裏切りと後悔
「で、これが証拠? 敵もずさんと言うか、アホというか、頭が足りないわね」
「自分たちが負けるという想定をしていないのだろう。リスク管理の問題だな」
メイギ達は半笑いであった。敵に繋がる証拠を探し、洞窟の奥に進んでみれば、証拠そこにかしこに散らかされていたのだ。
進んだ奥には小さな空洞があった。そこには食料の入った木箱、椅子と机、その上にはトランプ、椅子には制服がかけてあった。その制服はリッターの者であり騎士団の制服だった。
状況証拠ではあるが、この制服の騎士団が今回の野盗に扮した奴らということになる。
その様に決定的な証拠が放置されているのだから呆れるしかなかったのだ。
メイギは制服を手に持ってみる。
白を基調として青いラインの美しい制服。胸元にはハイヒールの刺繍が誂えてあった。
「これはどこの国の騎士団だ? 覚えていないな……」
メイギはまじまじと見つめた。が思い出せそうにない、そもそも覚えていない。
「これって……。ああそうだ。間違いない」
ブルーメは制服を奪うと、目を大きく見開いて、
「これはグリム王朝の騎士団の制服。この刺繍はシンデレラ騎士団のものだよ! ほら私、八年前グリム王朝で整備主任していたんだけど、この制服にこの刺繍間違いないよ」
「そうか、そうか、グリム王朝の制服か……」
どうやら、敵の正体が分かりかけて来たようだ。キョウカイシティはノア王国とグリム王朝の国境にある街である。そのグリム王朝が野盗に扮していた? これは面白い話であった。
だがそれ以上にきな臭い話が合った。
『八年前から整備主任をしていたのか……』
メイギがそれを口にすることはない。
そんなことをすればブルーメに殺されるのは分かり切っているのだ。
「おい貴様、ここを通るぞ。NFのトレーラーも入れる。城門も開けろ」
キョウカイシティの巨大な門の前で、響く、低い声があった。うねる様な怒気を孕んだ声だった。
男の声だ。男は青いラインの特徴的な制服を身にまとっていた。
まだ日が出たばかり、巨大な門は閉ざされ、開いているのは小門だけである。
男の後ろには巨大なコンテナを積んだトレーラーがある。
これを通すためには巨大な門を開ける必要がある。
「しっ、しかし手続きをしなければ……ご存じでしょうが、野盗がうろついています。正式な手続きと持ち運ぶNFの確認は先に行わなければ、こちらもお通しするわけにはいかないのです」
門の管理を任された老人の声は震えていた。門の外にいる男の威圧に怯えているのである。
男は口から炎を吹き出すように、声を荒げて
「手続き? 俺の姿を見て分からんか? この制服に刻まれし意味が分からんか? 野盗の襲撃があればこそ、ここに来たのであろうが、国境に位置するキョウカイシティだからこそわざわざ我が国の戦力を裂いてここまで来たのであろうが、分からんか?」
「分かります。ですが、しかしあまりにも急すぎるのです」
「黙れっ、こちらは野盗に関する重大な情報を持ってきたのだ。野盗が既に中に入っていると何故考えない? 対応が遅れればキョウカイシティが焦土に化す可能性もあるのだ! 早くしろ!」
「野盗が街の中にいる? そんな馬鹿なことがあり……」
男は老人の話など聞こうとしない。老人の声を遮って恫喝する。
「これ以上の問答の必要はない! 俺を誰だと思っている? 俺こそはグリム王朝、シンデレラ騎士団団長、オーベン・ブルーダーである!」
男、いやオーベンはそういってキョウカイシティの中に、公的に入り込んだのだ。
無論、彼の持つNFも一緒にキョウカイシティの中に入り込んだことになる。
グリム王朝。建国してまだ十年も経たない若い国家である。
グリム王朝の前身は無数の小国であった。互いに利権と主義を守るために、火花を散らす状態であった。小国同士の衝突も多く、NFを使った小規模な戦闘は毎日のように続いていた。
それを収めたのが、グリム王朝のグリム大帝である。その際、政治的手腕は一切用いなかった。
