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ネフィリム・ヒストリー  作者: 机上森
狭間の街
4/13

ガラスの巨人

夕暮れであった。灼熱の太陽が大地に没して、赤い残光が空を満たしている。

少し肌寒い風が北から吹いていた。風の先には行商人たちがいた。

彼らは荷物運搬用のトレーラー乗り、キョウカイシティを目指していた。

トレーラーはまるで巨大な“カタツムリ”のような姿をしていた。タイヤはない。わずかに浮いてホバリング走行をしているのである。荒れ地であってもその速度は一定を保つことが出来るのである。

トレーラーはノア王国からの物資を積み込んでいた。主に食料品であった。

物資はカタツムリの甲羅の部分に積まれている。

その甲羅には船を思わせるエンブレムが彫られていた。

「しかし大丈夫ですかねえ……ここ最近野盗が出るんでしょう? 俺たちだって狙われるんじゃ」

「分かんなけど。危険手当だって出るんだ、やるしかあるめえ」

後輩の気の弱い質問に古株の行商人は呆れたように答え、

「それになお前、あの甲羅に刻まれた船のエンブレムの意味する所は、ノア王国直下のものであるということだぞ。いくらNFを持つ野盗だってみだりに襲えないだろう。もしそんなことをすればそれはノア王国を敵に回すってことだからな。自分の国のエンブレムを汚されて黙っているほど、ノア王国もお人よしじゃない」

と勇気づけだ。

だがこの行商人も不気味な寒気を感じていた。骨身にゾクリとしみる何かがあった。

まるで神経が冷え切ったような悪寒があったのである。

こういう危険な仕事は初めてではない。だが本当に危険な時は決まって寒気を感じていた。

不安から……という分けではなく。直観で分かるのである。

何かやばい。と

ここまでは静かであった。数時間もすればキョウカイシティの鋼鉄の門が見えるだろう。

そこまでくれば野盗だって手が出せない。あそこは鉱山と門に塞がれた鉄壁の城なのだ。

「まああと少しだ。終わったら酒でも飲もうや」

そう言って後輩と自分を慰めるしかなかった。

「分かりましたよ……じゃあ今回は先輩の驕りですかね。ん? センサーに反応?」

ディスプレイのマップにアンノウンを示す光点が浮かび上がった。

その光点はこちらに向かって凄まじい速度で迫っていた。それは音速を超えていた。

「この速度! NFが来るぞ! 救護信号と同時にバリアを張れ!」

行商人は思わずシートが立ち上がり支持を出すが遅いのだ。

遠くから人の形をした何かが走ってきている。

距離は遠く、それは小さくまだ見えた。

だが走ってきている。それは砂塵を巻き上げ、恐怖をいざなって距離詰めてくる。

その巨体を俊敏に動かし迫ってくるのだ。

恐怖から思わず目をつぶった。

ドスン、内臓を震わせるような地響きをあげて、鉄の巨人が目の前で止まった。

激震でホバーの車体が浮き上がる、中の行商人も座面から浮いてしまう。

NFは重かった。大地は軋む。旋風が舞い、砂塵が円盤状に広がっていく。

車体が、そして自身の骨が軋んだ。嗚咽がする。だが、だがそれだけだ。

音速を超える速度で動く巨大な物体がぴたりと目的地で止まる。

その運動エネルギーから生まれる衝撃波は本来こんなものでは済まないだろう。

地形を更地に変えてもおかしくないはずだ。NF自身その負担に耐え切れず自壊するはずだ。

だが“どの”NFだってそんなものを意に反さない。

魔力を内包するNFは運動エネルギーでさえコントロールし自身の力に変える。今、ホバーが浮き上がってしまったのは、その変換作業から取りこぼれたエネルギーがあったからに過ぎない。

