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アンチ・ハロウィン  作者: 日雀青柚
第四章 邂逅
36/56

◆6

 荒れ具合は段々と激しさを増していき、男のいう「新しい感情」が台頭してくる。


(ニ、クイ。ボクハ ジブンノ ムリョクサガ ニクイ。ホロビレバ ヨカッタノハ ボクダ。ジブンジシンガ ニクイ)


「そう、自責の念に駆られて自滅するといいよ。そうすれば君のご主人様に会えるかもね?」


 くすくす笑う男は真鵬の首をしめていた手を離した。どさりと落ちた黒妖犬は痛みを感じる暇もないぐらいに自分への憎悪でいっぱいだった。


「僕は死神、死を与えずしてどうする?役目を果たしたまでさ」


 憎悪は留まるところを知らない。底なし沼に足を取られてずぶずぶと引きずり込まれていく。泥にまみれてなにも見えない。


(ボクハ ヤクタタズ、デクノボウ、ツカイモノニ ナラナカッタ サイテイナ パートナー。ジブンガ ニクイ、ニクイ、ニクイ、ニクイ)


 憎しみの波にさらわれかけているヘルハウンドはもう自制心がなかった。ただひたすらに堕ちていく。それは意識がヘルハウンドと同化している真鵬にも影響が及びつつあった。


 このヘルハウンドはなにかがあって飼い主を亡くし、それを自分のせいだと思い込んできた。ヘルハウンドの深い悲しみが鉛のように流れ込んでくる。悲しみが枷となり錘となり、心を蝕んでいく。


 その飼い主がグレゴリー・ハウンドという人物なのだろうが、ではこのマントの男とは一体どんな関係なのだろう。

 会話から察するに旧知の仲ではあるようだが、仲が良いわけではなさそうだった。そしてお仕置きと称して自身への憎悪を植えつけたこの男の力は強力なもので、ちょっとやそっとでは抗うことは到底できない。


「……お前、自分を責めて生きてきたんだな」


 今の真鵬を見ているようで同情せずにはいられなかった。


 ボロボロと涙を零しながら吠え続ける姿が痛々しくて見ていられない。もう二度と戻ってこない主人を想っているのだろう。愛する主人に対する慟哭は一種の鎮魂歌のようだった。


 押し寄せる憎悪と罪悪感の波の中で、真鵬は上を見上げた。自分だけでもここを抜け出さないと話にならない。目的はヘルハウンドを哀れむことじゃない、自分が新しい主人になることだ。


 憎しみの波の隙間から覗いている空は相変わらず曇天だったが、時折青いものが見える。雲は徐々に晴れてきているようだった。


 ぐっと力を込めて波から脱出することをイメージする。要領をうまくつかめるかわからなかったが、今出せる想像力を最大限引き出すと頭のてっぺんから意識の塊が抜けていくのがわかった。幽体離脱とはこういうことをいうのだろう。


 真鵬の眼下には変わらず嘆き悲しんでいるヘルハウンドがもがいていた。


「ねえ」


 真鵬は出来るだけ穏やかに声をかける。


「お前の帰りたい場所ってどこ?」


(ソレハ イエナイ。ゴシュジンサマ イガイニハ イワナイノガ ヤクソクダカラ)


「……そっか。あのさ、俺、お前が羨ましいよ。俺には帰りたい場所とか帰る場所とかないし。友達はいたけど、帰る場所でもないし。家族はいないしさ。寂しいものだよ」


 真鵬の哀愁を感じ取ったのか、ヘルハウンドはじっと真鵬を見つめる。


「お前がなんで俺のとこに来たのかわからないけど、長い間苦しんでいるのはわかった。俺で出来ることならお前を助ける。帰りたい場所にも連れていってやる。本当は誰も傷つけたくないんだろ?」


 マントの男に無理矢理制御できない気持ちを流し込まされて暴れざるをえないヘルハウンドの心根は優しいはずだ。主人を失ってもなお墓前に居続けるのは並大抵の気持ちではできない。断片的にしか情報がないが、仁之助と呼ばれる男に「またここにいるのか」と言われるあたり、微動だにしないでそこにずっといたのだろう。


「俺は愛する人を失ったことはないけど、大事な人たちを失いかけたことはある。もう二度とあんなのはごめんだ。……失わないためにも力を貸してくれないか。俺はお前が必要なんだ」


(……ボクヲ ヒツヨウト シテクレルノ?)


「うん。こうして出会ったのもなにかの縁だし、頼むよ」


 これは真鵬にとって賭けだった。


 ヘルハウンドに同調してその懐に潜り込めれば万々歳だ。そんな作戦が通用するかわからないが、頭ごなしに色々言うのは逆効果だろう。鎮めつつもこちら側に引き寄せていくのが一番無難だ。


 ヘルハウンドの赤く濁っていた目がすーっと澄んだ色になり、笑ったように見えた。が、それも束の間、自称・死神の男が右手を空で捻るとヘルハウンドは再び暴れ出し、目はさらに汚く濁った。


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