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ネフィリム・ヒストリー  作者: 机上森
狭間の街
7/13

潜入

揺れるカーテンの隙間から、眩しい斜光が漏れていた。まるで光のカーテンのようだった。

少し暑くもある。早朝というわけではないらしい。

腹のすき具合でそれは分かる。メイギは目を擦った。

寝る前に“電話”をした。約束の時間は近いはずだ。

アンナはベッドで眠っている。メイギはソファーで眠っていた。

「一緒に寝ましょうよ」アンナはうっとりと唇を塗らせてそう言った。

「お前の寝相は激しいから無理だ」メイギはウンザリとした風だった。

「夜は乱れるものでしょうが!」

「いびきを掻きながら、男を蹴り上げる乱れ方などあるか!」

「夜の趣味はいろいろあるものでしょうが!」

「俺にそんなハイセンスな趣味はない」

そう言ってメイギはソファーに寝ることにしたのだ。まったく無駄な会話だった。

アンナはすやすやと眠っている。穏やかに呼吸する姿は唯の愛らしい少女だ。

「でもこいつ、食って寝てしか活躍してないんじゃないか? それって活躍じゃないし、俺なんかNF戦までやって大活躍なのにな。まあ主役だから仕方ないか」

アンナの顔に落書きでもしてやろうかと思ったがやめにした。起きたら面倒だ。

『今度は凛の家に置いて行こう。凛はいい娘だし。ペットにでもなりなさい』

そっとメイギは部屋を後にするのだった。


「いきなり電話をもらってびっくりしたよお。男から電話なんて何十年ぶり……」

と言ってから慌てて口を塞ぐのは、キョウカイシティのシュミート、ブルーメである。

ブルーメは小さい。まだ幼い少女に見える。明るく活気のある美少女だ。咲いたばかりの夏の花を連想させる可憐さがある。今も照れ隠しで笑っているが、まさしく弾ける笑顔だ。

その瞳には英知があった。NFの開発整備を引き受けるシュミートとしてのセンスが宿っていた。

だが見た目は愛らしい少女。

それだけに十年ぶりと言う言葉が気にかかる。

「お前……いくつなんだ」メイギは唖然とした顔でブルーメを見下ろした。

「いや女の子に年齢を聞くなんてありえないでしょ、メイギ君」

「そりゃそうだが、何十年ぶり? とてもそうは見えませんよ、ブルーメ“さん”」

「いやだなあ、ブルーメでいいよ。さんづけなんて恥ずかしいよお」

「でも、年功序列は守らないと。流石に呼び捨てできる年の差じゃないし」

「だからあ、年齢のことはいいでしょう? しつこいな怒るよ」

ブルーメの眉間にしわがよる。怒っているからなのか、年齢のせいなのか、それは分からない。

「そういや、姉御とか親方とか言われていましたね。なるほどブルーメ“さん”なら納得だ」

「怒るぞメイギ。お前の願い聞いてやらんし、ここで三枚に下ろすぞ」

ドスの利いた声。可憐な花からそんな声が飛んできた。ブルーメの小顔は般若となっていた。

「冗談だよ、ブルーメ。それよかアイスでも食べない?」

震えたメイギは、震えた声で謝罪するのだった。

「えへへへ! ブルーメ、アイスだーいすき!」

最早何もかもあざといのだが、やはり顔立ちは健康的で愛らしい“美女”であった。

『もう美“少”女じゃないな……』

そんな事を口にすればどうなるか分からんから、メイギが口にすることはない。

「で、なんで鉱山なんて行きたい分け? あそこは野盗が潜んでいるかもしれんのだよ?」

ブルーメの探るような仕草も幼げで愛らしいのだが、実際は幼くはないらしい。そのことにメイギは静かに絶望しながらも、頼む立場なのだから理由を話さなければならないのだ。