行商人は改めてNFのパワーに絶望した。全長八メートルの巨人を見上げ、慄く。

NFは装甲を鳴らしていた。装甲とフレームがぶつかり合い、不思議なワルツを奏でていた。

「なんだ、こんなNFは見たこともない。最近出るって噂の野盗のNFか?」

恐れのあまり呻きをあげていた。NFから逃れられるものなどいない。対面は死を意味する。

故に絶望しかない。

目の前の巨人、NFは灰色の装甲をしていた。

頭部には鶏冠のように意匠がされ酷く禍々しく見える。

装甲は丸みを帯び、肩や胸、脛に無数の穴が開いていた。その意味する機能は不明である。

灰色のNFから怒声が上がる。人を押し殺すような低く歪んだ声であった。

「おい行商人ども! 素直に積み荷を置いていけば命だけは助けて“やらんぞ”!」

だがそれは脅しであると同時に救いの声でもあった。

「積み荷を置いておけば命は助けてもらえるのか?」

思わず行商人は後輩を見た。後輩もまたコクコクと首を縦に振って同意する。

噂は聞いていた。野盗たちの悪行に関する話である。

奪う、襲う、浚う。ことに人に出来る悪行は全て行っているはずであった。

それだけでなくキョウカイシティのピジョンを蹴散らしたとまで言われていた。

今日、今ここで会った瞬間に殺されたと思った。だが野盗は言ったのだ。“助けてやらん”と。

信じられるか? いや信じるしかないのだろう。でなければ灰色のNFに潰されるしかない。

目の前のNFは赤い目をしていた。けれど瞳孔は黒い。赤の中に黒い球があるのだ。

その瞳孔は笑っているようでもあった。虫けらのような自分たちを見てどうしてやろうかと企んでいるような。そんな子供じみた目をしていたのだ。

「俺たちはキョウカイシティのピジョンを打倒した一味の者だ! 脅しではないぞ返答しろ!」

低く太い声が催促してくる。やはり目の前のNFは野盗の者で間違いないようであった。

「逃げましょうよ。誰だって俺たちを悪くは言いませんよ」

後輩はすがるように言ってくる。

「分かった。分かった言うとおりにする。だが移動用のホバーは使わせてくれ! 出なければ俺たちは家に帰ることもできんのだ。それ以外は持っていかんから、後生だから許してくれ」

行商人はスピーカーを全開にして叫んだ。野盗にも聞こえているはずであった。

わずかな静寂の後返答があった。

「ククク。いいだろう。検査などせんから、さっさと逃げてしまえ。それで俺の目的も果たせる」

聞こえたのは笑い声からだった。堪えてもこらえきれなかった、嘲笑の声が漏れ出していたのだ。

行商人にとって屈辱はあった。だが安堵もしていた。これで生きて帰れると……。


トレーラーはカタツムリのような形をしていた。その甲羅の部分がスライドして中が露わになる。

中には食料品や衣類、そして金品のもあった。その中から飛び出す車があった。

車にはタイヤはなく、地面からわずかに浮いてホバリング走行していた。

ホバーと呼ばれる魔力を用いた車であった。その中には行商人とその後輩の姿があった。

「ほっ本当に大丈夫なんですかねえ。野盗は襲ってこないでしょうか?」

「そんなの知るか! だけどなあ、襲うつもりなら最初から襲っているだろ、俺たちを殺す意味なんてあいつらにはない。だったら生かしてくれるって可能性もある」

後輩の気弱さを一括した行商人だったが、それでも自分も不安だった。だから襲われない論理を作って見せるのだがそれも甘いものに思えた。結局の所野盗の気分次第で決まる運命である。

「祈るしかないだろ……」

シートに背中を預けて、行商人は噴出した汗をぬぐった。酷く喉がわいていた。

「酒の約束は忘れていないからな」

そういって後輩を慰めるしかないのだ。


巨大なカタツムリから一台のホバー飛び出したのをみて、ウンテン・ブルーダーはニヤリと笑った。

彫りの深い顔、角張った頬、筋肉質の体。そんな彼が毛皮の付いたジャンパーを着込めば、まっとうな人間ではないことは一目瞭然であった。

彼こそが巷を賑わす、野盗の一人だった。

ウンテンは皮膚から人を圧する匂いを放っている。危険な香りである。他者を値踏みし、利用し、破たんさせることに聊かの躊躇もない、そんな匂いである。彼はそれを隠そうともしない。

