騎士と鍛冶屋
メイギと凛の衝突は街を歩く人たちも見ていた。
その光景は若いカップルの痴話喧嘩にも見えただろう。
甘酸っぱい青春の一ページであるのかもしれないし、微笑ましいものでもあるはずだ。
だが仕事を失って憔悴している炭鉱夫にとっては耳障りなものでしかない。
「おい、お前、何、凛ちゃん泣かせているんだ」
メイギと凛の間に、スキンヘッドの髭面の男がぬっと顔を出してきた。
その口ぶりから凛の知り合いだろうが、男は赤ら顔であった、酔っ払っているのである。
男の吐く息は酒臭く、ヤニ臭かった。だがそれ以上に匂う。
怒りや不満の匂いを放っている。
仕事を出来ず、街をぶらつくしかない悲痛さが、体臭となって滲み出ていた。
「別に凛をいじめているわけじゃない。見解の相違ってやつなだけだ」
酔っぱらいの八つ当たりなど面倒なだけだ。メイギは早々に会話を打ち切ろうとした。
だがその言い方は男を激高させた。
「何が見解の相違だ! この餓鬼が!」
かっとなってメイギを殴りかかる。
「止めてください。ケインさん!」
凛が間に割って入った。その身のこなしは猫の様に素早い、例えを変えるなら女忍者だ。
「きゃあっ!」
凛の悲鳴が木霊する。男の、ケインの拳は凛の腹部を捉えたのだ。
酔った勢いで、ケインも途中で止められなかったのだ。凛は吹き飛ばされる。
すっと、まるでスライドするような身のこなしで、メイギは凛を受け止めた。
「馬鹿なやつだ。人の事を思って、飛び出して、最後には自分が傷ついて」
メイギは凛を抱いてから、地面に優しく寝かせてやった。
『しかし随分……』
凛にある違和感を覚えたが、それを追及できないのはケインが顔を真っ赤にしているからだ。
ケインからすれば凛を守るために出てきて、誤って殴ってしまったのだ。
収まりはつかないのだろう。体がプルプルと震えている。
これで酔ってなければ、謝るなりあるのかもしれないが、今は期待できない。
「全部、お前が悪いんじゃないか! この食い逃げ野郎!」
吐き捨ててケインは飛び出してきた。堪えようない何かを暴力として爆発させるつもりなのだ。
「俺は一ミリも悪くないが、確かにこの美貌は罪かもな!」
メイギはニヤリと笑ってケインの体当たりをかわす。
ケインは炭鉱の仕事で鍛え上げられた屈強な体をしている。それに対してメイギの線は細い。もしケインの体が触れればメイギは簡単に吹き飛ばされそうだった。
「避けてんじゃないぞ!」
ケインの回し蹴りがメイギの顎に向かって伸びる。
が、メイギはまるで重力など無いように高らかと飛んでそれをかわす。
音もなく、数メートルは跳躍していた。
まるで鳥のようである。最早観客ともいえる街の人も、渦中のケインも、驚きで口を開いていた。
「お前何もんだ!」
ケインは焦りながらも後ろに下がり、間合いを取った。
「その距離はまだ俺の拳の間合いだぞ!」
着地したメイギはカット目を見開き、正拳突きを放つ。二人の間合いは拳が届く距離ではない。
だがメイギの拳から気の塊のようなものが飛び出して、ケインの腹部を捉えた。
それは不可視ではあったが、事実ケインはそれを受け木の葉のように宙を舞った。
ドサリ、鈍い音を立てて、ケインの重い体が地面に落下した。
「お前何もんだ? と言ったな。俺はリッターだ。ただのリッターだ」
メイギはそういうとローブを翻してその場を後にした。
横たわる少女、凛のことが気になったが、恐らく大丈夫だと思えた。
「女にしては随分、筋肉をつけていたな。ケインに殴られてもすぐに回復するだろう、いや本当はダメージなど受けてはいないのかもな、受け身だって取れていた」
あの時の違和感。まるで凛は戦闘兵士のような体つきをしていたことを思い出す。
『まあいい。人にはそれぞれ事情があるのだからな』
