洗脳からの解放
長い休日が終わり、魔道学院に生徒達が戻ってくる。俺は学長に連れられ特Aクラスに向かった。
教室の前で呼ばれるのを待つ。ただそれだけなのに異常に緊張する。感知で中の人数を確認する限り全員いるのは確認できた。
「それじゃあ本日はーー」
「学長、サハラはどうなったんですか?」
中からデノンの声が聞こえる。紹介をしようとしていた学長の言葉をさえぎって質問してきた。
「そうですよ、サハラさん犯罪で捕まったとか聞きましたけど本当の話なんですか?」
白々しくレグルスの心配そうな声が聞こえてきた。
「サハラ君は逮捕後に警備兵に手を上げてしまい独房に入れられてしまっているそうです」
ざわつく声が聞こえる。
「学長! きっと理由があるはずです。皆んなで抗議しに行きましょう!」
「レグルス、お前、嫌な奴かと思ったけど案外良い奴なんだな」
そんなざわつきがしばらく続き、学長が俺(サハラ君)の事は任せてもらうと言って話を終わらせた。そして割入生の紹介となり、俺が呼ばれた。
教室の中に入り恐る恐る全員を、アリエルを見る。
「今日より特別に割入になったんだ、さ、自己紹介して」
「はい。
本日より割入となりましたサーラです。皆さんよろしくお願いします」
侍女の時のように綺麗なお辞儀をすると教室が一瞬シンと静まり返った。
「はい、今日から皆んな仲良くしてあげてね。んーそうだなぁ、今日は休日明けだし親睦を深める意味も踏まえてのんびりして良いよ」
実に教師失格な学長である。それはさておきアリエルを視野の範囲で見ると、目を見開いて俺を見つめていた。グランド女王の言った通り効果がハッキリと見て取れる。
『なんで?』
アリエルが繋がってきたが、俺は何も答えない。
『なんで? 繋がっているんでしょ?』
俺は自分に割り当てられた壁際の席に座り、隣に座るドゥーぺに挨拶をする。
「よろしくお願いします」
「あ、ああ、はい、こちらこそよろしく。私はドゥーぺと言います」
「ドゥーぺさんですね」
『サハラさん!』
「あたしミラよ。よろしくね」
「はい、こちらこそよろしくお願いします。ミラさん」
こんな感じで次々と声を掛けてきて自己紹介をしてくる。そしてーー
「俺はレグルスです。1番クラスで歳下ですがよろしくお願いします」
「はい、レグルスさん、こちらこそよろしくお願いします」
「サ、サーラ?」
「はい、えっと……?」
「アリエル何やってるんだ? 自己紹介しなくちゃいけないでしょう?」
「あ、うん。アリエル……です」
「初めましてアリエルさん、よろしくお願いしますね」
『サハラさん……なんで……なの?』
全員と自己紹介を終え会話の受け答えを注意しながら答えていく。特に言葉使いで素が出ないようにしないといけない。
『そっか……あたし達、別れたんだったよね』
思わず返事を返しそうになるのをグッと堪え、皆んなとの会話を聞くのに徹していた。
「サーラさんって今までは何してたの?」
「侍女です」
「スゲー! 侍女ってあれだよな、偉い人の側に常にいるやつだよな」
「確か凄い気配りいるんでしたっけ?」
侍女について色々答えていく。これは実際に遥か昔に経験していたため、問題なく答えられる。
「じゃあサーラさんは、偉い人と知り合い多いんだ?」
ここでレグルスが聞いてきた。
「ええ、それなりには。ですけど、知り合いと言うのとは少し違いますけどね」
グランド女王に言われた通り、俺は無理に接触しようとはせず、受け答えだけに徹した。
アリエルはそんな俺をただ見つめているのが、アリエルの視界でわかった。
声が聞きたい、話がしたい、触れたい、そんな思いを我慢して時間を過ごす。
昼になり、昼食の時間になる。言い忘れたが一般的には朝と夜しか食べないのだが、成長期の子供が多い為、魔道学院では3食食べるようになっている。
皆んなと食堂へ向かいアダーラが俺に色々と教えてくれてテーブル席に一緒に着くと、そこにはレグルスとアリエル、サルガス、ウェズン、シャウラもいた。
