卒業式
「以上卒業生358名、起立!!」
桜の花が咲くか咲かないか、という時期になった。いわゆる卒業シーズンである。
高校三年生と呼ばれる高校生はみなこの時期に卒業と呼ばれる、いわば通過儀礼を乗り越え社会人になるもの、大学生になるもの、受験に失敗して浪人生になるもの……その他含め進路は多岐に渡るがが変化を経験する。もちろん俺もその例外ではない。いや正確に言えば俺のクラスも例外ではない、といったところか。
「感動の卒業式に居眠りとは感心しないな……」
卒業式が終わり卒業生が教室に移動した後、学級委員の神倉勇太が話しかけてきた。
「俺一人が寝てても進行になんの影響はなかっただろ。」
「それでも君だって卒業式という場においては主役の一人なんだから、その自覚は持つべきだ。」
鬱陶しい……はっきりいうが俺はこいつのことが嫌いだ。かなりのイケメンでしかも文武両道、テストの成績はいつも学年トップで剣道部の部長を務め全国大会で優勝するほどの潜在能力がチートなやつだ。しかも家柄もよく俺みたいなクズ人間にも優しく、だが時に厳しく接してくれる性格の持ち主。さぞかし人生イージーモードなんだろう。爆ぜろよ……
「何が主役だよ……卒業式の行程の約半分が来賓紹介とかいう俺らに間接的にしか縁のないやつらのための時間だろ。なんであいつらスポットライト浴びてんだよ。むしろあいつらのほうが主役だろ。」
「君は本当にひねくれてるな……」
「勇太ー。そんなキモニートのことは放っといてうちらと写真撮ろー。」
「呼ばれてるぞ神倉。女の子とキモニートどっちが大切なんだ?」
「はぁ……君を更正させてあげられなかったのが僕の高校生活唯一の心残りだよ。」
「誰も頼んでないし望んでない。」
「じゃあ僕は行くけど、君も友人と残り僅かな時間を過ごしてきたらどうだい?」
「あいにく友達なんていないもんでな。キモニートだから。」
「…………あの娘たちが不憫だ……じゃあまたね。」
ぼそぼそと何かをつぶやいて完璧超人は教室の別の場所へ移った。今の会話を聞いてもらえばわかるが、俺こと横寺希望は絵に描いたようなクズ人間だ。友達なんてものはいない。愛と勇気すらも友達じゃない。世界最強のぼっちだ。そんな俺でもいじめられていないというのはここが進学校っていうのとこの完璧超人の暗躍のお陰なんだろう。そこだけは素直に感謝している。
周りの生徒たちがあの時はあーだったこーだった、などという思い出語りに花を咲かせはじめた。
「たいした思い出もない俺はおさらばするか……」
そう独り言をぼそりとつぶやき、荷物も持たずに教室を出た。たいして意識してなかったのに気づけば俺は校内をぶらぶらしていた。校舎散策なんて新入生がするものだ、と思いながらも足は止まらなかった。
廊下や図書室、グラウンドや体育館、下足、食堂などあらかたの施設を見回ったあと、中庭にあるベンチに腰を下ろした。
「どの場所もいつもどおりだった……」
不意に胸中に激情がこみ上げてくるのを感じた。思い出なんかないはずなのに
ベンチでボーっとしていると神倉が女子生徒に中庭に連れてこられているのを見た。
たいして後ろめたいことはしてないのに隠れなければならないと思い、俺は近くの茂みに伏せた。
その女子生徒はクラスで一番人気の立花香織だった。清楚系で神倉ほどじゃないが学業優秀で、バドミントン部のエースだった。何を言っているのか距離があるため聞き取れなかったが、立花がなにか質問をし、それに対して神倉がNOと答えた感じだった。その後、立花はあわてたようにその場を去っていった。
「さしづめ卒業式の空気に惑わされて告白したが無残にも失敗したってところか」
ざまぁみろと思いつつもその場に居続けたいというような気分ではなかったので、俺はその場を後にした。
中庭から校舎内に移動する際、校舎の入り口の影から先ほどの情事を覗き込んでいた男子生徒を見つけた。景山徹である。クラスの日陰者で、俺と同じぼっちだ。ひょろひょろで人見知りでこいつが人と話しているのを見たことがあるやつはいない。常に立花の事を見ており、一時期はストーカー呼ばわりをされていた。何を考えているのか本当にわからないやつだ。
たいして興味もなかったので何もいわずその場を離れた。荷物を取りに教室に戻った。
教室には依然としてかなりの人数の生徒が残っており、律儀に自分の席に座っていた。担任の先生がありがたくもないテンプレ送る言葉をだらだらと話していたのである。その場の空気のせいで俺も着席した。いつの間にか景山も座っていた。つくづく不気味なやつだな……
担任が泣き出し教室を颯爽と去っていったあともらい泣きをする生徒、してやったりと白い歯を見せ合っている生徒、いそいそと帰る準備をしている生徒、さまざまな生徒がいた。
もうそろそろと俺は思い帰ろうとドアに手をかけた瞬間、俺は違和感に気づいた。
「ドアが開かない……」
なにかのドッキリかなんかか?と思い強引にこじ開けようとしてもピクリともしなかった。まわりの生徒たちも俺がドアと格闘してることを疑問に思ったのか、どうしたのとたずねてきた。
男何人かで協力してドアを無理やり開けようとしたが、やはりびくともしない。ケータイも圏外表示で外との連絡がまったく取れない。窓も開かなかったようだ。
「なにか気味が悪いな……」
「窓を蹴破るか?」
「いや、強硬手段をとるのはもう少し状況を理解してからのほうがいいんじゃないかな?」
「一理あるな。直ちに身の危険が迫っているわけじゃないんだし。」
そう、おそらくこの選択は間違っていた。ここで強引に窓を破っていたら何かが変わっていたかもしれない。
突然足元が光だした。それから何語かわからないような文字の羅列が描き出され、それに照らされたクラスメイトが一人、また一人と消えていった。
「おい!!誰か窓を蹴破れ!!」
しかし時はすでに遅し。誰一人抵抗することもできないまま、不気味に光る魔法陣に飲み込まれていった。