覚悟の一時
傷ついた兵士達の治療にレイチェルも加わり、休む兵士達を残して俺達特攻隊や冒険者達が王都を出て迎撃に向かう。
兵士や冒険者達がこの一戦が兵力差も大きく相当危険なものであるのを知っているため、お互い励ましあったり抱きしめ合う姿が見て取れる。 漫画やアニメの様に無傷で完全勝利するなんてことはあり得ず、これが今生の別になる者も相当出てくるだろう。
俺もなんとなく真似をする様に、エラウェラリエルに魔法の記憶分は大丈夫なのか尋ねると、初戦では使えなかった攻撃系の魔法の記憶分が全て残っていると心強い返事が返ってきた。
「これが決戦じゃないから、ウェラはある程度近寄られるまでに使える魔法を使ったら王都に戻って休んで……魔法の記憶をし直してもらえるか?」
「本当はずっとサハラさんの側に一緒にいたいけれど……わかりました。 明日に備えて記憶し直しておきま……え? きゃ!」
言い終える前にエラウェラリエルを抱きしめて、戻る時は十分に気をつけるように伝える。
そして反対側から覗き見ているルースミアの方に向き直る。
「わ、わわ、我の心配ならいらないぞ!」
焦りながらルースミアがそっぽを向く。 先ほどエラウェラリエルを抱きしめた時「あ」と声が上がったのをしっかり聞いていた俺はルースミアも抱きしめる。
思えば俺からルースミアを抱きしめたのは初めてじゃないだろうか?
「ルースミアが強いのはわかっているから心配はしていない。 でも、また100年も会えなくなったりしたら寂しいから一応気をつけて欲しい」
さてルースミアはどういう反応見せるのかな? と少し楽しみに待つと、俺の体に目を細め顔を猫のようにスリスリと擦り付けてきた。
「ルースミア!?」
予想外の展開に逆に驚かされていると見知らぬ女性が声をかけてきた。
「それはドラゴンの愛情表現です」
「誰だ?」
「人の姿で会うのは初めてでしたね」
金髪美人が微笑みながら話しかけてくる。 俺はこんな金髪美人と会った記憶がないがどこかで聞いたことのある声……ん、人の姿?
“サハラ、こいつ金竜だぞ”
フェンリルが教えてくれて合点が行く。 この声は霊峰のゴールドドラゴンのものだ。 そうなるとオルの母親か。
「どうりでどこかで聞いた声だと思ったよ」
「驚かれないのですね?」
たぶん人型の事だろう。 俺の知っている通りであれば、ドラゴンには白、青、緑、黒、赤、金の6種がいる。 頂点に立つのが金……つまりゴールドドラゴンだ。
そして確か金竜だけは人型になって、人種に紛れて生きることもあると見たような気もする。
「ゴールドドラゴンなら人型になれるのは珍しくはないですからね。 むしろ赤竜のルースミアが人型になれる方が驚かされたかな」
「なるほど、そういう知識はあるみたいですね。 ではドラゴンの求愛とかまで何故知らなかったんですか?」
「そりゃ大抵使うのは戦闘データが基本で、書かれている生態までは隅々までは見なかったしなぁ……というか、求愛なんてたぶん書かれてなんかないはずだ」
俺がブツブツそう言うとゴールドドラゴンが困ったような表情を見せて戦闘データとかについて聞いてこられたが、霊峰のゴールドドラゴンには転移の事は話していなかった為適当にはぐらかしておく。
「それで……これがその愛情表現ってやつなのか?」
「赤帝の前なので……その、言いにくいのですが、私達もどちらかといえば動物に近いようなものなのなので、その様に顔を擦り付けるという行為は、所有権を主張しているか、愛情または親しみの表現、あるいは優位者への挨拶のいずれかなのですが……ひっ!」
ゴールドドラゴンが急に怯えた声と顔をさせてすすすーっと離れて行ってしまった。
未だにスリスリしてくるルースミアを見て、愛情表現なんだろうなとは思うが、どことなくルースミアの場合所有権を主張しているようにも思えてしまう。
「コホンッ! 赤帝竜さんそろそろその辺にしてくださいね」
「む……うむ」
エラウェラリエルに言われて、しぶしぶといった感じだったが素直に離れた。
「私にはそういうのは無いのかなぁ? ねぇパパ?」
そしてこういう時だけ俺をパパと呼ぶセーラムが口を尖らせたのだが……
「僕が心配する。 うん、セーラムは僕が守るからね」
オルがそう言いながら俺の様に抱きつこうとするが、セーラムには相変わらずオル君は私の弟なのと避けられていた。
一応セーラムには注意した方がいいだろうと、頭を撫でながら少し向こう見ずなところがあるから気をつける様に言っておく。
「それだけぇ?」
「じゃあどんなのがいいんだよ」
「うーん、抱きしめてチュウ」
バッと抱き寄せて頬っぺたに望み通り口づけてやると、ニヤニヤ嬉しそうな顔を見せたところから、これで満足してくれた様子だ。
「うーー……」
そしてもう1人羨む目で指を口に当てながら見つめる姿がある。 もちろんブリーズ=アルジャントリーだ。
「アル、お前もか」
「差別は良く無いってサハラ様がよく言っていんした。 なんでわっちもギュってして欲しいでありんすぇ。 そうしたらわっち全力で戦えそうな気がしんす!」
アルはいつも遠慮しがちで控えめな子だ。 それが珍しく要求してきたとなると、この戦いが相当厳しいということなのだろうか?
アルの方から抱きついてきて、そっと耳元で囁いてきた。
「悪魔と悪鬼の総数、おおよそあの時の10倍でわっちの思いんすに7悪魔の一柱、堕落を司るログェヘプレーベが率いてありんすと思いんす」
それを聞いて驚く。 確かにログェヘプレーベだけは唯一未だ死極に行かず所在不明のままだった。
「ところでそれを言う為に抱きついてきたのか?」
二パッと笑顔を見せる。
「もちろんサハラ様に抱きつきたかったからでもありんす」
屈託の無い表情を見せるアルを呆れ顔で見ながら、これから戦うログェヘプレーベと悪魔と悪鬼の事を考える。
何としても勝たなければならない、闇夜の戦いが静かに始まろうとしていた。