電話で野盗が謎のNF使用したこと。マーギアまで連れている可能性があることも説明した。

キョウカイシティにスパイが紛れ込んでいる可能性も。

その上でメイギはブルーメに鉱山までの道案内を頼んだ。

キョウカイシティの鉱山とはNFを建造するのに必要な特殊な鉱石、エンジェルジェムを採掘できる鉱山だ。エンジェルジェム堅く、魔力を貯蓄介抱する性質を持つ。

白兵戦を行い、魔力にとって稼働するNFに打ってつけの素材というわけである。

その鉱山も今は野盗の襲撃のために閉山している。

一般人は立ち入り禁止である。入れないのは流れのリッターであるメイギも同じ。だがブルーメなら秘密の入り口をしっていると言う話しなのだ。今は彼女に頼むしかない。

メイギは鉱山に行く理由を説明する。

「野盗は謎のNFを使っていた。それは電話で話したな? 裏にはそれなりの組織があるということだ。恐らく野盗は、たまたま、キョウカイシティを襲撃しているわけではない。何か理由があって狙ったのだ。なぜここを狙う。キョウカイシティの特異な点は?」

「エンジェルジェムの鉱山を持つことと、ノア王国とグリム王朝の国境に存在する街って点ね」

なるほどと、ブルーメは腕組みして頷いた。

「国境地を攻撃するのなぞ、一つ間違えば戦争になる行為だ。そのリスクを犯しても、キョウカイシティを攻撃する理由など鉱山以外に考えられない」

「だから鉱山を調べたい。秘密の抜け道を案内して欲しいのね。分かった。ついてきなさい!」

ドンと、ない胸を張って、ブルーメは承諾するのだ。


瀟洒な街並みを潜り抜けて、鉱山へと繋がる街の裏手まで着いた。

「この先を通れれば鉱山につくんだけど」ブルーメは意地悪そうに言う。

「通れれば、か。しかし凄いな……底が見えん。吸い込まれそうだ」

メイギがあっけにとられるのも無理はない。ちょっと視線を下ろせば深い谷底だったのだ。

キョウカイシティと鉱山を両断するように、深く長い亀裂が走っていたのだ。

鉱山と街の間は渓谷であった。断崖絶壁である。容易に渡れるものではなかった。

余りの深さで下は見えないが、谷底から涼しい風と水の流れる音が聞こえてくる。

思わず背筋が寒くなるのは、水の流れのせいだけではない。

落ちれば死。根源的な恐怖が人の体を凍てつかせるのだ。

切り立った谷である。鉱山までは数百メートル、リッターであっても飛び越えるのは不可能だ。

行き来するには橋を渡るしかないが、肝心の橋桁は、上に向かって跳ね上がっていた。

鎖で端を持ち上げられ、鉱山の方に掛っていないのである。

「この橋はいわゆる跳開橋。立ち入り禁止も何も鉱山までの道は閉ざされているの」

ブルーメは持ち上げられた橋を睨んだ。

橋と言う。唯一の移動手段が使えないのだ。鉱山までいける道理はない。

「だが抜け道はあるのだろう? 鉱山まで行く手段はあるのだろう?」

メイギは谷の淵に立っていた。おもむろに石を投げた。すっと石が底に消えていくのだが、谷底に落ちた音はしない。ただ轟々と川が忙しく流れる音がするだけ。

「もちろんさ。善は急げ、だ。抜け道はこっち!」

ブルーメは急に駆け出す。さらには淵に立つメイギの手を取って、谷底に飛び出した。

????????? 景色が一変する。ゾッとするのは体が落下しているからだ。

「何してくれてんの、この年増ロりば婆ああああああああああ!」

メイギは絶叫する。何が起こった。どうして自分は下に落ちているのだ?

何故ブルーメと手を繋いで、一緒に仲良く落ちているのだ?

どうしてブルーメはわざわざ自分の手を引いて、この断崖からダイブしたのだ?

内臓が浮かび上がって気色の悪い感覚にさえなまれ、気もさらに動転する。

「こんなことならカイゼルを召喚して強行突破するんだった!」

NFを呼べば全部解決だと身もふたもないことを言ってメイギは真っ逆さま!