そんな自分がたまらなく誇らしかった。悪の道を行きることこそ人生だ。それが哲学だった。

窪んだ眼窩の奥の瞳はギラッと光った。獲物を見つけたライオンの眼だった。

命のやり取りを日常のモノとして捉えた、そんな逞しくも獰猛な野獣の瞳である。

その目が逃げ出す行商人たちを捕らえていた。

彼は灰色のNFグラス・ヒールに乗り今任務をこなしているのである。

唯一信頼できる兄、オーベン・ブルーダーの命によって動いているのだ。

「助けてやらん……やらんぞ、その命、我がグラス・ヒールの性能テストのため使わせてくれ」

ウンテンは野盗のNF、グラス・ヒール“グラス”のコクピットの中に座り、ほくそ笑む。

行商人達を乗せたホバーはすでに数キロ先にいた。今も速度を上げ逃げ延びようとしている。

ウンテンにはその姿が酷く滑稽に映る。どこまで行っても逃げられるはずがないのに……。

グラスはその巨体を揺るがし両手を組む。それは祈るようにも瞑想するようにも見えた。

グラスの丸みを帯びた体がうっすらと光りだす。装甲の表面に開いた無数に穴から白い光が零れていた。まるで無数の電球を着込んだようである。酷く歪で不格好。仮装のようでもある。

静寂もつかの間。音もなく、合図もない。ただウンテンが笑っただけ、

それだけなのにグラスの着込んだ光が一斉に飛び出した。漏れ出す複数の光は、無数の線となって、数えきれない槍となって伸びる。その光の槍は熱を帯びていた、そして風を切り空気を破る速度であった。つまり音速。そのように凶悪なものが空間を焼き貫き、まっすぐに伸びる。槍は行商人の乗るホバーの頭上まで行くと角度を変え、豪雨のように降り注ぎ、その車体を貫いた。

ホバーと大地を貫く爆音が響き渡る。行商人たちの悲鳴は聞こえなかった。車体を貫く光の轟音が、行商人の断末魔を掻き消したのだ。後から抉られた大地の苦悶の声が響くだけであった。

恐るべきことは、数十の槍すべてがホバーに命中したことだ。外れはない。

光の槍はその役目を終え、終息する。ホバーは蜂の巣のように穴だらけ。

ただし醜くひしゃげてはいない。槍があまりにも速かったために、貫いた部分以外の損傷はない。

グラスはただその双眸で事の行く末を見ているだけだった。自分の体から伸びた光がホバーを破壊する。その様を淡々と見据えているだけだった。

そこに感情の入る余地など無い様におぼろげな目で眺めているだけだった。

だがウンテンは違う。彼はうっとりとした目でボロボロになったホバーを見ていた。

グラスの性能に、それを作った自分の国の技術に、そしてそれを扱う自分の腕に、

すべてに酔っていた。極上の酒よりも、世界一の美女よりも、何よりも心地よい酔いだった。

「このグラスの“対人”殲滅用の装備の性能は合格だ。逃げるホバーに対して全弾命中の性能を見せた。まだ実験中ではあるが、我が国のシュミートの実力ならば、光の槍、“ランツェ”一つ一つに別々の目標を与えることもできるであろう。そうすれば一度に百を超える人間を殺せる!」

グラスの胸部のハッチが開き中からウンテンが外に出てきた。

NFのコクピットは基本的に同規格であり、胸部、心臓の位置に設定されてある。

グラスも新造のNFだが基本的な作りは同じようであった。

ウンテンは空気を吸い、そして吐き出す。血の香りを肺に取り込みたかった。

それが彼なりの儀式であった。死者への礼節ではなく、己が力を高めるための儀礼。

死者の悲痛の念すらも血肉するという儀式であった。

そしてウンテンは大きな声で、

「ワハハハ! この性能ならば今すぐキョウカイシティを乗っ取ることもできよう! そしてノア王国との戦争の準備もできよう。兄の唯一の欠点は政治を気にしすぎることだ。力を持って既成事実を作れば、誰も逆らえんことは歴史が証明していることであろうに!」

