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ネフィリム・ヒストリー  作者: 机上森
狭間の街
6/13

不穏な夜

夕暮れも過ぎ、闇の世界の中で走る影があった。月光を受けて紫色のローブはっきりと見えた。

リッシュは駆けていた。足は使わない。自身の魔力を最大限活用し、体を浮かせて滑空させていた。リッターほどの速度ではなくとも、かなりの速度だ。夜明けまでには前線基地までつくはずだった。

フードを目深く被っていた。柔和な唇が赤く染まっていた。

息は荒い、魔力は自身の生命力を使うものだからその体力の消耗も著しかった。

だが速度を落とすわけにはいかない、全速力でこの現状を伝えなければならない。

「ウンテン様が死んだ……メイギと言うやつNFはなかったはずなのに、どこに隠していた!」

最後には激情していた、自らがその魔力によって調査したのだ。その上でメイギはNFを持たないと判断したのだ。だからこそウンテンは対人装備で戦闘に出たのだ。

にも関わらずメイギは、さも当然のようにNFを出した。あのNF!

「天使の様でいて悪魔の様でもあった、そして王のような冠……あのNFはなんだ」

いないはずのだNFが召喚されたのも謎だが、あのカイゼルと言うNFも謎。

信じられないほどに美しく、それでいて禍々しかった。

流浪のリッターが持つNFでは絶対ない。

「メイギ“も”NFの実戦テストに来たのか、我々と同じくキョウカイシティを狙っているのか?」

リッシュは速度を緩めず、頭もフル回転させていた。だが答えは見えない。情報が少なすぎた。

「メイギ……何者だ。スパイの情報を当てにしすぎた。あの小娘。使えん! メイギが只者でないと分かっていたらこうはならなかった。ウンテン様が死ぬことはなかった!」

後半はリッシュの八つ当たりである。


「しかし戦いが終わって我に変えれば、腹を空かしたという現実に直視する羽目になる」

メイギはキョウカイシティの前まで帰ってきていた。お腹をさすってとぼとぼと歩く。途中まで走ったが、ここまで来れば急ぐことはない。どうせ一文無し、泊まるところも食べるものもない。

季節は夏だが、夜風はいやに冷えた。夏虫が震える様に忙しなく鳴いている。風流ではあるが、

「虫も煮れば食べれるかなあ……」と嘆くメイギに風情はない。

背後から月光が優しい光を浴びせてくれている。目の前にはキョウカイシティ自慢の鉄の門。

NFの攻撃すら弾くという伝説の門があった。今は固く閉ざされている。鉄の冷ややかな感触が触れずとも伝わってくる。無言の圧力もある。それほど間に巨大な門、見上げても見上げきれないNFよりもはるかに大きい鉄門であった。この門と街を囲む山岳によってキョウカイシティは無敵の要塞となるのである。

メイギは脇にある。住民の往来用のドアをノックした。夜間でも人だけなら出入りできるのである。「誰だ……」ドアの向こうからしゃがれた老人の声がした。どこか嫌悪の念もあった。

「メイギだ。帰りは遅くなると言ったが、今帰った。開けてくれ」

事前に帰宅する旨も伝えていたから、街に入れないという心配はない。

「メイギ? ああメイギか、凛ちゃん、メイギが帰ったよ。ずっと心配していろう。起きなさい」

老人はまるで孫に話しかける様な甘えた声を出す。メイギに言うのとはえらい違いだ。

「むにゃ? あれメイギさんが、帰ってきた? 本当に? ドアを開けてください早く!」

蜂蜜のように甘くとろける少女の寝起き声、それを楽しむ間もなくドアが開く。

「メイギさん! 無事だったんですか? あれメイギさん、ドコです。何処にいます」

ドアから出てきた少女は凛だった。猫の様に愛くるしい眼をキョロキョロさせてメイギを探す。

「ここだよ。ここ」

開いたドアに吹き飛ばされたメイギは、寝転がったまま、手をひらひらさせた。


「本当にごめんなさい、ワタシ、心配で眠れなく、でも限界で寝ちゃって、急に起きたから、寝ぼけてて、急にドア開けちゃって、メイギさん吹き飛ばしちゃって、本当にごめんさい」

