とある侍女の話 前
私は、アイル・オールランド。
子爵令嬢で、王城の離宮にお勤めをさせていただいている。
この職場はかなり特殊で、一定の空間の立ち入りが禁止だった。
この離宮には王子様ールイ様と聖女様ーニイナ様が住んでいらっしゃるからだ。
ルイ様は大変魔力が強く、幼い頃は制御が出来なかったため、聖女様であるニイナ様以外には危険であったためだ。
しかし、立ち入り禁止空間もルイ様が魔術学校に入学されてからは、ほぼなくなった。
ルイ様も、ニイナ様は気さくに話しかけてくださるし、お給料は良いし、大変良い職場だ。
「はぁー」
大きな溜め息を吐かれたのは、ニイナ様だ。
遠い目をしながら、紅茶に口をつけた。
「アイル…、」
呟くようにニイナ様が私を呼んだ。
「はい」
小さく返事をしてニイナ様の近くに行く。
「アイルは、ルイのことどう思う?」
大変答えにくい質問を…。
私はよく考えて
「優秀な方だと思います」
と答えた。
ニイナ様は、「そうだよね…ごめんね、突然」と、ティーカップを置いて、黙ってしまわれた。
あぁー、答え間違えた?
私は昨日の出来事を思い出す。
ルイ様は、「ご友人」として国王陛下からご紹介された侯爵令嬢に、挨拶だけして、帰ったのだ。
そして、陛下に
「友人には困っておりませんので」
と、要するに二度とこんなことするな、と言って離れに戻ってきた。
それを聞いたニイナ様が、女性が苦手なのか、と尋ねると、
「ニイナにしか興味がない」
と仰ったのだ。
勿論、ニイナ様はその場で頭を抱えて座り込んでいた。
私がお助けする前にルイ様が素早くニイナ様を支えていた。
正直に言うと、ルイ様はヤバい。
朝、魔術学校に行くときは憂いを帯びた顔(ニイナ様と離れるから)なのに、夕方帰る時は後ろに華を見える程の笑顔でお帰りになる。
嬉しそうに、ニイナ様が一番好きだ、と仰るのは大変微笑ましかった。
だがしかし、それも、魔術学校を卒業される十二才までだ。
段々と、その言葉に色気とほの暗い雰囲気を含め始め、私達使用人をはじめとする周りの人間はそれにすぐに気付いた。
恐らく気付いていないのはニイナ様だけ。
私達はそれについて危機感を抱いたが、どうすることも出来ない。
最強の魔力を持ち、さらに王子である彼に刃向かおうなどと考える馬鹿はいなかったのだ。
唯一、王子に対抗策を取れる人物、国王がニイナ様の周りに侍女をたくさん配置するようになった。
ルイ様と二人きりにするのを防ぐためである。
しかし、それで大人しく食い下がるルイ様ではない。
あらゆる手でニイナ様の周りの人間を排除していった。
もちろん血なまぐさいことではない。
そんなとこをしてはニイナ様が黙っていないからだ。
ニイナ様の侍女達に良い相手を見繕うのだ。
そして、逢い引きの手伝いなどをして、侍女をニイナ様から遠ざけるなどといった事をなさっている。
デメリットはあまりない。
国王様のおかげで、人員はかなり足りているため、数人のニイナ様付きの侍女がいなくても問題は起きないし、そもそも聖女様付きになれるほどの侍女は身分のある令嬢が多いため、令嬢にまた身分のある男性を紹介し、くっつけることは都合が良いことであった。
しかし、ルイ様の地道な行いのおかげで、殆どの侍女達が結婚をして職を離れていってしまった。
国王様が急ぎで侍女を見繕ってはいるが、現在は数十人といたニイナ様付きの侍女が、私を含め四人となってしまった。
しかし、そのうち私を除いた三人はルイ様があてたであろう恋人がおり、最近は仕事をサボりがちである。
ルイ様がニイナ様に不便を強いてるようなことをされることはないというのは分かりきってはいるが、心配な私はニイナ様のそばを離れないようにしている。
しかし、ルイ様はそんな私が邪魔なようである。
「今日はアイルしかいないのだし、一緒に座ってお茶しよ」
ニイナ様はそうおっしゃられて、自身の前の席を目をやった。
本当は今日はもう一人いるはずの侍女は来ていない。
なんてやつだ、今日中に侍女頭に報告してやる。
そんなことを考えながらも、私は、ニイナ様の言葉に首を振る。
「いいえ、申し訳ございません。もうすぐルイ様がいらっしゃられると思いますので」
と言う。
そもそも使用人が主人と同じ席に着くことは出来ないし、もうすぐルイ様がいらっしゃられるのに、ニイナ様と向かい合って座っているところを見られて、痛い思いをするのは嫌だ。
「そう。残念だけど、分かった。ルイがいない時ならいいんだよね?明日は遅く来るように言うね」
と微笑まれた。
私はひきつった笑いしか出来なかった。
しかし、これだけは言わねばと、
「恐れ多いことです。おやめください」
とはっきりと伝えた。
ルイ様に何をされるか分かったものじゃない。
冷や汗だらだらだ。