冗談とも本気ともつかない叫び声をあげた。

「それは無謀というものですよ、ウンテン様。政治も戦争も同じです。つけ入る隙を与えるべきはありません。オーベン様の案は悪いものではありませんから……」

甘い声がウンテンの背中をなめた。それはよく知った、妖艶な声だった。

「そんなことは分かっているぞ、淫らなマーギアめ! 俺が兄を本気で侮辱するものか!」

ウンテンは振り返り、すぐさま睨みつける。野獣でさえひれ伏すような眼光であった。

その視線の先いるのは女だった。

紫色のローブを着込んでいる。フードを目深く被り、覗けるのは艶のある唇と藍色の長髪だけ。

この女の素顔は長い付き合いにはなるが一度も見たことがなかった。

顔を覗かせないのは魔術的な理由であり、要は願掛けのようなものだそうだ。

その制約を課すことで己が魔力を高めると言うのである。

だがウンテンはそれが許せなかった。顔すら見せない不届きものなぞ誰が信用できる?

『ブルーダー家の者に会うならば、フードを外すことなど当然の礼儀であろうに』

自らの位の高さが、目の前のマーギアの不誠実さを許せないのである。

「兄のオーベン様はこのフードの事を許しておいでですよ、ウンテン様」

マーギアは笑う様に言ってのけた。

口にしていない本音をマーギアは読み取ったようである。

心を勝手に覗いたのか?

ウンテンは青筋を浮き立たせて怒鳴る。

「失せろ! マーギア! 俺を笑っていいのは兄だけだ!」

「マーギアではなく、リッシュとおよび下さい。私にだって名前はありますわ」

「うるさい! それにしても何様だ。グラスの性能テストなど俺一人で十分だ」

「そうでしょうが、スパイから伝達があったのです。リッターが一人こちらに来るかもと……」

「何? リッターだと……」

ウンテンはリッシュから差し出された手紙を受け取り、目を通す。

「召喚剣は持っている、だがNFを持っている様子はない。名をメイギ・ケニーヒ……」

クシャリと手紙を潰し不敵な笑みを浮かべた。

「これは面白い。超人たるリッターに対してグラスの対人兵器が有効かの実地テストが行える」

そういうとウンテンはコクピットに滑り込みグラスを起動させる。

リッシュは悟ったように空中に浮き上がる。地面に落下することなく飛んで見せていた。

グラスは瞳を紅蓮色に光らせ、腰に下げたメイスを抜き取る。

そしてすぐさま目の前のカタツムリの形をしたトレーラーに叩き付けた。

トレーラーは容易く潰されてしまう。

メイスに圧された地面は噴水のように吹き上がる。

NFは剛腕なのである。耳を劈く破裂音はその破壊力を教えてくれた。鉄の弾ける音、大地の割れる音、が夕暮れの空に響き渡る。これを止める兵器は同じNFだけだ。

弾けた鉄や岩がグラスの装甲にぶつかったが、傷一つつかない。エンジェルジェムで作られたNFの装甲を破壊できるのは、同じくエンジェルジェムで作られた装甲か剣だけなのである。

「流石NF。戦争の主役はやはりマーギアや整備士のシュミートではなくNFとリッターだな」

リッシュは呻く。グラスの挙動があまりにも速かったために、メイスを振り上げて振り下ろす過程は、近くにいたリッシュにすら見えなかった。気づけば鋼鉄の拉げる音響が耳を震わせているのだ。トレーラーを潰したまま動かないグラスの姿が目に焼き付くだけなのだ。

「しかし何故、トレーラーを破壊したのです。積み荷を頂戴してからでも良かったでしょうに」

リッシュは額から一筋の汗を垂らし、破裂したトレーラーを見つめた。機材が発火したのか一筋の煙が上空に向かって伸びていた。

「積み荷などいらん! 金にも物資にも困っていないのだから! それにトレーラーを破壊した振動と音! そしてこの煙を見れば、必ず件のリッター“メイギ”は来るであろうが!」