フフとメイギは笑った。自分もそうなのだ。ここでNFを出せないのも事情があるのだ。
詮索するものではない。みんな曖昧に歩み寄って、それで形が出来ていくのである。
そこで形成されたものを世界と呼ぶのである。
メイギはその世界を渡り歩きたいだけなのだ。
メイギはリッターである。
巨大兵器NFに乗れるリッターはただのスペシャリストではない。
音速を超える速度で白兵戦を行うNFに乗るということは、尋常ではない負担に耐えなければならないということなのである。常人がNFに乗れば、一瞬にしてミキサー状になってしまうことだろう。リッターは素質があり、十分な訓練を積み、魔術によって改良されなければなれないのである。マーギアほど、予算も時間も掛らないが、リッターもまた貴重な人材なのである。
「ここがキョウカイシティの自衛基地か」
メイギが歩いた先に、フェンスに包まれた如何にも重苦しい雰囲気の漂う一画があった。
ふらふらと歩いてここまで来た。遠回りもしていた。
別にここにあると知っていたわけではなかった。ただ匂いに釣られただけだった。
それはメイギの大好物。戦の匂いである。より強力な香りに惹かれて視線を右にやる。
緑のアーチ状の屋根が並ぶ施設の脇にそれはあった。
「そしてあれがキョウカイご自慢のNFか」
歓喜に震え、顔は綻ぶ。視線の先には休むように片膝をつき佇む巨人、NFはいたのだ。
そのNFは濃い緑に塗装され、いくらか装甲を改造されてはいるが間違いなく、ノア王国の主力NFピジョンに間違いなかった。羽根を思わせる装飾が見事な重量級のNFである。
「親交の贈り物として、ノア王国からキョウカイシティに三機のピジョンが譲渡されたはずだったな。だが凛の話では二機既に破壊されている。あれは残った一機か……しかし凛々しいものだ」
メイギはフェンス越しに遠くからしか見られないのが、もどかしかった。どこか抜け道はないだろうか? と探しはじめるが同時に頭を抱える。「だけど俺無銭飲食犯だもんな、これに重要施設不法侵入犯が付け加えられたら流石に主人公ではいられない~~」まあどうでもいい話である。
「コラっ! そこの奴何やっている!」
そんな不審者を咎めるような声が響いた。甲高い女の声だった。
「まだなにも!」
不審者と言う自覚のあるメイギはすぐさま謝って見せる。
「あっ! お前、さっきケインを叩きのめした奴。メイギって名前だろ? 凛ちゃんが探してたぞ」
女の声色が優しいものに変わった。女はよく見れば美少女だった。背は凛よりも低く小柄だ。
メイギの顔を覗き込みニッと笑う。その顔はとても明るくひまわりを連想させた。暑く、健康的であり、かつ可愛らしい笑顔だった。とても幼い顔立ちの中で確かな利発さを潜ませている。
頭をすっぽりと包むニット帽に、肩まで伸ばした黒髪の美しかった。
「ああ、さっきの喧嘩を見ていた人か。いやあれは誤解なんだ。ケインって奴が勘違いしたんだよ」
メイギは目の前の少女を可愛いと思いながらも、誤解を重ね無い様に慎重に話した。
「それは知ってるよ。あの喧嘩の後、凛ちゃんが全部誤解だって説明してたからね。誰もアンタを悪い奴だなんて思ってはしないさ。まあ無銭飲食は擁護できんが」
「いやそれはアンナのせい……」
そこまで言ってメイギは口をつぐんだ。
まあ正直アンナのせいでもなんでも無銭飲食は間違いないのである。
「で、メイギ君はここで何をしていの? ああそうか、リッターなんだってね、NFに興味あるの?」
「そりゃそうさ。ここにNFピジョンがあると聞けば、近くで見てみたいと思うものさ」
「まあ全リッターの憧れのNFだもんね、ピジョンは。一度は見てみたいと思うわな」
「初めて見るわけじゃないんだけどな……それにしても見たいもんだ」