ただ単に、NF中心の騎士団で、力でまとめ上げたのだ。
グリム大帝に手腕があったとすれば、それは強力な騎士団を作り上げたという一点であった。
しかしノア王国のような大国に対しての国力の差は課題であった。
建国してまだ十年である。まだ歴史もなく、国家として脆弱である。
グリム王朝が大国と渡り合うにはより強力な力が必要だった。
アルカディアの世界に置いて力とはNFと同義。
これからのグリム王朝の発展のためにはNFは必須。
重要なのはNFを量産する事だった。
故にNFの開発に必要なエンジェルジェムの確保は課題であった。
そしてエンジェルジェムは、キョウカイシティに多量にあったのだ。
男は足を組んでいた。しなる足であった。青く美しいラインの入った制服に包まれてはいるが、その野生動物のように引き締まって力強い筋肉は隠せていなかった。ズボンの裾から見える足首は褐色である。まるで黒い豹のような足であった。野性味あふれているのである。
男の胸元は開けていた、首元のつめを外しているのだ、熱い胸板覗けている。
制服の胸には特徴的な青い刺繍がある。
それはガラス靴を思わせる刺繍。グリム王朝、シンデレラ騎士団の紋章だった。
男の顔は角張っていた。彫りも深い。獰猛な顔であった。
男はグリム王朝、シンデレラ騎士団、団長、オーベン・ブルーダーであった。
肉体から人を屈服させる威圧的なオーラを放っている。まるで陽炎のように空間をゆがめてしまうほどの圧力であった。誰もが緊張してしまう。油断すれば押しつぶされてしまいそうになる。
空気は張りつめていた。空気すらも黙らせるほどの圧が、オーベンにはあった。
オーベンがキョウカイシティに入り、通されたのは、薄汚れたレストランであった。
ウエスタン式のドアを通って、レストランの席に着いたのである。
『ここには外交用の施設もないのだ。キョウカイシティ、独立自治とはお笑いだ』
埃臭い床を見てオーベンはそう心の中で罵った物だった。
「それでオーベン様は何様でここに来られたのですか?」
口を開いたのは、向かいに座るこのレストランの店長だった。一見低姿勢だったが、いやに胸を張って堂々とした態度だった。場馴れしている風である。この辺りは流石、独立自治と言った所だ。
オーベンはじろりと睨みつけてから、あくまでも上から恫喝するように言う。
「此度の野盗の件はキョウカイシティの力に余ると判断し、グリム王朝が動いたということだと理解してもらいたい。NFを持ち込んだのも必要と判断しからだ」
「しかし強引ですな。野盗の件にしてもそれはキョウカイシティの問題、貴君の行動は内政干渉でしょう。キョウカイシティは独力で解決する手段もある」
「キョウカイシティは我がグリム王朝の国境にある。つまりは野盗の襲撃はグリム王朝ひいては、グリムの民にまで広がる可能性があるのだ。すればこそ危険の眼は断つ必要がある! もっと言えば既に野盗はキョウカイシティの中に侵入している。大問題である!」
オーベンは机を叩いた。無論演出である。どちらが上かハッキリさせる。それが交渉の基本だ。
交渉には流れがある。それを引き寄せたものが勝つのだ。オーベンはさらには嘲笑も混ぜる、
「それに独力での解決は無理でしょう? キョウカイシティの騎士団は、野盗によって壊滅させられたと聞いていますよ。ノア王国から支給されたピジョンでも敵わなかったとか、ククク」
堪えきれず、吹き出してしまった。自分でも寒い演技だと思うのだ。
「何が可笑しいか、オーベン殿!」
口を開いて怒りを露わにしたのは、店長の後ろに立つ、若い青年だった。
青年の瞳には純粋な怒りと正義が宿っていた。
「君は? 何故怒っている?」
オーベンは自分の非礼を自覚しながら尚も質問する。からかいがいがあるのだ。
「私はキョウカイシティの騎士団の者です。私はこの街を守るために残りましたが、キョウカイシティの団長たちは必至に戦ったのです。あなたに笑われる言われはありません!」
「必至に戦った? 敗北すれば一緒の事。団長は野盗にも劣る素人だったということ」