そんな会話をしている時、ドアが勢いよく開かれた。
「ニイナ!ただいま!!」
勿論、ルイ様だ。
ルイ様は十七歳になられて、来年には成人になられる。
容姿は亡き王妃様似と言われており、とても整っており、美しい。
身長も高く、身体も引き締まっている。
そんな人物がキラキラした笑顔で、ニイナ様に飛びかかるように抱きついた。
ニイナ様は驚いた後、困った顔をした。
「ルイ。人がいますよ」
ちょっとだけカタコトに言葉を絞り出したニイナ様は、私と、ルイ様と一緒に部屋に入ってきた人物の目線をやった。
「お気になさらず」
ドアの近くに控えるように立っているその人物は、ルイ様の護衛でご学友のフロイス様である。
ルイ様の従兄弟にあたる人物で、公爵子息だ。
「ルイ。ちょっと離れて」
ニイナ様が口調を強めて言えば、ルイ様はすぐに離れた。
「ごめんね、アイル、フロイス。アイルは今日はもう下がっていいよ」
ニイナ様は、いつもルイ様が帰ってくると、私達侍女を帰らせる。
ルイ様がニイナ様にベタベタと、本当にベタベタと、くっつきまくっているのを見られたくないようだ。
しかし、これだと、国王様が、侍女をつけた意味がない。
朝の時間は、確かにルイ様との防波堤には慣れているが、それ以外は普通に雑事しかしていない。
大抵のことは自分で出来てしまうニイナ様は、あまり侍女を本当の意味では必要としていない。
ニイナ様は、話し相手として私をそばにおいてくださっているのだと思う。
私は、ニイナ様が好きだ。
国の最高権力者に守られているのにも関わらず高慢にならず、ルイ様のために行動している。
私はニイナ様のために行動したい。
だから、ニイナ様の望むことをしたい。
「分かりました。失礼します」
そう言って部屋を出た。
ここからが勝負だ!
私は侍女にあるまじく、駆け出した。
一刻も早く自分の寝床に帰らなければならない。
帰巣本能を強く持って!!
と、謎の言葉に呟きながら全速力で駆ける。
が、後ろから軽やかな足音がどんどんと近付いてくる。
色んな意味で心臓がバクバクである。
離宮の廊下に敷かれた赤いふかふかのマットが憎い!!
がしっと、腕を思い切り掴まれ、抱え込むように抱きしめられ前へと働いていた威力が消された。
「どこへ行くのですか?僕の姫?」
鳥肌が全身に立った。
このままだと鶏冠まで立ちそう。
「こんにちは。フロイス様。宿舎に戻る途中で、変な輩に捕まっているところですわ」
にっこりと笑いながら、掴んでいる手を剥がそうとするが、毎日訓練をしている彼に敵うはずもない。
「それは、それは、どこの不届き者でしょう。すぐに対処しますよ」
「目の前のお前だ!!フロイス・アーティー!!今すぐにその手を離せ!汚らわしい!!」
私は耐えきれずその場で叫んだ。
離宮は人が少ないため、周りには人がいないため、私は言いたいだけ言ってやる。
こいつ、フロイス・アーティーは、ルイ様の護衛でご学友。
容姿も家柄も完璧。
ルイ様の護衛であるから、将来有望。
そのため大層モテるそう。
とにかく寄ってくる女の子は食いまくってる、という嫌な噂しか聞かない。
ここで残念な情報。
ルイ様がニイナ様から侍女を離れさせるために、侍女に男をあてがっている話だが、どうやら、私の相手はこいつらしい。
すみません。ちょっと言葉が乱れましたわ。
「汚らわしいとは、悲しいな」
ちっとそんなこと思っていない綺麗な笑顔で言う。
綺麗過ぎてむかつくわ。
「すみません。思った言葉が口に出てしまいましたわ。フロイス様とお話すると、ご令嬢の嫉妬が怖いので、そうそうに立ち去りやがれですわ。もしくは、手を離せこのやろう」
「僕の姫は手厳しいな。仕方ないから、今日は帰るとするよ」
「おうよ!帰れ帰れ!」
最後のはつい言ってしまっただけだ。
フロイスはそんな言葉に声を出して笑って私とは別の方向に歩いて行った。
このやりとりは割と日常茶飯事だ。
容姿は綺麗で、ドキドキしてしまうから厄介だ。
フロイスの何が嫌かって言われると明確には言い難い。
これは総じての話になるが、王子に言われたからと女を口説く男なんて御免だし、そんな愛は幸せではない。
私はため息をはいた。
男より女のタイムリミットの方が早く訪れる。
十六の私は、もうそろそろ結婚相手を見つけなくてはならない。
貴族とはいえ、有力ではない家の私はそこそこの相手にしか恵まれない。
だから、あんなに家柄も容姿も良い人に言い寄られる体験も一生で一度だ。
素直に良い体験としておけば良いが、私はそれが受け入れられない。
作り物だと分かった上でなんて虚しすぎる。
なにより、現実に向き合った時がつらすぎるから。
宿舎の自室のベッドに入り、私はふと思った。
変なこと考えるなら自分から積極的に結婚相手を探しに行けばいいんじゃないか、と。