ぐずぐず泣きながら、さっきから凛は同じことで何度も謝っていた。

肩を震わせて泣いていた。

泣き顔すら愛らしく、綿のように柔らかそうな髪が揺れる様はさらに愛らしいから、もっと見ていたかった。だが話が進まない。だからメイギは口を開く。

「君可愛いね。じゃなくて! もういいから、謝らなくていいから、倒れたのでだって確かにドアのせいもあるけど、空腹だったっていうのもあるんだ、だから君がそこまで謝る必要はないよ」

謝り続ける凛にメイギはしどろもどろだ。美少女の涙に勝てる者はないと切に思う。

凛は「お詫びに家に招待します。泊まる場所も食事も出させてください」と言ってくれた。

その段階でメイギは気持ち一杯。そしてこれから腹いっぱいになるのだ。

もう謝罪されても逆に申し訳ないくらいだった。


凛の家は集合住宅地の一角にあった。

レンガで作られた落ち着いた趣の家が並んでいた。それぞれの窓からは暖かな光が零れている。

野盗の襲撃で仕事を失った人々。未来に不安のある家族たち。それでも夜の団欒くらいは明るく振舞いたい。そんな願いが力に変わったようなそんな哀愁の滲んだ光が溢れているのだ。

「ここです。ここが私の家。狭いですけど。どうぞ上がってください。お詫びですから」

凛が指差したのもそんな物件の一つだ。明かりがついていた。誰かいるのだろうか?

「いやいや。もうお詫びとかいいから、御飯が食べれればそれで私は満足ですから」

メイギは凛の家にそそくさと入る。部屋を右に入ればバス・トイレ。まっすぐ行けばリビングだ。

リビングにはやはり明かりがついている。さらにはどたどたと走ってくる音もする。

「誰か先客がいたのか……」メイギは深くは考えず、リビングのドアを開いた。

その瞬間、視界が真っ白に染まった。正確には真っ白なソックスが視界いっぱいに広がった。

「私をレストランに置き去りにするなんていい度胸ねえ! メイギ!」

その声を聴いて、アンナは白い靴下をはいていたことに気付く。そしてアンナをレストランに置いてきた事を思い出す。食べたまま寝てしまったあの豚を捨てるつもりで置いてきたのだった。

『開口一番に蹴りだもんな。やっぱパートナー選び間違ったかな?』

メイギは意識が遠のくのを自覚しながら仰向けで倒れていった。


自覚はないが眠っていた。眠ったままに鼻をくすぐってくれる香りがあった。

ミルクの匂いだと思えた。甘く暖かな香りだった。

鼻腔を通り、胃と肺を十分に満たしてくれた。嗅ぐだけで力は湧くのだ。

だが口に入れたい。咀嚼し、食道に通し、栄養に変えたい。

よだれが頬を伝っていく。その不快さでメイギは目を覚ました。

「シチューの香り。そうか俺はアンナの馬鹿に蹴られて。そのまま眠ったんだ」

頭を掻きながら改めて自分が受けた理不尽さを呪った。

アンナは一人で食べて勝手に眠ったのだ。だから置いてきた。

それの何がいけないのだ。こちらが蹴られるなんておかしいだろう?

だがその事で怒ったりはしない。あの蹴りで全てがチャラになるのならそれに越したことはない。

争っても自分には得はなく、延々とアンナが怒るだけなのだ。ここは我慢が最善の道のはず。

だがいつまでも我慢は出来ないかもしれない。

『情けないことだがな』

ため息をしながら、匂いの元、キッチンの方を向いた。

簡素なキッチンで、二人の少女が背を向けて調理していた。視線を下ろし二人の尻を見た。

小ぶりな尻と、少しふっくらした尻。二つが並んで時折揺れていた。小ぶりなのがアンナ、ふっくらした方が凛である。「今の俺なら尻だけで名前をいいあてられるな」フフフとメイギは笑った。