何食わぬ顔で座ったが、早速きたかと内心で警戒をする。
アリエルの視界を繋ぐと、教室ではずっと俺しか見ていなかったというのに、今は普通に食事をしながら皆んなと話をしていた。それが俺が座るのを見るとまた明らかに動揺し始め、それを見たレグルスが怪訝な顔を一瞬見せた。
「アリエル一体今日はどうしちゃったんだ?」
「え、え? レグルス……君……」
その時直感的に感じた。今こそグランド女王の言っていた『今』なんだろうと。
『昔仲良かった人にサーラそっくりで驚いてるって言うんだアリエル』
『サハラ……さん?』
『いいから』
「昔にね、仲良かった子にサーラさんがそっくりだったの。それで……驚いちゃって……」
「それでサーラさんが来てからおかしかったのか」
『いいかアリエル、君は俺の物だ。初めて従属化した時君はそう言った。そして俺は君を大事にすると約束した。左手の薬指にはまっている真円の指環をつけてあげた時、君は俺に末永くよろしくと言った。俺は、今も変わらず君の事を愛している!』
言い切った。口に出してではなかったけれど、普段絶対に言わない自分の気持ちを伝えたつもりだ。
レグルスや他の皆んなが見ている中、アリエルが涙をボロボロこぼしだし、テーブルに被さるように泣き始めると、更に皆んなが慌て始めている。
周りにいる人達も何事かと集まってきて、俺も心配そうにアリエルを見るフリをしつつ、レグルスの様子を伺った。
『サハラさん、あたし……あたし……ごめんなさい。ごめんなさい!
あたしサハラさんのこと裏切っちゃった。見せたくないところも見せちゃった……』
『やっと自分を取り戻してくれたんだね。
アリエル、いいかい? 君はレグルスに洗脳されていたんだ。だからそれは君の意思じゃない。もし本心からだったら、今頃死んでいるはずだ。……それにあの時、君は知らず知らずのうちに泣いていただろう』
『あたし、あたしどうしよう、取り返しのつかないことしちゃった……』
『アリエル、それは洗脳されていたせいだ。君の意思じゃない』
『でもあたし、サハラさんに酷いこと言っちゃったんだよ?』
『後で言った分以上、俺に愛を囁いてくれればいい』
『あたし、サハラさんに冷たい態度を取っちゃったんだよ?』
『後で俺を抱きしめてくれればいい』
『あたし、レグルスに抱かれたんだよ?』
『後で俺が忘れられるまで抱いてやる』
『あたしを……許してくれるの?』
『許すも何も今も君を奪い返すので必死だよ』
更に一段と大きな声でアリエルが泣きだし、手がつけられず困り果てているようだ。
ただ1人レグルスを除いては……
『いいかい? 君は今から泣き止んで平静を取り戻すんだ。
そして、あと少しだけ、洗脳されているフリをしてほしい』
『嫌よ! またそれで洗脳されたりでもしたら……』
『今から言うことをしっかり守れば大丈夫だ。
いいかい? レグルスと2人きりにならないこと、あの森で手に入れた植物の煙を嗅がないこと。これだけ守れば大丈夫だ。
アリエル、君は頭が良いんだ。上手く出来るだろう? 一緒にレグルスと言う悪魔を倒して、また一緒に世界を旅しよう』
『……! サハラさんとあたしの仲を引き裂こうとしたレグルス、絶対に許さない』
『一緒に後悔させてやろうな』
『うん!』
繋がるのをやめてしばらく様子を見ると、アリエルがゆっくり顔をあげた。
「レグルス君、皆んなごめんなさい。あたし取り乱しちゃった。
あー、恥ずかしい」
そう言ってアリエルは顔を手でパタパタ扇いだ。
直後、冷めきった目をしたレグルスがアリエルの手を引っ張り、強引に立たせて連れて行こうとする。
マズイと感じや俺は、レグルスに声を掛ける。
「私のせいで嫌な事を思い出させてしまってゴメンなさい。レグルスさんアリエルさんを怒らないであげてください」
人の目を気にするサイコパスなら効果があるはずだ。