「いやいやNFを簡単に出すなし、それにカイゼルは極秘NFだし、慎重に扱えし」

そんなアンナの遠くからのツッコミもメイギが気にする余裕はない。というかアンナは今寝ている。

断崖の壁面が下から上へと流れていく。みるみる下に落ちている。地面に激突すれば即死だ。

「お助けえええええ! ゴチンっ!」顔を思い切りぶつけた。ぶつかったのだ。落下は止まっていた。

どすん! メイギの上にブルーメも落下する。ていよく下敷きにされたのである。

「どうなっているんだ?」うつ伏せで倒れているメイギは不思議な気分だ。生きているのである。

だがもっと不思議なのは、下が透けているのである。

闇が見える。まだ降り切っていないようであった。

空中で、途中で、止まったようであった。

空中で透明な“何か”に激突して止まったのだ。何も無い所でメイギは寝ているように見える。

だが飛んでいるわけではない。何かの上で横たわっているに過ぎない。

コツコツコツと自分が寝ている場所を叩いてみた。何も見えない。だが確かに叩けた。

「透明な道があるんだ。上から見れば分からないが、ここを通れば鉱山までいけるのか」

メイギは“何か”いや透明な道を見据えた。

よく見れば道には塵や埃がかぶさっていて薄らとその形を視認することが出来る。

その道が鉱山までまっすぐに続いているのだ。

「ありがとうブルーメ。これなら鉱山までまっすぐに行けるな!」

メイギは自分の上で座っているブルーメに礼を述べる。

「………………」ブルーメからの返答はない。ただ黙って薄暗いオーラを放つだけだ。

それは殺気だ。針のような極細の殺気がメイギの背中を確かに貫通していくのだ。

「何を怒ってらっしゃるのですか、ブルーメちゃん?」

メイギは振り返ることなく、だが声を震わせて質問する。

心当たりはあった。つい口を滑らせていたはずだ。

ブルーメはじろりと目を見開いて、そして血管を浮き立たせて、

「あーた。さっきなんていうた? 崖から落ちるときなんていうた?」

「いやー覚えておまへん。ブルーメちゃん最高! とかちゃいます?」

「とぼけるな! この年増ロり、ば婆ああああああああああ! っていいだろうが、メイギ!」

ブルメーメは般若の顔で怒り狂う。メイギの髪を引っ張り、後頭部を殴りつける。

「死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!」

メイギの絶叫が谷間の間で木霊する。幼女に襲われる少年。地獄である。


「で、どうしてこんな透明な道があるんだ。ブルーメ? 隠してあるが何故こんな道がある」

気を取り直してメイギはシリアス顔で聞いた。顔中の絆創膏が実に痛々しい。

「えーとね? この道は何時でもシュミートが鉱山に行ける様に先先代の整備主任が作った秘密の道なの。この道はエンジェルジェムを加工したものでねー、魔力を流しながら研いでいるから無色透明に作ることが出来るのよ? 凄いでしょー。ブルーメ驚き!」

ブルーメはあどけない少女のフリをして答える。ぶりっこする姿が逆に怖い。

「年増扱いしたら分かっているな?」言葉にせずとも無言の圧力として伝わってくる。

だからメイギは声を震わせて幼女扱いをする。

「なるほど、分かりやすい説明ありがとう。後でチョコ買ってあげるね」

「わーい。ブルーメ嬉しい!」

そういって飛び跳ねるブルーメはやはり恐ろしい。真なる闇とはこの事かもしれない。

メイギとブルーメは透明な道を通って進む。透明と言っても道の端には埃が蓄積しているから、気を付ければ踏み外すことはない。危なげなく鉱山側までたどり着くことが出来た。

たどり着けばそこは洞窟。崖から飛び降りて、透明な道を通らねば入れない穴倉である。

ブルーメは駆け足で穴の前まで行くと、

「ここを通れば、みんなが普段使っている発掘現場までたどり着けるの」

「ブルーメ。お前はここまででいい。帰る方法もあるのだろう? ここからは野盗か、それ以上の奴らが潜んでいるかもしれん。危険だ。」

「ふーん。そういう所はカッコいいんだ。ねえ、一つ質問していい? なんで私に全部話したの? 野盗の事も裏で凄い組織が関わっているかもしれないことも? だってスパイがいるかもしれないんでしょう? 私がスパイだったら罠の一つでも用意したかもしれないのよ?」