「別にいいわよ? メイギはいい人だって凛ちゃんも言ってたし、あの娘の目利きなら信用するわ」
「へ? いいの? でもこの中に入る権限なんて、君みたいな女の子にあるわけないだろ」
「あ~ら、酷い言い方ね、こう見えてもキョウカイ騎士団の整備主任を務める美少女、ブルーメ・ゾンネンとはあたしの事よ!」
ヒマワリのような少女、ブルーメは小ぶりな胸を張って自信満々に答えた。
「整備長、じゃあ君はあのピジョンの“シュミート”?」
「そうよ、ピジョンすらも整備しきる当代随一のシュミートとは私ブルーメちゃんのことよ!」
それを聞いて、メイギは唖然とするしかなかった。「こんな女の子がシュミートなんだ……」
シュミートとはNFを製造、整備する者たちの事である。もともとは鍛冶屋を表す単語であったが、NFの特徴である召喚剣の存在から、NFを整備する者もシュミートと呼ばれるようになり、今ではこちらの意味でつかわれる方が一般的になった。
NFの製造は完全なオーバーテクノロジーであり、現代人が新開発をするのは不可能とされている。新作が発表されることはままあるが、装甲や機能をマイナーチェンジしているに過ぎない。
シュミートに必要とされるのは力ではなく、魔力と技術力である。
シュミートは魔導師であるマーギアと連携して、エンジェルジェムからフレームや装甲を建造する。
その際使われる設計データは古代人が残したものだ。太古の超科学こそがNFの正体なのだ。
設計データを正しく理解しする事こそシュミートの技能と言える。
太古の技術を解釈するのは専門性の高いシュミートでなければ不可能なのだ。
NFは一度完成すればNFは自動修復機能すら発揮する。
例え大破したとあっても必要な時間、必要なエンジェルジェムの数、優秀なシュミートとマーギア。
これらがあれば完全再生は可能なのだ。無論、実際は大破が著しく再生困難のため、遺棄される場合も多く、戦争後はばらばらとなったNFが並ぶものである。
「しかしこんな女の子がシュミートとはな」
NFの修復効率はシュミートの質と数で決まるが、常に人で不足だった。裏方とはいえ、巨大なNFを取り扱う現場は過酷であり、また戦争の前線に行く場合もあるため危険も多い。
相当な報酬が約束されているとは言え、人気のある仕事とは言えなかった。
にも関わらず、ブルーメと言う小柄な少女はシュミートをやっていると言うのである。
「信用できない?」
ブルーメはまるで揺れる花弁のようにこくりと首を傾けた。
メイギは空を見上げた。
信用できない……先ほど凛にリッターだと信じてもらえなかったばかりである。
「……信用するさ。疑われるのは面倒だもんな」
「NFを見せられないリッターなんて疑われるに決まっているじゃない」
ブルーメはからからと笑うのだ。
「うっさい! 理由があるの、事情があるの、主役NFはすぐには出ないの!」
「主役? 何それ、分かんないな~。でもまあ行きましょうか」
とブルーメはニッ笑って、
「ゲートオープン、キョウカイシティのNFの底力を見せてやりましょう!」
よく通る、まるで透き通るような美声で叫んだ。
「お頭、分かりました」「親方、いま開けます」「姉御、ピジョンは完璧ですぜ」
部下と思しき男たちの野太い返事が返ってくる。
「お頭? 親方? 姉御?」
メイギはブルーメには似つかわしくない呼び名に引きつり笑いで、
「整備主任って呼べえええええ!」
ブルーメは絶叫だった。
そしてフェンスは開かれる。どうやら本当にシュミートだったようであった。
メイギとブルーメはフェンスの奥に進んだ。
キョウカイシティの警護騎士団の拠点である。