「狼煙という分けですか……メイギをおびき寄せるいい餌となりましょう」

「スパイからの伝達ではメイギはNFを持ってないと書いてあったが、念のため調べておけよ」

「私の“ラウンド・ノウ”なら大地に存在するNFをすべて調べることが出来ましょう」

そういうとリッシュは下降して、地面に降り立った。そして何やらぶつぶつと呪文を唱え始める。

「ふっやはり薄気味悪い奴、マーギアと言う人種は信用できん」

ウンテンは禁忌でも見るかのように嫌悪感を露わにするのだった。


メイギの前にあったのは四葉であった。見様によっては十字にも見える。幸運の葉であった。

だが見つけてラッキーだと思うことはない。そんな余裕はない。

メイギには決定的に衣食住の食が足りていなかった。

「この草は食えるのだろうか? 食えたとして毒にはならんのだろうか?」

朝から何も食べていなかった。アンナの馬鹿が昼を一人で食べきって、そのうえで財布が空になったのだから後は水で凌ぐしかなかった。しかしそれも限界に近かった。そこで四葉を見つけたのだ。

「四葉食えるだろうな、栄養になるかは分かんないけど、食べられるのだろうな」

半分は自分に言い聞かせていた。空腹に耐えられなかった。

ここはキョウカイシティを出て数キロの場所。誰に見られる心配もない。恥も外聞もない。

「よし食べよう。野盗の前の腹ごしらえだ。意外とおいしいかも」

メイギが屈んで手を伸ばした時、強烈な爆音が耳を裂いた。

背中からであった、遥か後方からであった、何か堅いものが大地と一緒に破産する音であった。

「何だ? いやこの音響はエンジェルジェムの独特の反響……NF、野盗か!」

そう当たりをつけた時にはメイギは風となって大地を駆けていたのだ。

リッターたるメイギの走りは本当に速い。常人ではあっという間に視界の彼方だろう。

アルカディアの移動手段であるホバーよりもはるかに速く時速一〇〇キロは優に超えていた。

リッターは機械より速い。

だからこそだ。だからこそ、彼は野盗の探索手段に徒歩を選んだのだ。

自分が走った方が遥かに速いことを知っていたのだ。

もうすぐである。ウンテン、リッシュ、そしてNFグラスがいる場所まであと少しだった。

空腹のことは既に忘れてしまっていた。


「速いな、メイギと言うやつリッターとしての能力は俺に匹敵するかもしれん」

ウンテンはグラスのコクピットの中でディスプレイに移る映像を見ていた。

NFのカメラはあらゆるセンサーを内蔵し、あらゆるものを見通す。

メイギがこちらに向かっていることなどすぐに分かることである。

しかしメイギは速かった。才能あふれる自分に匹敵すると、ウンテンは思うのである。

しかし恐れはない。冷静に敵を評価するだけである。むしろ敵の能力を知ることが出来て有利になったと歓喜するのである。ウンテンとは狡猾な男なのである。彼は薄く笑みを浮かべていた。

遊びが過ぎるのが唯一の弱点なだけだ。

ウンテンは別の映像を表示させる。足元の映像だ。リッシュが何やらやっているようであった。

地面に立つリッシュの足元に六芒星が浮かび上がる。髪と同じ藍色の文様であった。

やはり不気味である。人の魂を吸い取るかのような禍々しい光を帯びている。

直視すればウンテンでさえ気が遠のいて行きそうだった。

その六芒星が破裂するように広がって、瞬間、小波のようにリッシュのもとに戻った。

「探査は終了しましたウンテン様。あのメイギ周囲十数キロにNFはありません」

リッシュはフードの奥深くから悩ましげな声を出す。

「確認のためであるが、貴様のラウンド・ノウは確実にNFの反応を読み取れるのか?」

ウンテンはコクピットからリッシュに質問する。わざわざ外に出るつもりはないのだ。

「ラウンド・ノウは大地にいるNFのエンジェルジェムの振動音を感知する魔法です。エンジェルジェムは魔力と常に共鳴、振動していますからこれを感知し、NFの数と種類を探査するのです。無論トレーラーに乗ったNFも感知できます。地上の上に直接立っている必要はありません」