「ブルーメがスパイ? それはないよ?」

メイギは首を振ってほほ笑んだ。その眼は少しの緊張もなく、疑っているそぶりは微塵もない。

「どうして?」

「だってそうだろう。ブルーメは、あれだけピジョンを整備して、愛することのできるシュミートだ。自分のNFを破壊するような悪巧みに荷担しているわけがない。野盗に倒されたピジョンは無残な姿だったと聞く。そんな事を許せるブルーメじゃないはずだ」

「ふふふ。それはどうかな。でも嬉しいよ。ありがとうねメイギ」

ブルーメは頬を薄く染めて嬉しそうに首を傾けて見せた。

その仕草は若く眩しかった。実際の年齢は……無視する!

「でもねメイギ。私だって鉱山の事はずっと気になっていたんだ。同行させてもらうよ」

「それはやめておけ。敵が来たらどうする、火遊びでは済まんぞ」

「野盗なり悪魔なり来たら、守ってくれるんだろ? メイギはリッターなんだからさ」

「それは……」メイギは少し考えるそぶりをしてから「当然だな」と答えた。


洞窟を進む。傾度の少ないのぼりであったが、抜け道だから整備はされておらず登りにくい。またろくに明かりもないから、足や手をすりむかせながら進むしかなかった。

近くに水脈があるのだろう。壁の隙間からちょろちょろと水がしたたり落ちている。

メイギは淡々と続く道のりに飽きてきた。

「水場はお化けが出るらしいけど。ブルーメはそういうの好き?」

「ベッツに! 苦手じゃないわよ。苦手なわけがないじゃないのよさ!」

「「苦手じゃない?」 俺は好きかどうか聞いているんだけど。まあいいか」

「まあいいかって、ならそんな話、振らなくていいじゃない」

「いや盛り上がると思ったんだけど。でも巨大兵器NFも魔法使いマーギアもいる世界で、お化けとか言っても凄くないと言うか、お化けならいそうと言うか、世界観的にどうなんだろうと思って……」

「そんなもん知るか! きりきりあるかんかい!」

夏だというのに寒気がする。日の光も熱気も届いていないのだ。吐く息も白かった。

だがブルーメがビクビクしているのはそれだけが理由ではないだろう。お化けが怖いのか?

ごつごつした岩を蹴りながらやっとの思いで本道に出れば「ようやく一般ルートに出たわね」とブルーメは笑ってくれた。それが清涼剤になったことは言うまでもない。

本道の側面には照明が等間隔で並べてあって、ある程度の明かりは確保されていた。

現場で採掘作業していても問題ないほどの明かりである。通るだけなら眩しいくらいだ。

また明かりだけでなく温風も吹いていた。魔力を用いた照明なのだ。暖房効果もあるようだ。

さらに奥に進めば、まるでそこだけくり抜かれたような広場があった。採掘用の重機もある。

徐に、ブルーメは懐中電灯をつけ、天井照らした。

「ここが採掘現場の一つね。ほら天井を見て。綺麗でしょ? これがエンジェルジェムの光」

先には角張った岩の天井。その中でも異彩を放つものがあった。水晶である。半透明の水晶が天井から無数に突き出していた。暗闇の中でも薄らと輝きその存在を誇示している。

その水晶が懐中電灯の光に照らされ、輝きを増す。だが不思議な光だった。

ただ明るくなるのではない。水晶の中が強く光る。しかも羽のような模様を浮かべて光るのだ。

水晶の一つ一つが光る羽を内包し煌めいている。さらに光る羽は、時折消えたり着いたりする。

無数の水晶の埋まる天井は、無限の羽が舞っているようにも見えた。羽ばたいているようにも見えた。ブルーメの電燈に照らされるたびに羽は姿を見せて輝く。たくさんの羽が飛んでいた。

