冬
飲んだ後は必ず家の前まで送ってくれて、じゃーな。って優しく笑う。
そんな10分前のハルの顔を思い浮かべて、一人部屋でクッションを抱いてニヤニヤとしてしまう。
「…すき」
はぁ。
言ったら、どんな顔するんだろうか。
ハルの顔が途端に凍りついて歪んでいくんだろうか。
チクリ、と胸が痛みさっきまでの幸せな心がきゅーっと萎んでいく。
さあ、明日に備えてもう寝よう。
お風呂に入ってさっぱりして、さっぱり、彼女がいるハルのことなんかわすれて。
すっきりして、寝よう。
無理やり押し殺した気持ちと涙はシャワーで綺麗に洗い落とせるわけもなく、その日はハルがどこか遠くへ行ってしまう夢を見た。
「っぎゃーーーー」
アラームはいつもどおりにセットしていたはずなのに起きたら、7時。
あと30分で電車に乗れなければ遅刻だ。
鏡で見る顔は少し目が腫れていた。
あー、ひどい顔。
薄くファンデーションを塗って、リップをつけて、アイラインだけ手早く引いて。そんな色気のない化粧で家を出る。
かチャリ、と無機質な音が寒空に響く。なんでこんなにも曇り空なのよ。もっとカラッと冬晴れなら私の心ももう少し明るくなれそうなのに。
天気にさえ八つ当たりをしながら、駅までの道をいつもより速く歩いた。
冬の寒さが手の先を急速に冷やしていく。
「蓮田、今夜どう?」
お茶室でボーッとコーヒーをマグカップに注いでいると同僚の大坂にジェスチャーを交えて声をかけられる。
彼はこのお茶室を挟んで向こう側の人間のため、顔を見るのは何日かぶりだ。
「んー、今日はパス。」
「なんだよ、浮かない顔してっから忙しい大坂くんが晩酌のお相手してやろうと思ったのに」
「大きなお世話じゃ。じゃね。」
ひらりと、マグカップを持っていない手を振りかざして大坂に背中を向ける。
今日は君のハイテンションに付き合う気力は持ち合わせていない。
「なぁ、」
「ぎゃっ!!!!」
ひらりと振った手を握られ、コーヒーをこぼしそうになり変な声が出た。
「なに?!」
「いや、悪い。無理すんなよ」
今までで一番バツが悪そうな顔の大坂。
そんな顔するなら人に触れるな!てか危ない!
「はいはい。またね」
今度こそ、くるっと踵を返し自分の部署へと戻る。
チャラい男のボディータッチのせいでシャツが汚れるところだった。セーフ。コーヒーの匂いを存分に吸い込み深呼吸をする。
またハルの顔が浮かびそうになり、急いで仕事に取り掛かる。これだから休み明けはダメだ。
「失礼しまーす。」
残り2人ほどになったオフィスを後にし、社外に出る頃には空気は凍りつきそうなほど寒く閑散としていた。
冬って虚しい。
街はキラキラしているのに、私はいっつもひとりぼっちだ。
はぁ、やっぱり飲んで帰ろうか。
いや、余計虚しくなるな。やめよ。そういえば、大坂が昼間誘ってくれていたことを今更ながら思い出す。
軽い二日酔いとハルの余韻ですっかり雑に扱ってしまった気がするけれど、まあアイツならわかってくれるだろう。今度埋め合わせで飲みに行くか。
そんなことを考えながら帰路に着いた。