「貴様取り消せ!」
青年の怒りは爆発した。青年はまるで爆ぜる火炎のごとく、飛び上がった。衝動のままに、思いのままに、そして団長の名誉を守るためにオーベンに戦いを挑んだのだ。
『ほうら引っ掛かってくれる。若い奴は釣りがいがある』
ここまですべてオーベンの計算。力の差を見せつけるチャンスだ。しかも仕掛けたのは青年の方。
自衛のためにやったとすればこちらの非は限りなくゼロだ。
オーベンは立ち上がる。威圧感の質が変わった。より攻撃的なものに変わった。
押さえつける様な圧ではなく、切りつけるような殺意に変わったのだ。
まるで皮膚を削ぎ落すような、血を吹き出させるような、殺意。
広がるオーラはまさに刃物の様であった。
青年はテーブルを踏みつけ、オーベンに迫る。
青年もまたリッターであろう。その動きは超人のそれだ。
あっという間にオーベンに近づき、その顔を蹴り上げようと足を延ばす。
オーベンの胴体は杭で打ち込まれたように動かず、右手だけを動かして青年の足首を掴んだ。
青年が蹴り上げてきた足を掴んだのだ。そのまま棒でも振り回すように、青年をグルグルと回して見せて、さらにはドアに向かって投げ飛ばして見せた。
まるでハンマー投げの様であった。
青年はウエスタン式のドアから外に投げ出されてしまった。
「止めてください!」
店長の情けない悲鳴など、無視してオーベンは外に出る。
「ほう、若いだけあって体力はある」オーベンは獲物を見る様にニヤリと笑う。
青年は立ち上がろうとしていた。だが足は震えていた。まるで生まれたての小鹿である。
オーベンは野獣だ、豹だ。その前に、小鹿が立つのである。
オーベンの前にご馳走がいるのである。
走った。オーベンはグリム王朝でも最強クラスのリッターである。その彼が本気で走れば、大気は焼かれてしまう。焦げ臭さを引きつれて、青年の前まで近づくと、そのしなる足を延ばした。
オーベンの足は見事、青年の顔面を捉えた。美しいまでに伸びた脚部で、蹴りつけた。
青年は再度吹き飛んで、向かいの壁にめり込む。
パラパラパラと、青年の沈んだ壁の崩れる音がする。
それ以外は静寂だった。
住民たちも息をのむしかない。だがこれで野盗の問題が解決するかも? という淡い期待もあった。これだけの力を持つオーベンなら何とかしてくれるかもという願いがあった。
だがそれ以上に恐怖もある。オーベンに支配されるのでは? という恐怖である。
「安心しろ、キョウカイシティの住民たちよ。俺たちが全部解決してやる!」
オーベンは左手を広げて、レストランの方を指した。
そこには店長の他に、三人の仮面を被った戦士たちがいる。三人は青いラインの入った、グリム王朝の制服を着ていた。そしてその奥に一人、フードを目深く被った女がいた。
「なあ、貴様らなら、このキョウカイシティに入った野盗を倒せるよな!」
三人の仮面の戦士は怒号を上げ、女は薄く笑みを浮かべてオーベンに応えた。
「この街に入った野盗とは誰なんだ? 教えてくれ……」
逆らう気力のなくなった店長が、悲痛さを滲ませる。
「写真ならある。こいつが野盗である。根拠は後で言うがこの写真の男がその野盗だ」
オーベンは一枚の写真をレストランに向かって投げた。
写真は店長の頬を掠めて、レストランの壁に突き刺さる。
「ひっ、痛い」店長は頬に一筋の血を垂らしながら、へたり込んだ。
そして首だけ動かして写真に写る男の姿を見る。
「こいつは……」店長は男の姿に見覚えがあった。
その男は童顔であったが、眼は切れ長で勇敢であった。一見すれば女性と思えるほどの顔立ちであった。金がないのか、ボロボロの黒いローブを羽織っていた。そうだ金はないはずだ。あいつは。
「食い逃げ野郎じゃないか!」
店長は呻く。そこに写っていたのは紛れもなく食い逃げ犯。メイギ・ケニーヒだったのだ。
「メイギぃ……これからどうするの? 証拠の制服だって置いてきちゃったしぃ」
ブルーメはどこか不安そうに、メイギを見上げた。
メイギの背は高い。