フェンスの中には緑の屋根の映える、整備施設が三軒並んでおり、その周囲には補充物資と思われるコンテナがいくつも積まれてあった。規模として大きくないが、それでもNF三機を運用していた施設である。いつでも実戦で活用できるような洗練された空気感があった。
メイギは立ち止った、積み荷を背負った車両が前を通り過ぎたのだ。
巨大なNFのパーツが整備車両によって運搬されている。車両にはタイヤはなかった。地面からわずかに浮いて走っている。魔力によってホバリング走行しているのだ。
もしそうでなかったのなら、数トンにも及ぶ巨大なNFのパーツを移動するには労力を要するだろう。魔力によって重力コントロールすることによって、効率よく運搬しているのである。
車両は土ぼこりを上げながら通り過ぎる。
わずかに砂が顔にかかったが、気になるものではなかった。ここは現場なのである。巨大兵器の運用場なのだ。些細な汚れなど気にするものはここに入る資格はない。
ブルーメに案内されて、目的の場所までたどり着いた。
そこにはあった。ノア王国の代表的NFピジョンである。巨大さに唸る。
メイギはピジョンを見上げ、その仕上がりに感動すら覚えた。
ピジョンの装甲は厚みを持ちながらも、しなやかさを兼ね備えており、太陽の光を受けて滑らかに輝いていた。それは匠の技と言ってよく、ブルーメのシュミートとしての力量を伺わせた。
ブルーメもどこか誇らしげだ。
「親方姉御さんは本当に素晴らしいシュミートのようであるな」
「整備主任って呼べ、三枚に下ろすぞ、偽リッター」
「ごめんなさい、偽じゃないけど、ごめんなさい」
ブルーメの威圧感にメイギは頭を垂れる。ただの冗談のつもりだったのに……。
「それにしても凄いな、このピジョン。本国の物と比べても負けてないぞ」
「ふふ、それはそうよ。なんてたってこのブルーメちゃんが整備しているんだからね。格式だらけのノア王国のシュミートじゃこうわいかないわ、装甲のエッジだって、こう丹念に加工して磨いているんだからね」
ブルーメは饒舌だった。星の煌めきのように目を輝かせて、さらに口を開く、
「ノア王国から送られた時は出力を下げられていたんだけど、リミッター開放してエンジェルジェムを特注して、装甲を補正して、たぶん本国のものより高性能になっているわよ。ピーキーだけどね」
「乗ってみたいものだな」
メイギはお世辞ではなく、本気でそう思った。ピジョンには幾度となく乗ってきたが、この特注品はまた違った乗り心地がしそうだった。シュミートが違えば同型であってもNFの性能も変わってくる。それはアルカディアの常識である。
だからリッターは強力なNFよりも優秀なシュミートを追い求めもする。
「偽のリッターには乗せられないわね~。それにこれはちょっと整備変更中だから駄目よ。装甲を薄くして、機動力を上げるために、エンジンからエンジェルジェムの比率から、魔力の注入から、変更しているからまともに動かないわよ」
「そんなに改良しているのか? 野盗が来るかもしれんって言うのに、随分悠長なことだな」
メイギは冷ややかな視線を送って嘆息する。動かないNFなど防衛にはならないはずだ。
「逆よ、野盗が来るからよ。他のピジョンは野盗のNFにやられてしまったわ。今のままのピジョンではまたやられてしまう。だからリスクはあっても改良するしかないのよ。まあ博打だけどね」
そういうブルーメに悲壮感はなかった。ピジョンの改良を心底楽しむような気概があった。
「NFを改良するチャンスだと。遊んでいるだけじゃないのか」
「それもあるわね」
メイギの呆れた口調に、ブルーメはウインクで返した。
NFは最終兵器でありその国の切り札である。その運用も必然出来に保守的になる。
余計なことをして、失敗でもすれば、その国の国力を損ないかねないのだ。
それはキョウカイシティであっても同じであろう。それまではピジョンの改良など出来なかったはずだ。だがここで野盗に惨敗したことで、切っ掛けが出来たのだ。
