05
ルイは毎日、本邸に移った私の部屋に帰って来てくれと言いにくるのだ。
しかも大量の花と一緒に。
そして、
「愛してる」とか「ニイナがいないと生きていけない」などと甘い言葉を、添えて…。
こんなことを言っているうちはダメだなと、私は最初の頃は無視していたが、段々とかけて来る言葉の元気がなくなっていき、泣きそうな声で「お願い、帰ってきて」と言われてしまっては、帰らざるをえなかった。
そうして帰った離宮だが、ルイが変わることなく、むしろマザコン度が上がったくらいだった。
私が外に出ようとすると、「どこに行くの?」としつこく尋ねられ、私が状況を打開すべく、ルイへのお見合いを沢山用意すれば、それを全て踏み倒し、と。
そんな私達の戦いはルイが十八歳で魔術高等学校を卒業するまで続いた。
ルイが十八歳になるということは、私の役割の終わりを意味する。
ルイはマザコンということを除けば、立派に成長した。
女性には優しいし、成績だって優秀だった。
容姿だって、身分だって優れているからすぐに良いお嫁さんが貰えるだろう。
私は十八歳のルイの誕生日に元の世界に帰ることにした。
これはルイに伝えるつもりはない。
邪魔されることは目に見えているから。
せめてもの償いのつもりで、ルイと長い時間を一緒に過ごした。
誕生日の前日の夜は一緒に寝た。
何をする訳ではないが、もう抱えることが出来なくなってしまった愛しい子を抱きしめて眠りたかったから。
「おはよう、ルイ」
目が覚めたばかりのルイに声を掛ける。
「おはよう、ニイナ。昨日から夢を見ているようだ。幸せな夢」
ルイは幸せそうに笑う。
可愛らしい笑顔が、こんなにかっこよくなっちゃって、嬉しような寂しいような。
「夢じゃないよ」
夢だと思わないで、私のこと忘れないで。
本当に言いたい言葉は飲み込んだ。
「ルイは将来、国王になる」
「分かってるよ。どうしたの?突然」
ルイは不思議そうに私を見る。
「今日はあなたの十八歳の誕生日でしょ。私、ルイと十八年間、一緒にいられて良かったと思うわ。そして、幸せだったとも」
「何?突然改まって」
「いいから聞いて。私は異世界の人間だけど、向こうの世界よりこの世界にいた年月の方が長くなってしまったから、向こうの世界と同じくらいこの世界に、というより、この国に愛着がある。だから、この国のこと大切にしてね。私が大好きなこの国をもっと良い国にしてね」
もう話している途中で泣きそうだった。
でも今泣いては格好がつかないと、一所懸命笑った。
ルイは不思議そうな顔をしていたが大きく頷いた。
「じゃあ、私は先に起きるね。また誕生日のパーティーの時」
そう言って、私はベッドから出ようとした時、ルイに手をとられた。
「待って。ニイナなんか変。俺から離れて行くなんて許さないから」
ルイはやっぱり賢い子だ。
すごく怖い顔をしている。
「どこにも行かないよ」
嘘をつく。
でもそうするしかなかった。
「もしニイナが嘘をついたら、俺はニイナのこと許さないから」
ルイは低い声で言った。
心臓がどきどきとうるさい。
「嘘なんか吐いてないよ」
私はそう言って、部屋から出た。
今日はルイの誕生日パーティーが開かれる。
貴族のご令嬢がいっぱい来て、ほぼお見合い状態だ。
そして、その誕生日パーティーに私は出席しない。
そのパーティーをしている最中に、私は異世界に帰るから。
パーティーが始まる前に、お世話になったメイドさんと、ナティウスさんに挨拶しに行った。
みんな、涙ぐみながら送り出してくれ、最後に国王のもとに行った。
「寂しくなるな。ずっとここにいてもいいんだぞ。ニイナの面倒は俺がみよう」
と国王は言ったが、首を横に振る。
「いいですよ。国王様が、再婚をする時、間違いなく、私は邪魔になりますよ」
と冗談半分に言うと、国王は真面目な顔をした。
「再婚なんて、ニイナと以外考えていない」
「まさか」と笑う気にならなかった。
多分国王は本気だ。
「光栄なお言葉ですが、すいません。この国には愛着がありますし、大好きです。ルイとも離れたくないし、国王様ともう少しお話していたい。でも、やっぱり、私は帰らなければなりません」
「なぜ?」
「私は役割を終えました。国王様や、ルイの邪魔をしたくありません」
「邪魔などと思うわけがないだろう。それに、俺はニイナがここに残ることを望んでいる」
国王は私が言うことが不思議で仕方がないのだろう。
納得いかないと言わんばかりの口調だ。
「今はいいのです。国王様が、ルイが、私をいらないと言う日が来てしまうかもしれない。その時に私がこの世界から離れられなくなってしまうのが怖いのです。今でさえ、離れがたいと思っているのに、これ以上いたら、本当に帰れなくなってしまう。帰りたいと思えるうちに帰ってしまいたいのです」
私がそう言うと、国王は
「そうか」
と言った。
「ニイナの言いたいことは分かった。それならこれ以上は言わない。しかし、これだけは言わせてくれ。俺がお前をいらないなどと思う時は来ない。絶対だ」
国王は力強く言った。
それが面白くて、嬉しくて、私は笑った。
「ありがとうございます。国王様。生まれ変わったら、私はこの世界に生まれたいな」
私がそう言うと、
「なら、その時は結婚してくれ」
と国王はさらっと言った。
「どうでしょう?ルイと国王様、両方いたら迷っちゃいますね」
と私が笑いながら言うと、国王も笑いながら、
「そうだな、それは大変そうだ」
と言った。
そしてルイのパーティーが行われているうちに、私は優秀な魔術士達によって、この世界に来る直前の日本に帰った。