逆光に照らされて顔の分別が難しくなっていたが切れ長の眼は間違いなくギラリと光っていた。
「今、グリムの制服を証拠だと言って持ち出しても、もみ消されるだけさ。結局は野盗に盗まれたと言われてしまえばそれまでだからな。まあ実際野盗が盗んだだけの可能性もあるが」
「でも、ただ野盗が最新のNFを持って、あれだけの数のリッターを揃えられる? ただの野盗じゃない。それこそ国家的バックがなければ説明できないわよ」
「それはそうかもしれんが、制服だけでは証拠として弱すぎるんだよ。それに下手に攻めてしまってグリム王朝を怒らせるのも怖い。事態のもみ消しに本気になられたら、一たまりもないぞ」
「だったら泣き寝入りするの? 街のみんなはいっぱい傷つけられたのに!」
ブルーメは感情を爆発させるように抗議する。彼女ままた傷つかれた一人なのだろう。
「そうじゃないさ。だからさ、間違いないって証拠を突き出すのさ。もみ消せないほどに、誰もが納得するって根拠をさ。そうすればうかつにキョウカイシティを攻めることは出来なくなる。だってそうだろう、キョウカイシティはグリム王朝の国境にあるが、ノア王国の境界にもあるんだ。しっかりとした証拠があればノア王国だって動ける。正当にな」
メイギはニヤリと笑った。その笑みには安心しろと言う、暖かさが籠っていた。
「あんたって本当に何もなの?」
「さあて、食い逃げ犯ではないことは確かだが」
メイギは笑って一歩前を歩くのだ。
メイギとブルーメは鉱山を出て、また透明な道を通りキョウカイシティに戻っていた。
太陽は上空に位置し、まだ昼ごろらしい。
大通りを二人は歩いている。いくつもの商店が連なって並んでいるが、しかし活気はない。
商店のシャッターは半分が閉じられていた。そして不気味なほどに人がいない。
メイギとブルーメだけが大通りを歩いているのだ。
野盗の存在が、人活力を奪っていたのだ。
主産業であるエンジェルジェムの発掘が出来ない状況である。先行きも暗かった。
さらには“この街に野盗が紛れ込んでいる”と分かれば、人が外に出る理由はない。
「貴様、よく来たな。白昼堂々とはまさにこの事。恥をしれい!」
怒声が響いた。真正面にいる男が怒鳴ったのだ。その男は角張った堀の深い顔をしていた。
余りの大声で最初何を言っているのか分からなかった。当然自分が言われているとは思わない。
メイギはあたりを見回してから、ようやく自分が言われているのだと分かって頭を掻いた。
「恥をしれって何のことだ? 食い逃げの事か? あれは誤解だ。アンナが食いすぎたんだ」
よくよく考えればまったく誤解ではない。だってお金は実際払っていないのだ。
「食い逃げ? 何のことだ? この野盗が!」
怒鳴ってきた男はそう言ってのけた。
男の瞳は獰猛だ。野獣そのものだ。視線が合うだけで、食い殺されそうになる。
さらにはこの男。服の下にしなやかな筋肉を隠し持っているようだ。実戦的な肉である。
男は褐色の肌であった。まるで黒豹のようだ。
かなりの強者であることは間違いない。しかしメイギはそれ以外の部分を見ていた。
男の着る服である。男の制服には青いラインが入り、さらには胸元にはガラスの靴の刺繍。
間違いなくそれはグリム王朝、シンデレラ騎士団の制服であった。
「俺が野盗だと……そういうことか、そういう風に持っていくつもりか」
メイギは敵の策が読めた。名案だと思う。食い逃げ犯とグリム王朝。どっちを信じるかは明白。
「観念しろ! 俺はグリム王朝シンデレラ騎士団、団長、オーベン・ブルーダー! 正義のため、野盗たるメイギ・ケニーヒを逮捕しに来たものである!」
オーベンは絶頂である。くさい演技である。だが効果はてきめん。
野盗は、グリム王朝はなりふり構わなくなったのだ。
NFグラス・ヒールを倒したメイギを公的に捕まえる算段を立ててきたのだ。
『野盗は俺の名前を知っていた。こういう作戦に出ることは考えられた。俺は迂闊だ』
メイギは自分自身を詰った。野盗が自分の存在を知った時点で雲隠れすべきだった。