このままでは敗北は必至だという危機感をブルーメは最大限利用している。
恐らく改良の設計図は以前から出来上がっていて、そのチャンスを伺っていたに違いなかった。
だがそれをメイギはわざわざ言うことはない。
野盗の襲撃と言う未曾有の事態であっても、遊び心がなければ乗り切れるものではないのだ。
人とはそういうものである。いつまでもシリアスモードでは生きられない。
「しかし改良中とはいえ見事なものだな。特に“アルムシルト”は攻撃寄りの意匠だ。好みだ」
メイギはピジョンの肥大した前腕装甲を指した。腕に取り付けられた羽根飾りが伸びていた。
アルムシルトとは他の装甲と比べて一回り大きい前腕部を意味する言葉である。
そして全てのNFに共通する特徴の一つでもある。
もともとNFの骨組みとなる基本フレームは細いのだがそれに外装を取り付けることで見た目は様変わりする。重装甲ともなればかなり太くなるし、逆に高速戦闘に特化した軽装甲になれば細身のままである。だがどちらにせよ、他の装甲に比べて太く大きく作られる部位がある。
それが前腕装甲、アルムシルトなのである。
この部位が巨大化するのはNFの戦術的運用上の都合である。
NFは剣を使った白兵戦が主体である。
剣を振る、殴りつける! それが最も効率がよい戦い方なのだ。
その戦法で重要視されるのが、アルムシルトだ。肥大化しているのは腕と盾が融合しているからだと考えてもらっていいだろう。一つになる事でより強固になるのだ。
前腕装甲を肥大化させ、時に盾として、時に鈍器として使用する。
腕の重量が増すことで、素手での攻撃もより強力なものになる。
殴るという攻撃はリーチこそ短いが小回りが利く。懐に入り込めば互いに剣を捨て、殴り合うという場面だってあるのだ。その場合鋭く重い事が有効に働く。
そしてそれらの攻撃もアルムシルトで受ける。
攻防いったいの万能兵器それがアルムシルトなのである。
「アルムシルトはNF戦の要。NFの第二の顔よ。軟なものは取り付けられないわ」
ブルーメは腕を組み誇らしげだ。自分の作った物に自信があるのだ。よきシュミートの証である。
「それにしてもお前、唯の者じゃないな? この実力なら大国の騎士団にいてもおかしくないぞ」
メイギは尖った顎を向けてニヤリと笑う。お前は何者だと言いたいのである。
「私はもともとフリーのシュミートだったの。NFをいじられれば何処でも良かったのよ。万年人不足の仕事だからどこでも入れたわ。有名な所では、グリム王朝のNF“スノウホワイト”アーカム帝国のNF“ナイトゴーント”そしてここキョウカイシティではノア王国のNF“ピジョン”をみている」
「そりゃ凄い。国家を代表するNFばかりじゃないか」
メイギは口笛を吹いて驚いて見せた。だが内心はそうだろうと思う。
目の前のピジョンの出来栄えを見れば、それくらいでなければ辻褄が合わない。
「でもね本当に見たかった、触りたかったNFには会えなかったんだ……」
「なんだ? まだ出会ってないNFがいるのか?」
「ノア王国が秘蔵すると言われる。超極秘NF“アーク”よ! ノア王にのみ従う、あらゆる越権行為を認められたアーク騎士団のもつNF、アーク。私は一度でいいから触れてみたいのよ」
「アークにアーク騎士団か……そんなものは噂だろ。都市伝説さ」
メイギは知らないふりをして言う。だが隠しきれてはなかった、口元が緩んでいるのだ。
何かを知っていますと顔が語っていた。
「噂でもいい。でも信じたいじゃない。秘密結社の秘密兵器。そんなロマンがNFには必要よ」
ブルーメは満面の笑顔だ。まるで咲き誇り太陽を向くヒマワリのようだった。清々しさと力強さを兼ね備えたそんな笑みだった。