夢のような景色に飲まれそうですらあった。羽根の海に溺れそうだった。だがそれも良いと思えるから不思議である。何か懐かしく暖かい気分にもなるのだ。嫌悪の念は一切ない。

幻想的であった。まるで天使たちの降臨のように、光る羽が飛び交っているのだ。

「エンジェルジェム……そう名付けられているのも納得だな」

メイギは白息を吐きながら、ただただ感嘆するばかりだ。手を伸ばして羽を取ろうとするが取れるわけがない。羽根は光であり、幻なのだ。人が得て保持できるものではない。

「エンジェルジェムは光を魔力に変換して蓄えるの、その過程で羽の模様を浮かべて光るのよ」

ブルーメは懐中電灯をくるりと回し壁中を照らした。壁にもまた無数の羽浮かび上がる。

絶景であった。広場一面に光る羽が羽ばたいているのだ。最早暗闇の面積など微塵もない。

「本当に綺麗だ。だが美しい光には蛾が集まる。小汚い蛾がな」

メイギは薄く笑みを浮かべる。感動してばかりもいられない。敵もいつまでも待ってはくれない。

光の海の中に、思惟を感じる光があった。羽根の光ではない。

二つの殺意を宿した光。それは双眸。鋭く研ぎ澄まされた眼光であった。

さらに二つ、眼光が増える。さらに二つ、眼光が増える。

計三人の殺意がメイギ達を取り囲んだ。

「蛾? この鉱山に蛾はいないよ? コウモリならいるけれども」

ブルーメは気づかないのか、キョットンとした仕草で首を捻る。

「蛾でもコウモリでも同じことよ。運動にはなるといことさ」

メイギは腰に下げた召喚剣を構える。抜き身の剣である。刀身が震え、プリズムする。

「えっ?」ブルーメが驚いた時疾風が吹いた。風に染み込むは殺意。前方と左右から吹いている。

それは鋼色の風、滑る刃。三人の悪意、六つの眼光が同時にメイギに向かって放たれていた。

メイギはニヤリと笑い姿勢を低くとった。顔が地面に着きそうなほどであった。

そして両脚いっぱいに力をため、爆発させる。前方に加速したのだ。さながら駆ける狼の様。黒い髪は揺らめき、ローブははためく。黒狼が、ただまっすぐに獲物に戦いを挑むのだ。