野盗いやグリム王朝は今、メイギに野盗の罪をすべて擦り付けようとしているのだ。
「野盗は貴様らだろうに……グリム王朝!」
低く唸るようにメイギは言った。
「ヒャーハッハ! 何を言うかと思えば片腹痛い。我々が何故野盗か! 見苦しいぞメイギ!」
オーベンは笑って跳ね除けるだけだった。だがそれで十分。
メイギに信用など無いが、国家であるグリム王朝には十分な信用がある。
いやメイギを信じる者もいる。その一人が飛び出した。愛らしいブルーメが声を出したのだ。
「嘘よ! メイギは野盗なんじゃない。野盗はアンタらでしょ、こっちには証拠だって……」
「黙れっ! それ以上口を開くな小娘!」
ブルーメの声を遮ったのは、驚くべきことにメイギであった。
釈明しようとした所を黙らせたのだ。ブルーメは驚愕で固まってしまう。
『中途半端な証拠はこちらの首を絞めることになる。お前まで狙われてしまうぞブルーメ!』
メイギは再度ブルーメを睨みつけた。
だがその高圧的な態度が余計に立場を悪くさせる。
「おお、怖いねえ、やっぱりお前は野盗だ。その本性は隠せはしねえ……」
舌なめずりをしながらオーベンは笑みを零し、
「だが本性以外にお前が野盗たる証拠ある。それ見せつけてやろう」
と言った。
「証拠?」
そう薄く反応するのは固まってしまったブルーメである。
「ここにいる善良な市民から連絡があったのだ。ここに野盗がいるとな。勇気をもって、我がグリム王朝に教えてくれたのだ。さあまた勇気をだし、出てきてくれ、君の覚悟がこの街を救うのだ」
オーベンに従わされたように、一人の少女が物陰から出てきた。顔は伏せているがその少女の髪には見覚えがあった。ふわりとした茶色の髪であった。
「さあ、顔を上げろ」
オーベンは少女に恫喝するように言った。
ふっと、少女は顔を上げた。猫の様に大きな眼をしていた。愛らしい美少女であった。
「凛、凛・アーミティッジ。お前が密告者なのか、そうかそうなんだな、お前が……」
メイギの前に立ったのは間違いなく凛であった。
凛の顔には悲壮の色が滲んでいた。やつれていたのだ。
「さあ俺たちに教えてくれたことをここでまた語ってくれ、頼むよ」
頼むよと言いながら、その眼は威圧的。またもオーベンは凛に命令した。
凛は、ポケットから金色の落ち着いたネックレスを取り出した。
「メっメイギさんは、昨晩私の家に泊まりました。そして一つ、ある物を落としました。それはキョウカイシティの警護団の団員のネックレス。これは最後野盗との戦に赴く前に、身に着けていたもの。そして野盗に奪われたもの、それを持つメイギさんは間違いなく……」
「野盗と言うことだな! 確たる証拠がここにあるということだ!」
オーベンは高らかに叫び、
「出てこいお前ら! この野盗メイギを捉えろ、命は問わん!」
屋上から三人の男を呼び出した。三人はグリムの制服を着込み、一様に仮面を被っていた。
薄気味悪い仮面であった。吊り上った狐のような眼がある以外は、表情のない仮面なのだ。
だがその身のこなしは、オーベンと同じくしなやか、熟練した風情を感じさせるものだった。
その三人が腰から剣を取り出し構える。無論その切っ先はメイギを目指している。
『さてさて主役の筈が、食い逃げ犯に、その次は野盗に、どんどん立場悪くなるな』
メイギは頭を掻き、そして自分の腰に掛けた召喚剣を見据えた。
『カイゼル・オブ・アーク。こいつを呼び出せば、全ては片付く。敵を一掃してもいいし、逃げたっていい。だがそれは出来ない』
“メイギ、もうみだりにカイゼルを出しちゃだめよ”
アンナはそう言っていた。
“アレの正体がばれれば、私たちの正体もばれる”
アンナはそうも言っていた。
メイギとアンナは身分を隠してこの街に来たのだ。そしてそれは隠し通さねばならない。
『だが、それは本当に必要なことなのか……俺は何をすべきなんだ?』
メイギは召喚剣を撫でそう自問する。凛は裏切った。それを踏まえ、何をすべきか?
