会話のベクトルがちょっとおかしい不器用同士なカップルのお話
僕には最近彼女になったクラスメイトがいる。
彼女はクラスでも変わった雰囲気の子であまり人と話したがらない、
いつも一人で窓から景色を眺めている子だった。鉄壁、というかそういう
誰も寄せ付けない雰囲気を放っているというか――とにかくそんな女の子だった。
言うて僕の方もあまり進んで他人に声を掛けるような面ではなかったし、ましてや特に恋愛がしたい!などといった願望も持ち合わせていなかったのだが……
さてここで、なぜそんな二人が恋人になったのか、と思う人も多くはないだろう。
だがそれを話すと日が暮れてしまって、今日話したい内容も話せなくなって途方に暮れてしまいそうなので今のところは省略させてもらおうと思う。で、だ。 今日僕が最も話したかったことというのは、
僕の彼女は意外とおしゃべりだった、ということだ。
ーーーーーーある日の会話 偶然街角にてーーーーーーー
「あら浦田くん、偶然」
「おう花弥乃。偶然だな、こんなところで」
「何? 何かの取材かしら」
「僕が帽子を被ってるからって夜六時半放送の地域活性化探検番組と勘違いするな」
「あら、そう。てっきり私も取材されるのかと思ったわ」
いや、しねぇよ。……今さら。
「ところで浦田くん、夏休みは何して過ごしていたの」
「夏休みか。えぇっと……」
「わかったわ」
「なんだよ」
「バイトね」
「何で?」
「そんなの決まっているでしょう。浦田くん疲れきった顔してるわ。きっと店の店長が男子好きであんなとこやこんなところまで余すところなく搾り取られたー」
「わけねぇだろ!」
「ではその疲れた顔はー」
「暑さだよ。いやぁまだ残暑が辛いよな」
「本当ね。で本当のところ、夏休みは何してたの」
「え、なにって、妹の世話をして一緒にゲームして暑さしのぎに一緒プールに行ったくらい。そうだな、一人の時は普通にネットとかしてた」
「そう……安定のシスコンね」
「うっせぇ」
寸時の沈黙。
「それで? 花弥乃は夏何してたのさ」
「私? そうね、今年の夏は海老で鯛を釣ったわ」
「ほーん、何かいいことでもあったのか」
「いえ、実際に釣りに行ったのよ」
「マジかよ!?」
「私って学校で友達いないじゃない。それで誰からの誘いも来なかったから……行ったわ」
「いや何でそこでそうなるんだよ。ごめん俺から何か誘えば良かったよ」
「あら、別に、お気遣いは結構よ」
「本心だよ。……で、鯛は釣れたのか……」
「……聞かないでちょうだい」
「お、おう……。そ、それで他には何かしてたか」
しばらくの逡巡の後、視線を電信柱に向けながら花弥乃は淡々とその言の葉を綴る。
「そうね……。猿は本当に木から落ちるのか山の中で観察したり、鵜の真似をする烏が本当にいるのか夕方街中を歩き回ったり……あ、あとは石橋を叩きながら歩いているおじさんもいたわ」
「ことわざ検証してみたシリーズの話じゃねぇ…」
「そうだわ。今度一緒に牧場に行って馬に乗りましょう。若々しい馬がいいわね」
「僕は痴漢じゃねぇよ!」
「あら、博学ね。」
「あと蛇足だが最後の石橋のおっさんは多分点検か何かだろ」
「えぇそうよ」
「ったく……そんな無駄な事によく時間を割さけるな、お前」
「それは浦田くんも同じでしょう。この前公園のベンチで口を開けながらうなだれてた姿を見たわよ」
「あぁそれ。妹と喧嘩してたんだよ」
「そうだったの。ま、安定のスルーだったのだけれど」
「おい」
「あ、でも海老で鯛を釣ったというのは本当よ」
「ん?」
「だって私夏休みに、物差しで街中の自販機の下掃除して回ってたら全額にして総額2300円の小銭が集まったもの」
「物差しで金を釣ったって……それ○ートのすることじゃん」
「漁っていたのではなくて、「掃除」していたのよ。掃除」
「二回も言うな。にしても女子高生のすることじゃないだろそれ」
「……あら//」
「何だよ。急に顔赤らめて」
「だってそりゃいたいけな女子高校生が自販機の下を必死で覗いてたら後ろ無防備だものね…浦田くんのエッチ」
「なんでだよ」
「私は自販機くんの下のお世話で手が一杯なんです やだやめてください」
「下のお世話とか言うな」
「それはそうとして」
「うん、置いとくに置いとけないけどね」
「その見つけた2300円は一応交番に届けておいたわ」
「へぇ、偉いな」
「いえ、それがそうも行かなくて…… おまわりさんに発見場所は?て聞かれたから正直にこの街全部の自販機の下です、と言ってあげたの。そしたらね、お金全部返された」
「うん当たり前だ」
「落し物を貰ってもいいのかしら」
