ロメオ・イ・フリエタの崩壊
門をくぐるとそこは壁に松明で照らされただけの場所で、一瞬何処かのダンジョンと間違えてしまう。
「サハラさん、わかっているとは思いますが、ロメオ・イ・フリエタはこの先氷の世界に繋がる大山脈の中です。
魔導門はロメオ・イ・フリエタの近くに出ているはずなので、間違いなくここはロメオ・イ・フリエタです」
気がつけば俺が身構えていたからだろう、ウェラがそう答えてきた。
「そうだとして、少し静かすぎやしないか?」
「それは……確かにそうですね」
「フェンリル!」
“あいお”
俺の呼応に応じてフェンリルが姿を現す。
俺自身も念のため杖を手にして、感知と予測を使う。
「感知の範囲には生命反応がないな。フェンリルは何かわかるか?」
そう言うとフェンリルが匂いを嗅いで、あたりを捜索し始める。ウェラを見ると何処から取り出したのか、ウィザードが持つ頭部に宝石のようなものがくっついた杖を手にしていた。
“死臭……だな。それと僅かだが、声が聞こえる”
「そこへ案内してくれ」
ウェラの手を握りしめ、今度こそ絶対に守ってみせると心に誓いながらフェンリルの後を追う。
“サハラ! オークだ。 それも特盛だぞ”
フェンリルがそう言う先には、埋め尽くす程の群れがそこにいた。それが全てオークなのかは暗視能力のない俺にはわからない。
エルフやドワーフが持つ赤外線感知で確認したウェラが、オークの他にハイオークも混じっていると教えてくれた。
「ここじゃ範囲魔法はそう使えないな」
「ちょっと待ってサハラさん、様子が変です」
ウェラが俺の手を引っ張って壁際に寄り様子を見るように張り付く。
言われた通り見てみるが、俺にはさっぱりわからない。がそれでも気がつく事があり、オーク達は俺達に気がつかず、それ以外の何かに執着しているようだ。
「あの先に建物……神殿があります。
……おそらく生き残ったものはあそこに立てこもっているのかもしれません」
ウェラがどうしますかと俺に顔を向けてくる。正直なところ神威の失った今のウェラは、ほとんど普通のエルフと変わりがなさそうに見える。
「神威がなくなってどんな感じだ?」
「魔法は今まで通り使えるみたいなので、肉体面の方がおそらく人の時同様なのかもしれません」
神になったエラウェラリエルには何か違いを感じている様だが、俺には全く知り得るところではなく、フムと少し考えた後フェンリルに命令する。
「フェンリルあいつらを皆殺しにしてこい」
“あいお”
言うが早いかフェンリルがオークに向かって走り出す。
少しするとフェンリルの唸り声とオーク達の悲鳴があがり始めた。
「さすがは氷の最上位精霊ですね。オークの持つ武器では傷一つ与えられていませんよ」
命令しておいて少し不安になって心配したのを勘の鋭いウェラが気づいてくれたのか、オーク達の惨状を俺に教えてくれた。
しばらくすると静かになり、フェンリルが鼻歌を歌いながら俺たちの方へ戻ってくる。気になったのがそのフレーズで、某雪の女王の曲に似ていたのは気にしない様にしたのだが……
“すこーしも寒くないわっ!”