「凛、どうしてそんな嘘をつくの。そのネックレスは“アラン”の形見なのでしょう」
ブルーメの叫びが聞こえた。
だがメイギは構ってはいられない。殺意が動いたのだ。
最初に飛び出しのは、最も左にいた仮面の男であった。
突出したかと思えば、その仮面はメイギの鼻先まで来たいのだ。
「ちっ、人が物思いにふけっていたと言うのに、ゆとりのない奴らだ」
メイギは後方に飛び退く。仮面が振るった刃を鼻先寸前でかわす。
『さて逃げるか? 仮面の三騎士なら倒せるだろうが、オーベンとか言うやつは強いだろう。そして凛……。下手に抵抗したら住人が人質にとられかねん』
メイギは敵から視線を逸らさず、次の一手を思案する。
『逃げるか? だが凛を置いていくのか? あいつの思いはぶれている』
だがそうはさせないと仮面の次の一手が迫る。横合いから切りつけてきたのだ。
メイギはそれをくるりと回って避けて見せる。まるで風に踊る羽毛のような軽やかな回避。さらに仮面の胴体を蹴りつけ、視界の外に吹き飛ばした。
「凛、お前はそれでいいのか。お前の思いはそのオーベンとか言う。奴の所にあるのか! 俺の事を心配してくれて、飯まで食わせてくれた、凛は偽物だったか? 答えろ!」
メイギは渾身の思いを込め、叫ぶ。凛の本心知りたかった。ただそれだけだ。
そもそも裏切ったことなど……。
凛はまたも顔を伏せ、首を振るだけだ。
「わけのわからんことを抜かすな、仮面の騎士よ、やれ!」
オーベンの号令に残った二人の仮面が剣を向けてきた。二人のコンビネーションは鮮やか。メイギにさっと近づくと一人は頭上を、一人は足元を狙って切りかかってくる。
「邪魔だ、お前ら!」
メイギは召喚剣を抜くと、刃で円を描く。その満月ともいえる軌道で、仮面の刃をすべて弾く。そして次の瞬間には、横に飛んで、敵の間合いの外に出るのだ。
二人の仮面は何をされたのか分からないようで、ただ立ちすくむだけだ。
「メイギ、逃げて。キョウカイシティのピジョンを使って、逃げて。ピジョンの始動キーである召喚剣ならコクピットに指しっぱなしになってるから、大丈夫だから。私の事はいいから!」
ブルーメは涙を流していた。凛の裏切り、グリムの暗躍。それら全てに困惑しているのだろう。
「NFを使って逃げるか。まあいい、ピジョンをグリム王朝に渡すくらいなら、足にさせてもらう」
メイギは風となって消えた。黒いローブがはためくのだけが見えた。黒い疾風であった。
「ブルーメとか言う奴は、何か知っているようだ。捉えろ!」
オーベンは仮面に支持を出す。そして凛の頭を撫でた。「名演技だったぞ」そう皮肉る。
「メイギがピジョンに乗るか、なら都合もいい。俺のNFを稼働させる。市街戦でのテストとしゃれ込もう。これでNFを合法的に稼働させられる。誰もNFには逆らえん。この街はもう俺のものだ! ヒャーハッハ!」
高笑いだった。全ては自分の思い描く道理に進んでいる。そのような過信を含む笑い方だった。
『ブルーメすまん。今は君を連れて逃げる手段がない。下手に戦えば君を巻き込んでしまう。恐らく捉えられてしまうだろうが、俺かアンナが必ず救出する。それに凛……お前は』
黒い疾風が走る。メイギは駆けていた。逃げている、とも言える。
「凛は本心からオーベンについたのではない。あいつは怯えていた。俺は凛をあやしいと思いながらも何もしなかった。凛は悲鳴をあげていただろうに、何も……」
凛がスパイだと薄々気づいていた。だが何もしなかった。その後悔から逃げていた。