え、えっと、ごめんなさい…。
「じゃ」
「いってくる」
「いってらっしゃーいっ!」
「気をつけてねっ。みたらしのことは僕がみてるからー」
「おい、ちゃんと日焼け止め塗ったか?あとタオルと水筒持ってるかっ?気分悪くなったらすぐに帰ってくるんだぞ」
「お前はお母さんかって」
それから少しして、艾と豆打の二人は何処からか取り出した麦わら帽子を被り、お揃いの肩掛け鞄を掛けると、虫取り網と虫籠を持って外へと通じる裏口の扉の前に立っていた。
成正の心配ぶりに、思わず玉吉が苦笑いを浮かべる。一心が抱きかかえているみたらしがニャーと鳴いた。
二人は昆虫採集にこれから行くらしい。と言っても、校内の草むらに出掛けるだけらしいが。
「はーい」
「倒れたら戻る」
「いや、それじゃもう遅いだろう」
「ご臨終」
「ご臨終」
「不謹慎だろっ!ちゃんと倒れる前に戻ってこいよ」
「らじゃー」
「らじゃー」
二人はそう言うと、無表情のまま手を挙げた。
「じゃあ、みたらしのこと、よろしく」
「よろーくー」
「うん。気をつけてねっ」
そして二人は元気よく外へと繰り出した。
パタンと、扉の閉まる音が響き渡る。
「さて、じゃあ俺たちも活動しますかー」
「そうだな」
二人がそう言って踵を返すと、その後すぐ、今度は準備室の扉が開く音が響いた。
三人は驚いてその扉の方を振り返る。
「……あ゛ぁーっ、このやろーっ。校長の奴私を虚仮にしやがって……っ」
するとそこから出てきたのは、スラリとした長身の女の人だった。モデルのようなスタイルと美貌であるが、しかしその顔はとても不機嫌そうに歪んでおり、そして何故か手には枕が抱えられている。
「あ……」
「やばいな、今日は……」
その姿を見ると、玉吉と成正の二人はばつが悪そうに顔を引きつらせた。
一心はそんな二人の様子と、不機嫌そうな女の人を見て首を傾げた。
「……先輩、あの人は誰ですか?」
一心が小声で成正にそう尋ねる。すると、成正も小声で答えた。
「……あの人は、桜田優子先生だ。生物の先生で、この部活の顧問でもある、んだが……」
「……おい、お前っ」
しかしその時、その女―――桜田がそう声を発した。見ると、桜田の視線の先には一心の姿が見える。一心はその瞬間ビクッと身体を震わせて、そして慌てて返事をした。
「は、はいっ!」
「誰だ」
桜田がもの凄く不機嫌そうに一心に尋ねた。その問いに、また一心はビクッと震えた。そして、慌てながら答える。
「え、えとっ、きょ、今日からこのせ、生物部に入部しましたっ!一年の、も、森山一心ですっ!」
「勝手に入部すんな」
「え、えぇーっ!あっ、ご、ごめんなさいっ!」
一心がとても驚いたように狼狽して、そして意味も分からず頭を下げた。
それに見かねた成正が口を挟んだ。
「先生、こいつは今日部活動見学に来てくれて、入部を希望している一年生です。先ほど入部の意志を示しましたので、先生への報告が遅れました。申し訳ございません」
「ふん、そうか」
成正がそう説明すると、桜田はフンと鼻を鳴らしてそう返事をした。すると、暫くの間不機嫌そうに一心をじっと見つめる。一心が緊張したように息を飲んだ。
「……寝る」
「……はい?」
しかしその沈黙の後に桜田が発した言葉は予想外の一言だった。一心が不思議そうに首を傾げる。すると桜田は眠そうに欠伸をして踵を返した。
「……入部したいなら勝手にしろ。じゃ」
桜田はそう投げやりに言い残すと、また準備室の奥に消えていった。
「……何だったんだ、今の……」
一心が呆気にとられてそう言うと、玉吉と成正の二人が溜息を吐いた。
「……結局何しに来たんだか」
「相当機嫌悪かったね……」
そう呆れたように二人が口々に言うと、キョトンとしていた一心が不意に心配そうに表情を曇らせた。
「あ、あの……」
そんな一心の様子に気付いて、成正が口を開く。
「あぁ、あの人偶々機嫌が悪かっただけだから、さっきの言葉は気にしなくていいぞ。まぁ、いつも機嫌は良くないことが多いが……」
「特に寝てるとき起こすと最悪に機嫌悪いから気をつけてね?」
続いて玉吉も一心に忠告する。
一心はそれを聞いて困ったように溜息を吐いた。
「はぁ……。じゃあ、なんであの先生は教師になったんだろ?」
一心は不思議そうに首を傾げた。