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アンチ・ハロウィン  作者: 日雀青柚
第三章 新門
22/56

◆4

「悪霊封印」などで検索をかければなにか手がかりがあるかもしれない。だが、現実はそう甘くなかった。どれが本当に有効でどれがただのお遊び封印術なのかわからないサイトばかりだった。しかも札やら呪文やら真鵬にはいまいち理解できないことばかりで、まったく頭に入ってこない。


「わかんな……」


 そうつぶやき、携帯で時間を見るとそろそろ帰る時間になっていた。不完全燃焼な気持ちのままパソコンの電源を落とし、個室を出る。帰る前にトイレに寄っておこうとトイレの扉を開けると大きな鏡が洗面所に備え付けられていた。なんのきなしにふと鏡で自分の姿を見てぎょっとした。


 絆創膏だらけの顔なのにはもう慣れたが、肌色だったはずの絆創膏が黒くなっている。


 鏡に食い入るように覗き込むと、黒くなっているのは絆創膏そのものではなく、顔中に無数に貼られている絆創膏の下の傷だった。無傷なままの皮膚の色とまだら模様になっていて気味が悪かった。


「なんだよこれ……」


 おそるおそるそのうちのひとつをめくってみると傷口には見覚えのある、黒くて短い毛が密集していた。それを触ってみる勇気までなく、なにも見なかったかのように再び絆創膏で黒い毛に蓋をする。


 洗面所に手を付いて蛇口をひねり、とりあえず気持ちを落ち着かせるために冷水で手を洗うことにした。ただの気休めにしかならないのは充分承知している。


「まずいまずいまずい……こんなんじゃ外歩けない」


 ぶつぶつと独り言を言いながら流れゆく水を凝視する。真鵬の耳にはザーッという水音しか入らなかった。


 むしゃくしゃして洗面台に拳を打ち付ける。ゴン、ともガン、ともいえない音のあとにビキッという音がした。


 音のしたほうに視線をやると洗面台にヒビが入っていた。そんなに強い力を加えたつもりはない。足の速さといい力の強さといい、自分の身体能力の変化に戸惑いを感じざるをえなかった。いつもなら運動神経がいいとは声を大にして言えない真鵬にとっては喜ばしいことなのだろうが、今は段々と自分が自分ではなくなっていくことのほうが怖い。


 制服のブレザーの下に着ているパーカーのフードを被り、誰かに見られる前にトイレを出た。そしてうつむきながら店員に顔を見られないように伝票を持って受付に持って行く。その挙動不審な様子に店員からの疑いの眼差しを痛いほど感じ、余計焦りを感じた。財布から金を出す手も微かに震えている。


 眼差しに耐え、逃げるようにして店から出ると駅まで猛ダッシュした。なにもかもを吹っ切りたくてとにかく走った。走って、走って、走った先にたどり着いたのはいつもと変わらない、なんの変哲もない駅のホームだった。


 変わらない駅舎、変わらないホーム、変わらない発車音、変わらないものだらけの中で確実に変わっていく俺……。


 乱れた呼吸のままタイミングよく到着した列車の最後車両の一番端の席に座り、いつのまにか取れてしまったフードを深く被り直すと目を閉じて電車の緩やかな揺れに身を任せた。


 もうこの窓から見える景色を目に映すこともないだろう。しかしそれでいいのだ。今日ここで大鉄真鵬は高校生活を終えるのだから。




 家の玄関を開けると運がいいことにいつもリビングにいる紀日子がいなかった。靴もないことからどこかに外出しているらしい。恐らく近くのスーパーに夕飯の買出しにでも行っているのだろう。


 重い足取りで自分の部屋へと続く階段をのぼる。溜まっている疲れからか足が鉛のように重い。足をあげるというよりは引きずるような形だ。


 部屋に入るとオレンジ色の西日が強く射し込んでおり、反射的に目を細める。荒々しく窓のカーテンを閉めると電気も点けずに薄暗い部屋の中、ベッドに腰掛けた。

 結局なにも具体策を見出せないまま帰ってきてしまった。今からどうやって体の中の化け物と折り合いをつければいいのか。


 しばらくベッドの上でぼーっとしていると誰かが帰ってきた音がした。十中八九紀日子だ。「真鵬くん帰ってきてるのー?」と階下からのんきな声がする。


 もはや返事をする気も起きない。どうせ玄関にある靴を見て帰ってきてることを知ってるくせにわざわざ聞いてくるあたりが気に食わない。


 いつだってそうだ。わかっているにも関わらずわざとらしくなんでも聞いてきて口を挟んでその気もないのに母親面をして家を歩き回る、招かれざる同居人。いい迷惑だ。


 ああ、どうしていつもよりうざったく思えて癇に障るのだろう、どうしてそんなに干渉してくるのだろう、自分の家で自分の部屋でなにをしようがこっちの勝手じゃないか。俺が帰ってきてるからなんなんだ?なにか問題でも?

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