「グラン・ノウの探査可能距離は十数キロ……NFの召喚剣による転送距離は数キロだから完全にカバーしているわけだな。召喚剣でNFを読み出せる距離には、どこにもNFはいないわけだな」

「はい……ただし地表にいるNFだけです。空母に搭載されたNFは別です。空にいるNFは地表から離れすぎていて、探査できませんから、信頼しすぎぬようお願いいたします」

「ふん! 流れのリッターが空母など持つものか! そんなもの大国のリッターしか持たんよ!」

リッシュの助言をウンテンは鼻で笑った。空母は莫大な魔力で飛行する兵器なのである。維持費にも莫大な金が必要なのだ。そんなものをボロボロのローブを羽織ったメイギのような流れのリッターが持ちうるはずがなかった。そもそも空母サイズならグラスで見つけられないはずがない。

グラスのセンサーは、空母のような存在はないと報告もしてくれているのだ。

「スパイの言うとおり、メイギはNFを持たんのだ。どこぞの大国のリッターだったのだろうが、敗戦で職を失ったか、脱走でもしたのだろう、能力はあるようだが残念な奴。だがだからこそ、このグラスの対人兵器の性能テストには持ってこいだ」

「しかし本当によろしいのですか対人兵器ではNF戦では圧倒的に不利です。もしもメイギがNFを持っていた場合、いかにグラスと言えど敗北は必至です」

「だからあいつにNFはないと言っているだろう! 貴様のグラン・ノウでもないと探査しているのだから間違いない事だろうが! それとも自分の魔術に不安でもあるのか? もしそうなら貴様はマーギアとして失格だ。そんな奴を食わせるほど俺は寛大ではないぞ」

ウンテンの声には棘があった。聞くものからすれば剣ほど鋭さのある棘だった。

そんなものが飛んでくるのだからリッシュはごくりと生唾を飲み込んで黙るしかない。

ウンテンは獰猛である。性能テストと言いながら人を虐殺するのが楽しいのだ。その欲求を満たす為には対人兵器がもってこいだった。対人兵器はあえて人体のパーツをいくつか残すような威力に設定されている。確実に息の根を止めるが、遺体は残すのである。それは何故か? 他の者に絶望と恐怖を植え付けるためである。希望と反撃の意思を削ぐためである。

故にウンテンはこの装備が好きなのである。半分は遊びである。

しかしそれが彼の運命を決めるのだ。


細く薄い煙が見えた。何かが燃えているのか、狼煙の様にも見える。

「爆発音が聞こえた方角だ……やはりNFがいると見た方がいいか」

メイギは細く薄く上っていく白い煙を見て、さらに足を速める。体は軽かった。心が躍っていた。

ようやく野盗の顔を拝めるのである。敵の謎の一端に触れることが出来るのである。

最初にキョウカイシティのNF――ノア王国から譲渡された――ピジョンが野盗に負けたと聞いた時、とてもじゃないが信じられなかった。しかも完膚なきまで破壊されたというのだ。

あのピジョンが? 本当に信じられなかった。

調査部の報告では、敵のNFの情報は掴めなかったというのである。

メイギはそれを調査するためにキョウカイシティまで来たのだ。

「食い逃げ犯にされるとは想定外だったがな」

走りながらもニヤリと笑って、腰に下げた召喚剣を撫でた。

剣の金の柄が笑う様に揺れた。キラキラと金色の残光が帯を引いて後ろに流れて行った。

メイギの切れ長の眼がまっすぐに野盗のいる場所を見据えていた。鋭い目である、精悍な瞳である。悪を立つ、清らかな聖水のように光る眼光である。

『カイゼル・オブ・アークよ。いよいよ出番だ。街を荒らす野盗を屠るとしよう』

もう一度召喚剣を撫で心の中で呟く。剣はやはりニコニコと揺れるのだった。

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