す、すごい…。
「粘菌ってすごい生物なんだねー、知らなかったよー」
一心が感心してそう呟くと、御守が嬉しそうに笑顔になった。
「知ってもらえて何よりだよっ。みーんな粘菌って聞くと、お金の方の年金と勘違いするから困っちゃうよー。私、粘菌好きなんだ!って言っても、え、年金!?もう老後のこと考えてるのって言われちゃって……」
「確かに、そっちの方が一般的だからね。年金好きとかはさすがに……ね」
一心がその時成正の方を見た。御守も一緒になって成正を見る。
「人体の構成元素は、酸素 炭素 水素 窒素 カルシウム リン 硫黄 カリウム ナトリウム 塩素 マグネシウム 鉄 フッ素 亜鉛 ケイ素 チタン ストロンチウム ルビジウム 臭素 鉛 銅 アルミニウム セリウム カドミウム スズ バリウム ホウ素 ヨウ素 マンガン セレン ニッケル 水銀 リチウム……」
「……ね」
「うん……」
一心と御守が少し悲しげに頷いた。
「御守の活動はじゃあ、粘菌について調べたり世話したりすることなの?」
一心が、御守が粘菌に水と餌をやっているのを何となく眺めながらそう聞いた。
餌はなにあげてるの?と一心が聞くと、オートミールーと御守が答える。フルーツ入りじゃないのが粘菌は好きなんだよー。と付け加えた。一心が意外そうにへぇと呟いた。
「うーん、確かにほとんどはそうなんだけど、ちょっと違うかな?私は確かに粘菌好きで世話したり本読んだりしてるけど、私の活動というか、好きなものはそれだけじゃないんだっ。私が興味あるのは、粘菌を含めて微生物全体なの!」
「微生物?」
一心がそう尋ねると、御守が嬉しそうに頷いた。
「微生物って、肉眼じゃ確認できない生物のことを指すんだけど、……あ、でもウイルスは別だよ?ウイルスは個人的に生物だと認めないから」
「ウイルスは、微生物じゃないの?」
一心がそう首を傾げると、御守が嫌そうに全力で首を振った。え、そこまでなの?
「生物の定義っていうのがね、生物に常識は通用しないから特に決まったものはないけど、一説には、自分でDNAを自己修復、複製を行うものとか、細胞から成り立つものって言われてて、ウイルスはそのどちらも満たしてないんだよー。だから私はウイルスは生物だとは思わないんだー。でも、ウイルスが間違いなく我々と共通の祖先から派生した生物であるっていう論文もあるから、未だ世間ではどっちつかずだけどねっ」
「へぇー……。ウイルスと菌って同じ様なものだと思ってたー」
「違う違う、全く別物だよー。混合されやすいけどねっ」
一心が意外そうにそう呟くと、御守が苦笑いした。
「でね、話は戻るけど、微生物って雑菌とか言われて敬遠されがちだけど、ほんとは微生物がいないと人は生きていけないくらいすごい役に立ってるんだよ!簡単に微生物の働きを説明すると、食べ物だと発酵食品系、たとえば、酒、醤油、味噌、ヨーグルト、鰹節、チーズ、納豆とかは微生物のおかげでつくられてるし、体内なんかは腸内細菌のビフィズス菌が有名だけど、働いてるんだよー。腸内には約1.5kgぐらいの菌がいるんだっ」
「あ、そっか、発酵食品は微生物のおかげなんだね!……てえ、1.5kg!?」
一心がそう驚きの表情を見せた。御守がその反応が嬉しかったらしく、にやついている。
「微生物は体内にいっぱい居るんだよ!びっくりでしょ!みんな微生物とか言われると菌がとかって汚がるけど、悪いことしない菌もいっぱいなんだよ?……それに、人も物も、そこら辺のものは微生物まみれだからねっ。汚いってあまりに過剰すぎるのはおかしいんだよー。微生物=汚いとか、気持ち悪いとかっていうのはちょっと心外かな。ちょっと前にミドリムシ食品なんて流行って世間騒いだけど、あれも微生物食べるの?って敬遠する人いたけどおかしいことなんだよ?すでに毎日私たちは微生物食べてるし、口の中にだっていっぱい住んでるしねっ」
