだけでいっぱいになっていた。 ログェヘプレーベが口にした名前とはライレーブ。 そう、忘れもしない神になる前、エラウェラリエルを殺したヤツだ。
「頼むから間に合ってくれ!」
名前を聞いた瞬間から、エラウェラリエルが刺し貫かれて殺されるあの瞬間が何度も何度も浮かび、今もまた同じ事が起こるのではないかと不安が襲う。
王都に辿り着く。 町は静まり返ったまままるで何事も起こっていないかの様な静けさを見せていた。
そんな中王宮に辿り着いた時、嫌な予感が的中してしまう。
城の中庭には既に兵士達が殺されていて、死体は城の中まで続いていた。
……間に合ってくれ。
ただそれだけを願いながら城の中に入っていくと、争っている音が奥の方から聞こえてくる。
「ウェラッ!」
そこには次々と倒されていく兵士達の姿があり、傷だらけになったヴォーグの姿もあった。 戦っている相手は狭苦しそうにしながら暴れる悪鬼で、ヴォーグと数名の兵士しか見当たらない。
「サハラ! エラウェラリエル達は奥だ! 俺はいいから、ベネトナシュを助けてくれ!」
どう考えても圧倒的に不利な状況にありながらもヴォーグはベネトナシュの心配をしていた。
「今助ける……」
「俺はいいから早く行ってくれ! 頼む! あいつの腹の中には俺の子がいるんだ!」
助けようと思ったがヴォーグに子供の事を言われ思いとどまる。 ここにはあの冷酷なライレーブの姿がない。あいつならば喜んで腹の中の子供まで殺すだろう。
「早くしろ! 早く行ってくれ!」
ヴォーグの悲痛な叫びにどうしたらいいか決めかねていたが先を急ぐ事に決めた。
「すぐに戻る! それまで必ず持ちこたえてくれ!」
「頼んだ! ……このヴォーグ、そう易々と殺されはせんよ!」
こうしている間も次々とヴォーグを守ろうと兵士達が倒れていく。 正直なところヴォーグが殺られるのも時間の問題かもしれない。 だがヴォーグの気持ちを汲んで先を急ぎ奥へと向かった。
おそらく居場所は有事の際に使われる脱出用の地下道に続く場所だろう。
皮肉にも侍女をしていた事で、城の作りを熟知していたのがこんな時に役に立つとは思いもしなかった。
……地下道に続く道は謁見の間の後ろの隠し扉だ。 そこを抜けると巨大な秘密の抜け道が用意されていて、王都の外まで繋がっていたはず。
そんな事を思いながら高速移動で秘密の抜け道を進んでいくと王都の外まで出てしまう。
王都の外に広がる場所には、城から脱出したベネトナシュ、キャス、エラウェラリエル、レイチェル、ローラにグランド女王などの姿があり、ライレーブと悪鬼3匹と戦いを繰り広げていた。
しかしどう見ても有力者のウィザードとはいえウィザードだけでは苦戦は必須で、エラウェラリエルにいたってはほぼ魔法の記憶がすっからかんのはずだ。
「ウェラッ!!」
「サハラさん!?」
間に合った、怪我はしているがどうやら全員無事のようだった。
後から現れた俺の姿をライレーブが見て思い出した様な顔をみせる。
「ほぉぅ、誰かと思えば……あの時の。 ちょうどいい、今あの時と同じ状況にしてやろう!」
言うが早いかライレーブが他を無視してエラウェラリエル目掛けて斬りかかる。
俺も自身の身を捨てる覚悟で縮地法でエラウェラリエルの側まで移動しようとするが、悪鬼が立ち塞がり、縮地法の視線を塞がれそこで止まってしまう。
ズシャアァァァ……
あと一歩という所で悪鬼に立ち塞がれて邪魔をされてしまった事により、その先で何かが斬り払われた音が聞こえたが見る事が出来ない。 ただ肉を切り裂いて斬られた音だけが聞こえた。
「そこを! どきやがれえぇぇぇぇぇぇ!!」
悪鬼の姿がどんなヤツか、そんなのはどうでもよかった。 あと少しという所で移動の邪魔をされた俺は妨害してきた悪鬼に殴りつけるが、両腕で杖の一撃を防いできた。
通常であればそこで振り上げ直すなり、距離を一度取らねばならないが、杖であれば握り変えるだけですぐに振り下ろせる。 杖を引き、握り変えて今度はその腕ごと叩き折り、もう一度握り変えて悪鬼の頭部を叩き潰した。
ウボアァァァァァァァァァ!!!
頭半分ほどまで杖をめり込ませると、断末魔を上げて悪鬼の動きが止まったところを蹴り飛ばしてどかす。
これでやっとエラウェラリエルがどうなったか見える様になり恐る恐る見ると、ライレーブの振り下ろされた剣にはエラウェラリエルではなく、エラウェラリエルを守る様に立ち塞がったリリスを刺し貫いていた。
「リリス!」
「サハラ、邪魔をしないで貰いますわよ。 コレは父と母の仇、私が殺しますわ」
リリスが身体を刺し貫かれたまま俺を睨みつけてそう言ってきた。
「俺をコレ呼ばわりだと、フン、笑わせるな。 もう既に貴様は我が剣に貫かれて……ぬ?」
リリスが貫かれたまま、更に自らの身体を押し進めてライレーブに近づいていく。
「貴様、人ではないな!」
剣を抜いて距離をとろうとしたライレーブの剣を握る手をリリスが掴んだ。
「ぐっ! ぬおぉぉぉお! 貴様、不死者……ヴァンパイアか!」
リリスがライレーブに触れた箇所から生命力吸収をした様だ。 ライレーブが強引に手を振り払い、残った2匹の悪鬼に命令を出してけしかけてきた。
命令に従い悪鬼が擬似魔法を使い、エラウェラリエル達に向けて放とうとする。
「フェンリル、イフリート、殺れ!」
俺もフェンリルとイフリートに命令すると、フェンリルはいつもより大きくなった氷狼の姿で、イフリートは普段のふざけた姿ではなく、炎の魔人らしい全身が炎に包まれた雄々しい姿で現れて悪鬼に飛びついていった。
「リリス、悪鬼は任せろ。 ただ早く済ませて助けに行かないとヴォーグが死ぬぞ!」
俺がそう言うとリリスは頷いて、不死王の様に爪を長く伸ばして攻撃を開始する。
ヴォーグの危険を知ったレイチェルとベネトナシュが助けに行こうと走り出そうとしたのを俺が静止する。
「レイチェルとベネトナシュが行って助けられるのか!?」
「わからない。 けどあんなでも私の血を引いている孫なのよ!」
「ヴォーグ様を……助ける!」
「お前の腹の中にはヴォーグの子がいるんだろ! 無茶をするな!」
「じゃあサハラはヴォーグを見捨てろっていうの!」
俺だってヴォーグを助けたいが、今は何よりも優先してこのライレーブを倒さなければならなく、ただヴォーグを信じるしかなかった。