そんなスケベ根性丸出しから反応に遅れた。向かってくる大根一本を避けられなかった。

大根白一本が頭に突き刺さる。

「馬鹿メイギ。人のお尻をじろじろ見るんじゃない! しかも余所の女の尻!」

振り返ったアンナは目尻を吊り上げ憤怒炎を燃やしていた。

「もう喧嘩はいいじゃないですか。話が進みませんよ」

凛はニコニコと笑いながら大きな鍋を持って食席まで運んできてくれた。

「そうだアンナもうやめよう。俺はシチューが食べたいんだ」

「うっさいわね。いちいち私の逆鱗に触れるメイギが悪いんでしょう。私は悪くないんだから」

アンナはそう言いながらもパンとサラダをテーブルに並べていく。

アンナと凛。二人の美少女がエプロン姿で食事を準備する様は壮観ですらあった。

「だからエロい目でじろじろ見るな馬鹿メイギ!」

また大根が飛んでくる。メイギは鍋をじろりと見るが、どうやら大根は入っていないようだ。

「投げる様に買ったのかなあ。でもアンナは金持ってないし、凛が買ったのかなあ」

今度は見切っているか大根を片手で受け止めた。それを机に置くと食事の配られた席に座る。

「さてさて、皆さん食事としましょうか?」

「何を偉そうに、メイギは何の準備もしてないんだから、食べる権利なんてないのよ」

「準備を手伝えなかったのは、アンナが俺を気絶させたからだろうが」

「それはメイギが私を置いていくからでしょうが、因果横暴よ!」

「それを言うなら因果応報だろうが! それにしたってお前の暴飲暴食が原因であってだな」

「はいはいはい。皆さん仲良くご飯を食べましょうね。その方がおいしいですよ」

喧嘩を始めるメイギとアンナを凛は優しく制す。

「まあそれもそうだな。アンナ、一時休戦としよう。特に俺は何も食べてないんからな」

「それもそうね。私もお腹が空いたところよ」

『昼間あれだけ食べておいて、どの口が言うか、大食らい女め!』

メイギは心の中でアンナをなじりながら、凛が皿に配ったシチューを見る。

上手そうであった。とろけたミルク色の泉の中に、様々な具材がやはりとろけて沈んでいる。

匂いはさらに濃くなっており、舌と胃を必ず満足させると宣言しているようであった。

どれくらい煮込めばこうなるのであろうか? スプーンを入れれば具材は簡単に割れてしまう。

口に入れればすぐに溶けてしまう。舌の中に幾重もの味が広がって楽しませてくれる。それでいて調和が取れている。後を引くことなく、食事が進む。パンともあっている。シチューにパンを浸すのも美味しい。メイギは夢中になって食べた。野盗の事も、本国から言われた命令の事も忘れていた。

今はひたすらに食べることにすべてを注いだ。空腹だから上手いのではないのだろう。

いつ食べても美味いはずだ。これは凛の腕だと思う。凛の優しさから生まれる味だと思う。

「美味しいですか? 私これくらいしか作れなくて」

凛が上目づかいで聞いてくる。恐る恐るといって具合で聞いてくる。

「これくらしか作れない? 何を言ってる。こんなに美味しいものを作れるんだ、十分じゃないか。本当だよ。毎日食べたいくらいだ。毎夕ご馳走してほしいよ」

「毎日? やだなあ、それってプロポーズみたいじゃないですかあ」

凛は頬を赤らめ、嬉しそうに笑う。

「みたいじゃなくて、本当にそう思ってもらっても構わんぞ」

メイギも調子に乗って、口が軽くなる。

だから気づかなかった。反応に遅れた。向かってくる大根一本を避けられなかった。

「メイギの浮気者!」アンナの絶叫と共に迫る白い悪魔(大根)が、頭に突き刺さるのを、メイギは回避する事が出来なかった。

「ああ、また気絶するパターンだな、これは」

お腹を満たされて、何もかも面倒になった、メイギはそのまま気絶することにした。


窓は少し開いているようだった。夜風が頬を撫でてくれるのが分かる。

食事をして、気絶して、ベッドの上に寝かされたのだ。なんとなく覚えている。

照明は最小限。オレンジ色の光。薄暗いが不便するほどではない。

「そろそろ起きなさいよ、メイギ、野盗の話聞かせなさいよ」

腰にずしりと重みが加わって、アンナの澄んだ声が聞こえれば、もう起きてもいいかなと思う。

メイギはその切れ長の眼を開いた。

仰向けで寝ている自分の上に、アンナが女の子座りしていた。

臍の下の部分にアンナのお尻が当たっている。

誘っているわけではないだろう、これは彼女の天然である。そういう女性なのだ。

アンナは大きな瞳でこちらを観察していた。大きな目。まさに宝石の様である。

「やっぱりアンナは綺麗だよな」改めてそう思う。

アンナの金色の髪は夜風に揺れていた。それを白い手でかき分ける仕草は酷く艶めかしい。

金髪に包まれる顔立ちは人形のように作りこまれ、一切の歪みがなく気品がある。肌は白く、暗闇の中で優しく光るほどだった。まるで雪か氷のように冷やりとするような、そんな白さ。大きな瞳を包むまつげとアイシャドウは、彼女を一層謎めいて見せて、アンナ事をよく知るメイギですら思わず困惑しそうになる。