メイギはまた笑った。白い歯がまるで牙のように煌めく。涎も舞った、腹が空いている。

飢えていたのだ。それは戦いに、である。戦慄に、である。鉱山まで遠足に来たわけではない。

敵の悪意を飲み込んで、殲滅するために来たのだ。ようやくご馳走に出会えたのである。

前から来た敵を迎撃する。悪意の主は坊主頭であった。体は大きい。骨も太そうだ。

相手は三人とも間違いなくリッターだ。それは動きの力強さを見れば分かる。

だがメイギに恐れはない。楽しくすらある。

坊主男は剣を振るった。それをメイギはバックステップに回避する。

避けるだけではなく次の瞬間にはメイギは刀を横に大きく振って、坊主頭の横腹を斬りつける。

坊主男は横に大きく吹き飛ばされ、壁に激突する。ただし峰打ち。相手は気絶しただけだ。

ぶつかった衝撃でパラパラと天井から砂が落ちてきた。まるでシャワーだと思う。

黒髪は埃だらけだが、流れ出る汗は精悍だった。

メイギは息ひとつ切らさず、振り返り、次なる獲物を探す。だが敵の動きも速い。

二人目はすでに飛びかかってその剣を振り上げていた。こちらを真っ二つにするつもりなのだ。

「おお怖や怖や、隙あらば、切りかかるその連携、とても野盗の素人技ではないなあ」

敵の斬撃を刀身で受けた。がっかりだった。敵の攻撃にまったく力強さがないのだ。

「雑魚が、これでは前菜にもならんぞ、お前らはな!」

メイギは両手の柄を握り、力を最大限込める。刀を無理やり振るい、敵を弾く。

敵は驚愕の顔を見せ、仰向けに倒れた。力の差が信じられないと言った表情であった。

だがメイギに慈悲はない。倒れた敵の腹に思いっきりの拳を見舞って悶絶させる。

既に二人の敵を倒した。戦端が開かれて、まだ数秒であった。

どちらも野盗に扮し、汚らしい衣装を着ていた。最後に残った敵もまた、野盗に仮装していた。

最後の殺意の元は長髪。少し厄介だ。位置関係の問題でもあった。少女がいたのだ。

長髪の男は、ブルメーメの首筋に剣を当てて人質にしていたのだ。

「おっおい貴様、この女の子の命を大切に思うのなら、そっその召喚剣を捨てろ!」

残る敵の声は震えていた。当たり前だ、仲間の二人が瞬殺されたのだ。恐れるのも当然。

長髪とメイギの間合いはやや遠い。瞬時に接近できる距離ではあるが、不用意に近づけばブルーメの命もないだろう。何か一瞬でも敵の気を逸らせれば……。

「分かった、分かった。今、刀を収めるよ」

メイギは呆れた口調で、剣を振った。刀身に着いた埃を払うような動作であった。

と同時にブルーメの首元から鮮血が舞った。目を引くような赤だった。

薄暗い洞窟の中で異彩を放つ紅の液体。

だがそれはブルーメの血ではない。ブルーメの体が傷つけられたわけではない。

「うぐわぁっ!」呻いたのは長髪の男。鮮血と共に男の悲鳴、そして人差し指が空を舞った。

男の指が一本斬られたのである。故に血がはぜたのである。それは一瞬の隙。

「飛ぶ斬撃。俺の斬撃は宙を超え、そなたの指を切り取ったのだぞ!」

メイギは体制を落として、男とブルーメの間に割って入る。

その速さは一陣の風の様であった。男の呻きが聞こえたころには既に接近は済ませていたのだ。メイギは有無を言わさず顔面を殴る。一撃で顔を陥没。男はそのまま地面に沈むことになった。

力の差は歴然であった。メイギにとって今回の襲撃は何ら脅威ではなかった。

一人目に倒した男は壁に埋まって身動き一つしていない。

二人目に倒した男は仰向けのままピクリともしない。

三人目の倒した男は、見るも無残に顔を凹ませ倒れている。

戦端が開かれて一分も経たなかった。メイギとの力の差は圧倒的である。

まるで子ども扱い。メイギ一撃一撃が必殺の攻撃となって、敵は敗退。

「なっなに、何が起こったの? 一瞬で三人のリッターを瞬殺。しかも飛ぶ斬撃?」

混乱するのはブルーメだ。自分の危機が去ったという感覚はないようで、ただ右往左往している。

「敵は待ち伏せしていたのだろう。それと飛ぶ斬撃は魔術の一種だ。斬撃の破壊力を魔法に乗せて宙に飛ばすのだ。マーギアほどでなくとも、リッターもある程は魔術を使えるのだよ」

メイギは今度こそ刀を収めた。そのブルーメを見る目は優しいものだった。

「でもそれだって三人のリッターを倒せる理由にはならない。しかもそれぞれ一撃で倒している。メイギ……あんた何者なの? アンタの話を信用するなら、キョウカイシティの外で野盗のNFも倒しているのでしょう。敵のNFを一蹴し、今だってリッターたちを瞬殺した。流れのリッターではありえない。どこか大国のリッターでもない限り」

「俺の詮索はいいだろう? 重要なのは野盗の正体だ。マーギアやシュミートほど貴重ではないとはいえ、野盗が三人も確保できるほどリッターは安くはない。やはり野盗は只者ではないということになる。それに敵が待ち伏せしていたと考えるのなら、この中に何か真相に繋がる証拠があるかもしれない……。詮索するならそちらの方にしようじゃないか」

ブルーメの面倒な質問を切って、メイギは敵の襲来した方に歩き出した。

その足取りは軽い。飢えを発散できたのだ。気分は軽いのだ。

「ちょっと待ってよ」そういって少女に見える女性は後を追うしかなかった。

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