「寧ろそんな不特定多数の落し物はもうそれ落し物って言わないだろ。捨てられた猫って感じだ」
「あら、捨てられた猫」
「そうだ」
「私が引き取ってあげたのね」
「うん」
「なら大事に育てさせていただくわ」
「いやお金は育たないから。大事に使ってあげて下さい」
「もう。仕方ないわね」
「街が綺麗になって花弥乃もお金が増えてー」
「一石二鳥」
「僕に言わせろぉぉぉーー!!」
「彼女は良い所を奪っていくものなのよ」
「何それひどい。お小遣い制はヤだよ僕」
「じゃあ私と一つゲームをしましょう。勝ったら締めの言葉は言わせてあげる」
「何か別にやりたくもないが……わかったよ、ここは可愛く騙されとく」
「題して「略称変換ゲーム」」
うわ。何か花弥乃のテンションが上がった気がする。語調はいつもと同じだけれど。
「それでは一問目ね」
「来い」
「USJ」
「ユニバーサルスタジオジャパン」
「正解」
「これは余裕」
「では二問目に行くわ。ATP」
「アデノシン三リン酸」
「正解よ。理科用語もいける口なの」
「いや偶然だよ偶然」
「では三問目。全部で五問だすわ。えぇっと、ETC」
「ッ!? (急に難しいの来たな。。確か無人料金システムのことだから……)」
………………
「あら、ここで敗退かしら」
「いやまだだ。答えは……エレクトニックトールコレクションだろ!!」
「……ピンポンピンポン。お見事よ」
「ぃよっしゃ!」
「さすが私の彼女を名乗るだけあるわね。また惚れてしまうわ」
「名乗ってねぇよ。てか彼女って名乗ったらやばいだろ。せめて彼氏にしてくれ」
「四問目。ATM」
「スルーされた!?」
は? ATM?
瞬時に出された変化球に僕は狼狽した。結構レベル高いよなこれ。まぁ花弥乃博識だし……
にしても何だろう。
ATMって金をおろす機械だったよな。機械だから……Aはオートか?
ならTは……。Mは多分マシーンのMだ。ここまではオーケー。あとは……
T……T……Tかぁ。
「ここで終わりかしらね」
「いやいや。ま、待て」
「往生際が悪いわよ浦田くん。私はもう答えが言いたくてうずうずしてるの」
「分かった。じゃあとりあえず、答えるよ」
「へぇ。では、どうぞ」
僕は自分の中で考えうる最適解を答えた。
「オートトレーシングマシーン!」
「…………ぷっ」
「あ、お前今笑っただろ、」
「こほんッ、いえ、そんなことはないわ」
「いや笑ったって」
「トレースって何をトレースしたの?」
「いや、金をトレースしたんだが……」
「そうね。金をトレース……ぷぷっ」
「あ、また笑ったな」
「いえ、だって金をトレースしたら犯罪になるじゃない。トレースの意味はいくつかあるけどだいたいの解釈は写したり、追跡したりすること」
「へぇ」
どうやらトレースの意味を勘違いしていたようだ。
「あと最初のオートは、形容詞に直してオートマティックよ」
答えはオートマティックテラーマシーン。花弥乃は続けてそういった。
「四問目でアウトね。残念、締めは私が担当することになるわ」
なんだよそれ……
「あ、でも花弥乃。ATMって言ったら他にもあるぞ。ほら、さっきのETCのエトセトラみたいに」
振り返った花弥乃は、え?という疑問顔になり、人差し指をを口先につけながら考え始めた。
まぁこれはいじわるっちゃいじわるだが。
「何かしら……」
「さぁさぁ」
「えと………うーん……。……ごめんなさい、わからないわ」
「ぶっぶー! 残念でした。答えはあ・た・み」
「あたみ……熱海?」
「そう。これぞまさにダイ語というやつだよ。ゴシップの勝利だ!」
「…………」
花弥乃の顔がぷくーっと膨れー
「……盲点だったわ」
あっさりと負けを認めた。
勝負は結局尽かなかったので何かうやむやになってしまったがー
「これ、あげるわ」
花弥乃は一つのカードを僕に渡してきた。
「これも偶然自販機の下で拾ったの」
「ふーん。で、これ誰」
「調べたところによると近藤真彦さんらしいわ」
「……知らないな」
「何でも世間から「マッチ」の愛称で親しまれているらしいわよ」
「なんでそれを俺にくれる」
「あら、それくらい自分で考えたらどう?」
「は」
「では私はこれで行くわ。今日は今から塾にいかないといけないから。じゃあね」
「お、おい」
花弥乃は振り返ることなく去ってしまった。ほんと涼しいやつ。
それとこれは花弥乃と別れてから少し経って自分で思い出して吹いてしまったのだが
僕はどうも「街角」で「マッチのカード」をもらったらしい。
彼女に一泡吹かされたようだった。
お読み頂きありがとうございます。今回は読み切りのSSに近い短編をお送りしました。本サイト初の投稿作品になります。因みに駿馬は痴漢を乗せて走るのだそうですよ。