『やっぱり綺麗だ』もう一度そう思う。

「何よおじろじろ見て、この浮気ものめ」そういってアンナはメイギの頬をつねる。

「痛いよ、アンナ。凛はどこに行った? 彼女がいちゃあ、野盗のことだって話せない」

「すぐに凛ちゃんの話をするなんて不貞奴ね。まあいいわ、凛ちゃんなら隣の部屋で仕事をしているわ。大変よねえ。家でも仕事なんて、私なら倒れちゃうわ」

「そうか、なら小声で話そう。俺は野盗と戦った。NF戦だ。野盗は新型のNFを使っていた」

メイギは野盗との戦いの様子を説明した。アンナはうんうんとうなずいて、

「敵は野盗だと偽装しているということね。そして新型のNFを使っているようだったと。それに最後は機密保持のために自爆。野盗とかそんな規模じゃない。まあ裏に国家かそれに近い組織がいることは間違いないわね。じゃなければ新型のNFなんて持ってこれないもの。それにメイギ・ケニーヒの名前がバレていたことも気になる。しかもNFを持っていないと思われていた……。キョウカイシティに敵と繋がるスパイがいるとみて間違いないわね」

メイギはそうだろうと頷いて、

「だが分からないことがある。グラスは対人装備をしていた。俺がリッターであることは知っていたならあまりに不用心じゃないか? スパイからNFを持ってないと聞かされていたにしても、絶対な情報じゃないわけだし、対人装備では対NF装備には絶対に勝てん。どうしてそんなに浅はかだったのか……」

「スパイ以外からも情報を集めていたからでしょう、マーギアがいたのね、魔術によって調べたのよ」

「マーギアか……しかし俺がNFを、カイゼルを持つことはバレてなかったぞ? 魔術を使ったらバレそうなものだが」

「恐らく敵のマーギアが使ったのは、グラン・ノウという魔術よ。これは地表にいるNFを探査するものなの。広範囲に探査出来て、多くのマーギアが使う技よ。まあカイゼルには意味がないわね」

「なるほど“地表を調べる魔術”か、確かにカイゼル・オブ・アークには意味がないな」

メイギはニヤリと笑い、天井を見上げた。照明は優しくメイギとアンナを照らしくれる。

天井から降り注ぐ光はオレンジ色の電球職色だった。オレンジ色の光は暖かく心を優しくしてくれると聞いたことがあった。優しさ、それは凛のことであると思う。彼女の作ってくれたシチューのぬくもりはまた体の中に残っている。

「敵は、謎のNFを持って、さらにマーギアまで仲間にしているわけか、唯の野盗なわけ、ないな」

メイギは喉を鳴らして笑った。新型のNFにしてもマーギアにしても野盗が持てるものではない。

最新のNFを作り出すなど難しいのは当然だが、マーギアだって育成するのにNF数機分の予算が必要なのだ。裏にそれなりの組織がなければ用意できるはずがない。

「メイギだって同じでしょ? 謎のNFカイゼル・オブ・アークと美人のマーギア、アンナちゃんを持つなんて、唯の流浪のリッターなけがない。食い逃げ犯なわけがない」

アンナはメイギの頬を再度つねり、くすくすと笑う。

「よせよ」そう言いながらメイギは、アンナの雪のように白い指に心地よさを感じていた。この少し冷やりとするアンナの指ならもう少し摘ままれても良かった。

だけどクセになるといけないので、アンナから体を離し、ベッドから降りた。

離れてしまうメイギを切なそうに見つめてアンナは、

「メイギ、キョウカイシティのスパイに心当たりはないの?」

「いや、ないな」メイギは顔を伏せて、そう答えた。その表情は読み取れない。

「そう……。ん敵のマーギアは始末したんでしょうね?」

「マーギア? いや戦った時にはいなかったぞ?」

「馬鹿! リッターとマーギアは連携するものよ。いないなんてあるわけないじゃない! きっとどこかで隠れていたのよ。だけどグラスがあんまりあっさりやられたから、メイギに隠れて逃げ出したのよ。不味いわね、カイゼルも恐らく見られた。秘密はバレてないと思うけど。メイギ、もうみだりにカイゼルを出しちゃだめよ。アレの正体がばれれば、私たちの正体もばれる」