彼女の清らかさが、花の香りのように広がって、メイギの鼻をくすぐっていく。
いい娘なのだなと思った。凛と同じでまっすぐな娘なのだなと思った。
大食い王のアンナとはまったく違うなと、頭が痛くなった。
「君といい凛といい。キョウカイシティの女の子はみんな優しい子ばかりだな」
つい本音が零れ落ちる。
「でも凛ちゃんがここに来たのは半年前よ? 私もフリーであちこち行っていたから、ここに来たのは二年前くらいに来たんだけど。凛ちゃんが性格いいのはキョウカイシティの力じゃなくて、育ちがいいだけだよ」
メイギに褒められて嬉しいのか、ブルーメは顔を赤らめていた。
「ん? そうなのか、ちなみに野盗が出始めたのは何時頃だ?」
メイギの口調にはどこか相手を射抜くような鋭さがあった。どこか威圧感があるのだ。
「三か月前ね。って! 凛ちゃんを疑っているの? あの娘はグリム王朝の国民証明書だって持っているのよ。アンタと違って偽物じゃない、本物の証明書よ! 野盗なわけがないじゃない!」
メイギの迫力に反発したのかブルーメの口調も荒い。
「凛はグリム王朝から来たのか……」
「キョウカイシティはノア王国とグリム王朝の国境にあるんだから、別に不思議はないわよ」
ブルーメはむくれた面である。熟したボタンのように深紅に顔を染めて反感を露わにしている。
「そうだな。別に不思議じゃないな。どこもおかしくもない。疑って悪かった。だってしかたがないだろう? 野盗を倒さないと俺は無銭飲食犯にされちまうんだから、焦るのさ」
「凛ちゃんはいい娘なんだから。悪く言わないで、偽リッターにも節度はあるでしょうに」
「分かった。分かった。もう言わないよ……。後で鉱山の見学もしたいのだが」
「鉱山は、今は野盗がうろうろしているか立ち入り禁止の閉山よ! まあ私は秘密の抜け道を案内できるけど。今は気分を害しているから無理よ!」
ブルーメは顔を膨らませて怒っているようだった。凛を疑ったことが許せないらしい。
「嫌われちゃったな。じゃあ、この辺でお開きにしよう。俺は帰るよ」
そういうとメイギはくるりと踵を返して、その場を後にした。
メイギの羽織ったボロボロのローブが、風に煽られていた。
ローブは今にも破けてしまいそうに痛んでいた。
いつ洗ったかもしれないローブである。黒に染まった、まるで闇夜を切り取ったローブである。
だがその後ろ姿には浮浪者のような汚らわしさはない。無論悲壮感もない。
何かどこか洗練された美が秘められていた。風に吹かれる様は絵画のように人の心を打つ。
只者ではない。その後ろ姿は彼の本性を物語っているようでもあった。
そのメイギの後ろ姿をぼんやりとブルーメは見つめていた。
後ろから、ガッシリとした岩のような体つきの男が出てきた。部下であった。
「お頭どうしたんです? あんな奴もういいじゃないですか、どうせ偽物でしょう」
「…………」
「お頭、聞いてます。ねえ聞いてます?」
「…………」
「ああそうか。姉御じゃなくて……整備主任、早く行きましょう。みんな待ってますよ」
「でもあのメイギって男、妙に鋭いところがあったなと思ってさ」
ブルーメは機嫌を直したのかにんまり笑って、口を開く。
「本国のピジョンを知っているような口ぶりだったし、私が大国の騎士団にいたことも見抜いた」
「それって偶然じゃないんですか?」
「そうかもな、でもそうじゃないかもしれない。それに……」
ブルーメの顔に不安の影が浮き上がる。メイギは凛を疑っていたようなのである。
友を疑うことなど認めるわけにはいかない。が、引っ掛かるものもある。
けれど……。
「でも、凛が野盗と関係があるわけがない。凛がどんな目にあってきたかメイギは知らないんだ」
もうメイギの後ろ姿は見えなくなっていた。