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アンチ・ハロウィン  作者: 日雀青柚
第四章 邂逅
38/56

◆8

 あっけなく終わった説得に未だに実感が湧かない。


 ──意外と聞き分けのいい犬だったってことなのか?


「全身痛くて歩けないだろ。おぶってやるよ」


 エンがくるっと後ろを向いてしゃがむ。腕を突き出し、おんぶの準備万端だ。


「いや、いいですよ……子どもじゃあるまいし、一人で歩けます」

「またまたぁ。負けず嫌いばっかりだと損するよ?」


 ほら、と催促するエンに負けて真鵬はおぶってもらうことにした。おんぶなんて小学校入学前にしてもらって以来で恥ずかしかった。しかし小さい時に他の同い年の子たちと同じく父親におぶってもらいたかったことを思い出す。


「お腹空いてるんじゃないか?もう五日も飲まず食わずだぞ」


 軽快に螺旋階段を上りながらエンが言った。


「五日?」

「体感的にはあっという間だったかもしれないけど、ヘルハウンドを飼いならすまでお前五日かかったんだ。その間ずっと叫んでたしな。だからそんな声なんだよ。体も休ませてないから疲れてるだろ?」


 ──それで喉は痛いし、声は出ないし、全身筋肉痛なのか。


 満身創痍な真鵬を気遣うようにエンはそれから口をつぐんだ。背中でぐったりしている真鵬はまどろみかけていたが、階段を上りきったエンの「ああ、間に合ってよかった」という呟きで目を開けた。


「マホウ、見てごらん。異界の門が開くよ」


 促されて一階のバルコニーにつながる大窓から空を見ると、黒い空の一角に光のひびが入っていた。稲妻のようにも見えたが、光って消える一過性のものではない。そのひびは見る見るうちに天を大きく裂き、中からたくさんの異形の者たちが飛び出してくるのが見えた。


 大きい鬼のようなやつから小さな妖精まで様々な霊的存在が次から次へと出てくる……というよりかは降ってくる、という表現のほうが近い。現に屋敷の結界に弾かれる霊や悪霊も多数いた。結界にぶつかる度に聞いたこともない奇声を発してゴロゴロと転がっていく。弱い霊に至ってはその場で消失するものもいた。


「エンさん。あの門は死神が開けてるんですよね」

「そうだ」


 しゃがれた声で尋ねてくる真鵬にエンはただならないものを感じ、その先の言葉を促した。


「ヘルハウンドを説得する中で記憶の中に入ることになって……。それで、死神が出てきたんです。見た目は普通の若い男でしたけど、めちゃくちゃ強い上に色々ひどくて。そいつがヘルハウンドの『本当のご主人様』だって言うんです。あんなやつ、主人でもなんでもないですよ。ただのくそ野郎です」

「あはは、言うねぇ。マホウはすっかりヘルハウンドの味方だな」


 言われてハッと気付いた。そう言われればそうだ。いつの間にかヘルハウンドを仲間だと思い、打倒すべきは死神だと思っている。力を利用するために寄り添うということはこういうことなんだな、と感じた。


「それにしても死神と関わりのあるヘルハウンドだったのか。そいつは有力情報だな。死神は謎が多いし」

「そうなんですか……。ひたすら嫌なやつでしたけど」

「わかる。俺もあいつ大っ嫌い」

「会ったことあるんですか?」

「あるよ。前にね。俺が闇下がりしたのも死神と戦ったからだ」


 当時を思い出したのか、苦々しい顔をするエンにそれ以上深くは聞けなかった。ただ、熾烈な戦いであっただろうことは想像がつく。ヘルハウンドに使っていた力を思い返し、あのレベルの戦いがエンと死神の間で繰り広げられていたと思うと身震いがした。もし真鵬がその場にいたら手も足も出ずに即死するに違いない。


「ま、なにはともあれマホウはよく頑張ったよ。お疲れさま」


 背中を軽くぽんぽん、と叩くエンに真鵬は「ありがとうございます」と返した。


「俺、ヘルハウンドと約束したことがあるんです。そのためにも頑張らないと」

「そうなの?いやあ、急に絆が深まって微笑ましいね」


 ──ヘルハウンドの帰りたい場所に帰らせる、それが誓約だ。


 心の中でそうつぶやき、大窓から何の気なしに玄関を見てみると火の玉が浮いているのが見えた。怪しげにゆらゆらとしている火の玉にぎょっとしたが、エンは至ってのんきだった。


「あの火の玉は機関の支部ウィルオーウィスプだよ。あーあ、今年も一年で最も厄介なハロウィン……サムハイン祭の始まりだ」

「支部?ウィルオーウィスプ……?」


 わけのわからない単語に首を傾げているとピンポン、と玄関のチャイムが鳴る。ヒロナが重々しい扉を開けるとそこに浮いていたのはさっきの火の玉、ウィルオーウィスプだった。

 ヒロナは玄関脇にあった火の点いていない松明を手に取ると、ウィルオーウィスプが意思を持っているかのようにゆっくりと松明に近付いていった。すると火が灯る。

 松明を手に持ったヒロナは廊下にある薪や、大階段の下にある暖炉にも火をくべた。


「今さっきのはホーリー・ウィルオーウィスプっていってね、悪霊から守ってくれる炎なんだ。護身のために毎年十月の三十一日、つまりハロウィンの夜にああやって支部が空に放って協力している人たちにいきわたる様にするのさ」


 エンは一段一段二階へ続く階段を上りながら『支部』について説明した。


 猩々緋はハロウィンに異界の門を開く死神を討伐することを目的とする世界的な悪霊退治専門の組織・反死神機関と協力関係にあり、機関の日本支部と提携していること。先ほどのホーリー・ウィルオーウィスプは反死神機関日本支部の使者で、元は悪霊の一種だったが今は更生されていることなどなど。


 話をしているうちに二階の突き当りから二番目の部屋に着いた。ベッドに洋服箪笥、机があるだけのシンプルな部屋に真鵬が背負ってきたリュックサックが床にちょこんと置かれていた。ここが新しい真鵬の住処だった。


「とりあえずおやすみ。よく寝るんだよ」


 エンが真鵬をベッドに下ろすと真鵬はたちまち夢の世界へ旅立った。穏やかな寝顔を見て安堵のため息を零す。

 少年をまた一人巻き込んでしまったことを悔いながらも期待してしまう自分に嫌気が差した。

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