ま近くまで戻った時フェンリルが鼻歌から声に出して締めくくりにそう言った。
気にしちゃダメだ。偶然に決まっている。
「フェンリル今のは何?」
“1人になった時にサハラがよく口ずさんでいた歌”
「え、俺歌ってたのか?」
“最初女口調だったからキモかったが、誰かの歌だと気がついてから聞いているうちに覚えた”
「ふ〜ん? サハラさん今度私にもその歌教えてください」
「マジスカ!?」
……創造神に怒られないかな。
静まり返ったロメオ・イ・フリエタと思われる場所でオーク達が何処を目指していたのか、オーク達の死体を超えながら進んで行くと巨大な神殿の扉が見えた。
「奴らの狙いはここか……」
「【鍛冶の神トニー&スミス】の神殿ですね」
この先に大勢いるのは感知でわかっているが、扉は固く閉ざされていて声を掛けようが叩いてみようが開く気配が無い。
「参ったな。コイツは破壊するしか無いのか?」
「それはちょっと……」
ウェラが苦笑いを浮かべながらやめておいたほうがいいと言ってくる。
そうなるとどうすべきか……と思案していると視線を感じ声が聞こえてくる。
「臭いオークどもではなさそうじゃが、お主らは何者じゃ!」
視線を感じるが姿が見えない。覗き窓かなんかからなのだろう。
「俺の名はサハラ……創造神が執行者、ワールドガーディアンのサハラだ」
すると騒つく声が聞こえすぐに扉が開かれると、見覚えのある鍛冶職人の姿をした2神の姿が近づいてきた。
「サハラ! サハラか! 助かったぞ」
「またオーク共が来るかもしれん。早く中へ入ってくれ」
中へ入ると所狭しとドワーフが手に武器を持っている。そこへ1人のドワーフが近づいてきた。
「そちらの方はどなたでしょうか【鍛冶の神トニー&スミス】様」
「創造神の執行者、ワールドガーディアンのサハラじゃ」
「その隣が【魔法の神エラウェラリエル】だ」
トニーとスミスが答えた。
そのドワーフの姿に見覚えがあり声をかける。
「久しぶりですね、ドワーフ王コイーバ」
名前を言われたコイーバは記憶を探るように俺をじっと見つめ、思い出したように目を見開く。
「ウィンストン公国にて各諸侯が集まった会食で一度お会いしていると思います」
「あの時の……お主が代行者だったのか」
あの時は俺が代行者である事は伏せていた。
頷いて答え、一体どうしたのか聞いてみると、つい昨日【鍛冶の神トニー&スミス】が神殿から降臨したことで喜んでいたところに、追放された話を聞いて驚いていたところを今朝方からオーク共がいきなり攻め込んできたと説明する。
あまりのオークの数に自慢の動く城壁と言われた兵達も次々とやられ、遂にはこの神殿に立て篭もる有様にまでなってしまったということらしい。
「サハラはどうしてここにきたんだ?」
スミスが聞いてきて、2人を保護しにきたことを言うと困った顔を見せた。
「ロメオ・イ・フリエタは半壊し、生き残った者はここにいるだけになってしまったのじゃ」
「俺達を信仰してくれる者を放って保護されるわけにはいかない」
俺とウェラが顔を見合わせどうしたらいいか悩んでいると、コイーバが俺の肩を叩いてくる。
「無理してくれんでいい、来てくれただけで十分感謝する。【鍛冶の神トニー&スミス】様を連れて保護してくれ」
そんなこと言われると見捨てるみたいでキツい。しかしざっと見たところ生き残っている神殿にいる者は1000人どころじゃ済まないように見える。
「全員来てもらうことは出来ないでしょうか?」
驚いた顔をコイーバが見せ、それは迷惑をかけると断ってくる。
確かにこの数が一斉にマルボロ王国に来ては、さすがのヴォーグも頭を痛めるだろう。だから俺は考えた。
「ここにいる全員には……ソトシェア=ペアハに避難してもらうというのは如何でしょう?」
ソトシェア=ペアハ、そこは今ここにいる【鍛冶の神トニー&スミス】のゆかりの地だ。そして数十年前にレフィクルに対抗すべく、レジスタンス達がアジトとして使った場所でもある。
「あそこかっ!」
「おおぉ! 懐かしいのぉ」
2人の神が遠い目をさせ、あそこなら良い鉄が産出されるし、そう見つかりはしないからいいだろうとトニーがコイーバに言うと、素直に応じて早速神殿にいるドワーフ達に指示を出し始めた。
準備が大体整ったようで、ウェラに頼んで魔導門を開いて次々とくぐっていく。先頭はスミスが、しんがりに俺とウェラ、トニーとコイーバがくぐり抜け、門が閉じるのを待つ。
「何から何まで世話にはなれん」
コイーバがそう言うと俺と握手をして中へと入っていった。
あとに残された2人の神もソトシェア=ペアハに残ろうとしたが、ウェラの説得により共にマルボロへ戻ることになるのだった。