「そうか、マーギアはいたのか。分かった。カイゼルの使用は控えよう」

メイギは召喚剣を撫でながら答える。心はこもっていなかった。

別の心配があったのだ。敵の正体よりも自分達の正体がばれるよりも重大なことがあった。

心に埋まった不安の種が根を張りつつあった。それは心臓を締め付けるのだ。

『スパイの心当たりなどあるものか』

身を縛る不安を忘れるべく、メイギはそう自らの心に言い聞かせるのだ。


日が落ちてかなりの時間が経っていた。深い夜である。静まり返った闇夜である。

キョウカイシティから離れた荒野の一角。コヨーテが徘徊する以外は何かが動く気配はい。

その一角に設置されたテントがあった。その後ろにはNFを積載できるトレーラーもある。

トレーラーは荷台の部分がかなり大きく作られている、そこに全長八メートルのNFを乗せるわけである。今も、いつでも発信できるようにモーターが低く唸っている。

「それで弟を見殺してしてここまで逃げてきたと言うのか、リッシュよ……」

モーターの振動音よりもさらに低く、そして怒りの熱を帯びた声がテントから響いた。

「見殺しにしたわけではありません。一瞬だったのです一瞬でメイギのNFがウンテン様のグラスを倒したのです。マーギアの私ではNF戦ではあまりにも無力だったのです」

声を発した男の前でリッシュは只々震えてかしずくしかない。

男の顔は闇のベールに隠れて判然としない。ただその声はウンテンに似ていた。

「弟は対人装備のまま戦いに出た。なぜ止めなかった?」

「お止しました。ただスパイからの情報でも私の魔術でもNFはないと判定できましたから、対人装備のままで出撃したのです。リッターに対して対人装備がどこまで有効かデータが欲しかったとも言っておられました」

「しかし危険は分かっていたであろうが、だったら力づくでも止めるのが、お目付け役のお前の役目、ウンテンの遊び癖を止めるのはお前の仕事だったはずだろうが!」

男の怒りを爆発させた。口に出す言葉全てに熱気があり、まるで火炎をはいているようだった。

「お許しください。“オーベン”様。私では、リッターであるウンテン様は止められないのです」

「だがマーギアたるお前なら術はあるだろうが!」

男、いやオーベン・ブルーダーは立ち上げると、リッシュの前まで歩き、怒鳴りつけた。

オーベンの怒りは恐ろしい。大地を震わせるような怒号。マグマの爆発のような叫びであった。

もう闇のベールで隠れていない。オーベンの素顔が露わになる。彼はウンテンによく似ていた。

彫りの深い顔、それに窪んだ眼下に沈む肉食獣の瞳。人を蹴落とす事に一切の迷い眼。不遜な口。傲慢な顔である。その邪悪さは一目見ただけでもうかがい知ることが出来た。

褐色の肌は野性味あふれている。

ウンテンと比べればいくらか細身だ。異常に引き締まっている。

そしてその体は制服に包まれていた。

白を基調として青いラインの美しい制服だ。胸元にはハイヒールを思わせるエンブレムが刺繍されている。だがこれは唯のハイヒールではない。ガラスの靴である。センスの光る華やかな制服だ。

だがそれを着込むオーベンの顔は険しい。野獣の瞳は火を放っていた。

リッシュは最早言葉なく震えるしかない。

オーベンは屈み、リシュの顔を覗く。だがフードに隠れた彼女の顔は見えない。

「メイギはカイゼルと言うNFに乗っていたのだな? そして今はキョウカイシティに戻っている」

「はいそうです。悪魔とも天使とも許容できる不気味なNFでした。カイゼルはあのNFのすべての名ではないようです。が、グラスの駆動音が邪魔して聞き取れませんでした」

「使えん! それでもマーギアか? そのフードは伊達か!」

オーベンは力いっぱいにリッシュを殴り飛ばす。その拳は重く速い。鉛の塊が砲弾から発射されたような迫力だった。爆発音と突風すら感じさせる拳。

リッシュは宙を舞い、容易にテントの外まで吹き飛ばされていた。

「メイギを調べろ! ウンテンの仇は取るし、キョウカイシティも侵略のだから、それは必要だ」

大地を滑り、岩石にぶつかってようやく止まったリッシュに、オーベンはそう命令を下す。

拒否権はない。嫌がれば殺す。そのような圧があった。

誰も逃げられない。命令を実行するしかない。真実恐ろしい男、それがオーベンだった。

「メイギ。唯で済むと思うな」

歯ぎしりを言わせながら、オーベンは拳を握るのだった。

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