「そーなんだー……。ちょっと微生物に対するイメージ変わったかも」
「うん、微生物って私たちの生活になくてはならない、とっても身近ですごい生物なんだ!私は、そんな微生物について調べたり、こうやって世話したりするのが好きで、それが私の活動なの!」
一心がその話を聞いて感心したように感嘆の声を漏らした。御守がそれを聞いて嬉しそうに微笑んだ。
「でね、聞いてよ、一心!微生物って言えばマイブームはね、極限環境微生物なんだ!」
それから、黙々と御守の微生物講座に聞き入っていた一心に、御守がそう切り出した。
「極限……?それはなんなの?」
一心がそう尋ねると、御守がちょっと待ってねーと言いながら、自分の鞄から一冊の本を出した。その表紙には、氷山や海底火山、宇宙などの写真が掲載されていた。
御守がその本をパラパラと捲りながら口を開く。
「これはその生物について書かれてる本なんだけど……、極限環境微生物って言うのは、読んで字のごとく、すっごく暑いとことか、寒いとことか、放射線すごいとことか、圧力強いとこ、酸や塩濃度の高いところでも生きられる微生物の事なんだ!応用とかだと、そこにある台所用洗剤とかにその微生物の酵素が応用されてるんだー。ほら、すごいアルカリ性の中でも生きられる生物の酵素を使えば、アルカリ性の洗剤の中でも酵素活性がなくならないから汚れが落ちやすくなるでしょ?」
「なるほどー、確かにそうだねっ。へー、そんなすごいところで生きられる生物がいるんだー……」
一心が何処か過酷環境を思い浮かべるように遠くを見た。生物が居るなんて、想像付かないけど、いるなんてすごいな……。
一心が遠くに思いを馳せていると、御守も一緒になって遠くを見る。
「すごいよねー……。高温だと、122℃でも増えて、130℃でも死ななかったり、放射線なんて、人間が5~10Gyで死んじゃうところ、150kGyでも生きていられるんだよー」
「そんなにすごいの!?なんか、人間って弱いなって思っちゃうね……」
一心が驚いて御守に向き直って声を上げた。御守が苦笑う。
「そうだよね、人間って威張ってるけどすごく弱くって脆い生き物なんだよ、以外と。微生物はもっとタフなやつ多いからね!」
御守が威張ったようにそう言った。一心が関心して御守を見ている。遠くで玉吉が、御守が威張る事じゃないけどなーと呟いた。
「だからね、そんな環境で生きられる生物がいるなら、私は絶対地球外生命体居ると思うんだ!」
御守がその時拳を握ってそう力強く言った。それを聞いて、一心が楽しそうに口を開く。
「確かに、今まではいないと思ってたけど、そんな生物居るならいそうな気がしてきた!」
一心がそう楽しそうに言うと、御守も笑顔で口を開いた。
「でしょ!とりあえず、今地球外生命体は水のある惑星を中心に居ると考えられててね、水が液体で存在できる領域のことをハビタブルゾーンって言うんだけど、その範囲内にある地球に似た惑星はね、銀河系で数十億個あるって言われてるんだよ!」
「そんなにいっぱい!?じゃあ、地球外生命体がそのどこかにいるかもだね!もしかしたら、この地球みたいにいっぱい生物が居て、宇宙人もいるかも!」
一心がわぁと目を輝かせる。御守もそれを見て嬉しそうに大きく頷いた。
「ね!なんか、そう考えてると、わくわくしちゃって!宇宙ってやっぱりロマンだよー」
「ロマンだねー!」
「ホムンクルスとかロマンだよな!」
「成正、マロンあげるから後輩に変なからみして困らせるのやめろ」
成正がガタンと立ち上がってそう叫ぶと、玉吉にそう言われてまたむっとして着席した。