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アンチ・ハロウィン  作者: 日雀青柚
第一章 深紅、漆黒、純白
10/56

◆10

 確かにあの場にいたことに関しては真鵬が悪いが、なにも知らなかった。まさか誰も悪霊が出歩いていてそれに憑りつかれるとは思わない。それに仕事ならエンたちがきちんと責任を持って、こういう事態になる前になんとかするのが筋だ。しかしこのままだと迷惑をかける存在になる。それは自分でも薄々感じていた。それでも今日起きたこと、聞いた話を整理しなければ頭がパンクしそうだったし、すぐに答えは出せなかった。


「俺には俺の生活があります。そんなこと一気に言われたってそんな簡単に、はいそうですか、って言うこと聞けるわけないじゃないですか。……考える時間をください。とりあえず今日は帰ります」


 ソファーから立ち上がってドアに向かうと、ヒロナに行く手を阻まれた。その移動速度に真鵬は驚いた。ついさっきまで椅子に座っていたではないか。


「まだ午前三時半です。始発の電車も動いていません。帰るのはもう少しお待ちください」


 そんなことを言われても一刻も早くここから出たいことには変わりなかった。ここにいるとどうも脳がうまく働かない気がする。始発がまだなら駅の近くで待つまでだ。なにもここにいる必要はない。


「駅まで行って始発を待ちます」

「危険すぎます」

「余計なお世話です」


 火花が散りそうなぐらいに睨み合う二人の間に割って入ったのはエンだった。仕方ない、というように目でヒロナをドアの前から退くように促すと、「これだけは連れて行ってくれ」と可愛らしい子猿を真鵬の肩に乗せた。


「なんですかこれ……」

「それは、まあ……俺の分身みたいなものだ。可愛いだろ」


 キュウ、と鳴いて真鵬のジャンパーに入り込む子猿は縦横無尽に動き回る。


「あ、おい!」

「そいつが駅までの道を教えてくれる。ここから駅までちょっと遠いしな。頼んだぞ、小猩々(こしょうじょう)」


 ひょこっとジャンパーの胸元から頭を出した小猩々は嬉しそうにもう一度鳴いた。


「無責任なことを言うなって思うかもしれないけど、辛くなったらいつでもここに来い。小猩々が道案内してくれる」


 玄関まで見送るというエンとヒロナがリビングを出てから先導してくれたが、建物内の豪華さに真鵬は驚いた。天井には大きなシャンデリアがぶら下がっており、どこかの屋敷にいるんだろうな、という予想は大当たりだった。赤じゅうたんが広がる長い廊下の先に玄関のドアがあったが、玄関にたどり着くまでにもいくつかドアがある。かたく閉ざされているために何の部屋なのかはわからないが、どのドアも必ず両開きで高さがあった。

 廊下の右手には二階へと続く大階段があり、一階から二階までは吹き抜けだった。階段の下には備え付けの小さなソファーがあり、その前にはマントルピースがある。全体的に見ると洋風の屋敷なのだが、階段や廊下の装飾を見ると唐草模様だったり雛菊があしらわれていて、和洋折衷なデザインだった。玄関のドアは近くで見るとかなりの高さがあるもので、二重扉になっていた。


 午前三時半、夜明け前ということもあって空気はかなり冷え込んでいる。凍てつく寒さとまではいかないが、外を歩けばほどなくして手が冷たくなるのは必至だった。外は屋敷の敷地内の灯りがいくつか点いてるとはいえ墓地に負けず劣らず真っ暗で、正直歩くのをためらうぐらいだった。


「どうした?帰るんだろ?」


 ニヤニヤと笑いながら様子を見るエンにイラッとしながらも一歩を踏み出し、「帰りますけど」と返した。じゃあまた、と玄関先で手を振るエンに心の中でもう二度とここに来るもんか、とつぶやく。


 ──ヘルハウンドだかなんだか知らないけど、なにかあった時は自分の力でどうにかするまでだ。




「……エン様、いいのですか」


 暗闇の中で影と化す真鵬の背中を見ながらヒロナは少し不安気にエンを仰ぎ見た。


「しょうがないよ。俺たちのことを信じてもらうために今はあの子の言う通りにしたほうがいいさ。あんまり反省もしてないみたいだったし、少し痛い目を見たほうがいいかもな。それに……」


 あくびをしながら伸びをすると、凝り固まっているエンの背中がボキボキッと音を立てた。マッサージが必要なのは間違いない。


「マホウはすぐここに来る。あの子にとってヘルハウンドは重荷すぎて手に負えない。おびき寄せられる霊とか妖怪も対処できないしね」


 とりあえず少し寝よう、とエンは目をこすりながら自室に引き上げた。その姿は眠気を我慢できない小さいこどものようだった。


「おやすみなさい」


 一人残されたヒロナはリビングに戻り、マントルピースの火を消しながら誰にも聞こえない小さな声でつぶやいた。


「悪い予感しかしませんね」

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